第91話 上には上がいて、下には下がいる件

 「『【多重凍血魔法:氷棘牙ひょうきょくが】ッ!!』」


 氷獣は現れない。それでもモンスターの軍勢を穿つ一撃がそこにはあった。


 モンスターたちの頭上から降り注ぐ上顎の牙が――


 奴らの足下から突き上げる下顎の牙が――


 「噛み砕けッ!!」


 “絶命”を与えていった。



*****



 「ハァハァ......すごい、いりょく、だったね。ハァハァ」


 『......ええ。まさかこれほどとは』


 僕は息を切らしながら目の前の光景に驚いていた。


 奴らの頭上と足下から鋭利で強靭な牙が奴らを襲った。


 魔法が解き放たれた後に残ったのは、氷の牙に襲われて、見るも無惨な姿と化したモンスターたちの死体だ。身体のそこら中に氷が貫通していて、敵ながらも同情してしまう。


 「多重魔法って本当にすごいね......」


 『あーはいはい。そーだなー』


 「? 妹者さん、なんか機嫌悪くない?」


 『別にー』


 妹者さんが不機嫌になっている。あーしの方が息ぴったりだったし、かっこよかったし、などとブツブツと呟いていた。


 ふむ、これは......


 「妹者さんも火力にロマンを求めてるんだね!」


 『......は?』


 「わかるよ! これからもどんどん派手で格好いい魔法を一緒に作っていこう!」


 『......。』


 僕は同志を見つけた目で右手を見たが、あっちは完全に黙り込んでしまった。


 え、なに、どうかした?


