第90話 奇行を取った理由を聞こう

 「あの、アーレスさん」


 「なんだ?」


 「いや、今、剣で何を刺しました?」


 「ダンジョンコアだ」


 「それ、壊したらヤバいってこと、わかってます?」


 「ああ。この国の敵になるだろうな」


 わかってて刺したのかぁ......。


 現在、僕らはダンジョンの最奥部、ボス部屋と呼ばれる場所に居た。


 通常であれば、この空間で待ち構えているダンジョンボスを倒して、なんかしら報酬を受け取り、ダンジョン制覇の名誉を冒険者ギルドでいただく。


 が、そこにダンジョンコアの破壊は無い。


 なぜならば近隣の国や冒険者ギルドにとって、ダンジョンとはある種の収入源でもあり、一度のクリアで存在が消失してしまったら困るから。


 だからボスを倒しても、そのダンジョンの心臓であるダンジョンコアを破壊しちゃいけない暗黙の了解がある。


 国に睨まれちゃうから。


 「だ、ダンジョンコアは破壊しちゃ駄目なんですよ?」


 「通常は、な」


 「はい?」


 ただでさえ帝国では神経を尖らせて生活しなきゃいけない僕らなのに、進んで帝国の敵になる理由がわからない。


 そんな僕は、アーレスさんが取った奇行について問い質そうとしたが、彼女から発せられた言葉の意味に疑問符が浮かべる。


 「あのギルド職員が言ったように、通常はダンジョンコアを破壊してはならない。ダンジョンが崩壊したら利益を失うからだ」


 「で、ですよね? ならなんで――」


 「が、その規約とは別に、もある」


 「“崩壊させなければならない理由”......ですか?」


 え、どういうこと?


 消えたら困る存在に、消さなきゃいけない理由ってなに?


 僕の疑問は深まる一方で、魔族姉妹が口を開いた。


 『ああー、もしかすっとアレかぁ』


 『みたいですね、私も今気づきました』


 魔族姉妹はどこか納得した顔つきで言う。顔つきっていうか、口しか無いけど。


 未だ僕だけ置いてけぼりである。


 『鈴木、ダンジョンってのは何を生み出すと思う?』


 「そりゃあ財宝とかモンスターとか色々と」


 『そーだ。財宝はともかく、生み出されたモンスターは自然消滅すると思うか?』


 「いや、しないから増えすぎた場合、騎士団が動くなりして間引くんでしょ?」


 『おう。んじゃ、その間引きがモンスターの生産力に追いつかなかったり、間引くことすらしなくなったらどうなる?』


 「それは......」


 と、そこまで言って僕の言葉は止まる。


 答えがわからないわけじゃない。普通に考えて、モンスターが生み出されるだけ生み出されて、誰も間引かなかったら増え続ける一方だ。


 でもこのダンジョンは違う。


 ここ、<魔軍の巣窟アーミー>はモンスターの総数がそもそも少ない。


 現に僕らが居る最奥部まで辿り着くのに遭遇したモンスターは、数えるほどしか居なかった。


 間引く以前の話だと思ったから口にできなかった。


 『苗床さん、事は至ってシンプルですよ。モンスターが増え過ぎたら狩る。理由は国の脅威となるから』


 「でもモンスターの数はそんなに――」


 と言おうとしたところで、突如、立っている自分が揺れ傾くような地響きが起こった。


 ダンジョン全体が崩壊でも始まったのかというくらい地震を強めてくる。が、天井からパラパラと砂粒のようなものが落ちてくるだけで、崩壊は一向に始まらない。


 揺れが続く中、アーレスさんは引き抜いた剣を片手に立ったままだ。魔族姉妹まで焦りの色を顔に浮かべない。


 「アーレスさんッ!!」


 「落ち着け。それより臨戦態勢に入れ」


 え?! なんでッ?!


