第96話 <魔軍の巣窟>の崩壊

 【天啓魔法:断罪光】。


 淡い白の灯が点在するだけの薄暗いダンジョン内は、突如として辺り一帯を照らす眩い光で埋め尽くされる。


 特に輝きを増した光線は、ダンジョンの最下層より下にある湖へ向けて放たれていた。轟音を響かせながら大穴を埋め尽くす眩い光は、その場に居たモンスターの軍勢を一瞬にして絶命に追いやる。


 同時に湖の底、無数にあったモンスターたちの核、及びダンジョンコアも一瞬で破壊された。


 おそらくどこかにあるであろう<屍龍:ドラゴンゾンビ>の核も。


 故に、核失きモンスターの軍勢、無数の核、ダンジョンコアは疎か、強酸の湖さえもアーレスの放った一撃で無に還る。


 やがて光が収束した後にその場に残ったのは、一瞬の輝きが全てを食らい尽くした後の光景だけであった。


 「ちょっと〜。こんなところで【天啓魔法】なんか使わないでよ〜」


 アーレスの背後から女性の声が聞こえた。


 「......レベッカか。なんの用だ?」


 ダンジョン最下層、そこには二人の女が居た。


 一糸纏わぬ姿の赤髪の女アーレスと、腰に鞭を携えたブロンドヘアーの女レベッカである。


 後者は不思議そうに辺りを見渡しながら、アーレスに語りかけた。


 「仕事よ、仕事。仕事以外で傭兵がダンジョンなんかに来ないわよ」


 「そうか。帝国くにから余所者の私を排除しろと?」


 「ぶっ! アーちゃんの殺害依頼なんて、大枚叩かれても受けないって!」


 「ほう。そこまで友情を感じていたのか」


 「あ、友情そっちじゃなくてハイリスク&ローリターンの方ね」


 「......。」


 レベッカは「冗談よ、冗談」と戯けた様子でアーレスに近づく。


 彼女は武器である鞭以外、何も所持していない。相も変わらず、自身のはっきりとした曲線スタイルを魅せつけるかのようなタイトドレスに身を包んでいた。


 そしてこの二人の遭遇は、お互い内心で驚くものとなる。


 片や闇組織を裏切り、高額な報酬を得たと同時に帝国を出たものと思い込み、片や闇組織を追って帝国に侵入し、壊滅とまでは行かずとも情報は得たことで、王国に帰還したものと思い込んでいた。


