第86話 僕の時代が来た!

 「うお、本当に出た」


 『『マジすか......』』


 異世界転移した僕は初めて手にしている氷の刃に感動した。


 なんと僕の意思で魔法を発動できたのである。


 【凍結魔法:鮮氷刃せんひょうば】を。


 「これ、本当に僕が出したんだよね?」


 『......はい。私は何もしてません』


 『どうやって出したんだ?』


 「出ろ!って」


 『『......。』』


 魔族姉妹が、んな排泄物みたいな踏ん張りで出したのかよ、という目で僕を見てくる。口しかないけど。


 現在、僕らはダンジョンの深層に位置するこの場で、呑気に実験ごとをしていた。検証内容は、僕が意図して姉者さんの魔法を使えるのかである。使えるようになった原因は後で考えることにした。


 「強度はどうだ?」


 僕らを横で眺めていたアーレスさんがそんなことを提案してきた。


 僕は左手で発動した氷の刃を右手に持ち替え、空いた手の平から再び【鮮氷刃】を生成した。が、今度のは僕の意思じゃない。姉者さんの意思で発動したのである。


 これで両手には二振りの氷の刃が揃った。


 「えい!」


 僕は自身で生成した氷の刃を、左手の氷の刃へ向けて振り下ろした。


 ガキン、と音がした後、接した箇所の刃はどちらも刃こぼれすることは無かった。


 「同じ強度かな?」


 『みたいですね。一応、私のは苗床さんが使った魔力量を真似て作りました』


 『鈴木、魔力はどれくらい込めた?』


 「? いや、いつもの感覚というか、姉者さんが作ったやつと同じのを作ろうと思って出しただけだよ」


 『え、なんですかそのテキトーな発動は』


 『無詠唱にも程があんだろ』


 と言われましても......。


 二人の言いたいことはつまりこうだ。


 魔法を行使するにはまず、その魔法を発動する条件である術式を完成させること。次に魔力を流し込み、それを実現させる。


 術式を完成させるには詠唱とかするらしいけど、魔術の面で卓越した者ならばその必要は無いらしい。僕の場合は普段、魔族姉妹がやっていることをただ真似しただけなので、詠唱なんてものはしてない。


 「あ」

 『『?』』


 僕は二つの【鮮氷刃】を見比べながら間の抜けた声を出してしまった。魔族姉妹は不思議そうに僕を見やる。


 「ほら見てよ! 僕、魔法の耐性が無いはずなのに、氷の刃を握っても手が凍ってない!」


 昨日聞こうと思ってたのに、すっかり忘れてた。


 これって姉者さんの魔法が使えるようになったから耐性がついたとかかな。今のところ柄を握っても少し冷たいなくらいで済むから痛みは全く無い。普通に超嬉しい。


 大袈裟かと思うけど、ドライアイスを戦闘中ずっと握ってるようなもんだからね、アレ。おまけに徐々に手が凍り始めるし。


 『ああ、それはアレだよ。自然と耐性がついたんだよ』


 「ということは僕にも魔力が芽生えたとか?」


 『なわけないでしょう。今まで数多くの魔法を使ったり、魔法攻撃を浴びてきたでしょう? 身体が覚えたんですよ』


 「え、魔力無いのに魔法耐性だけつくとかあるの?」


 『まぁ、普通は魔力量に応じて耐久性は備わってるな』


 『何度も言いますが、あなたは例外です』


 「ええー。益々わからなくなってきた」


 『んー乳首みたいなもんだな。ほら、女の......特に妊娠した女の乳首とかいじってたらミルク出んだろ。プシャーって。でもお前はそもそも男だから、いくら刺激を与えてもミルクが出ねーわけよ。硬くなるだけ』


 僕は乳首だったのか。なんか嫌だなその例え。


 この説明から察するに“女”はこの世界の住人、“男”の僕は異世界人である。僕はミルクという名の魔力を分泌する器官のようなものがないので、いくら頑張っても搾乳はできないらしい。


 ちなみにこの耐性は魔族姉妹の以前の寄生先であった“石川さん”も同じだったみたい。


 言及しようと思ったけど、過去に魔族姉妹と石川さんの間に何があったのか、詳細を知らない僕が触れていい話題とは思わなかったからやめた。


 また姉者さんによれば、僕が怪我したり、死んだりしてから妹者さんの【固有錬成:祝福調和】で全回復する度に、より妹者さんの力が馴染んだことも原因と言われている。


 漠然とした言い方だけど、この魔族姉妹は異世界転移後も僕の身体をちょこちょこいじってるらしい。曰く、もっと戦闘に特化した肉体にしたいのだと。もはや肉体改造だね。


 僕の身体なのに、僕の意見が尊重されないとは、これ如何に。


 まぁ、最終的には魔族姉妹が僕の身体から出ていくそうだから、長い目で見れば一応僕にもメリットがあるというもの。強化人間はチートだからね。


 「ならザコ少年君が魔法を使えたのも、その“肉体改造”とやらが起因しているのではないか?」


 『それはちと違うと言うかなぁー』


 「まぁ、たしかに魔法攻撃による耐性がつくのに魔力の有無が関係無いとしたら、魔力を流し込んで使う魔闘回路とは関係ないよね」


 『謎ですねー。......ん?』


 相変わらず原因が不明なので、あれやこれやと試行錯誤しようと考えていた際、姉者さんがまだ進んでいない洞窟の奥を注視しだした。口しかないけど。


 僕らもそちらに意識を向けると、奥から一体の巨大なモンスターが現れたことに気づく。


 体長は三メートルを超えている。昨日戦ったフグミノタウロスのように筋骨逞しいが、こちらの方が一回り大きい。肌の色はいつぞやのトノサマゴブリンを思わせるように、深緑色で汚らしく見える。片手には古く寂れた金棒があった。


