第81話 気軽なリッチと全裸の男騎士
「ああー、葉巻吸いてぇ」
王国騎士団総隊長タフティスは全裸でそう呟いた。
先程まで焼け野原だった平原はタフティスの奥義、【残雪之太刀】から放たれた冷気によって、その様は掻き消されていた。辺り一帯はまるで雪でも降り積もったかのように、一面真っ白である。
積雪といってもそこまでの高さではない。靴を履いた者が居れば、その靴が隠れるかどうかという量の雪だ。
しかしそのような限定的な雪景色でも中心に一つだけ、黒く滲んだ箇所がある。
アドラメルクの死体だ。
「......ま、同情はするが、この世は所詮弱肉強食ってことよ」
人造魔族を殺した全裸の男は言い訳でもするかのようにそう告げた。
死体は動かない。凍てつく氷剣で斬られたが、その断面は凍っていない。しかし雪原に放置された亡骸のようにその肌は酷く冷たかった。
縦に真っ二つ。その両に別れた死体がどくどくと黒い血を流し、この白い雪原に薄黒色の水玉模様を作った。
日は沈みかけている。辺りもそれに伴って色を徐々に失っていった。
「さ、そろそろ帰っかな」
『ネネ、儂がその死体回収しテええ?』
「......。」
タフティスは後ろから聞こえるその声に、黒目を上へ、肩はガクッと落とした。声の主の存在に驚いたのではない。呆れた様子というのが適切な様だ。
そして振り向けば、そこに立っていたのは――
「......もう今日は疲れたんだけど」
『あレ、驚かんの? 儂、ただのリッチじゃないヨ』
――<
異様な人体白骨を目の当たりにしてもタフティスは態度を変えない。
しかしリッチ......魔族であることに違いない知性を感じさせる雰囲気と、上質な絹で仕立てられた漆黒のローブ、豪勢な装飾品を身に着けている様からタフティスは油断の念を捨て去った。
殺気は感じられない。だが、重圧が数メートル離れているタフティスにまでひしひしと伝わってきた。
知っている。タフティスはこの骸骨の存在を知っていた。
頭蓋骨の上に乗っかっていた金色に光り輝く王冠がそれを示していた。
「お前さんが以前、アーレスの奴が言ってた<
『そウじゃよ』
そうじゃよ、じゃねぇよとツッコみたい気持ちのタフティスはそれをグッと堪えた。何もかも早く終わらせて王都へ帰りたいという念が込められているように思える。
無論、目の前の魔族が絶対的な強者であることも、下手なことを言わない理由の一つとなる。
「で、なんだって? あんたが死体になったアドラを持っていくって?」
『ホう......。敵である魔族を呼び捨てるどコろか、
話進まねぇな、とまたも心の中で文句を呟くタフティスである。
「俺の勝手だろ。んで?」
『うム。儂はそこに転がっている死体を渡してほシい』
「素直に渡すと思う?」
『ほっほっホ。力づくでかまわんゾ』
タフティスは熟考する。相手は<
仮にこの場で<
眼前のリッチは並々ならぬ強者だ。その覚悟は必要だろう。少なくともタフティスからしてアドラメルクとは比べものにならないほどに警戒を要する敵だ。
が、おそらくこのリッチは強者であれど、知性と理性を持ち合わせており、戦う意思も感じられない。鵜呑みにすればの話であるが、タフティスもできるだけ対戦するのだけは避けたかった。
故に交渉に入る。
「あのな、こっちはこの人造魔族のせいで死にかけたんだよ」
『実際に死んでタじゃろ』
「見てたのかよ」
『ウん。空の上かラ』
「......あっそ。俺らだってこの危険な兵器を、貴重な情報源を手放す訳にはいかねーのよ。わかる?」
『知ラん。それはお前らの都合ヨ』
こんの骨が、と思ったタフティスだが、おそらくこの“お前らの都合”というのは、王都の危機的状況を指して言っているのではないことを察した。
“王都”だけが対象の規模ではない。“人類”だ。人類の都合と眼前のリッチは言いたいのだろう。その意味合いであれば全く以て言い返す言葉もない。
「なに。お前、この人造魔族の知り合い? ごめんち、殺しちゃった」
『直接的ではないガな。まぁ、人類に恨みなど無い。所詮この世は弱肉強食ってこトよ』
「......。」
タフティスは鋭い眼光で眼前のリッチを睨む。そのセリフは死体と化したアドラメルクにかけた言葉であったからだ。
タフティスと人造魔族の死闘を上から傍観していたといい、盗み聞きとしていたといい、好き放題されては心中穏やかでない。