 それがどうしたことか、こうして予想だにしない再会となってしまった。


 アーレスは王国に帰る手段を失い、金策活動を。


 レベッカは闇組織の報復を恐れること無く在国の上、堂々と傭兵稼業を。


 お互い、なにしてんのコイツ、という目で見つめ合う。


 また今となっては、人気の無い<魔軍の巣窟アーミー>の最下層で鉢合わせたことも手伝って、その疑問は深まる一方だ。


 二人はそんな思いを隠しつつ、お互いの状況を探り合うことにする。


 が、その前に、


 「アーちゃんのそれ、痛そう......」


 「......。」


 レベッカから心配の声が上がった。


 アーレスの肌は、先程の払い切れなかった強酸の水滴により、白い肌が溶けて肉が見えていた。


 それを痛々しいと言わんばかりに、レベッカは口に手を当てて見ている。


 「なに、大したことではない」


 そう返したアーレスは、その言葉が嘘ではない証拠に、瞬時に【回復魔法】で完治させた。これで白い肌と赤髪を取り戻すことができた。


 そんなアーレスは依然として裸体を晒しているが、レベッカから質問の声は上がらない。


 先の【天啓魔法】に加え、強酸による傷口。目の前の知人は水中戦でもしていたのだろうと容易に察せた。


 同時に、自身がこの場にやってきた理由にも該当する。


 「やっぱりここ、が言ってた通り何かあったのね」


 「“ロトちゃん”?」


 「そ。帝国の皇女よ?」


 「......ロトル・ヴィクトリア・ボロンか」


 ボロン帝国皇女、ロトル・ヴィクトリア・ボロン。皇帝の一人娘であり、帝位継承者でもある。


 そのような帝国の皇女を“ロトちゃん”と呼ぶレベッカは、まず間違いなくそれなりの関係であることを意味する。より具体的に想像できるのは雇用関係だ。


 しかし、それでも一国の皇女に対してちゃん付けはどうなのだろうと、アーレスは疑問に思う。


 そんなことを思いながら、アーレスは付近に置いてある服を着直した。


 「ロトちゃんから、最近、ここのダンジョンの様子がおかしいから調査してきてって頼まれたの」


 「......そうか」


 案の定、世間話程度に、自身がこの場にやってきた理由をアーレスに話し始めたレベッカである。


 とてもじゃないが、皇族と雇用関係にある者が気軽にしていい話題ではない。


 が、定かではなくとも情報を得たいアーレスにとっては、知っていて損はない内容だ。


 「アーちゃんは? <黒き王冠ブラック・クラウン>の拠点で別れた後、王国に帰らなかったの?」


 「その予定だったが、不覚にも【合鍵】を<幻の牡牛ファントム・ブル>の幹部と思われる男に破壊された。帝国で路銀をある程度貯めてから、出るつもりだったが......」


