閑話 [ルホス] 開けるなと言われると開けたくなる
「うぅ、スズキぃ.....」
暇だ。とてつもなく暇だ。
私はアーレスという女騎士の家の一室にあるベッドの上で寝っ転がっている。今この家には私以外誰も居ない。好き勝手し放題だし、好きなもの食べ放題だ。
「いつ帰ってくるのぉ」
数時間前、スズキはアーレスと一緒に家を出ていった。向かう先は例の闇組織の基地らしい。私には詳しいことがわからないが、敵地に繋がる特殊な道具をその女騎士が本部から持ち帰ってきたらしく、それを使って二人で行ってしまったのだ。
「私も行けば良かったかな......」
私は保身目的で二人についていこうとしなかった。いや、それは理由の半分だ。もう半分の理由は、私は弱いからきっと足手まといになるだろうと思って行かなかった。
スズキは妹者のスキルのおかげでほぼ不死身だし、魔族姉妹とスズキの同時攻撃でかなり戦闘特化な戦法をしている。
だから怪我をしても瞬時に回復できない私は足手まといになるかもしれない。スズキと一緒に戦えるのはスズキ以上に馬鹿げた戦闘力を持った奴か死ににくい奴だけだ。
そういう背景もあって不貞寝といっても過言じゃないくらい私はだらけている。
何しよ。朝ごはんもさっき適当に食べたし。
外は......スズキとなら出かけてもいいけど、人間だらけのこの街で他種族の私だけが出かけるのも気が進まない。
「スゥーハァースゥーハァー」
スズキの匂いが枕からするぅ。
「っ?!」
こ、これじゃあ私が変態みたいだ。まぁ、誰も居ないし続けても別にいっか。
なんか落ち着く匂い。一緒に洋服を洗濯して、石鹸も同じものを使っているのに、なんで女と男でこうも違ってくるのだろう。不思議なものだ。
「今頃スズキたちは闇の組織の連中を倒しているんだろうなぁ」
呑気な話だ。私はそんなことを思いながら、部屋の窓から外を眺めている。女騎士の家はそこら辺に建っている一般的な民家だ。大きくもなく小さくもない。ただ少し人気が少ない場所にある。
「あの箱......開けてみようかな」
あの箱とは、今朝出ていったアーレスから押し付けられた箱のことだ。魔族姉妹曰く、かなり高度な認識阻害の魔法が施されているらしい。なので中身を魔力検知で探ってもわからないのだが、物理的にあの箱を開封させれば、中に何が入っているのかわかる。
女騎士は何かあったら守ってくれるとか言ってたけど、それを渡された私にとっては得体の知れないものなんかお守りでもなんでもない。
「よし」
決心した私は箱の中身を確認すべく、この部屋の隅に放置したそれを再び手にした。
なんか重いんだよね、これ......。いったい何が入っているんだ? そんなことを思いながら私は箱に施されている術式を無視して開封した。
「なんかフサフサして......る?」
まだ昼過ぎだが部屋の明かりを点けていなかったせいか、箱の中身がよくわからない。さっそく両手を突っ込んで感触を確かめる私だが、触った感じ、何か毛のようなものがあるとわかった。
とりあえず、そのフサフサ部分をがっちりと掴んで引っ張り上げた。
「っ?!」
私はそれを見て驚愕した。
目にしたのは――
「いってーな。おい、嬢ちゃん。その年から匂いフェチはやべぇぜ?」
――成人男性の生首だった。
「きっしょ!!!」
「へぶッ?!」
そしてまた部屋の隅に投げ捨てたのであった。
******
「おい! 人を思いっきし投げるとかどういう神経してんだッ!」
「おえぇええ!! スズキの両手も口があってキモかったが、喋る生首はそれ以上だ!」
「おいおいおい! なんで魔法陣を展開してんだよ?! 魔法ぶっ放す気か?! 部屋の中でか?!」
う、うるさい! とりあえず燃えろ!
「【紅焔魔法:爆散――」
「部屋をむちゃくちゃにしたらスズキって坊主に怒られるぞ!」
っ?!
な、なぜスズキを知ってるんだ......。スズキの知り合いか? 私は一旦冷静になり、火属性魔法の行使を中断した。
生首は......紺色の長髪で、鬱陶しい前髪は鼻まで伸びきっていた。見たことないな。誰だこいつ。
ただ唯一の救いは生首だけなのに生臭くないところだ。首の断面を見る勇気も好奇心も無いが、きっと傷口なんて無いのだろう。あったら異臭がするだろうし。
これ、人間なのか......。
「そうそう。大人しくするのが良い子ってもんよ」
「わ、我を子供扱いするな! “生首”はなんでスズキの名前を知っている?」
「“生首”ってあんまりな言い方だな、おい。そりゃあ箱の中からお前らの会話を聞いてたからな」
「い、生きてるのか?」
「がははは! 生きてなかったら喋ってねぇよ!」
「......。」
身動きできない生首がなんか言ってる......。
「それより嬢ちゃん、俺を早いとこ箱に戻してくんねーか?」
「え、なぜだ? キモいから触りたくないんだけど」
生理的に無理なので、私は嫌な顔して生首からの提案を却下した。
「マジな話、まずは自己紹介からしてーんだが、俺の魔力を奴らに察知されたくねぇんだわ」
「人間同士のいざこざなんか知らない。勝手に争ってろ」
「つれねぇな。嬢ちゃんも無関係じゃないんだぜ? なんたって闇奴隷商が関わっているんだからな」
「っ?!」
わ、私を攫った闇組織の連中のことか......。たしかに無関係ではないが、このまま隠れていれば関わることなく安全だろう。
「我には関係――」
「少なくともスズキって奴は関係あんだろ? 好きな男のためにも少しは協力しろよ」
なッ?!
