第85話 [姉者] 予期せぬ肉体の変化

 『妹者。寝ましたか?』


 『......いーや。寝れねー』


 私たちは現在、<魔軍の巣窟アーミー>と呼ばれるダンジョンに居ます。


 探索初日の夜間帯の今、私たちは仮眠を取ることにしました。ここのダンジョンの中は洞窟続きで陽の高さなどわからないため、感覚的な時間配分になります。


 この場には私たちの他に、アーレスという王国の女騎士も居ます。女騎士と言っても今は甲冑を一切身に纏っていませんが。


 また廃れたダンジョンとは言え、何が起こるかわからない危険地帯には変わりないので、私たち四人で順に仮眠を取ります。


 苗床さんと妹者が最初に仮眠を取り、私とアーレスさんが見張りの役を担っています。


 私たち魔族姉妹は寝なくても戦闘には問題ありませんが、寝ないと頭がスッキリしませんからね。話し合いの結果こうなりました。


 「......寝ておかないと、これからのダンジョン探索に支障が出るぞ」


 『お? 支障が出ると思うくらいあーしたちのこと頼りにしてたのかよ』


 『こ、こら。煽るのやめなさい』


 すぐ他人を煽る癖、直した方がいいと思います。


 仮眠をとるべき妹者はこうして私たちと話し始めました。妹者が寝なかったのは......寝れなかったのには理由があるからです。


 「ザコ少年君の戦い方に問題があったのか?」


 『『......。』』


 まさか見抜いてたのですか......。


 『なぜそれを......』


 「勘だ。貴様ら煩い口があの戦い以降静かだったからな」


 『んあ? じゃあ鈴木に異変があったと気づいたわけじゃねけーのか』

 

 「知らん」


 どうやら赤髪の女は私たちの懸念があったことには気づいても、その実を知らなかったようです。


 まぁ、周囲の人間にはわからないのも当然ですが。


 私たちは彼女の銀色の瞳をじっと見つめて、正直に打ち明けていいのか葛藤しました。


 しかしそれも束の間。口を開いたのは妹者ではなく私でした。


 『苗床さんが......氷属性魔法を使いました』 


 「は?」


 おそらくこれがただの『氷属性魔法を使った』という点であれば、彼女は疑問に思うことは無かったでしょう。


 しかし問題はその魔法の本来の行使者である、魔法を使ったことです。


 『そのままの意味です。他人の“魔闘回路”に干渉し、微力程度でしたが、苗床さんは私の魔法を、私の魔力を使って行使しました』


 「......。」


 回路は魔法を行使する際に必要な基盤を指します。その回路に魔力を通すことで様々な魔法が行使できます。


 また魔闘回路は身体中に張り巡らされ、魔法の発動や身体能力の強化など魔力を持つ者にとっては欠かせない神経のようなものです。


 『あたしらはこいつらの中に居るから一人っちゃ一人としてカウントできる。が、それでも自分の回路の干渉を許可した覚えがねぇー』


 『苗床さんはフグミノタウロス戦の最終局面、落下する敵の後頭部を目掛けて、真下の床から【氷棘ひょうきょく】を発動させました』

 「ザコ少年君の魔力で起こしたのではないのか?」


 『それはありえません。先程も言いましたが、私の魔力が勝手に魔闘回路へ通されて魔法が使われました』

 

 『そもそも鈴木には魔法を使える魔力はねぇーからな』


 「魔力が無い......だと?」


 ああ、この人に限らず、他人に余計な詮索をされたくないので、苗床さんが異世界人だと教えていませんでしたね。


 『そういう人間も一定数居るんですよ』


 「......。」


 『とりま、問題は勝手に姉者の魔法を使えたことだな』


 なんとかテキトーな返答で相手には退いてもらいました。元々興味が薄いのか、アーレスさんはこれ以上の言及をしてきません。適度な距離感には関心を覚えます。


 妹者が上げた問題点は主に三つ。


 まずなぜ本来は権限すら持ち合わせていない彼が魔闘回路に接続できて魔法を使えたのか。


 次にこれは私のみならず、妹者に対してもできるのか。


 最後に、そもそも意図してできるのか。


 原因の特定、多様性、操作性の三つが問題視されます。後の細かいところは追々です。


 本来であれば当人である私たちで解決すべきですが、妹者は女騎士にペラペラと話してしまいました。


 この女を信頼してか、それともただの考えなしか......どっちも危ういですね。アーレスさんは一緒に行動しているだけで、必ずしも敵対しないとは限らない存在なのですから。


