第82話 帝都ボロン

 「はぁ。これからどうしよ」


 『金なんか持ってきてねぇーからな』


 『そもそも貯金もありませんが』


 僕たちは今、帝都ボロンに居る。王都から帝国領まで、【合鍵】を使って転移してきた僕たちだが、半日前まではデロロイト領地に居た。もちろんアーレスさんと同伴してだ。


 今回の調査で関わっていそうなブレット領主を尋ねるにしても、アポ無しで一介の冒険者と王都の騎士が行ったら門前払いされるのがオチなので、その領地を離れて帝都まで来ていた。


 幸いなことに、デロロイト領地から帝都ボロンまでは、商人の馬車に乗せてもらったのでそこまで苦労はしなかった。


 無論、タダで乗せてもらった訳ではない。こちらが道中の護衛を引き受けることで交渉は成立した。


 今は荷馬車から下りて、帝国の関所から続く人々の列に並んでいる。


 夜間帯の今でも関所は閉鎖する雰囲気がない。王都ズルムケと違って二十四時間体制なのだろうか。まぁ、アーレスさんがとりあえず入国したいって言っていたから助かるけど。


 「ここから王都まで距離はどれくらいあるんだろ」


 『あたしの記憶じゃ、道ができてなきゃ馬使って1週間かかるかどうかってとこだぞ』


 マジか。そんなに距離あんのか。


 ルホスちゃんをかなりの間放置することになるぞ。馬を使わずに、闇組織から【合鍵】を奪えば話は違ってくるけど、そう簡単に奴らが見つかるとも限らない。


 そんな心配事をする僕とは違って、隣に居るアーレスさんは腕を組み、なにやら考え事をしている様子である。


 いつもの全身騎士姿ではなく、タートルネックのセーターに、ぴちっとした脚線美を表すパンツの私服姿である。少し前まで大量殺戮していたとは思えないほど、彼女の服に汚れは見当たらない。


 「アーレスさん?」


 「......今の王都ではクソティスが居るから防衛面では心配ないが、あの任意の場所に“転移”できる【固有錬成】を持つ男の狙いを考えたら、悠長にしている場合ではないな」


 「まぁ、早く戻るに越したことはありませんが......」


 って!!


 「え、ちょ! 今クソ――タフティスさんと言いました?」


 「ああ」


 『王都の騎士団総隊長は殉職したのでは?』


 『生首だったしな』


 そうだよ! タフティスさんの生首が王都の広間で晒されてたじゃん!


 僕のその疑問にアーレスさんは片手で制し、口にする。


 「アレは死んでいない」


 「は、はい? ではあの生首はなんですか?」


 「紛れもなくクソティスのものだ。奴はあの状態からでも生き返れる」


 「生き返るって......もしかして【固有錬成】ですか?」


 僕の問いにアーレスさんは、そんなとこだ、と返した。本当に生き返るのか、あの状態で。


 そりゃ僕だって魔族姉妹の核が生きていれば、首を斬られようが秒で復活するけど。


 『んだよ。じゃあお前んちでのやりとりはなんだったんだ? 個人的な復讐で闇組織に突撃したんじゃねぇーのかよ』


 「どこに敵が居るかわからないから、それなりの演技はしたつもりだ」


 『まぁ、気配も魔力も完全に隠蔽できる敵が居ましたからね』


 王都から離れた今となっては、もう隠す必要性もないので、アーレスさんは僕に今まで伝えていなかった情報を話した。


 敵が攻め込むことを期待さきよみし、タフティスさんの死を利用して誘い込んだ。あのリチャードとかいう転移系の【固有錬成】を使う男の口ぶりからして、王都に相応の戦闘力を有する敵が攻め込むのはほぼ確定らしい。


