閑話 組織の計画

 「リチャード様が戻ったぞー」


 「「「お疲れさまですッ!!」」」


 「おう、苦しゅうない苦しゅうない」


 ここ、<黒き王冠ブラック・クラウン>のアジトでは総勢千を超える者たちがいる。それは行商人であったり、用心棒であったりと所属先は違えど、同じく<黒き王冠>に仕えている者たちばかりだ。


 また殆どの者の首には賞金がかけられている。ここに居る誰も彼もが大小問わず罪を犯して、この場に集っていた。


 そんな場にオールバックの男、リチャードと外套を纏っている少女は瞬間移動で戻ってきた。


 少女はここに戻るなり足早にリチャードの下から離れていった。少し前、アーレスを怪我させたことに動揺して自室へ戻ったのであった。リチャードはそんな少女を気にせず別行動を許したのであった。


 「リチャードさん、カールの奴はどうでした?!」


 「ああ、あいつは駄目だったな。俺が行ったときには既に敵に捕まって尋問されてたわ」


 「くそ、あのバカが!」


 カールとはアーレスが尋問もとい拷問していた幹部である。


 先程のアーレスと鈴木が居た拠点にリチャードが行った理由は、幹部の定例会でカールが顔を出さなかったからだ。転移先が王都と直結しているため、もし不祥事が起こるとするならば王都の騎士共に奇襲された時だろうと見ていた。


 実際にリチャードが行って確認したため、それは正しかった。カールがどこまで話したかリチャードにはわからないが、今以上に話されても困るので、とりあえず殺した次第である。


 「まぁ、カールに大したことは知らせてねぇから、今後の方針にあんま影響ねぇと思うが――」


 「リチャード! 戻ったか!」


 「んあ? ブレットの旦那じゃねぇか。今戻ったとこだ」


 ブレットと呼ばれる小太りの男は、リチャードの帰りを待っていたと言わんばかりに彼の下へ駆けつけてきた。ブレットは男爵の位を持ち、デロロイト領地を治める領主である。


 その様子はリチャードの身の心配ではなく、自身の稼ぎ口である商品の心配にある。


 「ああ、ちゃんと回収しておいたぜ。ちと窮屈だが外に置いてある。こっちの倉庫は小せぇからな」


 「おお! そうかそうか! なら下の者に他の場所へ移すよう指示を出そう!」


 リチャードが転移先で持ってきたのは、魂の入っていない魔族の肉体である“宿体”と、同じく魂の入っていない魔族の心臓である“核”、そしてそれらを既に融合させた“人造魔族”という代物だ。


 運んできたのは、それら商品だけで残党はいない。


 「それで、あっちにいた連中はどうだった?!」


 「手遅れだったな。俺が行ったときには全員殺されてたし」


 「あ、あの数をか?」


 「あの数を、だ」


 リチャードの言う通り、アーレスたちが居た拠点に残党など誰一人として居なかった。あの場に居たのは約五十名の組織に属している者たちである。無論、ほぼ全ての命を奪ったのはアーレス一個人だ。


 例外として女傭兵、レベッカだけはアーレスと交渉したため、唯一の生存者となる。


 「他の者どもはまだしも、レベッカが居ただろう?!」


 「一応、一通り死体は確認して回ったが、レベッカの死体だけは無かったな」


 「も、もしや奴は寝返ったのか」


 「......ま、傭兵を後払いすると、こうなるってことよ」


 リチャードたちは高値で取引したプロの傭兵であるレベッカが敗けたとは信じがたく、死体がないことから敵に寝返ったと見ている。実際のその通りだった。


 惜しい戦力じんざいを失ったと少し後悔するリチャードと、レベッカを恨むブレットである。


 「儂を愚弄しおって!」


 「まぁまぁ。ただあの拠点に奇襲をかけてきたのがあのアーレスだったんだ。レベッカと闘ったらお互い無事じゃないだろうし、なにより保管しておいた商品にまで影響が出たら困る」


 「そ、そうだな。......待て。今、“アーレス”と言ったか?」


 「おう。<狂乱の騎士:アーレス>がいたぜ」


 ブレットのその言葉を聞いて、自分の立場が危機に瀕していることを悟った男爵は青ざめてしまった。王国のアーレスが出てきたとなれば話は違ってくるからだ。


 <狂乱の騎士:アーレス>。その名は周辺各国にまで届いている。いや、大陸全土にまで広がっていると言っても過言ではない。


 アーレスの偉業はそれほどまでに有名だからだ。その名が出始めた頃の噂は、王都に戦争を挑んだ属国の全軍を単騎で全滅させた伝説から始まり、周辺国の紛争の終戦協力にも参加し、全戦全勝を確約させるなど、彼女ほど敵に回したくない者はいないと言われる程である。


