第92話 屍龍―ドラゴンゾンビ―

 『ア、ア、アアア、アァァアアァアアア!!!』


 思えば腑に落ちない点はいくつもあった。


 アーレスさんがダンジョンコアを破壊したはずなのに、ダンジョンは崩壊することなく、モンスターの軍勢を生み出した。


 そのモンスターの軍勢を屠り去っても、ダンジョンは崩壊を始めなかった。


 ならばアーレスさんが壊したダンジョンコアとは、いったいなんだったのだろうか。


 ダンジョンの崩壊に、ダンジョンコアの破壊が必要不可欠ならば、あの金色に輝く宝玉はその役割を果たしていない。


 だとしたら答えは必然――


 「本当のダンジョンコアは......どこにあるんだ?」



*****



 「アーレスさん、あれはいったい......」


 「<屍龍:ドラゴンゾンビ>だろう。文献で読んだ程度だが、初めて見るな」


 「ど、ドラゴンゾンビ?」


 読んで字の如く、龍の屍のモンスターだった。上からその姿を見下ろす僕であったが、その名称が相応しいくらいの外見である。


 ドラゴンゾンビの外見とやらは、一言で言えば痩身の龍だ。その身から放つ腐敗臭が、奴の遥か上に居る僕らのところまで漂ってきた。


 肌は黒に近い深緑色で、所々肉が着いていない箇所が見受けられる。一見、大人しくしていれば死にかけのドラゴンに見えるが、先方は活気に満ち溢れていた。


 その証拠に穴だらけの自身の両翼を羽ばたかせている。


 今にも飛んできそうな勢いだ。


 「あんな翼で飛べるわけないよね?」


 『はぁ......。ファンタジー溢れる世界だぞ、ここ』


 『なんなら魔法を使えば、飛ぶのに翼だって要りませんから』


 へぇー、じゃあ今度、僕にもお空の旅を体験させてよ、と言いたいけど、そんな馬鹿なことを言っている場合じゃないので言わなかった。


 「アーレスさん、アレ、こっちに飛んで来ますよね?」


 「ああ」


 「僕、身動き取れないんですけど」


 岩壁に剣を突き刺してぶら下がっているアーレスさんとは違い、僕は両手両足で必死に岩壁にしがみ着いている。


 場所も場所で、先程の地面が崩壊した後は、大きな空洞となっていた。少なくとも下に居るドラゴンゾンビが飛翔できるくらいには広さがある。


 もし、なんかしら攻撃でも食らって下の湖にでも落ちたら、僕の楽しい異世界ライフはそこで終了だ。


 『ラアァアアアァァァァアア!!』


 「『『っ?!』』」


 すると突然、先程まで羽ばたいていたドラゴンゾンビが大きく口を開け、そこから赤い閃光を放った。


 ブレスだ。


 即死を覚悟した僕だが、攻撃対象は壁にぶら下がっている僕らではなく、その遥か上のダンジョンの天井を狙っていた。


 ブレスの攻撃範囲は非常に狭く、大規模な破壊は伴っていなかった。が、その代わりに、貫通力に特化していたらしく、一層二層と天を貫いていく。


 そしてブレスの後、視線を上に持っていけば、視界の先にダンジョン内とは景色の違う小さな穴ができたことに気づく。


 遠くからでもわかる青空だった。


 ダンジョンの最下層から、たった一発のブレスで地上に繋がる穴をあけたんだ。


 「......アレはか」


 「僕らを攻撃せずに、真っ先に出口を作ったのはそういうことでしょう......」


 さて、奴の狙いがわかったところで、僕らは何をすべきなんだろうか。


 ドラゴンゾンビが地上に出て、近隣に位置する帝国に被害が出ないよう、奴をここで押さえ込むべきか。


 無理である。


 勝てる勝てない以前に、場所が悪すぎる。


 「どうしましょう......」


 「? あいつは地上に出る気だぞ?」


 「そうですね。でもこんな所で食い止められませんよ」


 「なぜ食い止める必要がある?」


 「え?」


 「奴は我々が居るここを通って地上を出る気だ。ならば......」


 どうしよう。皆まで言わなくても、アーレスさんの言いたいことがわかっちゃった。


 案の定、ブレスの後に羽ばたいたドラゴンゾンビは真っ直ぐにこちらへ飛んでくる。その速さも異常で、あっという間に目と鼻の先まで迫っていた。


 そしてタイミングを見計らったアーレスさんが、壁に突き刺した剣を引き抜いて、今度はそれを飛んできたドラゴンゾンビの後ろ足に突き刺した。


 『ま、ここに居ても仕方ねーしな』


 『ほら、行きますよ』


 「あ、ちょ、待っ――」


 僕の意見は伝える前に終わりを迎えた。


 アーレスさんに倣い、ドラゴンゾンビの尻尾目掛けて僕らは飛んだ。


 しかし尻尾を捉えきれなかったので空振りに終わる。と思いきや、元々そのつもりだったのか、姉者さんが鉄鎖を吐き出して、これを奴の尻尾に巻き付けた。


 曰く、魔力吸収もできて一石二鳥、と。


 こうして僕はドラゴンゾンビと共に、お空の旅を体験することになるのであった。

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