第四章 王都には戻れませんか?

第84話 夢のダンジョン探索は想定外

 「なんか......思ってたのと全然違う」


 「『『......。』』」


 現在、僕らは<魔軍の巣窟アーミー>と呼ばれるダンジョンを探索中だ。このダンジョンは、僕らが今居るボロン帝国所有のダンジョンで、他に<財宝の巣窟トレジャー>というダンジョンもあるらしい。


 後者は魔鉱石と呼ばれる資源が豊富らしく、安全に採掘できるということから国の大半の人がそちらに向かっているとのこと。


 またそちらのダンジョンは冒険者ランクDから入れるなど条件が無く、逆に僕らが居るダンジョンはその条件を満たさなくてはならない。


 先日、数々の依頼ざつようを達成して、Dランクに上がった僕とアーレスさんはさっそく<魔軍の巣窟アーミー>に来たのだが......。


 「宝箱もないし、トラップも無いし、モンスターも出やしない。ここに来た意味あるんですか?」


 僕は不貞腐れていた。


 異世界転移初のダンジョンが、ただの洞窟とあっては文句の一つや二つ出るというもの。


 今居るダンジョンもまんまイメージ通りだ。巨大な入口を通過した後は、ただただ岩のトンネルの中を歩くだけ。


 洞窟の中だから松明でもないと進むのに苦労すると思っていたけど、そこはお約束の淡い白色の光を放つ石が至る所にあったので視界は悪くない。


 これも魔鉱石の一種かと魔族姉妹に聞けば、ただの光る石だって。採って帰るほど大した価値は無いらしい。


 最初こそ人生初のダンジョン探索に心踊ったけど、半日近くこの調子が続いたらさすがの僕でも不満の声が漏れる。


 湿度が高いのか、なんかジメッとするし。


 「ここまで静かなダンジョンは私も初めてだな」


 「アーレスさんは以前にどこかのダンジョンへ潜ったことがあるんですか?」


 「ああ。環境調査でモンスターの間引き目的で年に一、二回潜っている」


 「へぇ」


 騎士の仕事として潜るのか。そういう目的で潜るんだったら、僕の希望を叶えてくれそうなダンジョンもあるということになる。


 『ま、ここまで何事も無く進めると不気味だよなー』


 『今は六層ですよね? このダンジョンは全八層から成るので、ここは深層に値する場所なはずです』


 「ずっと同じ風景だから、深層に入ったとか言われても全然実感湧かないや」


 「とりあえずこのまま最下層まで向かい、ダンジョンコアの調査をするぞ」


 本当にこのまま何も無いのかな?


