第87話 斬るよりも砕く!

 『苗床さん! 大丈夫ですか?!』


 『鈴木! 目覚ませ!』


 「......うぇ?」


 今まで沈んでいた身体が、意識が、浮上した気分に駆られた。


 視界に写ったのは薄暗くても決して不自由はしない空間どうくつ――ダンジョン。


 目の前にはゆらゆらとなびくソレが姿を現していた。


 黒に黒を染めたソレの中には真っ白な痩身の腕が垣間見えても足は存在していない。


 その細く白い腕にはソレの体長を優に越す大鎌が。まるで地面に接しているその柄の頭を足として構えているように思えた。


 ぱっと見の印象は真っ黒な案山子。でも瞳と思しき箇所に位置する青碧の双眼が確固たる殺意を滾らせていた。


 「......どれくらい経った?」


 『十秒ってとこだ』


 『瞬時に把握することは偉いですね』


 嫌でもわかる。僕は死んだんだ――目の前の黒い案山子みたいなのに


 僕は自身の首を擦った。触った感じからして傷跡は無い。例の妹者さんの【固有錬成】で元通りにしてくれたのだろう。


 僕が異世界転移した際、上空から地面に叩きつけられて身体が弾けても全回復したので感謝しかない。


 ただ今回は、意識が飛んでから十秒ほどで復活できたのは運が良かったと言える。


 『起きんのがもう少し遅かったら、あーしが代わりに戦ってたとこだぜ!』


 「はは。......で、アレはなに?」


 僕は眼前の黒い案山子らしき者の正体を両手の姉妹に聞いた。風格はいつぞやの<屍の地の覇王リッチ・ロード>に似ている。


 が、一度ビスコロラッチさんと対峙した僕から見ても、目の前の敵はそれよりも格下というのがわかった。


 それでも今までで遭遇してきたモンスターの中で一番の強敵だと悟る。


 『アレは......トノサマゴーストです』


 「......。」


 トノサマクラス来ちゃったかぁ。


 ゴーストがどういうモンスターなのかは初見だからわからないけど、まぁ、そんなにイメージとかけ離れていないな。姉者さんの話を聞いたらそんな感じがしてきた。


 “トノサマ”って最上位層なんだよね。ということはゴーストの中でも最強クラスってことか。


 ちなみに<屍の地の覇王リッチ・ロード>のビスコロラッチさんは、トノサマとかそういう次元の話じゃないらしい。全く別のジャンル、言わば“特殊個体”とのこと。


 「トノサマゴーストって、僕らだけでいける?」


 『......当たって砕けろ』


 『......何事も思い切りですよ』


 ああ、今のとこ勝率低いのね。よくわかりました。伊達に四六時中一緒じゃないから、魔族姉妹の言いたいことが察せるようになってきたわ。


 「あれ、アーレスさんは?」


 ふと気になったので二人に聞いてみた。アーレスさんも僕からそう離れていないところに居るはずだけど、トノサマゴーストとはまだ一戦もしていないみたい。


 位置関係としては奥からトノサマゴースト、未だ鈍痛に藻掻くサイクロプス、僕、アーレスさんの順であったと記憶している。


 しかしチラッと後ろを見ても、彼女の姿は無かった。


 『どっか行った』


 『先に行ったんですよ。終わったら来い的な雰囲気を醸し出してましたね』


 「......。」


 フリーダムな人だな......。


 しかしこれでアーレスさんを頼るという戦法が取れなくなったぞ。トノサマゴーストを倒して、先に向かわないといけないのか。


 ちなみにトノサマゴーストの傍らには、未だ土手っ腹にあいた穴に絶叫をあげているサイクロプスさんがいらっしゃった。


 出血多量で死ぬのかわからないけど、ドバドバと黒色の血を流しているので時間の問題かもしれない。


 つまり今注意すべきはトノサマゴーストである。


 「......なんで相手は仕掛けてこないの?」


 割と僕の状況確認に時間を使っていたはずだが、先方から攻撃してくる様子は伺えない。こちらをじっと見つめているだけである。


 『そりゃあ首刎ねた奴が瞬時に生き返ったら、迂闊に仕掛けらんねぇーだろ』


 『一度蘇生するところを見られちゃいましたからね。ああいう手合は地味に知性を持ち合わせていますから、下手に動かないのでしょう』


 「なるほど」


 たしかに死んだ相手が即生き返ったら戸惑うよな。決定打となりうる一撃を繰り出せても敵を殺し切れないのであれば、次に待っているのは自身の“隙”だからだ。


 その“隙”が致命傷となっては油断もできないし、下手な攻撃も仕掛けられない。


 こちらからしても初見でそんな蘇生法を見られては、次からは迂闊に死ねない。死んで油断を誘うという手法も、死んでから覚醒する隙も取れないのだ。


 今までのモンスターよりも知性を兼ね備えているようだから、厄介なことこの上ない。


 脳筋モンスターは攻略済みだが、頭脳派モンスターは情報不足である。


 「ま、やることは変わらないよね」


 『おうよ。姉者!』


 『うぷ』


