第83話 冒険者の醍醐味

 「ええ?! ダンジョンに行けるんですか?!」


 現在、僕らは帝都のとある飲食店で朝食を摂っていた。


 僕のそんな大声は周囲の人の視線を集めてしまったが、それも束の間。愛想笑いして誤魔化していたら、特に気にせず視線の集中は霧散していく。


 ダンジョン。地球からやってきた僕には、この世界のダンジョンがどういった場所なのか不明だけど、イメージ通りなら異世界ラノベの醍醐味である。きっとモンスターとか宝箱とか夢が詰まっているに違いない。


 ちなみに昨晩は美女と同じ部屋で寝泊まりしたはずなのに、僕の童貞は依然としたままだ。


 申し訳ないことに、アーレスさんが気を遣ってソファーで休んでくれたので、代わりにベッドで寝れた僕は快調である。今晩はアーレスさんがベッドで寝るという交代制を確約したことで、僕の男女平等主義な心はある程度保たれていた。


 「Dランク冒険者だから、だがな。私も詳細は知らないから、後で冒険者ギルドに行った際に色々と聞くつもりだ」


 「ダンジョンあんじゃん! なんで黙ってたの?!」


 僕は周りに決して少なくない人が居るにも関わらず、両手の魔族姉妹に問い質した。


 どうやっているのかわからないが、口だけ生えている二人はしゃくれながら答える。


 いや、なんでしゃくれた。


 『黙ってません。どっちみちEランクのあなたは行けないんですから、伝える必要無かったでしょう?』


 『そーだそーだ。それに冒険者なんて厄介事が多いもん当てにするわけねーだろ』


 「いいや! 僕にはわかるね! どうせ広場で腹話術した方が稼ぎいいとか思ってたんでしょ!」


 『『......。』』


 「図星かよ!!」


 なんてこった。ダンジョン突入とか異世界転移したらやりたかったことトップ3に入るよ......。


 僕は一旦冷静になり、朝食のパンを手に取って、それを千切りながら口の中に入れた。


 その際、左手でパンを持っていたので、パンと手の平の接地面をここぞとばかりに姉者さんがムシャムシャと食べている。意識を右手に向ければたらーっと何か透明な液体が垂れていた。


 妹者さんの涎である。


 君ら食べなくても魔力があれば生きていけるんだから、金欠のときくらい我慢してよ......。


 「ではこれから冒険者ギルドに行って、ダンジョンに関して聞きに行きますか」


 「ああ。その前に......」


 アーレスさんは手を上げて近くの店員を呼び止めた。


 「コーヒーを頼む。砂糖とミルクを付けてくれ」


 「かしこまりましたー」


 「『『......。』』」



*****



 「ここが......帝都の冒険者ギルド」


 冒険者ギルドにやってきた僕らはさっそく中に入り、受付まで歩を進めた。


 王都とは違って帝都の冒険者ギルドは人が少ない。あっちでは日中人混みがすごかったけど、こっちのギルドは数えられるほどの人数しか居ない。


 昨晩から思っていたけど、帝都全体で活気が無いように思える。


 「Fランクの方はDランクに昇格するまで、必要量のクエストを達成しなければなりませんが、ダンジョンに入ることはできます」


 受付コーナーにて、僕らは受付嬢さんにダンジョンのことを聞いていた。


 僕のイメージするダンジョンとあまり相違ない。この世界に突如出現するらしく、その発生する時期も理由も不明な迷宮だ。


 中には強力なモンスター、狡猾なトラップが数多くあり、それらを乗り越えて最奥にある迷宮のいのち――“ダンジョンコア”を破壊、もしくは奪取すればダンジョンそのものが崩壊するらしい。


 そして人々がダンジョンに潜る理由は多岐にわたる。


 地位や名声を手に入れるため、強力なモンスターから得られる素材集め、神出鬼没の宝箱を獲得するため、ダンジョンから溢れ出るモンスターを討伐するため......と多くの理由が存在している。


