第78話 [ルホス] トップでボロン

 「【固有錬成:九相結界】」


 アドラメルクの両手で作られた疑似武器ハンマーが私目掛けて振り下ろされたが、透明な壁によってそれは阻まれた。


 そしてどこからかスキルを唱える声が聞こえて、私は声の主が居るであろう方へ振り向いた。


 そこに居たのは二人の騎士。重装備の年若い男騎士と軽装備の初老の女騎士だ。


 「そこまでです。大人しくするならよ」


 「派手にやったもんだねぇ」


 二人はそう言って腰に携えていた剣を抜いた。


 そしてその剣先を向けた。


 ......なんで私にまで?


 「お、おい! 騎士が敵を間違えるなよ! 我は被害者だ!」


 『「街なんか知ったこっちゃない」って言ってた奴が被害者面かぁ〜』


 「お前は黙ってろ!!」


 箱の中にある生首が空気の読めないことを言ったので怒鳴ってしまった。


 そんな様子を見ていた二人の騎士は、私が持っている箱に見覚えがあるのか驚いて私に問い質してきた。


 「っ?! なぜ君があの箱を!!」


 「......これはアーレスの奴が絡んでるみたいだね」


 も、もしかして私疑われている?


 ただ箱を持っていろってあの赤髪の女騎士に言われたから持っていただけなのに......。こんなことなら不燃ゴミの日に捨てればよかったな。


 『ちょいーす』


 「おい!」


 「ちょ、なんで声を高くしているんですか......」


 「ま、その答えはあちらさんに聞くとしようか」


 相変わらず声を高くして不快感を覚えさせるような話し方をするこの生首は、二人の騎士に説明すること無く挨拶から入った。


 これで私も騎士たちに連行されたら溜まったもんじゃないぞ。


 怒った私は生首が入った箱をがんっと地面に叩きつけた。しかし防御術式でも施されているのか、箱に外傷は無い。


 その一連を見聞きしていた二人の騎士のうち初老の方は色々と察しがついた顔をしている。


 そして二人は私たちに対するもう一方の人物に目をやった。


 「やぁ。隊長らがお出ましとは嬉しいね。第三部隊隊長エマ・リーバンガル公爵夫人」


 「ほう。私を知ってるのかい?」


 「そりゃあ有名だからね」


 このババアの出自なんかどうでもいいから、後は騎士たちに任せて私は帰っちゃ駄目かな。


 殴られたお腹が痛くて痛くてしょうがないんだけど......。


 「エマさん、どうしますか? 相手は退く気ありませんよ?」


 「そうさねぇ。かと言って逃がす気はこちらにないし、やり合うしかないだろう」


 「ここでですか? あの仮面の男はともかく、私が閉じ込めたは情報通りならタフティスさんとやり合ったっていう......」


 「ああ、きっとそうだろう。さ、職務を全うするよ」


 ババア騎士がそう言ったことで、茶髪の男騎士は剣を構えた。


 『おい、あの茶髪男がローガンだ。とりあえず、あいつのとこまで俺を届――』


 「わかった! 投げればいいんだな! おりゃ!!」


 『丁重にねぇぇぇえええぇぇぇえ!!』


 女性の声とは違う、無駄に高い声を出す生首が絶叫しながら茶髪男の方へと投げ飛ばされた。


 その生首が入った箱を受け取った男騎士はなぜか溜息を吐いていた。状況を大凡理解したのだろう。そして私に向かって言う。


 「君はこの件に巻き込まれた身なんだろう? 外見の特徴からしてアーレスから話は聞いている。危ないからこっちに来なさい」


 「け、結構だ。我は家に帰る」


 「アーレスの家にかい? あそこは半壊したって通報があったよ」


 「......。」


 私はこのまま背を向けてどこかに逃げるより、この騎士たちを囮か肉壁にすれば、より安全なのではないかと思って二人の下へ向かった。


 そんな私の隙だらけの行動はあの魔族兵器――アドラメルクを前にしても可能だった。今も尚、この茶髪男が張った透明な結界によって思うように身動きが取れないみたい。