 と思った僕だが、途端にアーレスさんが僕の首根っこを掴んだまま後方に飛び下がった。


 その際、ぐえッ、と情けない声を出してしまったが、そんなことを気にしている余裕は無い。


 飛び下がったとほぼ同時に、金色の宝玉ダンジョンコアが埋め込まれてあった巨岩の壁が崩壊した。壁の向こう側から爆破でも起こったのかというくらいの勢いだ。


 やがて地震は収まり、辺りは先の巨岩の壁の崩壊により砂埃で埋め尽くされる。


 しかし良好とは言えない視界の中、薄っすらと見えるものがあった。


 同時に僕は連想する。


 ――このダンジョンの名の由来を。


 「ザコ少年君、良かったな。全て倒せば、しばらく生活費には困らないぞ」


 「......。」


 突如として現れたモンスターの軍勢と、彼女の歓喜にだんまりを決め込む僕であった。



******



 姉者さんはこう言った。


 ダンジョンを破壊する理由は、国の脅威となるのを防ぐため、と。


 一方でダンジョンを破壊してはいけないのは、偏に収入源になるというから、である。


 だから極力良い感じに需要と供給が釣り合うよう、ダンジョン調査という制度があり、モンスターの間引きなど調整を行う。


 が、そんなメリットを覆すようなデメリットが生じては、もはやダンジョンからの搾取はままならない。


 一度、危ないと国が判断してしまっては、再発防止として、デメリットの根源であるダンジョンを消さなくてはならないからだ。


 「......すごい数だなぁ」


 『百や二百なんてもんじゃねーな』


 僕らの目の前にはモンスターの大群が広がっていた。


 どうやらこのボス部屋の壁の向こう側に、数多くのモンスターが息を潜めていたらしい。ダンジョンコアを破壊したことがきっかけか、その姿を現した。


 いつぞやのミノタウロスやゴブリン、見たことのない多種多様なモンスターがこちらを睨んでいた。


 そして奇妙なことに、モンスターの軍勢を囲う岩の壁に、モゾモゾとうごく緑色の袋――羊膜のようなものが大量に見受けられた。目を凝らせば、その中に内包されていたものが薄っすらと見える。


 モンスターだ。色んなモンスターがその緑色の羊膜の中に居る。今か今かと生まれるのを待ち望んでいるようだ。故にいつ生まれてもおかしくない感が伝わってきた。


 『にしても、よくアレらの存在に気づきましたね?』


 「以前にも言ったが、私に認識阻害の類いは一切通用しない」


 『ああー、やっぱ認識阻害の類いだったかー』


 「ダンジョンが......あんな大量のモンスターを隠していたってこと?」


 未だ状況の理解に苦戦する僕に、三人は頷いて応じた。


 まーじか。


 ああでも、なるほどね。たしかに目の前に広がるモンスターの軍勢が外に出たら、帝国に多大な損害が生じるよね。じゃあダンジョンそのものが討伐対象になってもしょうがないか。


 でもさ、アーレスさん、この件は一度、冒険者ギルドに持ち帰っても良かったんじゃないですかね?


 僕らだけであの軍勢を相手にするってちょっと......。


 ちなみになぜダンジョンがそんな狡賢いことしていたのかは、さすがのアーレスさんでもわからないらしい。が、ダンジョンもある種の生き物なので、なにかしら学んだのかもしれない。


 となると、帝国領土にもあるこことは別のダンジョン――<財宝の巣窟トレジャー>の生態も怪しくなる。


 敵である人類に魔鉱石を与えているだけなんて、きっと裏があるに違いない。


 いや、このダンジョンの真相に気づかせないためか?


