第93話 損な役割は常に巡ってくる
『んぁ! あっついのがナカにッ!』
「こんなときに喘がないでよッ!!」
『鈴木、勃ったらぶっ殺すからな?!』
勃つかッ!!
現在、お空の旅を体験中の僕らは、その身をぶら下がっている対象――ドラゴンゾンビに預けていた。
屍龍と呼ばれるらしく、その全長はぱっと見で30メートルを優に超える。それでも痩せ細っている印象で、身体のあちこちに肉が無く、骨が丸見えのところがあった。
異臭も酷く、鼻がもげそうである。その名の通り、ドラゴンの死体と言うべきだろうか。そんなのが青空高く、飛翔していた。
ダンジョンから地上に出たドラゴンゾンビを利用し、僕らはこいつの尻尾に姉者さんの鉄鎖を巻き付けて空を飛び回っている。
「おえッ! 気絶しそう」
『すんなッ!』
『あぅ。出しながら動か、ないで、くだしゃ』
お陰様で今にも吐き出しそうな僕と、鉄鎖を放さまい必死に握る妹者さん、未だに魔力吸収でエロティックな声を漏らす姉者さんが出来上がってしまった。
姉者さんの声、大人の女性って感じで色っぽいから困っちゃう。落ち着いたら姉者さんの喘ぎ声を堪能したいというのが、二人には言えない秘密である。
大量の魔力吸収って、そんなに気持ち良いものなんだろうか。
「『『っ?!』』」
そんな馬鹿なことを考えていた僕らに、不意打ちと言わんばかりの急降下が襲ってきた。
ドラゴンゾンビが着地を目指して、地上に向かったのである。
地面に身体を叩きつけられるかと思った僕だが、気を利かして妹者さんが【固有錬成:祝福調和】を使ってくれたことにより、僕の身体能力はドラゴンゾンビと同等のものとなった。
これにより、案の定、地面に直撃した僕であったが、死ぬことはなかった。多少骨折したくらいで、それも妹者さんのスキルで全回復することになる。
落とされた場所は緑豊かな森林だった。未だ落下した衝撃で土埃が視界いっぱいに広がっているけど、足が地面に着いて一安心である。
「アーレスさん! どこに居ま――」
アーレスさんの状況を確認しようとした僕だが、突如、全身に強烈な一撃を食らって後方にふっ飛ばされる。
「ぐはッ」
『大丈夫か?!』
背に巨木を打ち着けられたことにより、口から血を吐き出した僕だが、妹者さんにより傷は完治した。
攻撃を食らう前に見えたのは、深緑色の物体――ドラゴンゾンビの尻尾だった。
見た目はあんな細身なのに、なんて力強さだ。
立ち上がった僕は、少し先に位置するドラゴンゾンビと向き直った。
すると突然、ドラゴンゾンビの傍に、その巨体と負けず劣らずの大きさの水玉が生み出された。
「【水月魔法:水球砲】」
どこからとなく聞こえた詠唱と共に、その巨大な水玉が勢いを増してドラゴンゾンビに直撃する。
周囲の木々を巻き込みながら、倒れたドラゴンゾンビはダメージによる苦しみで鳴き叫ぶ。
その直後に、僕の下へ身軽に飛び降りてきた人物が居た。
「無事か」
「アーレスさん」
先の【水球砲】とやらはアーレスさんが放ったのね。
彼女は剣を腰に携えたまま腕組みをし、なにやら考え事をしているようだった。
「ふむ、どう対処したものか」
「た、倒せますよね?」
僕のその問いにアーレスさんは無言のまま頷く。倒せはするが、面倒な相手である、と言ったところなんだろう。
アーレスさんとは長い付き合い、とまではいかないけど、段々と彼女の主張がわかってきた僕である。
『んだぁ? 普通に強ぇんだから殺せよ』
『ドラゴンゾンビとは言っても、生命力となる魔力が尽きれば死にますよ』
「え、ドラゴンゾンビって魔力切れにならないと死なないの?」
「らしいな。昔呼んだ書物ではそう書いてあった」
『で?』
『できるんですか?』
「......見ていろ」
再度、魔族姉妹から催促を受けたアーレスさんは、片手を前に差し伸ばして唱えた。
「【水月魔法:螺旋水槍】」
彼女の手から透き通るような水でできた、一本の槍が生成された。それが螺旋状となって、回転が加速していく。
螺旋系の槍魔法は僕らも多用したことがある。【螺旋火槍】と【螺旋氷槍】だ。でも込められた魔力の密度と質が明らかに違った。
素人目の僕でもわかる。属性の異なるこの螺旋状の槍は、アーレスさんの方が格段に上だ。
そして数秒後、凄まじい回転力を宿したその水の槍は、彼女の手の先から解き放たれた。
『ッ!!』
ゴパン。
そんな鈍い破裂音が、ドラゴンゾンビから少し離れた僕らの耳に届く。
たった一本の【螺旋水槍】で、ドラゴンゾンビの頭部は破壊されたのだ。
「す、すご......」
しかし僕のそんな感想は、次の瞬間に掻き消されることになる。
『ア、アア......ガァァアァアァアアア!』
なんと失った頭部が、ボコボコと泡を吹き出しながら再生されたのだ。
な、なるほど。ドラゴンゾンビってそういうことね。まんまだけど、頭を破壊しただけじゃ死なないのか。
......なんか親近感湧くな。