 「ねぇ。もう少しだけ待ってあげるから、もっと騎士たちを呼んでほしいんだけど」


 一連を眺めていた敵がそう言った。


 騎士を呼べ? 自分が不利になるだけな気がするが......。


 まぁ、私としては騎士共がいくら散ろうとかまわないので、確実に奴を屠りさってほしいものである。安心して夜も眠れないし。


 「なんでだい?」


 「え、単純な話、大暴れするのに二人だけで相手するってつまらないでしょ」


 「......悪いが、誰かさんが騒ぎを起こしたせいで王都は警戒態勢に入ってる。そう一箇所に多くは招集できないよ」


 「ふーん? じゃあ無視できないくらい暴れるしかないかぁ」


 マジか。


 この男に関して言えば、そこまで戦闘力があるとは思えない。


 私がそう言えるのは、以前スズキとこいつが戦ったときのことが関係している。隠れて敵の後ろをとったり、魔法を隠したりと地味な攻撃手段ばっかりだったからな。


 王都で暴れるという表現はこいつが為せるものじゃない。アドラメルクによる行為だろう。


 それを察したのは私だけではなく二人の騎士もらしい。二人の視線は未だ結界内に居るアドラメルクに向けられている。警戒しているんだ。


 「どんな結界だか知らないけど、いくら【固有錬成】によるものでも、アドラメルクを完全に封じ込められるわけないでしょ。知ってるよね? そこに立っているはそちらさんの総隊長を殺したんだよ?」


 そう言った仮面の男はどこか誇らしげである。生首から話の触りは聞いていたが、あれが人造魔族......。


 その名の通り人が魔族を造ったんだ。


 ......本当に悪趣味な種族だな、人間というのは。


 そう思っていた私は、


 『舞台は整った!』


 さらに不快さで胸をいっぱいにしてくる声を聞くことになった。


 「......ねぇ。本当にさっきからなんなの、その箱」


 敵はコレが気になるみたいだ。


 まぁ、自分たちが殺したはずの生首が箱の中に入っているとは思わないよね、普通。


 騎士たちに仮面の男の問いを律儀に答える気は無い。しかし茶髪の男騎士は自身が持つ箱の中に居る生首に聞いた。


 「あの、その高い声はなんなんですか? 他者に誰だか特定されないようにするためですか?」


 『そうよ!』


 「口調まで......」


 そいつふざけているだけだから燃やした方がいいぞ。


 『まぁ、冗談はさておき、勘づかれんのも時間の問題だ。ローガン、奴は頼んだぞ』


 「......はい。作戦通りでいきます」


 生首が部下である茶髪の男騎士にそう指示したことで、場の空気が一瞬にして変わった。再び交戦が始まるんだと私は察した。


 「はは。本当にやる気なんだ。いいね。さ、アドラメルク。そろそろそこから出て――」


 と仮面の男が言いかけたとき、


 「結界解除。再び【固有錬成:九相結界】」


 「っ?!」


 今まで透明の半球の中に閉じ込められていたアドラメルクが、突然結界が解かれたことにより自由の身となった。ちなみにあの結界は透明だが、光の反射具合などで目を凝らせばどこに張られているのかわかる。


 その結界が一体の魔族を解放したと同時に、今度は仮面の男を結界の中に閉じ込めた。それに気づいた仮面の男は、仮面越しでもわかるくらい動揺していた。


 「......これはどういうつもりだい?」


 自分が閉じ込められるとは思っていなかったのか、仮面の男から今までの余裕そうな態度は消え失せていた。


 それもそのはず、街で大暴れするというのならどう考えても仮面の男ではなくアドラメルクという魔族兵器だ。


 私は【固有錬成:九相結界】について何も知らないが、こうして解除してまた別の所に結界を張ったとなると、発動条件に何かしら制限があるのだろう。


 それにしても危険な個体を自由にさせるとはどういうつもりなんだ?


