第75話 急に出てくる輩は大体厄介

 「もう一度聞く。オークション会場はどこだ?」


 「だから知らねぇって――『ザシュ』」


 「ゆびがぁあぁああああ!!」


 「安心しろ。あと八本ある」


 どこに安心すればいいのだろうか。少なくとも拷問には“安心”なんて要素欠片も無いからね。


 現在、僕とアーレスさんは闇組織の基地に侵入して、とある部屋に辿り着き、幹部と思しき中肉中背の中年男性を椅子に縛り付けて拷問を行っていた。と言っても、拷問をしているのはアーレスさんで、僕はこの部屋にある資料を調査しているんだけど。


 もちろん適材適所を考えてのことである。アーレスさんは尋問ごうもんができるのに対して、僕には両手にそれぞれ考えるあたまがあるからこうして情報集めを行っているのだ。


 「はぁはぁ......おめぇら! こんなことしてタダで済むと思うなよ!!」


 「こちらの質問に対して関係ないことを言えば、指の減りが早くなるぞ」


 「ひッ?!」


 ちなみにこの場にやってきたのは女傭兵、レベッカさんを買収したことによる情報提供のおかげである。目の前の男はアーレスさんがレベッカさんを買収したことを知らない。


 またレベッカさんからの情報提供と内容を照らし合わせるため、こうしてこの敵地に残っていた残党である輩を捕まえて尋問しているのだ。ちょうどこの部屋にやってきたときに、この中年が一人で飲んだくれていたのが絶好の機会だった。


 なんで“幹部の人”と決めつけているのかと言えば、この人の右腕がそれを証明していたからだ。


 この人の右腕は、僕らがこの敵地に侵入したときに使った、“鍵”の役割を持つ術式が施されていたのだ。奴らは【合鍵】と呼んでいたっけ。それもレベッカさん情報である。


 ちなみに彼女の腕にはその術式が無かった。本人曰く、仕事内容的にこの施設の守護で、移動することは無いのだから必要性も無かったとのこと。


 「はぁ。指は止血が面倒だな。爪を剥がすか」


 『うっわ痛そ』


 『まだ朝食を食べていなかったのですが、お陰様で食欲失せましたよ』


 「はいはい。二人はこっちに集中して早く探そ」


 アーレスさんが僕に任せた仕事は一つだけ。この拠点が例の闇オークション会場ではないのなら、その在処を突き止める情報を見つけることだ。しかしこの部屋には色々と紙の資料が束になって、そこら中に散らばっているので探すのが大変である。


 もしかしたらこの男の言う通り、会場の場所なんてわからないのかもしれない。加えてかれこれ三十分以上探しているのだが、全然手がかりが見つからないのだ。


 レベッカさんも知らなかったし、彼女程の実力で今回の計画の詳細を知らないとはおかしな話だが、彼女自身も件の王都で起きている闇オークションと関わりがあるなんて思いもしなかったとのこと。


 当然、買収済みの彼女が今更嘘を吐くとは思えない。彼女の本来の仕事はこの施設の防衛だから、知らせる必要が無かったと雇い主が判断したのかもしれない。


 「質問を変えよう。ここはなんだよな?」


 「......おめぇら、どっから手に入れたか知らねぇが、【合鍵】を使ってここに侵入してきたんだろ。なんで表出てねぇのに帝国ってわかん―――『ベリ』」


 「あぁぁぁあぁぁあッ!!」


 「質問しているのはこっちだ。......爪はあと七枚か」


 よく平気な顔して人の爪を躊躇なく剥がせたな。さすが騎士さんである。慣れたものだ。


 アーレスさん曰く、この基地の拠点はなんと“ボロン帝国”のどこからしい。元々、ここに侵入した際、魔族姉妹が魔素の濃度から、ここは王国の領土じゃないと言っていたからわかってたけど、まさか全く別の国とは思わなかった。


 ちなみにここが帝国という情報もレベッカさんによるものだ。


 「そ、そうだ。ここはボロン帝国のだ。もういいだろ。解放してくれよ」


 「冗談はよせ。聞きたいこと全部聞いてからだ」


 「くそぉ」


 幹部の男は指二本、指の爪を一枚失ったことによる激痛で泣き叫ばずとも汗だくだ。


 「“デロロイト領地”......か」


 「帝国すらよくわからない僕ですが、そのデロロイト領地に何か心当たりでもあるんですか?」


 「王国と帝国は元々あまり関係が良い方とは言えない。その理由は多岐にわたるが、一つだけ王国に頻繁にちょっかいを出す輩が帝国にいる。それがデロロイト領地を統べるブレット男爵だ」


 「“ブレット男爵”?」


 「ああ、男爵と爵位は低いが、王国を敵視する他の貴族らの後押しや支持もあって注目されている帝国貴族だな」


 「なぜ王国を敵視するんですか?」


 僕のそんな疑問を彼女は丁寧に......とまではいかなくても内容の障りだけを教えてくれた。


 曰く、数十年前に王国は帝国軍と戦争したのだと。アーレスさんの話を鵜呑みにすれば、戦争が勃発した理由は帝国軍の支配領地拡大が主だったらしい。


 当時は王国軍の方が若干だが有利な戦況が続いたらしく、帝国軍の白旗を上げたことで戦争は終止符を打ったとのこと。王国軍は必要な分の賠償金等を請求するだけで、特に領地の支配権を求めることはなく、自国への貿易以外で干渉しないと条約を結んだそうだ。