 アーレスはレベッカに歩み寄り、片手を差し伸ばした。


 その様子は差し出せと言わんばかりである。


 何を?と首を傾げたレベッカであったので、アーレスから催促が入った。


 「私のバンクカードだ。あれがあれば路銀を集める必要は無い。返せ」


 そう、路銀を集めている理由は、ただ単に王国に帰るための資金が無いからだ。それを解決するために、アーレスと鈴木はダンジョンに潜り、一稼ぎしようと考えた次第である。


 が、レベッカと再会ができたのならその必要はない。レベッカを買収しても余りある自身の貯金があれば、帝国で路銀を稼ぐことなく、帰国が可能だからだ。


 「え、えーっと......」


 「どうした? すでにバンクカードを公的機関に預けたか?」


 「なんて言えばいいのかしら............怒らない?」


 歯切れが悪い彼女は、次第に申し訳無さそうな顔つきになる。


 両手の人差し指の先をツンツンと合わせる仕草は、レベッカの為人を知るアーレスから見て新鮮であった。


 アーレスは、まさかバンクカードを紛失してしまったのか、と心配したが、レベッカから早口で伝えられる言葉は、彼女の予想とは違う結末であった。


 曰く、買収として金貨六百枚に加えて情報量を貰ったじゃない?、と。


 曰く、アーちゃんは好きな額を下ろせと言ったじゃない?、と。


 曰く、私って豪遊じゃない?、と。


 「......ほぼ使っちゃった」


 「......そうか」


 目の前のブロンドヘアーの美女を殴りたい衝動に駆られたアーレスは、既の所でこれを我慢し、自身の発言にも非があったと反省をする。


 それでもこの短期間で、自身が稼いできたお金をほぼ全額使われるとは思わなかった彼女である。


 とりあえず当面の金策は、おそらくまだ資金的に余裕があるだろうレベッカと共に行動をして、解決することにした。


 無論、ばつが悪いレベッカはこれを断ることができなかった。


 彼女自身も豪遊しすぎた、と僅かばかりの反省があってのことだろう。


 本当に、僅かばかりの、だが。


 「はぁ......。とりあえず、ザコ少年君の下に戻るか」


 「あ、そういえばも一緒だったわよね。元気? どこに居るのかしら?」


 「......地上だ」


 アーレスとレベッカは昔からの付き合いだ。お互いがお互いを熟知とまでは行かずとも、為人は知っている間柄である。


 故にレベッカが他人をちゃん付け、君付けで呼ぶことは、お気に入りの人物だけであるということをアーレスは知っていた。


 皇族から大枚を叩かれて仕事をするのであれば、まだ理解はできる。ロトル・ヴィクトリア・ボロンが太っ腹で、レベッカからも得意先と認識されているのだろう。


 が、スー君こと鈴木はどうだ。レベッカと顔を合わせたのも一日だけだ。あの少年のどこが気に入ったのだろうと、疑問が湧いて止まないアーレスである。


 そんなことを考えるアーレスを他所に、レベッカは大穴へ近づき、上から底を覗いた。


 「わぁ。さすがアーちゃんの【断罪光】ねぇ。この穴の底には何があったのかしら? 暗くてよく見えないわ」


 「強酸の湖だ。底にはダンジョンコアとモンスターの核が腐るほどあったぞ」


 「へぇー。たしかにアーちゃんの【固有錬成】なら強酸なんて関係無いわよね。ほんっと無敵だわぁ」


 「まぁな」


 「でも魔法を使うには、一度、【固有錬成】を解かないといけないんでしょう? さっき肌に付いていた酸の水滴で傷を負ってたし」


 「......。」


 アーレスは【固有錬成】持ちで、その内容をレベッカは知っていた。今に始まったことではない。だから今更口封じという手段をアーレスは取らなかった。


 レベッカの指摘通り、アーレスの【固有錬成】は彼女を無敵の存在へと化す。魔法・物理ダメージ、認識阻害、状態異常の無効化により、アーレスに害を与えることは一切できない。


 その一方で、発動条件に自身の魔法が発動不可になってしまうデメリットがあった。


 故にアーレスが強酸の湖の中で無事で居られたのも【固有錬成】の力のおかげであるが、魔法を使うにはそのスキルを解除しなければならなかった。


 「まぁ、魔法が使えなくてもアーちゃんには、剣術や【夢想武具リー・アーマー】があるから十分よねぇ」


 「......かもな」


 すると不意に湖があった底を眺めていたレベッカが、あら?と疑問の声を上げた。


 「何か光っているわ」

 「む? 本当か?」


 アーレスもレベッカに続いて大穴を覗く。白色の淡い光を放つ石は、アーレスが放った【断罪光】によって一つも残らず消し去られていた。


 それ故に大穴は真っ暗なはずだが、その奥底、微かに深緑色の輝きを放つ何かがあった。


 「核かしらね? アーちゃんの【断罪光】を食らって無事だったってこと?」


 「さぁな。少し見てくる」


 アーレスがそう言うと、レベッカが待ったを掛けた。


 「私が行くわ。こんな所にまで足を運んだのだから、ロトちゃんにお土産くらい用意したいじゃない?」


 「......そうか」


 アーレスは言いたかった。


 貴様、何もしていなかったくせにお土産などと抜かすのか云々。


 が、面倒なので黙っていた。


 レベッカは動きにくそうなタイトドレスにも拘らず、暗闇が続く大穴に身を投じた。


 そして腰に携えていた鞭型魔法具【蜘蛛糸】と、身体能力を強化する魔法を駆使して地の底まで降りていく。


 「あら、これは......」


 暗闇の中、強い輝きを放っていたのは、深緑色の宝玉である。大きさはレベッカの握り拳一つ分ほどだ。それでも遥か上に居た所からその存在を確認できたため、ただの宝玉――モンスターの核ではないことがわかる。


 レベッカはここまで降りてきた時と同様の方法で大穴から抜け出した。そして腕組みをして待っていたアーレスに、大穴の底から持ってきた宝玉を見せる。


 「おそらく<屍龍>の核だな。まさか【断罪光】を食らっても無事とは......」


 「<屍龍>? こんなダンジョンに? まぁ、誰の核かは置いといて、ここを見てくれない?」


 「?」


 レベッカが指差す先、深緑色の宝玉の一部が欠けていた。


 そして徐々に、その欠けている部分が傷口を癒やすように塞がっていく。


 「......核にまで再生能力があるのか」


 「みたいねぇ。となると、アーちゃんの【断罪光】で破壊されかけたけど、徐々に修復して、ここまで直ったと見るべきかしら?」


 レベッカは珍しいお宝でも発見したかのように、目をキラキラと輝かせていた。これを売ればいくらになるかしらね、などとアーレスの手柄を横取りする気満々である。


 先程までの帝国皇女への土産の話はどこへ行ったのか、ジト目でレベッカを見やるアーレスであった。


 「「っ?!」」


 すると突然、ゴゴゴという地響きが驚いた。


 先程、アーレスがダンジョンコアを湖ごと破壊したからだ。それ故に命となるコアを失ったダンジョンは崩壊を始めた。


 「早いとこ地上に出ないと」


 「ああ」


 「あ、それとここでどんなことがあったか、後で教えてくれないかしら?」


 「......。」


 斯くして、赤髪とブロンドヘアーの女たちは、崩れゆく<魔軍の巣窟アーミー>から抜け出していった。

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