第76話 国に帰れないのは誰のせい?

 「ぐふ。リ、チャー......ドさ............ん」


 「ったくよぉ。大事な時期だっていうのに飲んだくれやがって」


 椅子に縛られている男は短剣を胸に突き刺されて絶命した。


 刺した男は悔いることも弁解もせずに、ただただ愚痴を溢している。


 その男はオールバックで、革ジャンを着ていてもわかるくらい筋肉質だった。


 「一体どこから――」


 と僕が言い終える前に、


 「おっと!!」


 「む?」


 赤髪の美女が部屋の出入り口から正反対の位置に居る男の所まで即座に距離を縮め、足蹴りを男の頭部目掛けて放った。その衝撃で部屋は半壊する。


 が、しかし男はその場から一瞬で離れていた。


 いや、という表現が正しい。


 アーレスさんの今の攻撃は僕の目でもギリギリ追えたくらい。そんな彼女の一撃を男は一歩も動かず、身をよじることなくその場から数メートル離れた場所に移動したのだ。


 「......。」


 「おいおい。いきなり仕掛けてくるなんてどういう神経してんだ? 俺が誰だか気になんねぇのか?」


 「殺しはせん。捕まえた後に吐かせればいいだけの話だ」


 「いや、どう見てもまともに食らったら即死だっただろ」


 禿同。生身の人間の力で部屋を半壊させるような一撃出しといて、「手加減してます」なんて信じられない。


 その男の特徴はいかにも賊というイメージが似合う奴だった。ボサボサに伸ばした長髪も、整えていない髭も汚らしいの一言で片付けられるが、何よりも戦闘慣れしているかのような雰囲気を、その自然体からでもわかるくらい余裕そうに見受けられた。


 『おい、あいつ“瞬間移動”しやがったか?』


 『ええ。しかし【転移魔法】を使ったような素振りも魔力の出力も感じられませんでしたよ』


 魔族姉妹が今の一連を見て軽く議論している。油断ならない敵が現れたのは二人にとっても同じらしい。


 『さすがにあの女騎士レベルの身体能力は持ってねーと思うが、魔法でもねぇーならこりゃアレだな』


 「【固有錬成スキル】か......」


 『はい。憶測ついでに言いますと、以前、奴らが【合鍵】と呼ぶあの腕に施されたのも付与エンチャントされた“鍵”の素かもしれません』


 なるほど。そう考えるとあの瞬間移動も納得がいく。初見でアーレスさんの攻撃を躱すとなると、それ以外考えにくい。


 「アーレスさん! その人が【合鍵】に付与を施した術式の張本人かもしれません」


 「......どうだろな」


 「ん? “アーレス”って王国で有名なあの<狂乱の騎士:アーレス>か? つうかなんで【合鍵】のこと知ってんの。まぁ、そりゃあソレ使わねぇとここまで来れねぇか」


 男は僕らに情報が漏れたことに対して悔やむことなく、平然とそう語ってみせた。


 「あなたの【固有錬成】の発動条件も大体わかってますよ!」


 僕はまだ仮説の段階だが、相手が潔く抵抗を諦めてくれることを願って脅す言葉を放った。


 「ほぉ。そりゃあすげぇな。今の回避術と【合鍵】で見抜いたか」


 「ええ。あなたのスキルは【瞬間移動】で、発動条件は扉―――」


 と、そこで言いかけて僕はあることに気づいた。


 「“扉を開く”......じゃない」


 眼前の敵が――アーレスさんの一撃をいとも容易く避けた相手が【固有錬成】の発動条件である“扉を開く”という行為をことを。


 「ぶ! はははははは! 気づいたか! そうだぜ? 【合鍵】の条件を自力で探し出したのは褒めてやる。正解だ。が、残念なことに俺の【固有錬成】はちと違ぇー」


 「そ、そんな......」


 『『......。』』


 それじゃあ瞬間移動ができるスキル持ちが闇組織に少なくとも二人は居ることになるぞ......。


 「ふ」


 「あ? 何がおかしい」


 相手の有頂天さに水を差すよう、赤髪の美女は鼻で笑った。それが気に障ったのか、男は面白くないと少し不機嫌になった。


 「なに、逃げる術だけ極めても何もできないだろうと思ってな」


 「んだと?」


 アーレスさんも煽りスキルを兼ね備えているんですね。


 「【固有錬成】には多くの場合、発動に必要な条件を満たすと当時に、“制限”も課せられている」


 「......。」


 「逃げることしかできない貴様のその雑魚スキルにもあるのだろう? なぜ連発しない? 私たちとお話でもしたいのか? ん?」


 あの、あなたは勝手に逃げスキルとか言ってますけど、僕らにとっては厄介なスキルこの上ないんですが。


 というのも、アーレスさんみたいな馬鹿力は無いし、仮に彼女の身体能力を妹者さんの【固有錬成】で僕にコピっても彼女が離れていったら効果消えるからね。


 「ああ、くそ。本当ならここで殺してやりてぇが、今のこの状況じゃこっちがちと不利か」


 オールバック男は舌打ちをして、視線をアーレスさんからあるところに向けた。


 「あったあった」


 「『『っ?!』』」


 またも一瞬で姿を消した敵は、今度は僕の視界の外――少し離れたところに置いていた【合鍵うで】の入ったケースを手にしていた。


 やば――


 「【重力魔法:圧黒】」


 オールバック男は躊躇いもなく、僕らにとって貴重な【合鍵】を魔法で元の何分の一にまで圧縮した。


 「これで機能しないだ――ろッ?!」


 僕らを無視して【合鍵】を破壊した男は、再びアーレスさんの威力のおかしい蹴りの的となるが、既のところでオールバック男は例のスキルで回避した。回避した場所はまたも先程の位置である。