 「ふぅ」


 「ねぇ。わかってる? 馬鹿なの? アドラメルクがここら一帯を消し飛ばしたら君は死んで、【固有錬成スキル】も効果を失う。危険度で判断できないのかい?」


 「はっ。それはどうかな。危険という意味合いで言うのであれば、貴様のような厄介な【固有錬成】持ちの方が我々にとっては恐怖の塊だ」


 「へぇ......やっぱり私の情報は漏れてたんだ」


 「ちなみに、私が張ったあの結界は貴様の憶測とは逆の効果を発揮する。制限は対象が一個体だけと融通が利かないがな」


 「......内側ではなく外側の攻撃で簡単に破れると?」


 「ああ。術者である私との距離にもよるが、内界からは外界に一切干渉できない。が、逆に外界からならば容易く破れる」


 「なら尚更アドラメルクに暴れさせればいいだけの話だ」


 「できるといいな」


 「......。」


 嘘か真か、敵に対して厳しい口調になった茶髪の男騎士が結界スキルの条件や制限の一部を敵に語った。


 それを受けてあまり多くを言い返さない仮面の男は、自由の身となったアドラメルクの方に目をやった。


 「アドラメルク。さっさと皆殺しにしろ」


 『......。』


 「? おい。どうした」


 仮面の男の指示に忠実だったアドラメルクが指示を下されても動こうとしない。茶髪の男騎士が持っている箱をじっと視ているだけだ。


 ......目が無いからどこを視ているのかわからないけど、そんな気がする。


 「まずは第一関門突破です」


 「さ。あとは我らが総隊長殿に任せようかね」


 『おうよ!』


 「......は? 今なんて言った? “総隊長”? それにその声......まさか!!」


 箱の中から聞こえる声はさっきまでのような裏声じゃない。元の野太い地声だ。


 そしてどういう手段を使ったのかわからないが、生首は自身を収めていたその箱の中から飛び出してきた。


 う、うぇ。すでに一回見てるけど、キモすぎ。


 「た、タフティスだと?!」


 「正確にはまだ生首だがな。ぶははは」


 敵は箱から生首が出てきたことに驚いていたが、その正体が先日自分たちの手で殺した騎士団総隊長のものだと予想していなかったようで更に驚いていた。


 そして仮面の男は信じられないと言わんばかりの眼差しを地面に転がり落ちた生首に向ける。


 「な、なんでお前が! それにな、なななな生首だけでどうやって......」


 「良い反応するなぁ!」


 結界の中に閉じ込められた男が驚く様を見てケラケラと笑う生首男。


 「ふんぬ!!」


 そして生首男は力んだ。


 すると生首の切断面からボコボコと肉塊が勢いよく吹き出してきた。十数秒くらいそれが続き、次第にその肉塊が人の手足を形成して最後は皮膚で包まれていった。


 完成したその肉体は全裸姿の巨漢であった。


 き、きっしょ。


 「ふぅー。やっと自由の身になれたぜ」


 腕を振り回しながら言う男は後ろ側に居る私たちにきったない尻を向けている。


 そりゃあ服は生えてこないとわかっていたし、敵と対峙しているのだから当たり前だが、なんというか......最悪な気分だ。


 無性にあの尻へ【螺旋火槍】をぶち込みたくなる。


 それに仁王立ちしているからか、奴の尻の間からぶらんぶらんと左右に揺れている棒状の何かが垣間見える。


 いや、ナニかなんだけど。


 「お嬢ちゃん、あまり目にしちゃいけないよ」


 「......男はあんなキモいものをぶら下げているのか」


 「こら。女の子がそんなはしたないことを口にしてはいけません。......を残すのに必要なのさ」


 ババア騎士から見るなと言われ、茶髪騎士からはぶら下げている言い訳を聞かされた。


 理解はしていても見ていて不快感しか抱かないのが本音である。


 「な、なんなんだお前は......」


 「俺は騎士団総隊長のタフティスだ! この国のトップだぜ! はははははははは!!」


 「「「......。」」」


 これがトップかぁ......。

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