第97話 死んだふりしていいのは弱者だけ
「ぬおおぉぉおおお!!」
現在、僕はドラゴンゾンビの口の中に居る。
奴の大きく開かれた口の中で、【紅焔魔法:
先程まで繰り返し殺され続けていた僕は、運良く状況を立て直すことに成功した。
数字でいえば一が十になるくらいの進展はあったと思う。
全体は百だけどね。
『鈴木! ここが正念場だッ!』
『ファイトですよ』
「二人も手伝ってくれないかな!!」
ドラゴンゾンビによる毒ブレスと圧殺攻撃で、今までずっと身動きが取れなかった僕が、なぜこうして奴の口の中で奮闘しているのかというと、ドラゴンゾンビが油断したからである。
モンスター相手に油断された、なんて決めつけるのもどうかと思うけど、もう僕を殺すことに飽きたのか、奴の行動に隙が生まれた。
この期を逃さまいと、妹者さんが【烈火魔法:爆炎風】を発動させて、その場を一気に離脱しようとするが、相手はそれに反応して僕を口で捕らえようとした。
結果、回避に間に合わないと悟った僕は、咄嗟の判断で【打炎鎚】を生成し、奴の口の中へ突撃した。
元から支え棒にするつもりだった【打炎鎚】のおかげで、僕の身はドラゴンゾンビに噛み砕かれずに済んでいる。
『<屍龍>に攻撃しても、無尽蔵に全回復させるだけです。魔力の無駄になります』
『んじゃアーレスがこいつの核を壊すまで大人しくしてろってか?!』
『はい』
『つーかこの状況なら姉者が鉄鎖出せば、魔力吸収し続けられるだろ!』
『<死龍>とマウス・トゥ・マウスしろと? 嫌ですよ、汚い』
『言ってる場合かよ!!』
あの、ドラゴンゾンビの口の中で、喧嘩するのやめてくれませんかね......。
というか、今回ばかりは妹者さんの言う通りでしょ。
無駄かもしれないけど、それでも戦い続けることは戦闘経験を積むことに繋がるし、強敵を前に大人しくしているなんて結論、姉者さんらしくない。
いったいどうしちゃったんだろ。
『ならディープキスさせろ!!』
『こんな状況でキスなんてしたくありません』
『魔力供給の話だよッ!! 姉者が戦わねぇーならあたしがやんだ!!』
『それでも嫌です。どうしてもキスしたいなら、大好きな苗床さんとすればいいでしょう?』
『んな?! ま、まだする気ねぇーし! じゃなくて、する意味ねぇーし!!』
『......。それにあなたとキスしなくても、苗床さんが私の魔闘回路を使えば、私から魔力をもらう必要はありません』
いや、こんな状況の僕に姉者さんの魔闘回路を使って、魔法を発動する余裕なんて無いよ。姉者さんはなに拗ねちゃっているのかね。
なんなの、宿主の僕が殺されまくっているのに、ずっと姉妹喧嘩しちゃってさ。
それに妹者さんが僕を大切にしてくれるのは寄生先だからで、姉者さんが僕に嫉妬するのは変な話だと思う。
『ガァアアアア!!』
「っ?!」
すると突然、ドラゴンゾンビは地面に自身の頭を叩きつけた。衝撃で僕は【打炎鎚】を握ったまま、口の中から放り出される。
僕を振り払うためのその行動は、同時に自身にも大ダメージだ。自ら頭部を破壊しにいくとは狂気の沙汰である。それでも当然のように自己回復しちゃうドラゴンゾンビだから、振り払った僕の姿をすぐさま捉えて襲いかかってきた。
唸り声を上げて威嚇するドラゴンゾンビが、重量感のある歩みで距離を縮めてくる。
が、
「『『っ?!』』」
戦闘続行かと思いきや、ドラゴンゾンビがその巨体を、まるで糸が切れた操り人形のように地面へ沈めた。
ズシン、と土埃を撒き散らしながら倒れたドラゴンゾンビは、ピクリとも動かない。
......どういうこと?
