第94話 不死身 VS 不死身
『アァァアァアァア!!』
「ぐッ!!」
ドラゴンゾンビの鉤爪を【双氷刃】で防いだ僕は、その勢いに抗えずにふっ飛ばされる。
現在、僕らは青空の下、<屍龍:ドラゴンゾンビ>と戦っていた。場所は帝国付近の森林地帯。戦闘を開始してから10分ほど経っただろうか。辺りの木々は薙ぎ倒されていて視界は良好と言った具合だ。
この場にアーレスさんの姿は無い。彼女は<
その理由は、ドラゴンゾンビ、もしくはダンジョンコアを破壊するためである。そのどちらかを壊しなければ、ダンジョンの崩壊とドラゴンゾンビの討伐は完遂されないという結論に至ったからだ。
『来るぞッ!』
「っ?!」
妹者さんの知らせにより、僕は真横へ緊急回避する。
そのおかげか、今しがた僕が居た所に、赤い閃光が過ぎていった。直後、後方から凄まじい爆発音が聞こえる。
ドラゴンゾンビのブレスだ。放った奴を見れば、口を大きく開けたままだった。
『離れたらブレスが来ます。近づいてください』
「わかってるって!!」
僕は先の攻撃で破損しかけている【双氷刃】を放り捨てて、ドラゴンゾンビに向かって駆け出した。
生成してから間もないのに、妹者さんのスキルで身体能力は向上しているのに、一回攻撃を食らっただけでこの様だ。一撃一撃が重いと考えられる。
姉者さんの言う通り、奴から距離を取れば
かと言って、近距離に徹しても奴はすばしこいから、こちらの強みでもあるインファイトが思うようにいかない。
ただ、それでも僕らには唯一の救いがあった。
『【紅焔魔法:螺旋火槍】ッ!』
『【凍結魔法:螺旋氷槍】』
「【凍結魔法:氷牙】ッ!!」
僕らが発動したそれぞれの魔法が、ドラゴンゾンビの直撃していく。 ドラゴンゾンビは苦しみの声を上げるが、すぐさまその傷を完治し、元の深緑色と腐った肉を取り戻す。
螺旋状と貫通力に特化した一撃は、言うまでもなく下位に値する【火槍】と【氷槍】よりも魔力を消費する。【氷牙】も攻撃範囲が広ければ、その分消費するんだ。
それなのに、僕らは出し惜しむことなく、バンバン発動していた。
もちろん、考えなしにとかじゃない。
「姉者さんッ!」
『【
敵の底なしの魔力を吸い取っているのだ。
敵が再生している間の隙を突いて、姉者さんが勢いよく吐き出した鉄鎖を巻き付ける。
これにより、僕らは魔力を吸収をして、魔法をぶっ放すことを繰り返していた。燃費とか考えてない。魔力が回復したら即火力攻め。
それしか今の僕らにできる手段は無かった。
『鈴木ッ! 右から――』
「っ?!」
僕はまたもドラゴンゾンビの鉤爪を、視界の外から食らうことになる。しかし今度は武器による防御はできなかった。もろに敵の鋭い爪が、僕の胴体を引き裂く。
そして自身の臓物が傷口から宙を舞うのを目にする。
『【祝福調和】ッ!』
が、激痛が僕を襲うよりも、このことを見越してくれた妹者さんが先に動いてくれた。
僕は奴から一旦距離を取ることにした。
「ハァハァ......ありがとう」
『チッ。自己回復野郎と戦うのほんっと面倒だわ』
『今までの敵も、私たちのことをそう思っていたでしょうね』
僕らの目的は時間稼ぎだ。アーレスさんがダンジョンコアとドラゴンゾンビの核を見つけて破壊するまでの間、奴をこの場に止めておく必要がある。
でなきゃ、割と近くにある帝国に被害が及んでしまう。特に世話になった国ではないんだけど、僕らがダンジョンに潜って勝手した手前、ドラゴンゾンビを放置することができない。
ドラゴンゾンビは距離を置いた僕らにブレスを放つことなく、ただこちらを睨んでいた。相手にとっても、僕らが中々死なないから困っているのだろう。
でも敵は魔力切れしない上に、一撃が重い。極めつけは即全回復。なにこれ、ラスボスですか?って感じ。
「ん?」
とそこで、僕は眼前の敵を目にして疑問符が浮かんだ。
ドラゴンゾンビの肉が腐り落ちている部分、その痛々しい箇所から、なにやら肌よりも濃い緑色のガスが漏れているのだ。
特に口から漏れているガスが顕著である。
「ねぇ。あの臭そうなガスは――」
『『っ?!』』