 ああ、異世界最高......。


 「その、ダンジョンにはやはりを採掘するために潜入されるのですか?」


 受付嬢さんが苦笑しながら僕らにそう聞いてきた。その口調は僕らも他の人と同じ理由でダンジョンに潜るのだろうという、偏見の意が込められているような気がした。


 「“魔鉱石”?」


 『読んで字の如く、魔力のこもった鉱石だ』


 意味はわからないでもない。でもダンジョンに潜る理由はたくさんあって、魔鉱石目的だとみなされるのはなぜだろう。


 僕が聞き返したことに受付嬢さんは答える。


 「ご存知ないのですか? 今、帝都の冒険者に関わらず、一般人の方もダンジョンへ魔鉱石を採掘されているんですよ」


 「む? ダンジョン潜入にはDランク以上の冒険が対象ではないのか?」


 「通常は、です。現在、帝国領土内にあるダンジョンは二つです。一つは出現から百年ほど経つダンジョンで、名を<魔軍の巣窟アーミー>」。もう一つはつい半年前に出現した、<財宝の巣窟トレジャー>です」


 「後者は初耳だな」


 「はい。半年も経っておりますが、帝国軍が他国にあまり知られないよう努めておられますから」


 「なぜだ?」


 受付嬢さんはチラチラっと周囲を見て、近くに人が居ないことを確認し、さっきよりも小声で話した。


 「軍事力の強化です」


 「軍ですか?」


 「はい。魔鉱石は強力な魔法具を創作するのに欠かせません。半年前から出現した<財宝の巣窟トレジャー>は低層からその魔鉱石を大量に採掘できます。加えて、モンスターの出現もありません」


 『あ? ダンジョンの低層はザコばっかだが、出現しねーってことはねーだろ』


 『まぁ、ダンジョンは一つ一つ違いますから、わからなくもないですけど』


 「加えて、昔から存在する<魔軍の巣窟アーミー>は現在、ダンジョンとして機能をしておりません」


 「“機能してない”?」


 こくりと頷いて受付嬢さんは続けた。


 「<魔軍の巣窟アーミー>の方は、<財宝の巣窟トレジャー>出現後から徐々に力が弱まっている傾向があります。モンスター、宝箱、トラップ等の出現率が著しく低いのです」


 「弱まる? ダンジョンって存在期間とかあるんですか?」


 僕のそんな質問に答えてくれたのはアーレスさんだ。


 「いや、無い。ダンジョンは言わば巨大な生き物のようなものだ。それも自身で魔力を溜め込み、それを実物に具現化する。その繰り返しだから、コアが破壊されない限り自然消失はありえない」


 「へぇー」


 「ギルドの方で調査隊を派遣しておりますが、未だ詳細は不明です。ただ仮説として、比較的近隣に出現した<財宝の巣窟トレジャー>が関わっていると考えております」


 「新ダンジョンが、ですか?」


 「はい。そちらの方が仰ったように、ダンジョンは巨大な生き物です。魔力は侵入してきたものから奪い、蓄えることをします。しかし同じく近隣にできたダンジョンからも魔力を吸い取ることもできます」


 「......証拠はあるのか?」


 「残念ながら明確なものは......。ただ新たなダンジョンの出現に伴って衰弱化の一途を辿り、我々人間に自殺行為とも呼べるほど魔鉱石を提供しています。過剰に魔力を吸収して生み出したとしか......」


 「ふむ......」


 アーレスさんは腕を組んで考え事をしていた。


 たしかに軍事強化に関わらず、人類の戦力を強化する魔鉱石を無償で配布しているようなものだ。


 強力なモンスターからドロップする素材、宝箱で人々を魅了し、誘い込み、殺し、養分にする生き物だと魔族姉妹から聞いた。ならば魔力の塊と呼べる魔鉱石を手放し、自身のコアまで狙われるかもしれない可能性を作るだろうか。


 それとも姉者さんが言っていたように、<財宝の巣窟トレジャー>だけ特殊なダンジョンなのだろうか......。


 「ですから、モンスターを狩らずとも、どこにあるかわからない宝箱を探さずとも、安全に収入源を得られる魔鉱石を皆さんが採りに行かれるのです。軍が高額に買い取りますから」