『死んだか?』
「え、なんで? 大してダメージ与えてないよ?」
『......もしかしたら、あの女騎士が核を破壊したのかもしれませんね』
マジ? 全然勝てる気がしなかったから助かったぁ。
核を破壊されたモンスターは生き返ることはないので、ドラゴンゾンビの討伐は成功したと言える。
まだ確信は持てないけど、アーレスさんが役割を果たしてくれたんだと願うばかりである。
死んだふり......という線は無いよね。小動物が生き残るためにする手段を、絶対的な強者が取るわけ無いし。あ、いや、死んだふりをして僕を誘き寄せているのかも?
『様子を見に行きますか?』
『また鈴木が捕まったらどーするんだよ。遠くで待機だ』
『すーぐ過保護なことを......』
『か、過保護じゃなくて、慎重に行動した方がいーだろッ!!』
また口喧嘩をおっ始めたよ......。
僕らの強みはコンビネーションなんだから、戦闘の度に連携をこうも勝手に崩されては堪ったもんじゃない。
僕は妹者さんの意見に賛成し、近くにいい感じの岩陰を見つけたので、そこに潜むことにした。そして魔族姉妹を軽く叱る。
妹者さんは、あーしは悪くねーから、と。
姉者さんは、正論を言っているだけです、と。
『だーかーら! 互いに互いを大切にし合えば、防御力上がるだろッ!!』
『いいえ。多少なりとも痛みを覚悟して攻めなければ、防戦一方になります』
「はぁ......」
静けさを取り戻した森に、僕の溜息がやけに響いた気がした。
*****
『全然動かねーな』
「本当に死んだのかな?」
『さぁ? 近づいて確かめてみません?』
うーん、そろそろ隠れるのをやめて、近づいてみようかな。
しばらくの間、僕は身を潜めてドラゴンゾンビを監視していたが、奴はピクリとも動かないままで、生きているのか死んでいるのかさっぱりだった。
夕暮れ時だからか、辺りも暗くなり始めていて、あと少しすれば灯の無い森なんて一瞬で闇夜の間と化す。
それまでにはドラゴンゾンビの生死を確認したいんだけど......。
「チキって悪いけど、本当に動かないよね?」
『無理すんな。もーちょい様子見すっか?』
『あなたって人は......。苗床さん、あの女騎士が未だに戻ってこない状況で、このまま見知らぬ森林地帯に身を置くのは得策ではありません』
そ、そうだよね。
よし、勇気を出して近づいてみるぞ!!
そう意気込んだ僕は岩陰から一歩踏み出し、ドラゴンゾンビへと歩を進め――
『ア............ア......アァ』
「『『っ?!』』」
踏み出した足を慌てて引っ込めた僕は、小声で吠える。
「ちょ! 生きてるじゃん! 今唸ったじゃん!」
『やっぱ様子見しとくべきだったんだよ!!』
『ま、まさかあの様子で生きていたとは......』
てっきりアーレスさんがドラゴンゾンビの核やダンジョンコアを破壊したのかと思っていたけど、失敗したのかな?
核が破壊されていないから生きてるんだよね?
『あ、でも弱ってる感じすんな』
『こちらから仕掛けますか』
「いや、また回復されるだけじゃない?」
僕らが今後の行動を話し合っていると、ドラゴンゾンビが動きを見せた。
むくりと起きた直後、穴だらけの翼を羽ばたかせて飛翔した。そしてそのままどこかへ飛んでいってしまった。そこには先程まで戦っていた敵である僕らを探す素振りなんてなかった。
僕らの口から間の抜けた声が漏れる。
どういうこと?
「あ、じゃなくて! 追いかけないと!」
『もうよくね? あとは国に任せよーぜ』
『でも気になりますよね。急にどうしちゃったんでしょう』
とりあえず、詳しい位置はわからないけど、ここから割とそう遠くない場所にある帝都に被害が出たら笑えないから追いかけねば。
あのドラゴンゾンビは僕らが蜂の巣を突いて出したようなものだから、なんとしてでも食い止めなければならないのである。
斯くして、僕はドラゴンゾンビが飛んでいった方向へ駆け出していくのであった。
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