 ああもう、全く以て迷惑な話だなぁ。


 「来るぞ」


 アーレスさんのその一言を合図に、僕はモンスターの軍勢に向かって走り出した。


 まず手始めに欠かせない妹者さんの【固有錬成】で、身体能力が僕より遥かに上のアーレスさんのを借りようかと思ったが、対象者にする前に一気に距離が生まれてしまった。


 彼女が先陣を切って、飛び出していったのである。


 仕方ないので適当なモンスターを見つけて、スキルの対象者にした。


 「【紅焔魔法:打炎鎚だえんづち】!!」


 『【紅焔魔法:火球砲】!!』


 『【冷血魔法:氷棘ひょうきょく】』


 妹者さんによって僕の頭上付近から火球が生み出され、敵の群れに襲いかかった。同時に姉者さんが繰り出した【氷棘】が、モンスターの足下から勢いよく突き上げていく。


 僕も生成した【打炎鎚】の高火力で範囲攻撃を試みるが、それでもモンスターの数は減っているように思えない。


 数が多すぎるのだ。


 「ふッ」


 アーレスさんが剣を一線、二線と振る度にモンスターは一撃で屠られていった。そこにサイクロプスやゴブリンなどの個々の戦力差は関係なかった。


 等しく一撃で斬殺され、その血飛沫がアーレスさんを返り血で染め上げていく。


 モンスターによって血の色に差異があるのか、緑色であったり、紫色であったりと様々な血が吹き出ている。


 『かッー!! 魔法使ってねーでアレかよ!!』


 『というかあの人、魔法使えるのになんで使わないのでしょう』


 「たしかに。アーレスさんも魔法でぱっぱとやっちゃえば、こっちも楽なのにね」


 そう話しながらも、僕らは襲いかかってくるモンスターたちに応戦していった。僕の周りを囲むモンスターの群れだけを相手にしていたら埒が明かない。


 僕は【打炎鎚】をモンスターの群れに投げ飛ばして、新たな攻撃手段に臨んだ。


 「二人とも!」


 『あいよ!!』


 『ったく。人使いが荒いですね』


 準備を整えるため、僕はモンスターの群れの中でも空いたスペースを探して、そこに飛び込んだ。


 そうして作った一瞬の余裕を利用し、僕は抜刀の構えを取る。


 『【固有錬成:鉄鎖生成うぷ】』


 『合わせろよ、鈴木ッ!!』


 「了解ッ!」


 例の如く、【烈火魔法:抜熱鎖ばねっさ】を思わせる攻撃スタイルにも思えるが、今回は少しばかし違う。


 「『【多重烈火魔法:爆熱鎖ばくねっさ】ッ!!』」


 【烈火魔法:抜熱鎖ばねっさ】と【烈火魔法:鎖状爆焼】を重ね合わせた一撃が横薙ぎに一線、程度に差はあれど辺り一帯のモンスターを真っ二つにしていった。


 そして次の瞬間、真っ二つになった奴らの身体が赤く膨れ上がった同時に勢いよく爆発していった。


 そう、【多重烈火魔法:爆熱鎖ばくねっさ】は切断面に爆撃を付与することで、追加ダメージかつ再生させないという追い打ち効果を含んでいるのだ。


 両断するだけでも大半のモンスターは絶命するけど、再生能力を持った相手とかいたら困るので、こうした次第である。


 だからオーバーキルもいいとこな魔法を魔族姉妹たちと生み出した。


 「おおー! これはすごいね!」


 『ったりめーよ! あーしと鈴木の合体技だぜ!! 愛――じゃなくて絆の力だなッ!!』


 『あの、私の鉄鎖も含まれてますよね? 妹者』


 ちなみにトノサマゴーストを倒した際に使った【紅焔魔法:打炎鎚】と【烈火魔法:鎖状爆焼】を合わせた攻撃も多重魔法と呼ぶらしい。


 本来であれば魔法を行使する際、同時に別の魔法を行使することは、難易度が高すぎてやろうと思ってもできるものじゃないらしい。


 僕らの場合は、単純に二人で同時に魔法を発動しただけで完成しちゃうので、そこに努力や苦労なんてものはなかった。


 『ガァァアアア!!』


 「うへぇ。全然減ってない」


 『まーじか。トノサマゴーストとの戦闘でかなり魔力を使っちまったからなー』


 『多重魔法は魔力消費が馬鹿になりませんからね』


 迂闊にほいほい使えないのか。


 目の前のモンスターの大群は先の範囲攻撃を食らっても、未だ減少を見せてくれない。その原因は奥の壁に張ってある緑色の羊膜から、モンスターがどんどん生み出されているからだ。