 そしてなによりも特徴的なのはごつい顔の真ん中にある一つの巨眼だ。それが僕らをギロリと睨んでいる。


 僕が異世界に来て、初めて遭遇したこのモンスターは......


 「サイクロプス!」


 『お、よく知ってんな』


 『どうせラノベ知識でしょう』


 ぐうの音も出ないけど、ラノベ知識が役に立ったぞ。あれは読み通りサイクロプスらしい。


 サイクロプスはズシン、ズシンと巨体の重圧感を与えるような歩き方でこちらに近づいてきた。


 一体どれくらい強いんだろう。一応、僕らが居る場所はダンジョンの深層だから強いんだろうけど、昨日のフグミノタウロスがあまり苦戦しなかったからなぁ。


 「ザコ少年君」


 「はい。色々と試したいですし、僕一人でお願いします」


 良い心意気だと魔族姉妹から褒められた僕だが、本当は勝てる気しかしない。


 異世界に来てから幾度となくモンスターと戦ってきたけど、大体のモンスターは脳筋ばっかだ。多少サイズが違うだけで、脳筋らしくほぼ単純な攻撃パターンだから段々慣れてきたし。


 なんなら【烈火魔法:火逆光めくらまし】使って不意打ちすればワンパンできそう。


 『まずはどう仕掛けんのよ』


 「相手は接近戦だよね? 経験積みたいからこっちも合わせようかな?」


 『ですね。今度は私が支援に回りますので、妹者、お願いします』


 うぃ、と妹者さんの同意も得られたことで、僕らはさっそく戦闘を開始した。


 特にお願いしなくても妹者さんの【固有錬成】で身体能力が強化された僕は、その脚力をもってサイクロプスとの距離を一気に縮めた。


 この強化された自身の肉体の感覚から、先のフグミノタウロスとは比べ物にならないくらい強化されていると察する。


 『行きますよ! 【凍結魔法:氷牙】!!』


 姉者さんが地面からサイクロプスの巨体を穿つ鋭い氷山を繰り出した。トノサマゴブリン戦ではこの魔法が決め手となって勝てたけど、サイクロプスはその大きい単眼で攻撃手法を捉え、金棒でこれを粉砕。


 以前よりも威力あったのにな。初手だけでも油断できない敵だと測れたからマシと考えるべきか。


 『【紅焔魔法:火球砲】ッ!!』


 右手から人一人呑み込める火球を発射した。距離からして避けられない。


 が、これは大したダメージにならなかったのか、サイクロプスは衰えること無く、攻めに転じた。


 奴の太い片足が僕の腹部を目掛けて放たれる。


 敵の攻撃は目で追えてたし、避けようと思えば避けれた。


 でもその前に、


 「姉者さん!」


 『【冷血魔法:氷凍地】!』


 姉者さんによる氷属性魔法で僕と敵の足下が一瞬で凍りつく。そのアイスバーン状態が敵の軸足となっていた足のバランスを崩し、後方へと倒れ込む巨体を誘い込む。


 僕は魔法が発動する前に、敵の攻撃を避ける動作を取る代わりに、奴に飛びかかったので足を滑らせていない。


 当然、位置関係は倒れゆくサイクロプスが下、僕がその上である。


 ちなみにル○ンダイブするために飛び込んだのではない。一撃食らわすためである。


 『【紅焔魔法:天焼拳】!!』


 灼熱の炎を纏った右の拳が敵の腹部を狙う。


 次の瞬間、炸裂した拳がここらダンジョン洞窟内に轟音を生み、敵の強固そうな腹部に貫通した。血が吹き出すことはなく、その風穴は真っ黒に焦げている。


 即死とまではいかなかったのか、重症を負ったサイクロプスは絶叫した。僕が一度距離を置いてからもジタバタと腹部を抑えて暴れている。


 あと一歩かな? 痛がってるとこ悪いけど、追い打ちして――


 『鈴木ッ!!』


 『苗床さんッ!!』


 そんなことを考えていた僕を呼ぶ声が、両手から聞こえた。


 何事かと思ったけど、何もかも遅かったと僕は察する。


 ぐるぐると回転する視界と共に、あまりの自身の身軽さが気色悪かった。首から先が身体と切り離された感覚に囚われても、そこには痛みを感じる猶予すらなかった。


 ここはダンジョン。


 僕が異世界転移して訪れたかった場所で、且つ何が起こるかわからない危険地帯。


 ゴツン、と自身の頭蓋骨が地面に落下したことを最期に、僕の意識はそこで途切れた。

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