「そうだな。弱肉強食の世界だ。......力づくってんなら相手になるぜ?」
『ほっほっほ。“嘘つき隊長”が儂に勝てると思い込んどる様は滑稽よノう』
「“嘘つき”だぁ?」
タフティスは首を傾げて問い質した。
『【固有錬成:鸚鵡裏芸】......あレは【固有錬成】でもなんでもない。ただの【紅焔魔法:爆散砲】、じゃロ』
「......。」
タフティスは沈黙をもって肯定の意を示した。事実、件の一戦、アドラメルクと同等の威力を秘めた火属性攻撃は【固有錬成】ではない。ただの火属性魔法である。魔力を込め過ぎただけの、遜色ないよく似た一撃であった。
どういう訳か、どこで見られていたのか、疑問は絶えないが、それを見抜かれたことを悟ったタフティスは誤魔化そうとしない。
誤魔化せない、と言った方が正しい。
下手な嘘は、あの骸骨には通じない。かつて瞳があったであろうその空洞は、今は淡い赤色の炎を宿している。そしてそれは虚言を見抜くことだろう。だからタフティスは何も口にしなかった。
『あのようなつまらん嘘、よう出たノぉ』
「......はッ。よくわかったな」
『あ、やっぱ嘘なのネ』
「......。」
タフティスの蟀谷に青筋が浮かぶ。まさかこの話の流れで鎌を掛けてくるとは思わなかったからだ。外見に反して言動がいちいち軽い。
『まぁ、根拠とイう訳ではないが......』
ビスコロラッチは肉を纏わない片手を軽く前へ差し出す。
そしてその手の平の上に、
「っ?!」
『儂も同じ芸当ができる、かラじゃな。逆モ然り。他人がデきてもおかしくない』
一つの小さな光球が生まれた。
それを目の当たりにしたタフティスは背筋に凍るような思いをした。
骨の手の平に浮かぶ、白い輝きを放つ光球は子供の握り拳程度の大きさであれど、その球体に込められた魔力の濃さが違うことを肌で感じたからだ。
そしてその出現は同時にタフティスの記憶に訴える。自身が【固有錬成:鸚鵡裏芸】と謳った【紅焔魔法:爆散砲】と同等の威力を兼ね備えていると悟った。
自身はいい。死んでも生き返る自分なら何発喰らおうがかまわない。が、タフティスの後ろには王都がある。
アーレスも居ないこの状況下、各部隊の隊長らだけで、放たれた光球の破壊力から王都を護り切れるとは思えない。
ならば残された選択肢は......かの魔法の相殺か、迅速に<
「お爺ちゃん!!」
が、その場に現れた黒髪の少女によってその心配は掻き消された。
同時に、骨の手の平の上に浮かぶ光球も霧散する。
ルホスの登場だ。
街中に居るはずの少女はここまで走ってきたのか、【飛行魔法】を駆使したのか、彼女の乱入に意識を予想だにしなかったタフティスにはわからなかった。
ただただ少女の額に生えた黒光りの双角が、改めてタフティスに人ではないという事実を与えていた。
「あ? 嬢ちゃん? なんでこんなとこに......」
「なんでこんなところにお爺ちゃんが居るの?!」
『おおー! 久しぶりじゃノう、お嬢! 元気にしてタか? 随分ト立派に成長したのう』
三者三様、そこに会話は生まれなかった。
「わ、私は元気だったけど......。もしかして迎えに来たの?」
『うーむ。そうしたいのは山々なんじゃが、今日は別件でネ。そこに転がってる奴を回収しに来たンじゃ』
「......。」
故にタフティスが黙ることにした。
先程までの険悪な空気はなんだったのかと、一つ溜息を吐いたタフティスである。
(てか普段の“我”はどこ行った、“我”は)
そしてルホスの一人称や口調が、先程王都内に居た時と違うことに疑問符を浮かべた。
「うわ?! し、死んでる?!」
『そこの全裸男が真っ二つにしタんよ』
「お、お前、まだフルチンだったのか......」
ここでようやくタフティスに話の矛先は向かったが、目の前の少女の引き攣った表情に文句を言いたくなってしまう。
(お前、俺が人造魔族を放っておいたら、死んでいたかもしれないんだぞ)
しかし思ったことは口にせず、話を進めることに王国騎士団総隊長は注力した。
「なに、あんたら知り合い?」
『知り合いもな二も、儂とお嬢は祖父と孫娘の関係よ』
「うん」
なに当たり前のこと聞いてんの、と言わんばかりにタフティスを見てくる一体の魔族と黒髪の少女。
骸骨と少女が?