 攻めてこないのならば、こちらから攻めるのみ。


 僕は抜刀の構えを取った。


 イメージは同じく抜刀。


 右手で掴んだのは刀の柄ではなく、鉄鎖。


 そして身体能力の同期コピー先は脳筋モンスターことサイクロプス。


 『【烈火魔法:抜熱鎖ばねっさ】!!』


 距離という間合いを捨てた一撃が、眼前のトノサマゴーストを襲う。


 その抜刀は刃を持たずとも灼熱を纏っていた。


 しかし用途は刀と同じ。誇れるのは切断力で、燃焼効果も期待できる。


 そのはずなのに、


 『......。』


 ガキン。


 おおよそ黒く揺らめく案山子野郎を斬ったとは思えない感触がそこにはあった。


 「なッ?!」


 今までで【抜熱鎖ばねっさ】で斬れないものはなかった。


 振り抜けば、熱したナイフでバターでも切ったかのような切れ味があったのに、トノサマゴーストは動くことなく姉者さんの一撃を耐えた。


 いや、


 「防いだのか?!」


 『っ?!』


 『苗床さん! 下がりなさい!!』


 姉者さんの指示で僕はすぐさま後方へ飛び下がった。


 そして今しがた僕が居た地面に弧を描くような斬撃が走った。


 トノサマゴーストが大鎌で反撃してきたのである。


 「なにアレ?! バリアみたいなの張ってたよ?!」


 『正解です。あれは魔法結界です』


 魔法結界ッ!!


 その名の通り、魔法による結界ね!


 トノサマゴーストを包み込むように球状の膜が張られていた。いや、よく見たらハニカム構造みたいに、半透明の正六角形が無数に繋がっているのが見える。


 そしてその魔法結界とやらは地球の自転のようにゆっくりと、トノサマゴーストを軸に回っていた。


 アレが妹者さんの【抜熱鎖ばねっさ】を弾いたのか......。


 「アレをぶち破るにはどうしたらいい?」


 『シンプルに、アレの耐久力以上の火力をぶつけるだけよ』


 『ま、【抜熱鎖ばねっさ】で駄目でしたら手段は相当限られますが』


 さいですか......。


 僕らが作戦を考えていたら、敵は再び大鎌を構えてこちらを捉える。


 弾丸のようにまっすぐ向かってきたトノサマゴーストを迎え撃つべく、僕らは左手に【鮮氷刃せんひょうば】、右手に【閃焼刃】を生成した。


 振り下げられた大鎌の刃を、両の剣で受けるが、敵の真っ白な細腕からじゃ考えられないくらいの膂力に一瞬たじろいでしまった。


 お互いの得物のリーチ差からか、軽々しく振り回す大鎌に圧倒されるばかりで、中々攻撃に転じれない。


 『......。』


 「うお?! なんか無いかな?!」


 『【抜熱鎖】以上となると......』


 『かなり身体能力の高さに左右されますが......』


 無言で攻め続けてくる相手に躊躇している暇は無い。僕は二人に、なんでもいいから早くしてと催促し、準備をしてもらった。


 『【紅焔魔法:爆散砲】!!』


 至近距離で爆ぜた攻撃は敵を飲み込んだ。


 が、これもノーダメージ。例の魔法結界である。どうやら大鎌を振り回していても、ほぼノータイムで発動可能らしい。


 トノサマゴーストが大鎌を振り回している間に懐に入り込めば、魔法結界は使えないだろうと思ったけど、発動した瞬間に注視したらそれが叶わないことを悟った。


 魔法結界、トノサマゴーストを中心に勢いで球状を生していったのだ。


 妹者さんの言う通り、火力で押し切るしかないらしい。


 でもさっきの【爆散砲】は敵にダメージを与えるためではなく、派手な攻撃で隙を突いて距離を取るためである。


 息を切らしながら僕は魔族姉妹に質問した。


 「で? 【抜熱鎖】より火力があるのって?」


 『火力はあるっちゃあるが、【抜熱鎖】と違って切断力はほぼ皆無だ』


 『かわりに粉砕力に特化してます』


 え、なにそれ。男心くすぐるワードじゃん。粉砕力って。


 「また来た! とりあえず採用!」


 『使いにきぃーけど、がんば』


 投げやりかよ。


 しかし文句を言っている暇は無く、僕はさっそくお目当ての代物を手にして敵に対抗した。


 「ぐッ!」


 振り下ろされた鋭利な大鎌を、甲高い音と共に弾いた僕の武器は非常に重かった。


 右手から生成されたソレは熱く、最近の【閃焼刃】を手にしただけじゃ感じない激痛がそこにはあった。


 これが意味するのは【閃焼刃】なんかよりも火力を有しているということ。


 ジューっと僕の両手を焼く得物は言うまでもなく、火属性から成る武器である。それも両手で扱わなければならない長物。一瞬、槍かと思ったが、先端に付随する塊は圧倒的な重量を誇っていた。


 その武器は――


 『【紅焔魔法:打炎鎚だえんづち】......使いづらいが、使いこなせたら火力はピカイチよ』


 ――陽の熱を纏った大鎚だった。

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