 「なぜ本人に直接聞かない?」


 『『......。』』


 たしかに当人たちで解決したいとは言いましたが、その前に妹者と確認したかったですし......。だから苗床さんが寝るまで相談するのを待っていたんです。


 『......聞いていいのかわかんねぇー。あの時は無意識に使っていたみたいだが、これから使えると知ったら、思うように戦えるか心配だ』


 「使える者が増えればその分戦法が増えるだろう?」


 『そうとは限らねぇーだろ。こっちの意図しないところで魔法を勝手に使われたら、本来の攻撃パターンが崩れるかもしねぇーし』


 「なら定石なり作戦なり予め決めておくべきだ」


 『魔闘回路に干渉できるということは、“発動”とは別に“制止”も命令できるということだ。うちらの魔法行使を止められる可能がある』


 「寄生先を信用できないとは難儀だな」


 ああ言えばこう言う。


 まさにその言い合いがしばらく続いた頃、先に折れた妹者が発狂しました。


 言い合いは昔から苦手ですもんね......。


 「な、なに?!」


 『『あ』』


 「私は仮眠を取る。貴様らで話し合ってろ」


 「はい?」


 妹者の発狂で苗床さんを起こしてしまいました......。この女騎士、これが目的だったのでしょうか? 食えませんね。


 「あ、もう僕の番でしたか。アーレスさん、ごゆっくりどうぞ」


 「......。」


 苗床さんと交代で横になった彼女は以降、起きる気配を感じさせること無く、私たちに背を向けて仮眠に入りました。


 「たしか姉者さんも仮眠の番でしょ。おやすみ」


 『......。』


 「?」


 やはり苗床さんにも話すべきでしょうか......。


 私たちの魔闘回路を自在に扱えるようになったらこの男は何をするのか。今まで勝手してきた私たちに報復したり、従属化させたりするかもしれません。


 しても文句は言えません。


 それくらいの罪は犯してきたつもりです。


 ......“勝手”に、ですかぁ。


 『苗床さん。今から話すことに、あなたがどう思って行動しようと文句は言いません』


 そもそも彼に出会ってからずっと“勝手”にしてきたのは私たちの方じゃないですか。


 “勝手”に彼の身体を作り変え、“勝手”に異世界へ召喚し、“勝手”に身を危険に晒してきました。


 一度くらい、彼の意見を尊重してもいいのかもしれません。


 「え、なに?」


 『お、おい。姉者』


 『いいんです。それに気づくのも時間の問題でしょうし』


 私たちは事の重大性を彼に伝えました。


 使えた原因の考察、私だけではなく姉者にも対象なのか、あれは苗床さんが意識してやったことなのか。その辺も含めて色々とです。


 彼は私たちが言い終えるまでじっと待ってくれました。


 『......とまぁ、こんな感じです』


 「へぇ。そんなことが。全然自覚無かったや」


 『どこまで使えるか不明だがな。......信じてくれんのか知らねぇーが、あたしは鈴木が下手なことしても文句は言わねぇー』


 「“下手なこと”?」


 『毎回あたしたちの許可なく、好きなときにいつでも魔法を使えるってこった。何に使っても非難する資格もねぇーし』


 『説得力あるかわかりませんが、強力な力を得た者ほどその力に呑まれやすい。取り返しがつかないことはやめてください』


 「え、あ、うん。人殺しとか犯罪的なあれかな?」


 『んなとこだ』


 『よく考えて行動すべきということです』


 彼は事の重大性を理解しているのか、わかったと軽く返事をしました。


 ......本当にわかっているんですかね。


 魔闘回路のパスが彼にも繋がっているということは、言わば武器の共有と同義。彼という一つの個体で共に生存する私たちですから、やろうと思えば回路へ送り込む魔力の遮断も可能です。


 ですので、理論上では私たちの核への魔力を遮断して、死を与えることもできます。


 しかし今のところ、先の戦闘で実感した権限力は互角。


 私が魔法を発動しようとしても彼はそれを止めることができますし、逆も然りです。


 『原因はわかっか?』


 「さぁ? ま、次またモンスターに遭遇したら色々と試してみよ」


 『そうですね』


 その晩、あまりにもパッとしない彼の反応に、私はうなされたのでした。

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