 そんな馬鹿をしている僕らだったが、


 『ガァァアアア!!』


 モンスターの群れを全滅にまで追いやれなかったことに気づく。


 壊れた壁の奥からモンスターがどんどん溢れ出てくるのなんの。


 これ、大丈夫なんですかね......。


 僕は後ろに居るアーレスさんに目をやった。


 「......珍しい魔法であったため、見入ってしまった」


 「『『......。』』」


 なんと、まさかの時間稼ぎリセット宣言である。


 たしかに格好つけたいとか、時間稼ぎじゃなくて殲滅したいとか言ったけど、何もしてなかったは駄目でしょ......。


 「ああー、しんどい!」


 僕は再びモンスターの大群に向き直って戦闘に入ることにした。


 「というか、なんかすごい疲れたんだけど」


 『魔法の行使なんて慣れないこと、連続でしてますから』


 「二人の魔闘回路を使っているのに?」


 『プロの料理人が使ってる包丁借りたからって、美味い飯作れるとは限らねーだろ?』


 「そういうものなの?」


 『んなもんだ。使い込まれた包丁なんて手に馴染まねーし、魔法レシピを知って料理に取り掛かっても疲れんのがオチだ』


 なるほど。やっぱ何事にも慣れが必要なのね。


 『んで、どーすんの? あたしの魔力はあんま無いぞ』


 『私もさっきので結構持ってかれましたね』


 「そうだなぁ」


 姉者さんの鉄鎖で、敵から地道に魔力を吸収していってもいいけど、今の僕らの目的はアーレスさんに繋げることだ。


 大規模な魔法攻撃を使うであろう彼女の下へ、敵を向かわせないようにしないと。敵の殲滅が第一優先なので、魔力吸収で回復してたら時間稼ぎが満足にできない。


 かと言って、敵の注意を僕らに向けるために、火力のある魔法を使うにしても、魔力が必要なのも事実。


 「仕方ない。地道に近接戦で注意を引くか」


 『うぃー』


 『それが無難ですね』


 妹者さんが【紅焔魔法:打炎鎚だえんづち】を生成してくれた。魔力は少ないけど枯渇状態ではないので、多少の魔法はいくつか使えるらしい。


 モンスターの軍勢を迎え撃つべく、僕は【打炎鎚】を振りかぶって打ち込んだ。


 思いっきり打ち込んだ一撃は爆風と共に範囲攻撃で、モンスターたちにダメージを与えるが、死なないモンスターもちらほら居る。


 火力不足と言ったらきりがないけど、そもそもここはダンジョンの最奥なので強いモンスターが居てもおかしくない。


 その中でも虎のような四足歩行モンスターが、僕に向かって口から火炎放射を放ってきた。


 「ぐッ!!」


 急なことで回避もままならず、直撃を許してしまったが、妹者さんのスキルで全回復。


 反撃に転じようとした矢先、目の前に居たサイクロプスが握っていた棍棒が僕の腹部に打撃を入れたことにより、後方へ飛ばされる。


 これも妹者さんのスキルにより全回復。


 それでも口の中に残った自身の血の味が少し気持ち悪い。ペッと吐き出しては、すぐ傍にアーレスさんが居たことに気づく。どうやら振り出しに戻ってきちゃったらしい。


 「すみません、戻ってきちゃって」


 「......いや、ちょうどいい。下がっていろ」


 なんと。もう時間稼ぎはいいのか。


 僕はアーレスさんに言われるがまま、彼女から数歩下がる。


 モンスターの群れは敵である僕らが一箇所に集まったことで、一斉に襲いかかってきた。こうして見ると、全然敵の数が減っていないように思えてくる。


 それでも、アーレスさんは焦ることなく片手を差し伸ばし、口にする。


 「【水月魔法】―――」


 突如としてどこからとなく生み出された濃霧が、勢いよくモンスターの群れを呑み込んだ。


 僕自身もその霧に呑まれ、同時に背中を冷たいものでなぞられた気分に駆られる。冷気を纏っただけの濃霧なんかじゃない。


 ただこの霧の中に居るだけで、自分の命をいつ失ってもおかしくない感覚に陥った。


 そんな異質な濃霧で完全に見えなくなったモンスターたちは、きっと全員、この霧に呑まれたことだろう。


 それを感じ取ってか、アーレスさんは差し伸ばした手を戻しつつ、強く握りしめる。


 「―――【霧衝】」


 その唱えと同時に、濃霧の中からザシュッという音が幾重にも聞こえてきた。


 モンスターたちの断末魔は聞こえない。しかしそれでも、先程までの奴らの咆哮は鳴り止み、このボス部屋を静寂の間へと変えていった。


 やがて濃霧は晴れ、その光景に僕は目を見開く。


 「し、死んでる......」


 喧騒で満ち溢れていたこの場所が静かになったことで、色々と察することはできたが、それでもここまで呆気なくモンスターの軍勢が屍の山と化すのは驚きだ。霧は部屋の隅々にまで行き届いたのか、奥まで死体の山が続いている。


 その証拠に、奥の壁に張り巡らされた緑色の羊膜の中に居たモンスターも全て斬殺されていた。


 濃霧の中で斬り裂かれたように、死体となったモンスターたちの身体からは血が流れ出ている。ピクリとも動かない。


 「あの霧に呑まれたとき、すごいゾッとしました」


 「安心しろ。【霧衝】は範囲攻撃だが、味方と敵を見分けて攻撃できる」


 「みたいですね。でも一瞬だけ生きた心地しなかったです」


 「......ザコ少年君は死んでも生き返るのだろう?」


 「はは、そういう問題じゃないですよ。それに死んでも生き返るからって、命を粗末にする理由にはなりませんし」


 「......。」


 僕にとっての死は、“一瞬の苦痛”である。


 その一瞬だけ我慢すれば、あとは妹者さんが元通りにしてくれるから、死を覚悟する必要なんてない。もちろん、前提条件として妹者さんの核が無事ならば、の話だけど。


 「いやぁ、あんなすごい魔法があるなんて知りませんでしたよ。ね、二人とも」


 『『......。』』


 「?」


 魔族姉妹に感想を聞いてみたけど反応がない。


 まさか魔族姉妹まで殺られたのか、という不安はあったけど、両手に閉ざされた口が確認できたことで、その心配は要らなかった。


 「あとは核や素材を回収して――」


 「まだだな」


 「え」


 早速、懐から素材回収用の麻袋を取り出した僕だが、アーレスさんが待ったを掛けたことにより、それが叶わなくなる。


 まだって......何が?