 なんなのあれ。皆、羊膜っぽいの破って、続々と戦闘に参加してくるんだけど。生まれたての子鹿くらい時間置いてくれてもいいのにさ。


 「ザコ少年君」


 「あ、アーレスさん」


 いつの間にか、どこかに突っ込んで行ったアーレスさんが僕の下へやってきていた。


 私服姿の彼女はモンスターの返り血や粘液等ですごいことになっている。


 傷を負っていないか心配になったが、息切れすらしてない彼女にその心配は無用に思えた。


 「一気に片付けたい。三十秒ほど時間を稼げるか?」


 「それくらいなら大丈夫ですが......」


 先程までアーレスさんが大量殺戮を繰り広げていたとしても、モンスターの軍勢は勢いを失わない。それどころか増え続ける一方だ。


 だからアーレスさんも範囲攻撃で一網打尽にしようと考えたのだろう。僕らの攻撃では高が知れているので、是が非でもアーレスさんに頼みたい。


 「はは、一体一体は強くないので三十秒どころか二、三分はいけそうです」


 『おま、調子乗んなよ!!』


 『彼女が戦わないということは、その分集中的に狙われるということですよ』


 「......任せたぞ」


 ええー、でも今の僕ならやれちゃいそうなんだけどー。


 魔法も思うように使えるし、多重魔法とやらも成功させちゃったんだ。正直、異世界転移後、初の無双をやっている気がしてしょうがないよ。


 調子に乗っていると自覚のある僕は、ここぞとばかりに格好つけるために、後ろに居るアーレスさんに向かって親指を立てた。


 ......さすがにキモかっただろうか。普段の僕じゃ絶対にしない行動である。


 ちょっと後悔。でも偶には勢いも大切だよね。


 美女にアピールできそうな時はしないと。


 『オオォォォオオォォオオ!!』


 「来るよ!」


 『あーし魔力切れだからパス』


 『格好つけたんです。一人で乗り切れますよね?』


 こんの魔族姉妹は......。


 僕は目の前に迫る敵に向かって走っていった。


 ミノタウロスやゴブリンなどの見知ったモンスター。


 クマやライオンみたいな見た目のよくわからないモンスター。


 多種多様なモンスターの軍勢が僕らを殺そうと一斉に襲いかかってくる。


 少し前の僕ならビビってた。アーレスさんが居なかったら逃げていたかもしれない。でも今の僕には、たとえ借り物であったとしても――戦える力がある。


 有象無象の敵を蹴散らす力が!!


 「姉者さん! 時間稼ぎなんてする気が起きない! ぶっ放したい!!」


 『あなたと言う人は......レシピは?』


 瞬時に僕の意図を読み取った姉者さんが、何と何を掛け合わせるのか、僕に聞いてきた。


 当然、言うまでもなく、その意は【多重魔法】を指す。


 「威力派手さ命中率ひっちゅう!!」


 本来なら、きっと掛け合わせたい魔法の名称を二つ、口にしないといけないんだろうけど、ハイになっちゃってる今の僕は希望だけを発した。


 『はぁ......ったく』


 姉者さんに怒られるかなと思ったけど、


 『そういうの嫌いじゃないですよ!!』


 意外とそうでもなかった!!


 『合わせてくださいッ!!』


 「了解ッ!!」


 腕を振る必要は無いんだろうけど、なぜかしてしまった。


 下から掬い上げようとする左手と、上から押しつぶそうとする右手。


 この対極の関係が僕の目の前で具現化する。


 まるで氷から生まれた巨獣が口を大きく開き、その強靭な顎と牙でモンスターの軍勢を――


 「『【多重凍血魔法:氷棘牙ひょうきょくが】ッ!!』」


 ――噛み砕くかのように。

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