 リチャードは疎か、<幻の牡牛ファントム・ブル>と<黒き王冠ブラック・クラウン>が総出になっても、真っ向から勝てるかどうか予想がつかない存在だ。


 リチャードは偶然、アーレスの前に姿を現したのだが、実際に対峙してまともに闘って勝てる相手じゃないと察したのであった。


 「王国はアーレスを送ってきたのか......。たしかに他の戦力を維持しつつ、高戦闘力な精鋭にはぴったりだ」


 「が、逆を言えば、当然だが今の王都にアーレスはいねぇ。あいつら、なんでか【合鍵】を使って侵入してきたが、その【合鍵】も俺が壊したからな」


 「ということは、奴はまだ儂の領地に?」


 「おう。馬車で帰国するにも時間がかかるだろうし、その馬車の利用にもこっちが根回しして使わせないようにすっから、そう早く戻れねぇはずだ」


 その言葉を聞いてニヤリと笑う中年男ブレットは今がチャンスだと考えた。


 ―――今まで以上に王都内で、闇オークションを通して商品を売るチャンスが来たと。


 金儲け兼、内乱が起こせると。


 リチャードの言う“根回し”とは、帝国に滞在する多くの御者たちを事前に買収するなりして、アーレスたちが帰国する“足”を減らすことだ。時間稼ぎとも言えるその行為である。


 「<不敗の騎士:タフティス>はこちらの人造魔族アドラメルクとの戦闘で死亡。<狂乱の騎士:アーレス>は今王都におらん。<無情の騎士:アギレス>は王城に籠もっておるのか、公の場にも顔を出さなぬから生存確認も取れない。......くくっ。今しかない、今しかないぞ!」


 「おう、早いとこ動くぞ」


 王国では最高戦力としてタフティス、アーレス、アギレスの三人の名が挙げられる。無論、騎士団各部隊の隊長各も侮れない。それでもこの三名には及ばないことで、“三王核ハーツ”と呼ばれていた。


 もっとも、これを知っているのは平穏時代が訪れた現在の王国の民たちよりも、常に対王国軍への戦力増強に勤しんでいる帝国兵の方が詳しい。


 「わかってると思うが......」


 「ああ、ちゃんと計画通り事を進めるつもりだ。今動くのであれば優先すべきは。深入りはせん」


 「頼むぜ? 俺の【固有錬成スキル】は一度その場に行かねぇと行き来できねぇんだわ」


 <黒き王冠ブラック・クラウン>と<幻の牡牛ファントム・ブル>の二つの闇組織と、帝国のブレット男爵が手を組んだのは、それぞれの長所を活かすことによって効率的に計画を進められるからだ。


 計画はブレットが言った通り、王城内部への侵入。ただ侵入するためだけの計画である。また目的と取柄は三者三様だ。


 ブレット男爵は打倒王国及び王国滅亡による植民地化。取柄はこの計画の本拠地となる場所を帝国領に造れること。また帝国貴族の一部から支持もあり、行動への制限が緩和される。


 <黒き王冠ブラック・クラウン>は王城の宝物庫を物色。取柄は、闇奴隷商では奴隷の違法なオークションを介して、【合鍵】の配布により王国の貴族、民間人へのパスを作れることだ。


 そしてオークションで出品した人造魔族などの支配権は<黒き王冠>にもあることで、客が購入しても命令と管理が行える。


 <幻の牡牛ファントム・ブル>は王城で行われている研究室から多種多様な情報の収集及び皇族関連の情報。取柄は【合鍵】の生産と情報処理、操作を得意とする。


 この三者の関係により、王国は徐々に危機的状況に追い込まれていた。これらの過程の末、リチャードの【固有錬成】で王城内に瞬間移動ができるパスが一度でも繋がれば、後は臨機応変に計画を練り直して各々が侵攻するだけの話である。


 「その話、少し待ってくれない?」


 そう二人に口を挟んだのは、牡牛のデザインの仮面を被った一人の男である。


 「なんだ、〈5th〉か」


 「おおー、〈5th〉!」


 「なんだとはなんだい。というか、常日頃からと名乗るように命じられているだろう? リチャード」


 「別にいいだろ。こんくらい」


 〈5th〉と呼ばれるこの男は過去に鈴木、タフティスと戦闘した者だ。戦績は鈴木による【自爆魔法】で引き分けという決着に終わり、タフティスとは先の人造魔族アドラメルクの戦闘実験に伴い勝利を収めている。