 「えっと......」


 「まだ奥に居る。......いや、か」


 “下”?


 アーレスさんは足下を見つめながら、腕を組んでいた。剣は既に腰の鞘へ納められていたので、戦闘は終わったのかと思い込んでしまった僕である。


 すると突然、先の戦いの前のような地震が再び起こった。


 でも今度は大きさが違う。さっきとは比較にならないほど揺れが強かった。あまりの揺れの強さに、僕は思わず膝を着いてしまった。


 手の平を地に着けているからか、その異音な地響きが直に肌へ伝わってくる。


 この感じ......


 『崩れるな』


 『ええ、崩れますね』


 「ちょ!!――」


 どうしたらいいのか、と言おうとした僕だけど、その前に地面が崩壊して落下することになる。


 足場を失くした僕は急な浮遊感に襲われて行動ができなかった。バンジージャンプをしたらこんな気分なのかな、などと思っている場合じゃないのに、そんなことを考えてしまう。


 もちろん命綱なんてものはないので、このまま落ちたら即死、よくて重症だろう。


 「『『っ?!』』」


 崩れた瓦礫やモンスターの屍と一緒に落ちていくが、その途中で目下に迫る光景に驚愕した。


 水だ。地面が崩れた先に、湖のようなものがある。それも綺麗な透き通った湖だった。見るからに洞窟系のダンジョンだから、地下水が堪ってできたのだろう。


 深さにもよるけど、上手く着水すれば死にはしな――


 『やばッ! 鈴木! あの水溜りに落ちるなッ!!』


 「え?!」


 『どこかの壁にしがみ着いてくださいッ!!』


 なんで?!


 が、二人に説明をしてもらう余裕が無い。未だ落下中だが、もう時期着水してしまう。


 よくわからないけど、空中では身動き取れないので、半ば諦めの僕であった。


 が、


 「ぐへッ?!」


 突然、脇腹に強打を食らった僕は、真横にふっ飛ばされ、そのまま壁に激突する。


 あまりの急な出来事に何もできなかった僕だが、両手の支配権は魔族姉妹にあるため、二人が岩壁の凹凸部分をがっしりと掴んでくれた。


 「いったぁ......」


 『あの女騎士に助けられたな』


 『はぁ。貸し一つですね』


 な、なるほど。あの湖がなんなのか、よくわからない僕だけど、二人の会話からして、一緒になって落下していたアーレスさんが僕を突き飛ばしてくれたのだろう。


 辺りを見渡せば、彼女の姿が見えた。アーレスさんは携えていた剣を抜き、それを岩壁に突き刺してぶら下がっている。


 アーレスさんでもこのまま落下するとマズいってこと?


 そんな僕の疑問は、真下の湖を目にしたことで解消される。


 「な、なんだ、あれ」


 僕らよりも先に、あの綺麗な湖に落下していったモンスターの屍が、着水と同時にドロドロと徐々に溶けていった。


 アーレスさんの魔法により、生きていた者はいなかったので、身体を溶かされていく痛みは感じないだろう。それでも、徐々に肉体が溶かされていく様は、見ていて気分の良いものではない。


 狩った僕らが言うのもなんだけど。


 あの湖の水が強力な酸なのかはわからない。でもたしかに僕が落ちてしまったら、死ぬことは間違いない。


 なぜなら妹者さんの【固有錬成】をもってしても、全回復した矢先に身を溶かされるからだ。故に即死かつ持続的なダメージは、僕という個体を再起させることができない。


 そしてその死の湖から徐々に影を大きくしながら、


 『アァァアアァアアア!!!』


 巨大なドラゴンが姿を現した。

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