『だーかーらー! 一回殺したくらいじゃ死なねーんだって!』
『......。』
「ああ、死なないな。再生するために必要な魔力を枯渇させるか、もしくは身体のどこかにある核を破壊するしかない」
『なら!』
『いえ、アレはいくら殺しても無駄でしょう』
妹者さんが更に声を上げようとした時、それを遮って姉者さんが口を開いた。
“アレ”って、ドラゴンゾンビのことだよね? そりゃあ再生できなくなるまで殺さないといけないけど、話の内容からして無駄にはならないでしょ。
理解が追いつかない僕に、姉者さんが説明をしてくれた。
『あの<屍龍>は......魔力が枯渇してません』
『っ?!』
「どういうこと?」
「そのまんまの意味だ」
そう言って、アーレスさんは追加で【水月魔法:螺旋水槍】を生成し、先と同じように敵へ放つ。
それも今度は一本ではない。五本、十本と数を増やして休む間も無く撃ち込んでいった。
ドラゴンゾンビはその度に部位破壊が発生して、身動き取れないほどダメージを負っていた。
その行為を続けながら、アーレスさんは言う。
「地上に出てから幾度となく奴に攻撃を与えてきたが、魔力の総量が減っている気配が無い」
『おいおい、マジかよ。核はどーだった?』
「同じく、核らしきものも見当たらない」
え、核の無いモンスターっているの?!
そんな僕の疑問を察して答えてくれたのは、アーレスさんだ。
「アンデッド系のモンスターは未だに謎が多い。モンスターは必ず核を有すると言う学者もいれば、それは生前の話であると言う学者もいる」
『極稀に巨体に見合わず、極めて小さい核があり、それを見つけられなかったことで、“無かった”と主張する人もいます』
もし姉者さんの主張が正しければ、今もなお、水の槍を浴びせ続けているアーレスさんによって小さな核が破壊され、死んでいてもおかしくないはずだ。
いくら小さかろうと、身体中穴ぼこにされて、核の姿すら確認できないのは変である。
おまけに二人の話によれば、ドラゴンゾンビは先程から魔力の総量が減っていないとのこと。
どこから魔力を供給し、どうやって傷を癒やしているのか不明だらけである。
「考えられる可能性は......ダンジョンコアだろう」
「え、ダンジョンコアと何の関係が......」
と、僕は言いかけていたが、あることを思い出す。
アーレスさんが破壊したはずのダンジョンコア――あの金の玉だ。
仮にあの玉が偽物だったとして、本物はどこにあるのか。
また同じく、ドラゴンゾンビの核はどこにあるのか。
自然と導き出された答えに、僕は顎に手をやった。
「もし......もしドラゴンゾンビが僕と同じだったら......」
魔族姉妹は僕に言った。
あの湖に落ちてはいけない、と。
理由は、強力な酸性で僕の身体が溶かされ続けるため、妹者さんの【固有錬成】が追いつかないからだ。
そもそも僕の血肉を全て失っては、生き返ることができない。“鈴木”に続く、僕の名前が不明であるため、【祝福調和】に必要な情報が揃わず、ゼロからの蘇生が不可能だからだ。
そして僕なんかよりも頑丈なのが、魔族姉妹の核だ。
きっとあのダンジョンの湖に僕が入ったら、形が残るのは魔族姉妹の核だけである。そしてそのまま湖の底に沈んでいく。
その現象が、ドラゴンゾンビと同じであったのなら......。
「あの湖のどこかにドラゴンゾンビの核があるんでしょうか?」
「......その可能性が高い」
いや、その可能性よりも高いことが有り得る。
ダンジョンコアだ。
最奥部に至るまでトラップすら無かったあの場所に、強力な酸性を張っていた湖の底に、ダンジョンコアやドラゴンゾンビの核があるに違いない。
なぜなら一般の冒険者程度では、あの湖に潜ることはできない。だからダンジョンにとっては、安全な場所とも言えるだろう。
『でもどーやってあん中に潜るんだよ』
そうだ。問題はダンジョンコアの在処に目星がついたとしても、その場に辿り着ける手段が無いのだ。
「そのことなら問題無い。私が行く」
「っ?!」
な、なに言ってるの、この人?!
「ちょ、ちょっとアーレスさん」
「一つ言っておくが、強酸程度で私が死ぬことも、怪我することもありえん。ただの湖と変わらない」
自信満々に言ってくれるから対処に困っちゃう。
そんな危険な行為、男として止めるべきか迷ったが、アーレスさんは人間を辞めちゃってるくらい頑丈なので、その心配は要らない気がしてきた。
ん? 待てよ。アーレスさんがダンジョンに戻るとしたら、僕がついて行っても意味は無いよね。
なら僕はこれから何をすべきか......。
「そこで、だ。ザコ少年君。君にはアレと応戦してもらいたい」
「......。」
ですよね。わかってました。ええ、はい。くそうくそう。
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