第95話 ダンジョンコアの破壊
「ぐふッ。これ、で......なんがい、め?」
僕は吐血しながら、魔族姉妹に聞いた。
『......十三回目です』
『堪えろ、鈴木』
堪えろって言われても......。
この危機をどう乗り越えようか、あれこれ思案してみたが、結論に至る前に再度、僕は死を迎えることになる。
「ぐ、ぞう」
バン。
巨大な屍龍の前足が振り下ろされたことよって、僕はぺしゃんこになった。
*****
「がはッ」
通算二十回程だろうか。
僕がぺしゃんこになった回数は、もう数えるのもうんざりするほどだ。
少し前、上空からドラゴンゾンビの襲撃を食らった僕は、奴の毒性のあるブレスによって身体の自由を奪われていた。
一度放たれたブレスは、辺り一帯の自然を巻き込みながら生命を刈り取る。その効果は即効性のある猛毒ガスに加え、麻痺性も兼ね備えていた。
厄介なことこの上ない。
ブレスを吐かれては踏み潰され、吐かれては踏み潰されての繰り返しがずっと続いていた。
妹者さんが魔法を発動するも、その矢先に踏み潰されるものだから、身動きが取れなくて困っているのが現状である。回復しても、すぐに猛毒のガスが僕を襲うからお手上げだ。
『......やべーな。そろそろ鈴木が限界だ』
『あなたが治し続ければ死にはしませんよ』
『鈴木の心が限界って話だよ!!』
『なぁーにが心ですか。また甘ったるいこと言うんです?』
『んだとぉ!! 元はと言えば、姉者が【探知魔法】切って警戒解いたから、こーなったんだろ!!』
『っ?! し、屍龍からの魔力吸収が見込めなくなったから、無駄遣いしないようにと魔法を切ったんです!』
『無駄じゃねーだろ! 現に今の状況作り出したじゃねーか!』
『結果論じゃないですか!』
なんか口喧嘩おっ始めてるし。
本当に仲良いよね......。できれば口喧嘩よりも今後の対策を考えてほしいんだけど。
というのも、ドラゴンゾンビは知性が備わっているのか、僕がこの状態になる前から死んでもこの場を離れることはなかった。おそらく僕が半永久的に自己回復するのを理解しているからだろう。
そして猛毒のブレスを吐けば、回復した僕でも動けないことを知っていて、こうして虐殺を繰り返している。
毒ブレスを充満させるだけで僕を殺すのには十分なのに、わざわざ前足で潰してくるのだ。性格も見た目も最悪なドラゴンである。
まぁそれでも、不幸中の幸いが魔族姉妹たちの核に影響が無いということだけど。
『そこまで言うのでしたら、【爆炎風】でも使って毒を散らしてくださいよ!』
『んな暇あるか! 身体を治した後、魔法使うにしても麻痺とか毒を中和しないといけねーんだよ!』
『あらあら、好きな殿方に不自由させて恥ずかしくないんですかぁ?』
『すッ、すすすす好きじゃねーし! つーか暇そうな姉者がなんとかしろ!』
『氷で毒を散らせるわけないでしょう?!』
『敵本体を叩けよ!』
『あなたが身体を治すのが遅いから、魔法の発動がままならないと何度言えばいいんですかッ!!』
『ほんっと役に立たねー姉だな!!』
生き返っても二人は口喧嘩したままだ。
もうほんっといい加減にしてくれないかな。
これじゃあアーレスさんがドラゴンゾンビの核を破壊するまで待つしか無いぞ。
「ぐそぅ......」
僕にできることは、せいぜい悪態を吐くくらいだ。
******
「ここだな」
アーレスは、<屍龍:ドラゴンゾンビ>が作った地上からダンジョン最下層までの大穴を活用し、再びダンジョン――<
透き通るほど綺麗な湖。されど底は見えない。飲水も可能なのではないかと思わせるそれは、生物に有害をもたらす、強酸性の湖であった。
現に少し前までは、この湖に大量のモンスターの死体が投じられ、その身を溶かした。まさしく死の湖である。
「......。」
アーレスは服を脱ぎ捨て、一糸纏わぬ姿となった。腰に携えていた剣も手放し、無防備の状態となる。
魔法で衣服の強度を上げられるとは言え、潜水後にどういった状況になるか不明だからだ。
またここは誰も踏み入れない場所と考慮してか、その行動に戸惑いは無かった。
そんなアーレスの脳裏に過ぎったのは、最近、行動を共にすることが多い鈴木の姿だ。
当然ながら異性として見た覚えは無い。されど現に思い浮かべてしまったのも事実。
「......何を考えているんだ、私は」
全裸のアーレスは溜息を吐きながら、死の湖へ身を投じた。
『死んでも生き返るからって、命を粗末にする理由にはなりませんし』
そう口にした少年の言葉が反芻する。本人曰く、自分は不死身でもなんでもない、少し頑丈で再生力があるだけだ、と。
最初は“痛み”を感じるのが嫌いなだけの言い訳だと思った。恥じることはない。痛覚は誰にだってあり、“痛み”を嫌うことは当然のことである。
それでも少年は前に立った。
格好をつける、なんかでは説明ができないほど、果敢に強敵と立ち向かい、傷ついても立ち上がる。
アーレスはそんな少年の評価を決めかねていた。
それは人間性を始めとした、戦闘力、行動力、洞察力とあらゆる面を考慮しての評価である。
一番の難解は戦闘力の向上。