 「あ、それと気になってたんですが、この国の活気の無さもそれと関わっているんですか?」


 「......はい。国が税率を引き上げていますので、必然と安定した収入、魔鉱石の採掘が注目されています。それも二十四時間採掘できる環境を作って」


 『わーお』


 『随分思い切ったことしてますね』


 「よくこの国を出ていきませんね」


 「もちろん、一部の貴族や他より裕福な民は出国しています。が、帝国全領土に課せられた税率引き上げからは、少しここを離れた程度では逃られません。ある程度、魔鉱石を集められれば、税率を回復させると政府は言ってましたが......」 


 そこまで資源が豊富なのか......。


 それでいつでもダンジョンから帰ってこられるように、二十四時間入国許可を出しているのか。お店も閉まらずにやっていたのもそのせいだろう。


 たしかにそう考えると冒険者が命張ってモンスターを狩っても、ダンジョンの立ち入りを許可された一般人と稼いだ額が同じかそれ以上だったらやってらんないよなぁ。


 「正直、ギルドとしては経済面で循環しなくて困っているんです」


 「な、なるほど」


 『そりゃあダンジョンから溢れ出るモンスターが居なけれりゃ、その分討伐依頼が来ねーもんな』


 『素材が欲しくても、そもそも出現しにくいみたいですからね』


 「ならより深層に潜入したらどうだ?」


 アーレスさんの質問に、受付嬢さんは首を横に振って言う。


 「両のダンジョンともに多少ですが、深層に行けば行くほど強力なモンスターと遭遇します。またダンジョンボスを倒して得られると言われるコアも発見されました」


 「......どういうことだ?」


 怪訝そうな声でアーレスさんが事の詳細を催促した。


 通常、ダンジョン攻略とは最深部にいるダンジョンボスを倒し、ダンジョンコアを得て成されるらしい。が、今はダンジョンコアを守護するボスモンスターも居ない上に、なぜか剥き出しの状態でコアが発見されたとのこと。


 それって人間の手に渡ったらダンジョンは崩壊するんだよね? なんでそのままにするんだろ。


 僕のそんな疑問は魔族姉妹がすぐに答えてくれた。


 『ダンジョンってのは国にとっちゃ一つの財宝よ』


 『さっきも言われたようにモンスターの素材、宝箱、魔鉱石など湧き出る場所ですからね』


 『たしかにダンジョンから溢れ出るモンスターの危険性を考えれば、攻略は大切なことだが、それ以上に資源が無くなることも国にとっちゃ痛手よ』


 『ですので、国によってはダンジョンの攻略そのものを禁止する国もあります。この帝国がそれですね』


 なるほど。


 受付嬢さんに聞けば、依頼の数も決してゼロではないので、冒険者として働くことができるらしい。


 今日、ここに来た理由は僕とアーレスさんのランクを上げてダンジョンに潜り、一稼ぎするためだ。が、必要ランクに達していない僕らでも魔鉱石を採れるならそこで稼げる......。


 受付嬢さんに悪いけど、稼がないといけない僕らにとっては魔鉱石採掘の方が美味い。


 「アーレスさん、安全に稼げるのでしたら魔鉱石を採掘しに......」


 「適当にクエストを見繕ってくれ。できれば我々がDランクまでいける量のだ」


 「ふぁ?!」


 ちょ、なにを言い出すんだこの人。


 「あ、あの、アーレスさん?」


 「たしかに稼ぎは必要だが、魔鉱石の採掘は帝国軍が絡んでいる。できるだけ近づきたくはない。あと採掘などつまらんことしたくない」


 『あーしもさんせー! ぜってーつまんねーよ!』


 『ま、戦闘の経験も積みたいので、採掘は無しですね』


 さいですか。まぁ、僕もダンジョンには興味があったから文句はないけど。


 斯くして僕らはDランク冒険者になるべく、数多くのクエストをこなすことになった。そのうち、ほぼ雑用のようなクエストが結構な割合を占めていたことは、また別の話である。

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