 「おい、ザコ少年君。君に任せていた“腕”が使えなくなったぞ」


 『そうだぞ! 王国に帰れなくなったぞ?! どうすんだよ!』


 『ほんっと無能ですね! この役立たず!』


 「す、すみません! っていうか、君らも僕の一部だから同罪!」


 アーレスさんはともかく、両手に怒鳴りつける僕を見た男は、なんだこいつって視線を僕に向けている。


 「まぁ、これはついでみたいなもんだ。本題はだしな」


 「“商品の移送"?」


 『おそらく先程、この者に胸を刺された男が言っていたことでしょう』


 『闇オークションの出品もんか』


 なるほど。しかしこれは参ったな。これで僕らはこの男を逃せば、帝国に閉じ込められたことになる。敵もそれをわかっていて優先的に“腕"を破壊したのだろう。


 「じゃあな」


 「逃がすか!」


 アーレスさんがまたも仕掛けるが――


 「それを待ってたぜ! クソガキッ」


 ――相手は撤退すると見せかけて一直線で向かってくるアーレスさんに向き直った。


 そしてオールバック男とアーレスの間、ちょうどど真ん中に位置するところに、どこから現れたのかわからない子供が姿を見せた。


 頭から足下まで外套で身を包んでいるので性別がわからないが、小学生のような身長ってことくらいしか判断できない。


 そんな子が、向かってくるアーレスさんの前に現れたのだ。


 「アーレスさん!」


 「チッ」


 僕はアーレスさんに待ったをかけるが、それよりも早く、アーレスさんは特攻する自身に急ブレーキをかけ始めた。


 しかし勢いに乗った彼女の拳は、急に中間地点に現れた子供の所まで完全に制止できなかった。


 「すまない。死んでくれ」


 「ちょ――」


 もう諦めてその子供ごと男をふっ飛ばす気になったアーレスさんは振りかざした拳に力を再び込めた。


 しかし、


 「ご、ごめんなさい! 【固有錬成:星天亀鏡】!」


 そう唱えた声音から外套を羽織った子供が少女だと思えた。そして迫る赤髪の美女に向けてスキルを言い放つ。


 「っ?!」


 グシャッと生々しい音が少し離れた僕のところまで届いた。


 「あ、アーレスさん?!」


 オールバック男を少女ごと屠ろうとしたアーレスさんの拳は、肘があらぬ方向に曲がってグチャグチャになっていた。骨も折れて腕の肉から飛び出ている。


 「......。」


 「おおー、痛そうだな。ま、考えなしに突っ込むなってことだ。......おら、行くぞクソガキ」


 「あ、あ、ごめ、な......さい。また私......」


 オールバックの男は目の前の光景にショックを受けている少女を、軽く舌打ちしてその子の背を叩いた。少女は自分が犯した罪から逃げるように、僕たちに背を向けた。


 「ほんじゃな」


 「......ごめんなさい」


 「あ、ちょ!」


 その言葉を最後に二人はこの場を去っていった。おそらくまたオールバックの男の【固有錬成】によるものだろう。


 僕は何もできなかった......。ただ部屋の隅で立っていただけだ。


 「あ、アーレスさん! 大丈夫ですか?!」


 アーレスさんの怪我を手当すべく、僕は彼女の下へ駆けつけた。


 「......。」


 「ってあれ? 怪我をして......いない?」


 『あ? どういうことだ?』



 『かなりヤバめの大怪我でしたよね』


 彼女の腕を見れば先程の大怪我が嘘のように、綺麗な色白の腕に戻っていた。


 どういうこと?


 「私が......怪我を?」


 「あの、アーレスさん?」


 「っ?!」


 アーレスさんは珍しく驚いた様子で僕の方を振り向いた。お、驚かしたつもりはないんだけど......。


 「な、なんでもない」


 「怪我はもう大丈夫なんですか?」


 「ああ。【回復魔法】を使った。大した怪我ではない」


 「それならいいんですが......」


 良かった。見た感じ怪我の方は平気そうだし、大事には至らないみたい。


 『しっかしやっかいな敵が現れたなぁー』


 『ええ。あの転移系スキルは面倒です』


 「アーレスさん、これからどうしますか?」


 「あの男の言う通りであったとしても、とりあえずこの施設を調査する」


 あのオールバック男はこの施設にある重要なものは既に運んだと言っていた。もちろん僕らはその荷物がどこに運ばれたのか知らない。それにその言葉が嘘という可能性もあるので、ここを調べる必要がある。


 『まぁ、ここに来た目的ですから、それはかまいませんが、どうするんですか?』


 「どうするって何を?」


 『ばっか。お前のしでかしたことだよ』


 あ。そういえば......


 「【合鍵】が無い......」


 『王都に帰れなくなったぞ』


 『加えてあまり歓迎されなさそうな帝国領です、ここ』


 どうしよ......。

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