 ルホスちゃんが心配だが、タフティスさんが被害が出る前に対処するとのことで、防衛面はそこまで危険視されない。


 おそらくその敵の侵入には、転移系や隠蔽系の【固有錬成】の持ち主が現れるから、同時に捕まえるための作戦行動になる。


 そりゃあアーレスさんやタフティスさんなど国トップの脅威が不在なら今が絶好の機会だよね。


 「でもタフティスさんは一度敵に負けたんですよね? 同じ敵だったり、それ以上の強敵が現れたらタフティスさんだけで対処できるんですか?」


 僕は尤もなことをアーレスさんに聞いた。彼女はフッと鼻で笑って答える。


 「わざと負けたにすぎない。クソティスは腐っても我が国の頂点に位置する男だ。アレが負けるんだったら、王国は滅ぶべくして滅ぶ他ない」


 意外とドライだなぁ。


 ああでも、


 「たしかアーレスさんでもタフティスさんには勝てないんでしたっけ?」


 「ああ。一度殺りあったことはあるが勝てなかった。死なないからな。勝つもクソもない。無論、私も負けなかったが」


 ということは、引き分けってことか。


 まぁ、死なない敵と死闘を繰り広げても、こっちが負けなきゃ相手も倒しきれないから必然と引き分けになるよね。


 「じゃあ、王都の守備はそこまで気にすることありませんね」


 「......。」


 「アーレスさん?」


 未だ腕を組んだままのアーレスさんが考え込んでいる。


 「ザコ少年君、一つ聞きたいことがある」


 「はい、なんでしょう」


 感情を面に出さないアーレスさんが僕に問う。


 「所持金は本当に無いのか?」


 『あたぼーよ。どっかの女騎士が強引に敵地に連れ込んだからな』


 『元々雀の涙ほどの金額しかありませんが』


 僕の代わりに答えたのは両手の魔族姉妹である。


 ルホスちゃんの食費がもうちょっと軽く済めばよかったんだけどね。彼女ばかりのせいじゃないけど、如何せん収入と出費が伴わないので困っていた。


 「これは......困ったな」


 「はい?」


 アーレスさんは金銭面で困っているの?


 彼女は懐から一枚の硬貨を取り出して僕に見せた。それは金色の輝きを放つことで知られる金貨である。


 ちなみに物価の差異はあれど、通貨は大陸全土で統一されているので、王国でも帝国でも同じ硬貨が使える。


 金貨は日本円にして感覚的に一万円相当だ。


 それを僕に見せて何が言いたいんだろ。


 「実は私はこれしか持っていない」


 「『『......は?』』」


 今なんて?


 「現金として持ち歩いているのは、いつもこの金貨一枚だけだ」


 「『『......。』』」


 まーじか。


 え、てことはなに? アーレスさんの金貨一枚だけで、王都までの帰路を色々と工面しなきゃいけないってこと?


 さ、さすがに無理でしょ。まだ帝都の物価がわからないからなんとも言えないけど、アーレスさんのこの様子からしてマズい状況なのは言うまでもない。


 「な、なぜそんな手持ちで家を出たんですか......」


 『あなた、第一騎士団副隊長に務めているから稼いでいるって豪語してたでしょう?』


 「......普段は必要になったらバンクカードを使って売買をしている。帝国だろうと冒険者組合ギルドは大陸共通なので金を下ろせるからな」


 アーレスさんが言い切る前に僕はあることを思い出した。


 そうだった。この人、先のレベッカさんとの戦いで買収という手段を使った際に、自分のバンクカードをあの人に渡したんだった。


 信頼なのかよくわからないけど、普通、貯金を管理するカードを他人に渡さないよ......。


 『あ? てことは、今こうして入国待ちで並んでるが、関所で金取られんじゃね?』


 「取られるが、そこまで高額ではない。たしか一人につき銀貨一枚だ」


 じゃあ、入国したら所持金が銀貨八枚になっちゃうね。


 マジでやべぇ。


 異世界に来てから金銭面で苦労してばっかなんですけど......。


 まず王都に帰る手段が確立されていない。馬車を買う、借りる、乗せてもらうという手段は金が無いと無理だ。


 そもそもアーレスさんが敵地に攻め込んだのに手ぶらで帰るはずがない。何かしら手柄が無いと、軍の命令を無視してまで単独行動した罪滅ぼしにならないだろうし。


 そもそも罪滅ぼしになるのかどうかすら怪しい。


 「次の奴。おい、さっさと来い」


 あれこれと考えていたら、いつの間にか僕たちの番がやってきたようだ。


 門番の兵士は二人居て、奥の関所にはまだ数人控えている。交代制でやっているのだろう。そのうちの一人が僕らに身分証の提示と入国料の支払いをするように言ってきた。


 入国料はアーレスさんが払ってくれるので、僕はポケットから身分証を取り出した。


 僕が持っている身分証は二つ。出身地と職業など基本的な情報が記載されている身分証と、そこから一部の記載事項に加えて、冒険者としての情報が記載された冒険者ギルドカードだ。