 姉者さんが言っていたように、この<魔軍の巣窟アーミー>というダンジョンは全八層から成るダンジョンだ。


 これがどれくらいの規模を表しているのかわからない。どうやらダンジョンによって規模はまちまちらしい。


 「む?」


 急に歩みを止めたアーレスさんに従い、僕も足を止めた。


 彼女の視線の先には......。


 「ミノタウロスだ」


 いつぞやの牛頭モンスターである。


 数は一体。群れるモンスターだと思っていたけど、近くに他のモンスターは居ないみたい。


 ムキムキのそのモンスターは僕らは睨み、ブルルルと唸っていた。ぶんぶんと片手で軽々しく振り回す棍棒が、重量感に逆らった腕力の印象をこれでもかと与えてくる。


 一応、性別があるらしいけど、相変わらずその体躯から見た目で判断できない。あ、股間に別の棍棒があるからオスだ(笑)。


 「ただのミノタウロスじゃないぞ」


 「?」


 『フグだ! フグミノタウロスだぜ!!』


 『これは運が良いですね!』


 ......そっか。そういえばこの世界にはフグ系のモンスターが居たんだっけ。


 よく見たら眼前のミノタウロスの頬がフグのように膨れているのがわかる。フグ系ミノタウロスで決定だ。


 より具体的に言えば、フグみたいに有毒性のあるモンスターである。体液に毒があるため、毒に耐性の無い者が斬って、その血を浴びたら最悪死に至るらしい。


 遠方から攻撃するのが定石だが、かなり美味なモンスターなので、できるだけ傷を付けないように討伐して美味しくいただくとかなんとか。


 この上なく面倒な系統のモンスターである。


 「ザコ少年君。まだ相手したことないのだろう? 練習がてらどうだ?」


 「......了解しました。僕が相手しますね」


 『鍋かなぁー? 焼きかなぁー?』


 『いやいや、刺し身でしょう。ユッケです。フグミノタウロスのユッケ』


 魔族姉妹は眼前の敵の対処ではなく、レシピを考えることに重きを置いている模様。


 僕は溜息を吐きながら、走り迫ってきたフグミノタウロスに向けて構えを取った。


 「二人ともお願い」


 『【固有錬成:祝福調和】』


 『【固有錬成:鉄鎖生成おえぇえぇえぇええ】!』


 まずは例の如く、妹者さんのスキルで、身体能力のステータスを相手と同等の値まで持っていく。これで体格差はあれど、肉弾戦に望める。


 次に姉者さんのスキルで、魔力吸収を目的とした特殊な鉄鎖を生成。可能ならばこれを巻き付けて魔力を吸収しつつ応戦したい。


 無闇に突っ込むのどうかと思うけど、一応過去にミノタウロス戦を経験しているので、奴が単調な攻撃しか仕掛けてこないとわかっていれば、接近戦も吝かではない。


 『ブルァアアアア!!』


 怒涛の勢いで接近したフグミノタウロスは棍棒による横薙ぎをするが、僕は身を捩ってこれを回避し、そのまま体格差を利用して股抜きを決めた。


 その際、フグミノタウロスの垂れた巨根が視界に入ったが、戦いに集中することにする。


 そして鉄鎖を相手の片足首に絡ませることに成功した。


 「ど?」


 『やはり体育会系モンスターは魔力を大して持ってませんね』


 「なに、体育会系モンスターって」


 じゃあ鉄鎖で魔力を吸収して枯渇させる作戦は駄目だね。これが一番無傷で済ませられる楽な方法だったけど、仕方ない。


 「妹者さんは牽制用に【火槍】を。姉者さんは【鮮氷刃せんひょうば】をお願い。援護は頼んだよ」


 『りょー』


 『立派になりましたねー』


 おかげさまで嫌でも立派になるわ。


 右手から赤い魔法陣とともに、宙に浮く【紅焔魔法:火槍】を生成。【螺旋火槍】とは違って貫通力も火力も足らない代物だけど、敵を倒すために用意した魔法ではないため、これで十分。


 左手からは【凍結魔法:鮮氷刃せんひょうば】を生成して武器を得た。メインはこれだ。氷の刃は斬った箇所から瞬間的に凍らすため、毒の体液を噴出させずに済む。


 また不思議に思ったのは、いつも氷の刃の柄を握ると手先が凍るんだけど、今回はそれが無い。姉者さんがなんかしら調整かげんしてくれたのだろうか。


 ただ倒すだけでいいのであれば、おそらく初手で終わらせられただろうけど、今回は美味しく頂くという名目の下、条件付きで討伐しなければならない。


 「行くよ」


 僕の合図とともに駆け出し、それより先行して【火槍】が相手目掛けて放たれた。


 フグミノタウロスはこれを難なく棍棒で薙ぎ払うが、妹者さんに追加注文したので一発じゃ済まされない。


 僕は隙だらけの相手の懐に入り、下から頭部を狙って氷の刃を突き上げた。


 が、相手はこれに反応し、既のところで躱す。


 しかし先方の体勢が崩れたため、後ろに重心がかかっていることに気づく。


 「姉者さん!」


 『はい』


 僕はすかさず、先程奴の片足首に巻き付けた鉄鎖を引き戻すよう姉者さんに合図した。


 姉者さんは僕の意図をすぐに察してくれたようで、巻き付けた鉄鎖をまるで掃除機のコードがワンプッシュで巻き上げられるような感覚で引き戻す。


 当然、敵の重心は後方、片足を取られたら嫌でも倒れ込む。


 そのタイミングを狙って――


 「そこ!」


 『『っ?!』』


 ――【冷血魔法:氷棘ひょうきょく】。


 フグミノタウロスの後頭部目掛けて、地面から数本だけ円錐状の氷が突き出た。


 重力の名の下、それらは真下からフグミノタウロスの頭部を刺した。先端が見事に貫通して敵の口からもその痛々しい様子が見受けられた。


 頭部に一撃。完勝である。


 「ふぅ。お疲れ。かなり連携取れてたんじゃない?」


 『『......。』』


 少ししてピクリとも動かなくなった牛モンスターを前に、僕はほっと一息吐いた。


 魔族姉妹を労ってみたけど、二人からの返事は無い。


 「二人とも?」


 『え、あ、お、おう。よくやったな! さすが鈴木だ!』


 『......ええ。今の動きは良かったと思いますよ』


 「でしょ。フグミノタウロスくらいなら余裕だね」


 『あんまちょーし乗んなよー』


 『ところで苗床さん。最後の一撃ですが......』


 「ああ、ありがとうね。。言おうと思ってたんだけど、姉者さんがピンポイントで出してくれて助かったよ」


 『『......。』』


 え、なんで黙るの。


 両の手の平を見れば二人はなんとも言えない表情(口だけ)で僕を見上げる。


 なに、僕なんか変なこと言ったかな?


 「終わったか。捌いて今日の夕飯にするぞ」


 「わかりました」


 『『......。』』


 まぁ、そんなこんなで僕たちのダンジョン生活が始まったのである。


 ふむ、今まで戦ってきた相手が強かったからか、今日の戦闘は快調だったなー。この調子でどんどん強くなるぞー!

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