僕が言いかけたところで、突然、右手が前へ差し伸ばされる。
そして次の瞬間、右腕から爆風を生み出された。
「っ?!」
【紅焔魔法:爆散砲】だ。構えることができなかった僕は、その衝撃で後方へふっ飛ばされる。
この魔法は魔力の配分を調整さえすれば、今のときみたいに攻撃ではなく、移動手段として使うことができる。砲弾のように、爆発を利用しての素早い回避が可能なのだ。
僕は全身に襲ってきた衝撃による痛みで藻掻いた。そして妹者さんの行動の意味の理解に苦しむ。
着地後、僕はすぐさま妹者さんに目をやった。
『【固有錬成:祝福調和】』
「ど、どうしたの?!」
『......見ろ』
傷を癒やしてくれた妹者さんが、前方を見ろと僕に促す。彼女に従って目にした光景に僕は目を見開いた。
「マジすか......」
ドラゴンゾンビが居座る場所、その周囲一帯の草木が――死んでいた。
さっきまでの戦いで木々は薙ぎ倒されていたが、枯れることは無い。同じく地上に咲いていた植物も枯れ果てている。
枯れ野とは似て異なる光景......緑豊かだった森林が、一瞬にして命を刈り取られた。
「あの、ガスみたいなの......毒か」
『みてぇーだな』
『その上、効果が不明です。猛毒性だけではなく、麻痺性も兼ね備えていたら、下手に接近できませんよ』
妹者さんの【祝福調和】は、僕の肉体にどんな異常が起こったか、知覚してから完全回復を行う。だからデバフ系の効果が多ければ多いほど、完治まで時間が掛かってしまう。
まぁ、あの毒ガスがまだ麻痺性を兼ね備えているとは決まっていないけど。
「あの様子だと、口や血肉からガスを噴出しているみたいだね。遠距離攻撃に転じる?」
『奴のブレスの方が格段に火力は上だ。こっちが何しよーと押し負けるぞ』
『おまけに、こうも離れてしまっては、私の鉄鎖も届きません』
マジか。魔力吸収戦法ができなくなっちゃったじゃん。魔族姉妹の魔力の残量を考えながら、魔法を使わないといけなくなったぞ。
無限魔力にアホ火力、即全回復に加えて猛毒ガスを纏っているとか、ほんと泣きたい。
『来んぞッ!』
「っ?!」
妹者さんの合図から、僕は真横に飛んで回避行動を取ることにした。
敵は口を大きく開き、赤い閃光を放つ。そのレーザービームのようなものは、攻撃範囲がめっぽう狭い。なので回避ができないことはないのだ。
それにこれ以上下がることはできない。妹者さんの【祝福調和】による相手の身体能力のコピーは範囲が決まっているので、範囲外に移って効果を失っては益々ヤバい状況になってしまう。
回避に成功した僕は、敵が起こした爆風を利用して、少し離れたところの岩陰に身を潜めることにする。
「マズいね。このままだと時間稼ぎにもならないよ」
『今のあーしらじゃ太刀打ちできねーな』
『多重魔法でもいいですが、すぐ回復されますしね』
ふむ。八方塞がりじゃないか。
これは本格的に、一刻も早くアーレスさんが奴の核かダンジョンコアを破壊してくれることを待つしかなくなったぞ。
しばらく岩陰で身を潜めていた僕だが、あることに気づく。
「あれ? 急に静かになったな?」
先程まで騒がしかったドラゴンゾンビの方角から何も聞こえなくなった。
疲れたのかな? などと考えた僕は、チラリと岩陰から顔を覗かせて、奴の様子を窺うことにした。
が、
「い、いない?!」
『なっ?!』
ドラゴンゾンビは姿を消していた。
先程まで奴が居た場所は、相変わらず生気を失ったままの草木だけであった。
同時に、自身の周辺が陰っていることに気づく。ついでにバサッバサッという羽ばたく音も。
『苗床さんッ!! 上です!!』
姉者さんの掛け声により、僕は頭上を見上げた。そこには姿を消したドラゴンゾンビが居た。奴は飛んで僕らの下までやってきたのだ。
ドラゴンゾンビの開きかけた口から、深緑色の肌よりも濃い色の猛毒のガスが漏れる。やがて大きく開かれた口から、それは放たれた。
「っ?!」
『ヤベェ! 鈴――』
僕の名前を呼ぶ妹者さんの声は、最後まで聞こえなかった。
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