 通常の身分証は国によっては......例えば敵対国に入国する際に、所持しているだけで門前払いされるという可能性があるため、宿に置いてきた。


 大切なのは、万国共通身分証とも言えるギルドカードを肌身離さず持っていること。


 無論、身分証はその所有者の血液情報から作られた証明書なので、もし紛失してしまっても悪用されることはない。利用時に本人でないことが一発でわかるからね。


 「男はEランク冒険者か。女の方は......」


 「これで頼む」


 アーレスさんが懐から取り出したのは、僕と同じくギルドカードだ。


 それもかなり年季の入ったもの。この人も冒険者登録してたんだ。まぁ、予備の身分証として持ってたのかな?


 さて、気になるアーレスさんのランクは......。


 「女はFランクか」


 「『『なッ?!』』」


 門番の男の言葉を聞いて僕らは驚いた。


 なんでアホみたいに強いアーレスさんが僕よりも下なの......。ランク詐欺にも程があるだろ。


 特に問題なく入国を許可された僕たちは街中へと入っていった。入国した足をそのまま進めると大通りに繋がっていて、その遥か先にはここからでもはっきりと見える王城と思しき建造物があった。


 外から一番攻めにくい場所に城を置くのが定石らしいのか、王都もこんな感じだったな。


 ただ決定的に王都と違うのは、漠然とした言い方になるけど、“雰囲気”が違う。


 今は夜間帯だから人が少ないのはわかるが、それにしては王都と比較して圧倒的に営業中のお店が多い。ぱっと見だけど青果食品店、武具屋、酒場など関係なく、ほぼ全てのお店に明かりが点いていた。だというのに活気というものが感じられない。行き交う人が忙しなく通り過ぎていくだけだ。


 そして共通してその人たちの顔つきが......どこか重たくて暗い。疲れ果てたというか、生気があまり感じられない。


 何かあったのかな? 国が違えば文化も人も違うって言うから、これが普通なのか。


 僕は関所では聞けなかったことをアーレスさんに聞くことにした。


 「あの、さっき出したギルドカード、なぜFランクなんですか?」


 「予備の身分証欲しさに登録しただけだ。私の場合、登録時にEランクにも昇格できたらしいが、試験を受けないといけないようだからFランクのままだな」


 なるほど。


 僕も登録時は姉者さんが魔力を調整したことでBランク冒険者相当だと認識してもらえたけど、新規登録者は飛び級でも一つ上のEランクスタートである。


 しかし昇格には試験を受けないといけないから、アーレスさんはそれが面倒で受けなかったみたい。


 冒険者する気が皆無なのに冒険者登録するとか、異世界転移した僕に謝ってほしいな。


 「これからどうします?」


 「今日は遅いから宿に向かう。本格的に動くのは明日からだ」


 アーレスさんに従い、僕らは安宿を探して早めに身体を休めることにした。


 決めた宿は銀貨二枚で一部屋借りることができた。かなり破格な値段だが、チェックアウトは翌日昼前とのこと。朝食はもちろん、風呂も無い。本当に寝床だけって感じ。


 これで所持金はあと銀貨6枚。これから活動費やら帰国費用やらで色々考えないとなぁ。


 「確認だが、今後の方針は主に三つだ」


 入室後、開口一番にアーレスさんがそう言った。


 「一つ目は金を稼ぐこと。手段は問わない。今の我々には何よりも資金が必要だ」


 『そーだな』


 「二つ目は王国に仇をなす闇組織に関しての情報収集、あわよくば壊滅にまで追い込む」


 『そうですね』


 「最後に、帝国のスイーツ店を完全制覇する」


 「二つですね。わかりました」


 こうして僕らは帝都で資金調達と調査を行うことになった。


 なんというか、王都での日々が懐かしく感じる。ルホスちゃん、元気にしてるかなぁ。

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