 無論、鈴木は生きているので引き分けと称していいのか〈5th〉にはわからない。


 〈5th〉が、〈4th〉が“周りの者にリチャード”と呼ばせていることを指摘したのには理由がある。その理由は至極当然で、<幻の牡牛ファントム・ブル>は闇組織の中でも諜報活動に特化した組織であり、その性質から組織情報の漏洩防止を徹底している。


 が、リチャードは自身が〈4th〉と知られてもなんら問題が無いと主張しているが、それは“個人”の問題であって、組織にとっては情報漏洩の一種と見ている。


 〈5th〉という幹部に位置する仮面の男は、〈4th〉よりボスから与えられた組織オリジナルの仮面すらも身に着けないリチャードに溜息を吐いた。


 「お前もこの件に関わっていたのか?」


 「“まだ”って。私は最初から最後までこの件を任されているよ」


 「お。一度は死んだ上に、片腕を失ってもか?」


 「......。」


 リチャードから煽りを受けた〈5th〉。その言葉の雰囲気から冗談とわかるものの、いくら相手が〈4th〉という上司であっても、〈5th〉にしてはもはや悪夢のような失態であったため、できれば触れないでほしい件である。


 それを土足で侵された〈5th〉は機嫌を悪くした。そして自分より一つ上の位の幹部を睨む。


 「冗談だよ、冗談」


 「ふ。次、あの少年とやり合えば私が勝つさ」


 「あいあい」


 〈4th〉にとっては怒らせたくない相手......というより、単純に冗談の通じない相手が面倒臭いという理由での話題の切り上げただけであった。


 二人だけの場ならともかく、ここにはブレットも居るため早々にこの話題を切り上げたのも理由の一つだ。


 「で、なんだ? さっきの待てって話は」


 「ああ、それなんだけど。どうにも王国の動きが怪しくてね」


 「“怪しい”とは?」


 ブレットのその問いかけに〈5th〉は答える。


 「先日、私がアドラメルクの試験運転も兼ねて〈三王核ハーツ〉の一人、タフティスを殺しただろう?」


 「それが? だから動けるんだろ」


 「王都の防衛態勢がおかしい」


 〈5th〉のその言葉にブレットはよく理解ができなかったが、リチャードは少し考える素振りを見せて口を開いた。


 「ああー。まぁ、たしかにタフティスが死んだ後に、アーレスがブレット男爵の領地にある基地に侵入してきたな。普通に考えたら、国内戦闘力トップのもんが死んだら、そいつと同レベルの奴を襲撃に使わないか」


 「それに衛兵も騎士も変わった様子が無い。動揺しないにも程がある気がするんだよね」


 当然、〈5th〉がリチャードたちに口出す以前に調査は行われていた。その調査は、程度で言えばお粗末なもので、タフティスの死に関して知っている可能性のある民間人に聞いたくらいだ。


 まだ騎士団総隊長の死は公にされていないものの、王都の広場でタフティスの生首を晒したことにより、国民の間では噂話とは言えど、ある程度広まっていた。が、それでも騎士たちの動揺が見られない。


 余計な混乱を招かないためか。もしくは見栄か。


 「お前が騎士団の屯所にでも潜入して真偽を確かめればいいだろ」


 「冗談はよしてくれ。ただでさえ今忙しい身なのに、そんなリスキーなことできないよ。それに聞き込みは部下からの報告で――」


 「じゃあどうすると言うのだ! 警戒してこの機を逃すのか?!」


 〈5th〉の言葉を遮り、リチャードたちに怒鳴り散らしたのは言う間もなく短気なブレット男爵だ。


 ブレットの怒りは目の前に居る<幻の牡牛ファントム・ブル>の二人に対してではなく、早く王国侵略の成果を出して手柄が欲しいという焦燥感からだ。


 「まぁ落ち着けよ。要は今回の計画は王城への侵入。そのためには手薄になった王国内各地で人造魔族を起動させて混乱させる。んで、少なからず王城からも騎士が派遣されんだろ」


 「それで王城の守備力も下がって、警戒すべき者が<無情の騎士アギレス>だけとなる! だから攻めるのだろう?!」


 怒るブレットを宥めるため、リチャードは提案に近い命令を下した。


 ―――〈5th〉に。


 「そこで、だ。<5th>、あのアドラなんたらっていう人造魔族を王都に持っていって暴れてこい。.....ついでに、お前のプライドを踏みにじったガキも殺してこい」


 言うまでもなく、そのガキは“鈴木”である。


 そしてそう命じられた〈5th〉はニタリと不気味な笑みを仮面の下に浮かべた。


 「御意に」


 無い片腕を胸に添えてお辞儀をし、姿を消したのであった。

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