第79話 不敗の騎士 タフティス
「さぁてと、久しぶりに働くとするか!」
腕を振り回しながら全裸の男が目の前の敵に向かって言った。男の紺色の長髪は風で靡いており、二メートルにも及ぶ巨漢がより
王国騎士団総隊長のタフティスは生首の状態から五体満足にまで再生した。これが意味するのは先の件、人造魔族アドラメルクによる総隊長殺害の失敗である。そんなタフティスの様を見て、<5th>は驚愕の声を漏らす。
「な、なんなんだよ、お前......。生首から再生って......それが総隊長の【固有錬成】なのか」
「ま、呪われた身っちゅーことよ」
ローガンの【固有錬成:九相結界】で透明な結界の中に閉じ込められている仮面の男、<5th>は全裸のタフティスが存命していることが信じられなかった。それもそのはず、先日、自らの手によって首を刎ねた男が生きていたのだから。
<5th>は信じられないと思いつつ、それでも目の前の事実から分析を始める。どんなに信じ難い事実でも冷静に分析を行うのは闇組織に属する者の性であり、務めでもあった。
そして生首の状態でも延命できている様子から即座に【固有錬成】を連想する。それを裏付ける理由が、この国の騎士団総隊長は複数の【固有錬成】を所持しているという噂だ。
現にアドラメルクとの一騎討ちで、食らった攻撃を自分も使えるという【固有錬成:鸚鵡裏芸】を<5th>たちに見せていた。それを踏まえて二つ目の【固有錬成】によって生き返ったというだけのこと。仮面の男は苦虫を噛み潰す思いで、そんな事実を受け止めることしかできなかった。
「はぁ。タフティス隊長、本当にあの白い魔族をお一人で相手されるのですね?」
「おう。あ、髪を留めるピンとかゴムある?」
「ああ、それはあなたの補佐官ですからありますが......その前に服着てくださいよ」
そんな余裕無いだろ、と言わんばかりの視線をタフティスはローガンに送った。事実、闇組織の幹部である<5th>を結界の中に閉じ込めたが、アドラメルクは何不自由なく立っている。
そして<5th>はまたも不可解な話を耳にして顔を顰めた。目の前の男は先日、アドラメルクと戦って成す術もなく惨敗したはずなのに、またも再戦しようとする意思が理解できなかったのだ。
次から次へと生まれてくる疑問に悩まされる<5th>を他所に、タフティスはローガンから受け取ったヘアピンでボサボサの前髪を束ねて留めた。
「ほら、アレやれよ、アレ」
「は?」
全裸男は股にぶら下がっているイチモツの向く先が、自分の話し相手と言わんばかりに、今度は結界内の人物にソレを向けた。<5th>はできるだけ視界にソレを入れないようにした。
「アレだよ、アレ。えーっと、なんだっけ? 【
「っ?!」
<5th>はこいつ正気かと言わんばかりの眼差しをタフティスに向けた。
【
その背景から<5th>は目の前の全裸男の発言を理解できなかった。
「はッ。馬鹿か? 死なない身体だとしても戦いに敗れては意味が無いだろ」
「お? まさか俺の心配か?」
仮面の男が心配の念など抱くはずがない。ただ理解できない、それだけだ。
タフティスの生死不明な点、発言、望み、全てが理解できない。その追いつかない理解が焦燥感となって<5th>を窮地に追い込んでいる。
現状の分析に頭の回転を加速させる<5th>に、ローガンはまたも冷たい口調で言う。
「タフティス隊長への心配は無用だ。貴様は自分の心配をすることだな」
「は? この結界のことかい? こんなの、アドラメルクに壊させれば――」
「人造魔族が、か? 話を聞いていたのか? その人造魔族の相手は我らが総隊長がお受けになる。ならば貴様を助けるのは誰だろうな?」
「......。」
話は平行線を辿る。
片や過去に人造魔族と戦って敗けた者が勝利を手にするはずが無いと。
片や他に闇組織に属する者がこの場に居なければ、結界から逃れる術は無いと。
両者の思惑が場の空気をより一層重くした。
「貴様は“九相図”とやらを知っているか?」
「......死体が跡形もなく朽ちるまでの九つの段階の有様だろう?」
「そうだ。その結界――【九相結界】はそこから由来している。貴様は為す術もなく、そこで自身が土へ還るのを待つだけだ。地面は石畳だがな」
「......。」
ローガンの話を聞いた<5th>は黙り込んだ。自身の身に起こりうるかもしれない地獄を想像して臆したのではない。問題はこのまま騎士団に捕まった後のことだ。
