第74話 買収
「あらら、いいのかしら? 騎士さんが買収なんか小狡いことしちゃって」
「ここで貴様と争っては本来の役目を満足に果たせそうにない」
「すごく正論〜」
現在、僕を闇組織の敵地に連れてきた赤髪の美女は眼前のブロンドヘアーの女傭兵を買収していた。
“交渉”と言えばいいのだろうか。まぁ、戦わずに済むならそれに越したことはないけど、問題は相手にその気があるのか、そもそもそれに見合う金額をアーレスさんは所持しているのか、だ。
「私もできることなら親友であるアーちゃんと戦いたくないし、それでもいいけど......」
「なんだ?」
「元々、私は金貨三百枚で雇われてるの。成功報酬でまだ一銅貨も受け取っていないとは言っても、それ以上の額を今のアーちゃんが払えるのかしら?」
尤もな疑問である。最低でも金貨三百枚以上の額で買収しないと交渉は成立しない。
「ふっ。私は王国騎士団第一部隊副隊長だぞ? いくら稼いでいると思っている」
「あらぁ、それは嬉しい。じゃあ、金貨六百枚ならどう?」
『さらっと倍の額を要求してきたぞ、この女』
妹者さんが僕らの思っていたことを代表して言った。
しかしアーレスさんはその要求に対して、またも鼻で笑った。
「かまわん。そのバンクカードで勝手に下ろせ」
「わぁー! アーちゃん大好き!...........それで? そちらの要求は、“私がこの件に金輪際関わらない”、でいい?」
アーレスさんの太っ腹に大喜びしていたレベッカさんは一変して、交渉の本題に入った。
「甘いな。“情報提供”も兼ねてだ」
「甘いのはどっちかしらね。“
「だから金額はいくらでもかまわないと言っているだろう。好きな額を下ろせ。用が済んだらバンクカードは王国騎士の詰め所か公的機関に預けといてくれ」
「よ、要求する私が言うのもなんだけど、アーちゃんってお金の扱いがなってないわよね」
「余計なお世話だ」とアーレスさんは返し、一先ず強引にもレベッカさんとの交渉を成立させた。
『あの女、付き合ってる男がいねぇーからか、金が貯まる一方なんだな』
『ええ。幸か不幸か、独身は寂しさと貯金が比例していきますから』
「ちょ、アーレスさんに聞こえるって!」
魔族姉妹が「わかるわ〜」となんか共感している。そういう実体験が彼女らにはあるのだろうか。僕にはそれを知る由もない。
「ふふ。思わぬ報酬が得られちゃったわぁ」
「僕たちはこれ以上争わなくて済むんで嬉しいんですが、レベッカさんはそれでいいんですか?」
僕は疑問に思っていたことをレベッカさんに聞いた。いくら成功報酬とは言えど、そんな簡単に傭兵が買収されていいのか知りたかったからだ。
魔族姉妹から聞いた話では、傭兵業界では金が全てと言っても過言ではないので、いくら相手がより高額な金銭を提示しても、“雇われている”ことを考えれば、裏切ることなんて今後の活動に支障を来すに違いない。
それは“信頼”兼、“売名行為”兼と色々な意味で、だ。
僕の問いの真意を察した彼女は、頬に手を当てて答えた。
「もちろん、よりお金を積まれれば寝返ってもいいって話じゃないわ」
「でしたらなぜ......」
「“傭兵を雇う仕組み”と、“価値観の違い”かしらね?」
「?」
お喋り好きなレベッカさんは、まだ手にしていた真っ赤な鞭を再び腰のベルトに仕舞って説明を続ける。
「傭兵はね、寝返りの可能性も含めて“前払い”か“後払い”かを重視する職業なのよ。少なくとも私の意見だけどね」
「はぁ」
「ふふ。まずは“前払い”からね? 前もって報酬の金額を貰ってしまえば、そこで契約が完了するの。というより、契約をする義務が傭兵には課せられている、と言ったほうがいいかしら」
「“義務”......ですか?」
「そ。相手からの“信頼”に対してのお返しみたいなものね。報酬を前払いしてもらえば、後はこっちが任務を果たす義務を持つだけ。それだけ。それだけの繰り返しが、売名行為と信頼確保、実績証明に繋がるってこと」
「......なるほど。雇う側もほぼ言い値に近い報酬を要求してくる傭兵への信頼を確保できるという、何よりのメリットがありますね」
「理解が早いわね」とレベッカさんは嬉しそうに頷く。
つまり、“前払い”は雇う側、雇われる側の両方にメリットを同時に生じさせるのだ。
雇う側は傭兵から言い値を出されてもそこで支払いできるという財力を見せつけ、確実な報酬による傭兵からの信頼の獲得を可能とする。
逆に傭兵は報酬を貰ってしまえば雇う側を裏切ろうとしない。いや、裏切れない。なぜなら金が全ての業界で、金を一度でも受け取ってしまえば、裏切った際に信頼や仕事等を失ってしまうからだ。
当然の話である。裏切った奴の名前は世に広まるし、そんな奴を誰も雇う気なんてない。
「一方、“後払い”は......これは色々な考え方があるけど、単純に“やる気”かしらね」
「そんな言い訳でいいんですか?」
「ふふ。だってそうでしょ? 傭兵を雇うって、大体のことにおいて命が危険と隣り合わせなのよ? それを成功報酬。つまりは任務を全うしてたから、やっと報酬が得られる。財力が無いのか、信頼していないのかわからないけど、“前払い”をしない、できない雇い主に義務は生じないわ」
「レベッカさんに限らず、傭兵の皆さんはそんな価値観なんですか?」
「さぁ? 私は大抵ソロだし、他の人は知らないけど。大体そんなものよ。なんたって金で全てが解決できずとも、保証はできる業界だもの」
「言い得て妙ですね」
レベッカさんの言う通りなのかもしれない。
“前払い”してしまえば、敵からどんなに高額な報酬を提示されても買収はされない保証にはなる。けど、中には裏切る人もいるかもしれない。
“後払い”するならば、傭兵が寝返らないような金額を出さないといけないし、傭兵だって多少なりとも寝返れば信頼に関わってくるのだから、言い値で“後払い”を高額にしてくる。
全部がお金で解決できるわけじゃないけど、ある程度は保証される、いかにもグレーな業界......か。
「話は終わりか? ならさっそく“情報提供”に関してだが――」
こうして見事、こちら側に寝返ってくれたレベッカさんから僕たちは必要な情報を貰って、事が済み次第お互いお別れすることになった。
レベッカさんはここに残る理由も無いので去るつもりらしい。僕らはまだここで調査などやることがあるので残ることになった。
「じゃあね。また会えることを祈ってるわ」
「達者でな」
「はは。できれば敵であってほしくないですね」
『やぁーっとビッチから解放されるわぁー』
『ええ、もう散々です。童貞の彼が可哀想ですよ』
いちいち僕をイジるな。
この場を去ろうと歩きだしたブロンドヘアーの美女は、最後にこちらに向かって投げキッスとウィンクをして告げる。
「ふふ。君って童貞でしょ? 気が向いたらスー君の初めて、私が貰ってあげるー」
『んなッ?!』
「よろしくお願いします!!」
『この男は......』
ごめん、脊髄反射なんだ。それにほら、ここのとこオナ禁が続いているし。
「おい、行くぞ」
「あ、はい」
こうしてレベッカさんとの戦いは終わり、本来の目的である闇奴隷商の組織破壊に向けて、僕らは動き出したのであった。
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