突如として多重魔法を扱えるようになった少年の評価は以前のままにはできない。一定の危機感を抱く必要があるとアーレスは認識を改めた。
「......。」
潜水後、大量のモンスターの死体を溶かした強酸は、アーレスの身に影響を与えることはなかった。
それも当然のこと、アーレスが強酸程度で死ぬことは疎か、彼女の肌を溶かすことすらできない。
それこそがアーレスの持つの力――【固有錬成】の力である。
ダンジョン洞窟内から発せられる淡い白色の光を放つ鉱石が疎らに続いていることで、視界の確保には困らなかった。しかしそれでも湖の中は薄暗かった。
しばらく水中調査を行うこと数分、湖の底、隆起した部分の頂に、金色に光り輝く宝玉を発見した。アーレスが以前に破壊した宝玉と同等、あるいは酷似したものである。
想定したことだ。宝玉がドラゴンゾンビの核か、ダンジョンコアかは未だ不明だが、そのどちらかであることに間違いはない。
そして目標地点へ近づくに連れ、辺りの様子に異変が起きたことを感じた。
「っ?!」
次の瞬間、水中で何者かが猛烈な速さでアーレスに襲いかかった。
明らかに水生生物ではないその個体は、一度は強酸の湖で身を溶かされたオークである。
まず水中で活動するモンスターではない。それがなぜこの湖の中で無事でいられるのか、アーレスは疑問に思った。
アーレスは襲いかかる敵に蹴りを放って危機を回避する。水中の抵抗力では殺しきれない威力が急接近してきたオークに直撃し、身体が弾ける。
『ガァァァァアアァアア!!』
『バゥア!』
(......どこから出現した?)
しかし敵は続々と出現する。
どこから湧いているのか、一度は死体と化したモンスターたちが、再び群れをなして武器を持たないアーレスに襲いかかった。
『ギャウッ!』
『ガッ!』
それでもアーレスが遅れを取ることは無い。
武器や魔法を使わずとも、打撃で屠っていった。
そして気づく。
水中で倒したモンスターに核が無いことを。
また同時に、
「......。」
湖の底に無数の核があることを。
隆起した箇所の頂点にある宝玉が、この薄暗い湖の中で一番の輝きを放っていた。しかし底を見渡せば、ダンジョンモンスターの核と思しき石が大量に見受けられた。
(核は溶けないのか)
モンスターの肉体は溶けるが、核は溶けない。未だ謎に包まれたこの強酸の湖では、ある一つの仮説がアーレスの内に浮かんだ。
(湖の中で溶かした死体を蘇生......いや、再生させている)
過去に例を見ないダンジョンの異常な生態に、疑惑を抱くアーレスは今も尚襲いかかるモンスターたちを次々と屠る。
屠って、屠って、屠っても――数は一向に減らない。それどころか、増え続けてさえいた。
モンスターたちは金色に輝く宝玉を死守しようと、赤髪の女に食らいつく。
泳ぐ動作などせずに、まるで自身が元から水生生物であったかのように、水中を自由に動き回りながら、アーレスに食らいつく。
それでもアーレスの顔に焦りは見えない。
“数”では圧されないことを、彼女の奮闘が証明していた。
そして戦いながら考える。
今も地上で<屍龍:ドラゴンゾンビ>と激闘を繰り広げている少年の姿を。
決して弱くはない少年でも、<屍龍>相手では分が悪いと。トノサマゴーストに苦戦していた少年では、アレには勝てないと。
アーレスはそれを理解しながらも、<屍龍>の相手を任せた。理由はどうあれ、勝率が極めて低い戦いを少年に強要した。
そんなアーレスの行為は責任となって、次のすべき行動を決定づける。
(底のどこかに......あるのだな?)
この湖の底のどこかにあるはずの、<屍龍>の核を破壊する。
アーレスは潜水を中断し、急浮上して湖から身を出した。
彼女に続いて、水中のモンスターたちも後を追うが追いつかず、アーレスの脱出を許してしまう。
アーレスは岩壁を蹴り、飛び跳ねて大穴の外を目指した。閃光を思わせるその動きによって、彼女の身体に付いていた強酸の水滴は切られていく。
やがてアーレスは大穴の外、ダンジョンの最下層に位置する地面が崩壊した箇所に辿り着いた。
そして肌に付いている僅かばかりの強酸の水滴を振り払わず、先の大穴の底、強酸の湖を見下ろす。
モンスターたちが這い上がってくるのも時間の問題ではあるが、それでもしばらくは余裕があるとアーレスは悟った。
(っ......)
次の瞬間、アーレスは激痛に顔を歪めた。
肌に付いていた僅かばかりの強酸が、突如としてアーレスの身を蝕んだからだ。
白い肌は爛れ、溶けた箇所の肉はじゅうと音を立てながら窪みを作っている。
先程まで五体満足でいたアーレスに、激痛が生じたことの疑念は湧かない。
なぜなら、それは彼女が理解した上で感じた痛みだからだ。
「核などいちいち探していられるか」
『グガァアァア!』
「......死ね、命失き獣め」
大穴から這い上がってきたモンスターの群れを、アーレスは見下ろしながらそう呟いた。
そして唱える。
「【天啓魔法:断罪光】」
瞬間、大穴を埋め尽くすほどの白き光が降り注いだ。
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