鈴木に敗北した時点で、本来であれば闇組織の暗黙の了解と言わんばかりに、言語道断で始末されていてもおかしくはなかった。
しかし死んだはずの自身を生き返らせてまで任務を与えた上司が居る。それが意味するのは己の有能さ......有能な【固有錬成】を手放すことが惜しまれたからに過ぎない。
またそれも初犯だから赦されただけであって、次は無いと<5th>は覚悟していた。
故にこの状況はまずい。このまま囚われの身となってしまっては、騎士たちによる死刑だけではなく、組織にも追われる身となってしまう。
ならば他に取る手段は無い。
「アドラメルク......【
その一言を合図に、アドラメルクは豹変した。
『アガッ。ア、ア、ア、アアアァァアァ!!』
「「「っ?!」」」
アドラメルクの悲痛にも似た叫び声がタフティスの後ろに控える三人の耳を劈いた。
人造魔族の純白とも言えるその肌は輝きを放ち、同時に光り出した紫檀色のラインはその肌の表面を駆け巡る。タフティス以上に長い漆黒の髪は重力を逆らって宙に浮いた。
覚醒に伴い、生じた暴風が辺りの物を吹き飛ばす。元々開けた場所に居たが、周辺の建物のガラス窓は割れ落ち、地面に至ってはひび割れを生む有り様だ。幸いにも周辺に人は居なかったが、この騒ぎによって駆けつけてきた騎士たちがちらほら出てくる。
そんな中、ルホスはアドラメルクを見て誰にも聞こえない声量で呟く。
『ウゥ......ウ』
「......青色」
アドラメルクの咆哮を受けて怯んだルホスであったが、それよりも眼前の人造魔族を纏うオーラが......感情のオーラが示す色を目にして哀れんだ。
大方予想通りだが、やはりあの個体は......魔族は自ら望んで、あの姿になったわけではないと悟った。
「ちぃ! なんて魔力なんだい!」
「君は下がってて! タフティス隊長、本当にあなた一人で――」
――この人造魔族を相手にするのか、と言いかけたローガンは眼前に真っ白な握り拳が迫っていることに気づく。
アドラメルクは完全にローガンの視界の範囲内であった。目を離すはずがない。想像以上に恐ろしく危険な魔族を前にして、その姿を視界に収めないはずがない。
しかし気づいたときにはすでに遅かった。眼前に迫る拳。それを受けてしまっては、騎士として日頃から鍛錬を重ねているローガンと言えど、重症あるいは即死という線もあり得た。
これが【
初手で狙ったのがローガンなのは言うまでもない。主の命の下、結界を張ったローガンを真っ先に狙うのは必然のこと。
が、
「おっと! お前さんの相手は俺だぜ!」
『ッ?!』
ローガンの頭部に直撃するであろう真っ白な拳に対し、ずっしりとした丸太を感じさせる屈強な腕が突き出されたことによって、その進行が阻まれた。
その腕の先、手のひらにはアドラメルクの拳が掴まれている。
「なッ?! 素手だと?!」
確実に一人は戦闘不能にできたであろう事柄に、声を上げたのは<5th>であった。
この場の誰よりも混乱しているのは彼である。それもそのはず、防戦一方どころか、アドラメルクに手も足も出なかったタフティスが人造魔族の攻撃を涼しい顔で受け止めていたのだから。
「た、たす、かりました」
「おうよ。んじゃ、
「......お気をつけて」
それを耳にした<5th>はまたも理解に苦しんだ。
ここで暴れるという命令はアドラメルクに既に下している。そのアドラメルクがこの場を離れるはずがない。
住民や街への被害を出すことを考えれば、王都の外に出てタフティスと一騎討ちする必要は無いのだ。
だが、その男の不理解も次の瞬間に打ち砕かれる。
「そら、ちょっくら俺ちゃんに付き合え......よッ!!」
語尾に合わせて放たれるタフティスの強烈な蹴りの一撃がアドラメルクの腹部を襲う。
タフティスは王都の城壁の向こう側へとアドラメルクを蹴り飛ばしたのだ。恰もボールを思いっきり蹴り飛ばしたかのように。拳を掴まれているアドラメルクでは防御も回避も不可能な一撃であった。
そしてそれを追うようにタフティスはこの場を飛び立つ。
「な、なんなんだよ、あいつ......」
この場に取り残された仮面の男は一人呟く。その呟きにエマは軽く咳払いして言った。
「知らないのかい? あいつはこの国の騎士団総隊長タフティスだ。付けられた二つ名は......<不敗の騎士>」
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