ツッコみたくなる衝動を生みそうな発言は控えるべきだとタフティスは悟った。
「ああもういい。面倒くせぇ。疲れたわ。この死体持ってけ」
『お、急に潔くナったね』
「お爺ちゃん、これ持って帰るんだ」
ビスコロラッチはルホスの言葉に頷いたと同時に、ドラメルクの死体を消した。真っ二つになった死体は、その上に出現した【空間魔法】によって血痕だけを残して収納されたからだ。
タフティスの一任は騎士団にとって損害にならないとは言えない。が、並行してアーレスも闇組織の敵地へ向かっていることから、目の前の<
『偶然とは言え、こうして会えたンじゃ。お嬢も帰るだロう?』
「......。」
一連の死体回収の動作を終えたビスコロラッチは孫娘にそう問う。それを受けたルホスは声を発さなかった。ルホスは即答ができなかったのだ。
<
『お嬢?』
それでもルホスは帰りたいの一言が言えなかった。
知ってしまったのである。城を出て、闇奴隷商に捕まり、辛い思いをしたとしてもその先にあった出会いが、王都での生活が思った以上に幸福感を満たしてくれるものだと知ってしまったのだ。
城に居た頃よりも楽しく取れた食事、否が応でも突きつけられる世情、そしてなにより――
それ故に決意をした少女は思いを口にする。
「か、勝手に城を出たのはごめん......なさい。自業自得だと思うけど、今の生活も悪くなくて......」
『......ソうか。ま、お嬢の意思を尊重すルよ』
「......ありがとう、お爺ちゃん」
俺はいったい何を見せられてんだとタフティスは思った。口にしないのは、一刻も早くこの場をお開きしたいという思いと、空気を読んだ次第である。
『で、行く宛はあるノかえ?』
「あ」
ルホスは思わず間の抜けた声を出してしまった。
保護という名目の下、今まで共に生活していた鈴木がアーレスと一緒に敵地へ向かってしまったからだ。
そのうち帰ってくるだろうとルホスは思っているが、鈴木たちが帰ってくるまでの間、どこに世話になればいいのかと頭を抱えた。
『なんなら、ビトラ――マーレのとこで世話にナるといい』
「だ、誰なの、そいつ。私、人間嫌いなんだけど」
『そ、それで王都に残りたイの?』
禿同と言わんばかりに、タフティスは首を縦に振った。
祖父の提案から少女は益々不安になった。
『安心せえ。歴とした魔族じゃヨ』
「え」
「ほッ。なんだ、魔族もちゃんと居るじゃん」
今度はタフティスが不安になった。
王都に魔族の数がゼロというわけではない。少なからず在住しているが、それでも数える程度であって、騎士団総隊長のタフティスはその者たちの名前を知っていた。
それ故に“マーレ”という魔族に覚えが無い。騎士団が把握していない魔族の個体名に焦燥感を覚えるタフティスだが、それは一旦王都に戻ってから調べることにした。
なにせ問題の少女は王都に残ると言うのだから。
『じゃ。儂帰るネ』
「ん。またね。今度、スズキを連れて家に帰るかも」
『うぃ』
「......。」
(なんだこの軽い感じは)
そう思っても口にしない
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