第77話 [ルホス] 危機一髪

 「あ゛ー、暇だー」


 『おっさんみたいな声を出すんだな』


 「うっさい、“生首”が」


 私は今、女騎士アーレスの家に引き籠もっている。スズキが出ていって一日が経った。遊び相手すら居ないこの空間は、私にとって退屈以外の何ものでもない。


 『暇なら昨日教えた房中術の練習すればいいだろ』


 「バナーナを加えるあれか? あれ顎が痛くなるからヤだ」


 『ガキだなぁ』


 「我を子供扱いするな!」


 『それじゃああの坊主をオトせねぇぞ?』


 「べ、別にスズキは関係無いだろ!」


 『ああー、めんどくせぇガキ』


 こ、こんのぉ。


 ちなみにさっきから私の話相手になっているのは、この国の騎士団総隊長であるタフティス――


 「......。」


 『? どうした?』


 ――の生首である。


 信じられないことに、実はアーレスが騎士団の本部から持ち帰ってきた箱の中にタフティスの生首が入っていたのだ。


 しかも普通なら死んでいてもおかしくない状態なのに、なぜか生首のままで生きている。


 まぁ私が深く考えても仕方ないので、そこら辺はもう考えるのを辞めた。一応、この男が生きているという点に関してはこの国、スズキたちにとっては都合の良いことに変わり無いので、こいつが死んでいないことに悩む理由は無い。


 『しっかし暇だなぁ、おい』


 また先日、生首を高度な認識阻害の魔術が施されている箱に仕舞ったら、その中から発せられる声も変わった。野太い男の声から少し高めの声に変わったのだ。スズキたちと居た時はこんなこと無かったのにな。


 おそらく生首が何か魔法を行使したのだろう。理由を聞くほど興味はないのでどうでもいいが。


 『よし、ローガンのとこ行ってあいつイジるか』


 「誰だそいつ」


 『ああ、俺の補佐官の一人よ。秘書という名の世話役こしぎんちゃくとも言える』


 「お前って駄目人間なんだな」


 このタフティスの生首は箱に仕舞ってあるので表情は見えないが、私にそう言われて言い返せないとなると、その表情も文句を言いたげなものだと簡単に思い浮かべられる。


 ちなみに私の【固有錬成】は常時発動型で、対象の者を視界に捉えれば、その者の感情が様々な色で表されるオーラとなって見えるのだが、この箱を見ても生首の感情は読み取れない。


 “箱に入っている”ということから、視界を遮られているのが原因なのだろう。現にさっき箱からこいつを出したときは一応オーラが見えたし。


 「そもそもそのローガンとやらが居る所は、人間がうじゃうじゃ居る所なんだろ。そんなとこ行きたくない」


 『人間をドキブリみたいに言うんじゃねぇよ』


 私にとっては人間もあの黒いDであるドキブリも一緒だ。勝手に滅んでも全く困らない種族である。


 『そんなに人間が嫌いか?』


 「......。」


 生首がそんなことを私に聞いてきた。何度も繰り返すが、好きか嫌いかで問われれば人間なんて大っ嫌いだ。


 なにが面白くて他種族を奴隷にするのだ? 当然だが、魔族や獣人族だって他種族を奴隷にする者も居る......とおじいちゃんから聞いたことがある。が、それもごく一部だ。


 数の問題ではないとわかっている。でも人間のあの悪質な行為......私だって一度捕まって酷い目にあった。ご飯は不味い上に、それすら与える日が無いこともあった。衛生面は最悪。暴力を振るう者も居れば、中には性欲を奴隷たちで満たす者も居た。


 本当に残忍な種族である。


 『過去にどんな目に遭ったか知らねぇが、この街の人間は嬢ちゃんが会ってきたクズどもばかりじゃねぇぜ?』


 「......は。どうだか」


 私は生首の意見に聞く耳を持たなかった。


 ......そんなこと、スズキと居た数日でわかっている。それでも脳裏にあの闇奴隷商の者たちの―――がちらつくのだからしょうがない。


 『とりあえずローガンのとこ行こうぜ』


 「いや、だから―――」


 と、私が言いかけたところで、


 「なぜ箱と会話しているんだい?」


 「っ?!」


 後ろからこの場に居るはずのない声が聞こえ、私は慌てて声のする方へ振り向いた。


 そこには居るはずもないどころか、生きていることすらあり得ない者が居た。そしてそいつの隣には、天井近くまで高さのある麻袋に入った。突然姿を現したことにより、その存在感に気付けなかったのが不思議である。