「わ、我は別にスズキが好きな訳じゃない!」
「え、さっき坊主が使ってた枕に顔を埋めて――」
「とりあえず箱に戻せばいいんだな?! それだけだぞ!!」
私は脅してきた生首の髪を掴んで持ち上げて、乱暴に先程の箱の中に突っ込んだ。
『いてて......ついでに蓋もしてくれ』
蓋も閉めた。
もうこのまま不燃ゴミとして捨てたい......。生首にあんな恥ずかしいところ見られるなんて......。
『あんがとよ』
「なんなんだお前は......」
『まぁまぁ。女はちょっとエッチなくらいがモテるからよ』
「やっぱ殺すか」
『勘弁してくれ』と謝罪する気のない言葉が箱の中から聞こえた。おそらく自分をこの箱に仕舞ってほしいと言ったのは、箱に施された認識阻害の術式の効力に頼るためだろう。さっき『魔力を悟られたくない』とか言ってたし。
『言い遅れたな。俺はタフティスっていうもんだ』
「“タフティス”? どっかで聞いたような......」
『アーレスたちの話を聞いてなかったのか? ほら先日、闇組織の連中に殺されたタフティスさんだよ』
「い、生きてんじゃん......」
そういえばそんなことを話し合ってたな。私はあまり興味が無かったから話半分で聞いていたが。
ということは、この国トップの戦闘力を単騎で持つこの男が敵にやられたということだ。
なぜか現に今はこうして生首だけで生きているが、一応生きているので魔力を敵に感知されたらまずいのだろう。
『ま、俺がこうして隠れているのも近いうちに、敵がまた接触してくるかもしれないから、その時の防衛役だな』
「生首だけだろ。そんなんで戦えるのか」
『いや、ちょっと踏ん張れば首から下は生えてくるぞ』
「......。」
お前の肉体はう○こか。
『が、今はまだそのときじゃねぇ』
「そんな大層な役割を担っているのなら、なんであの女騎士はお前を持ち出して我に預けた?」
『そりゃあ嬢ちゃんが一番狙われる可能性があるからだ』
「我が?」
『ほら、前は闇奴隷商の商品だったろ』
「そうだけど、以前、スズキが返り討ちにしているし、諦めたんじゃないの?」
はは、と箱の中で、生首に鼻で笑われた私は軽く殺意を抱いてしまった。
『そんな簡単に諦めるわけねーだろ。闇組織の幹部がやられたんだぞ。あ、いや、実際には生きてたが。このまま商品を手放した上に、幹部を殺した坊主を放置してたらメンツに関わる。なにがなんでもまた攫いに来るはずだぜ』
うへぇ。最悪だ。もうこれならいっそお爺ちゃんに頼んで私たちを狙ってくる闇組織の連中を潰してもらおうかな。お爺ちゃんなら一瞬だろうし。
「というかお前、一度敗けたんだろ」
『おう』
「“おう”って......」
そんなんで防衛戦力になるのか。もし同じ敵が現れたとしたら、また敗けるだろ。
『ま、色々とこっちにも作戦があんだ。とりあえず嬢ちゃんは俺を身近に置いてろ。おそらくだが俺と戦った敵か、少なくとも坊主と闘って敗けた奴以上の戦力を持った奴が来るだろうから』
「はぁ......」
私はうんざりして深い溜息を吐いた。そんな私に、箱の中にいる生首男が話しかけてきた。
『嬢ちゃん、あの坊主のことが好きなんだろ?』
「っ?! 我は別に――」
『ああーいい、いい。なら好きな男ができたときのための、その男を堕とす
「んな?! そんな魔法があるのか!」
べ、別にスズキに使う訳ではないが、覚えておいて損はない。うん。
暇だし。
『はは。それは“房中術”って言ってな。男をメロメロにするんだよ。暇だから教えてやんよ』
「ぼ、ぼーちゅーじゅつ......」
『ああ、そうだ。坊主はオーラからして童貞みたいだからな。そんなの食らったら一発だ。んで、一発おっ始まる』
ちょっと何言ってるのかよくわからない。
というか、この男に童貞だと明言していないスズキが童貞とバレるその“オーラ”とやらがすごいな。魔力とは違うのか。我の【固有錬成】では視認できなかったぞ。
『で、どうする?』
「......何からすればいい?」
『そうこなくっちゃな! がははは!』
うん、とりあえず帰ってきたらスズキに試してみるか。効果があるかどうか試すだけで他意は無い。
他意は無い(大切なことだから二回言った)!
『まずは......そうだな。アーレスんちだから果物が大量にあんだろ』
「ああ、リビングに行けば大体ある」
『よし、ならまずはバナーナを使うぞ!』
ば、バナーナを使って男をメロメロにする魔法が使えるようになるのか? 私には全く想像つかない。
私は生首に言われるがまま、階段を下りてバナーナがあるリビングへと向かっていった。
「バナーナでいったい何をするんだ?」
『ペロペロすんだよ』
『? 齧って食べる果物だろ』
「ばっか。それじゃあ練習にならねぇだろ。舌とか涎とか使ってだな――」
こうして私は暇つぶしから始まる“ぼーちゅーじゅつ”を学んでいくのであった。
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