 今回の件は国からの命令か支持かわからないが、その戦争当時から活躍していた貴族のブレット男爵が関わっているのは確からしい。


 というのも、まだ憶測の段階だが、王国にちょっかいを出してくる組織はブレット男爵が統べるデロロイト領地に拠点があるので無関係とはいかない。


 「他にそのブレット男爵から聞いていないのか?」


 「お、俺らに任された仕事はこの基地の防衛だ。ブレットの旦那からは『侵入者は殺すか生け捕りにしろ』としか聞いてねぇ」


 「貴様はこの拠点では偉い方なのだろう? 実際、貴様らが【合鍵】と呼ぶそれを所持している者は、ここに来て貴様以外見ていない」


 「あ、ああ。組織の中でも限られた奴しかこの術式は施されてねぇ」


 この男の言う組織とは当然闇組織である。そして今回の件で関わりのある闇組織は少なくとも2つ。


 一つは、<幻の牡牛ファントム・ブル>。以前、僕とルホスちゃんを襲ってきた牛をモチーフにした仮面の幹部の所属組織だ。


 そして二つ目は、闇奴隷商である。この男から聞いたのだが、数ある闇奴隷商の中でも<黒き王冠ブラック・クラウン>と呼ばれる組織らしい。


 正直、名前がわかっただけでも今回の潜入捜査はかなり進歩があった。組織名を基に調査すれば、情報が絞られて効率良く事が進められるからね。


 「おい。ここを防衛しろと命令されていたのはなぜだ? この拠点はそこまで重要か?」


 「あ? お前ら知らねぇのか?」


 「......。」


 『ザシュ』


 「ああぁぁぁああぁあ!」


 うわぁ。容赦無いなぁ。


 赤髪のポニーテール美女はその整った顔に似合わず、顔色一つ変えないで男の指をその辺にあった鉄鋏で更に一本刎ねた。


 そしてアーレスさんに顎で指示された僕はすぐさま男の下へ駆けつけ、止血を施して余計な出血をさせないようにする。


 「早く言え」


 「こ、この施設は地下にあって、はぁはぁ......。さらに下層には魔族の肉体――“宿体”が貯蔵されている」


 『『っ?!』』


 「“宿体”?」


 魔族姉妹は酷く驚いている様子だけど、僕はその魔族の肉体がどういった役割を持つのかわからない。魔族の中身の無い核、“空の核”だっけ?それと関わっていることだけはわかる。


 「“空の核”と合わせてオークションで売る気だったのか?」


 「あ、ああ。詳しいことはわからねぇが、それら二つを別々で売るのと、既製品を売るのとで、この地下施設に保管してある」


 たしか人工的に作られた“空の核”と“肉体”があれば魔族......に限らず、“核”を保有する種族は魂のお引越しができて半永久的に生き永らえることができる話だったな。


 話の前後的に、その“宿体”っていうのがきっと“空の肉体”にあたるのだろう。


 「ん? 闇オークションで空の“核”と“肉体”が売られるだけじゃなく、それの既製品、つまりそれら二つを合わせた完成品も売られるってことだよね。そうなると――」


 「ああ。ザコ少年君の思っている通り、だな」


 マジか。魔族売って平気なのかよ、闇組織。


 一般的に魔族は人間なんかよりも魔法面に長けていると聞いた。買い手は用心棒か、奴隷か、将又何かの実験体としてか、どんな目的や理由で買うのかわからないが、まともなもんじゃないだろう。


 少なくとも、魔族の核を利用している時点で―――魂の転移を行う時点で、その魔族の意思を無視した非道な行為となる。もちろん、そんなのは僕の地球人としての価値観に過ぎない。


 「ふ、ふははははは!」


 そんなことを考えていた僕らを前に、椅子に縛られている男は急に笑いだした。


 『どうしたどうした? 拷問でメンタル壊れちまったか?』


 『情けない男ですね。苗床さんは大怪我しても平然としているんですよ』


 「それ褒め言葉として受け取ればいい?」


 「壊れると困るな......。やはり加減は難しい。まだ聞きたいことは山程あるんだが」


 と、僕ら四人は怪我している男の身を心配することなく、平然と会話を続けている。


 「わかっていると思うが、俺は幹部だぞ! 定期的に本拠地に戻って顔を見せねぇと心配した仲間が助けに来る!」


 「それは素晴らしい。あっちから来てくれれば手間が省ける」


 「お、俺なんかより強ぇ奴なんかごまんと居る!」


 「願ったり叶ったりだ。闇組織の強者共を一気に屠れる良い機会になる」


 「てめぇらなんか一捻りだッ!!」


 「私レベルで“一捻り”ではどのみち王国は滅びてしまうな。ありえない話だが」


 ああ言えばこう言う。アーレスさんはいつだって本気で言っているし、実力もあるからそう返答できるのだろう。


 どんな脅しにも臆することないアーレスさんを前に、中年はさっきまでの威勢を失って静かになった。僕らはそんな男を他所に、この部屋の資料を次々と調べていく。


 アーレスさんは尋問を再開する前に一度この施設内を調査しておきたいとのことだったので部屋を出ようと出入り口に向かった。


 が、


 「ふ、ふふ。今に見ていろ。幹部の定例会に顔出さなかった俺を心配して――」


 「ああー、やっぱ捕まってたか」


 突然、聞き覚えのない男の声が視界の外から聞こえ、僕らは一斉にそちらへ振り向いた。


 その先には――


 「じゃ、お前もう用済みだから」


 「へ? がッ?!」


 一人の男が、椅子に縛られていた男の胸に短剣を突き刺していた。

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