 名前は知らない。だが、その特徴的な牛を模した仮面には見覚えがある。目の前に立っている男は―――


 「<幻の牡牛ファントム・ブル>......」


 「やぁ。久しぶりだね。捕まえに来たよ?」


 「な、なんでお前が」


 目的はわかっている。それは私の近くにある箱の中の生首が言っていたことだ。『嬢ちゃんは商品だから』と。


 奴隷だった私を何度も逃したことから私の商品価値というより、捕まえることに意味があるように思えた。


 今もこうして私に気づかれないように接近してきたのは、例の【固有錬成】によるものか。その効果は気配を完全に遮断し、こちらからの視認を許さないという面倒なスキルだ。


 「本当は気づかれないまま君を無力化して捕縛すれば良かったんだけど、君に聞きたいことがあってね」


 「スズキは今ここに居ないぞ! なんか敵地に向かった!」


 「な、仲間の居場所を秒で言う? 普通」


 別に隠す必要無いし。


 スズキは何があっても死なないみたいだから隠す意味も無いので、私は平然と正直に言ったまでだ。うん。


 「え、待って。もしかして<狂乱の騎士>と敵地に奇襲かけたのってあの少年だったのかい? そしたら今は王都じゃなくてブレットの領地に?」


 小声でなにかぶつくさ何か言っているが、私には知らない単語ばかりでよくわからない。


 とりあえず、


 「【雷電魔法:螺旋雷槍】ッ!!」


 先手必勝だ!


 私の両手から放たれた雷を纏った螺旋状の槍が仮面の男を貫こうとした。敵は私が室内で大胆な行動に出るとは予想していなかったのか、一瞬驚くがすぐさま横に飛び避けた。


 『お、おま、人んちで容赦なく魔法撃つなよ......』


 「うるさい。女騎士の家なんか知ったことか。自分の命が最優先だ」


 私は当然のことを箱の中に居る生首に言った。【螺旋雷槍】によって二階にあるこの部屋は壁を貫通して風通しが良くなった。


 「びっくりしたよ。まさか容赦なく撃ってくるなんて」


 「チッ」


 「あとさ、さっきからその箱と喋っていたよね? けど、中には何が入っているのかな?」


 “少し前から”って......。こいつ、私という“れでぃー”を知っての狼藉か。


 箱の中身について知らないとなると、この家に来てそんなに経っていないのだと私は推測した。


 『いいか、俺の名前は出すんじゃねぇぞ!』


 「......。」


 別に教えてやる必要は無いが、秘密にしておく理由も無い。


 あ、そういえばこの生首は闇組織の連中に殺られたと言っていたな。だから正体がバレたらまずいのか。


 「喋った。声高いな......。女性とは違ってなんか音声をいじったような癖のある声だね」


 「教える気が無くなった。代わりにお前を殺す気満々だ!」


 「物騒な子だなぁ」


 私は室内にも関わらず、【紅焔魔法:火球砲】を複数発動して範囲攻撃を行った。


 そしてすぐさま女騎士の家を飛び出た。


 『うおい! アーレスんちがめちゃくちゃじゃねぇか!! 俺が怒られんだぞ!』


 「うるさい」


 ちなみにただ闇雲に魔法を放っていた訳じゃない。家の壁を壊せば、その分私の逃げ道が確保できるため派手にやったのだ。


 殺す気満々と言ったのは嘘である。こちらからでは察知できない敵に背後に回られたらお終いだ。戦闘は控えたい。


 それに闇組織の連中ならば、きっとあの“黒い結晶石”も持ってきているはず。魔力を吸われてもお終いである。


 だから範囲攻撃を行ったのは、魔力吸収の防止と私に近寄らせないためだ。そのことを担いでいる箱の中に入っている生首に私は伝えた。


 『まぁ、嬢ちゃんが捕まったら、もれなく俺の正体がバレちまうもんな。アーレス、ごめんち』


 「それで我はこれからどうすればいい?!」


 『とりあえずローガンのとこ行け』


 「こんなときにそいつをイジりに行くのか?!」


 『ばっか。あいつらと戦う前にローガンの力が必要なんだよ』


 「じゃあ道案内しろッ!!」


 私は生首の指示通りに全速力で走った。もちろん、鬼牙種である私の本来の力の源、黒い角を出してだ。これにより身体能力が底上げされる。


 街中であんな派手に魔法を繰り広げたからか、近くの住人は半壊したアーレスの家を遠目で眺めている。避難しろと言うほど私は優しくないので放っておいた。


 『あ、それとさっきのが俺を殺した張本人だから』


 「んなッ?! それを早く言えよッ! というか、“あいつら”?!」


 『おう。正確にはあの麻袋の中に入っているであろう奴に俺は殺されたんだけどな。アレを街中に持ってきたとなると......あいつらここで一暴れする気か』


 「んなのどうでもいいわ!! 我は安全が確保されればそれでいい!!」


 『す、すごいぶっちゃけたな』


 うるさい! こっちは捕まったら生地獄なんだぞ!


 こうして私は振り返ること無く、生首が言うローガンという男の所まで駆けていった。その者は騎士団の屯所に居るようなので、まずはその場に向かった次第である。


 が、その屯所付近で―――


 「やぁ。騎士たちの所に行けばなんとかなると思った?」


 「『......。』」


 な、なんでいんの......。


 仮面の男の隣には全身白い肌の巨漢......らしき者が居た。魔族だよね? 頭はあるけど目とか口など顔を作るそれらが無いのが特徴だ。あるのは腰まである長髪だけ。また全身を巡る紫檀色の線がある。


 正直気持ち悪いの一言に尽きる。


 「はは。そりゃあ子供の考えそうなことくらいわかるよ」


 「わ、我を子供扱いするな!」


 『まぁ、騎士あいつらが居る近くまで来たんだ。さっきみたいに騒ぎを起こせばいいだろ』


 簡単に言って......。


 私は魔法陣を展開して魔法を放つ準備をした。しかし、


 「行け、アドラメルク」


 『......。』


 「っ?!」


 白い魔族が急接近してきたため、私は横に飛んで距離を取った。


 「速いね。さすが鬼牙種だ」


 「チッ。二対一とは卑怯だぞッ!!」


 「安心して。僕は戦闘向きじゃないから、疲弊すらしていない鬼牙種の君に挑まないよ。それにアドラメルクに任せた方が早そうだしね」


 そんな言葉を鵜呑みにできるほど私は馬鹿ではない。


 だが、この真っ白な魔族――アドラメルクと呼ばれる強敵を前に、意識を他に逸らせない。


 私を捕まえるのにアドラメルクを仕向けるのは確かなようだ。でもなんで? あの黒い結晶石を使えば私の魔力は吸われて優位な立場でいられるはずなのに。


 あ、もしかしてあの結晶石は魔力を使用すると魔力を帯びるから、こいつの【固有錬成】じゃ隠しきれないのか。


 私がそう思うのは以前、スズキとこいつが戦っていたときに『隠せる対象は一つ』で、たしか魔力を帯びる魔法陣もその対象だった。


 ということは、魔力を吸収する結晶石は触れていても隠せない。人間じぶんを隠すか、魔力媒体を隠すかだ。


 「ちなみに騎士たちがここに駆けつけてきたからって、私たちは退かないよ。王都で大暴れするのも任務の一つなんだ。だからここに来た騎士たちも全員殺す」


 私がそんなことを考えていたら、お喋りな相手が王都に来た目的を話し始めた。


 大暴れする目的はわからないが、そんなことどうでもいいので私を放っといてほしい。


 距離を詰めて私を捕らえようとするアドラメルクから逃れては、その度に魔法を放っている。本当はもっと大規模な魔法をぶっ放したいが、そんな隙を与えてくれないので、ちょこまかとダメージを与えているのだ。


 いや、そもそもダメージにすらなっていないな......。


 というか、生首が入った箱が邪魔なんだが。


 「アドラメルクももう少し柔軟に命令を解釈してくれれば、効率良く立ち回れるんだけどなぁ」


 「【凍結魔法:氷槍】!!」


 「あぶな」


 隙を見て仮面の男に放った氷の槍はあっさりと躱されてしまった。


 同時に私のこの行為は、私自身にも隙を生んだ。


 『......。』


 「っ?!」


 アドラメルクの拳が私の腹部を捉えて、決して小さくないダメージを私に与えた。私は瞬時に【回復魔法】で痛みを和らげた。


 『大丈夫か?!』


 「う......。こんなの屁でもない」

 『っ?! 避けろ――』


 と、生首が私に叫ぶが、既に遅い。


 さっきの一撃で蹌踉めいた私の目の前には、アドラメルクが両手を組んで作った打撃の姿勢がある。


 あ、これ食らったら終わ――


 「【固有錬成:九相結界】」


 ――ることはなかった。どこからか、知らないスキルとそれを唱える声が聞こえたと同時に、私が食らうであろう相手の打撃は私の目の前で止まっていたのだ。


 いや、なにか透明な障壁か何かで防がれていると言った方が正しい。それは敵であるアドラメルクを取り巻くように半球のような形の何かであった。


 そして唱えた張本人が私たちに向かって言った。


 「そこまでです。大人しくするならよ」


 「派手にやったもんだねぇ」


 この場に現れたのは、頭以外全身を鎧で包んだ若年の茶髪男と、同じく全身に防具を纏っているが、比較的軽装な初老の女騎士であった

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