第73話 助っ人・・・ですよね?
「で、ザコ少年君の身体を縛っているその糸はなんだ?」
「『『......。』』」
僕らは絶賛絶句中だ。
目の前の赤髪の美女――アーレスさんが、何事も無かったかのように敵の攻撃を素手で受け止めたのだ。
僕らが苦戦しまくったあの鞭による一撃を、やばい状態異常を含んだ攻撃を素手で。
この人、僕と同じ人間なのかな?
「おい」
「っ?! す、すみません! そこの敵と交戦してまして、魔法具の効果で僕は縛られています!」
「“敵”?」
僕はアーレスさんに端的に状況を話した。彼女は僕が向けている視線の先に敵が居ると聞いて、そちらの方を振り向いた。ついでに今しがたキャッチした鞭の先端を手放した。
アーレスさんがレベッカさんと向き合う状況となる。
「あら、よく見たらアーちゃんじゃない」
「レベッカか。久しいな」
「お久ぁ〜」
ふぁあ?!
僕らが今まで死闘を繰り広げていた敵に、アーレスさんは知り合いと久しぶりに再会したときのような挨拶を交わした。
ちょ、ええー。まさかの知り合いすか。というか、“アーちゃん”って......。
ちなみに両手を見ると、魔族姉妹も開いた口が塞がらない状態だった。
「広間が騒がしかったのって、もしかしてアーちゃんの仕業?」
「ああ。大体処刑してきた」
「“処刑”って。相変わらず血気盛んね」
なに普通にお喋りしているんだ、この人たち。
ねぇ、アーレスさん、状況わかってます? 連れてきた一般人である僕は敵から拷問を受けているんですよ?
「ということは、そこの子もあなたの同僚?」
「いや、彼は一般人みたいなものだ。都合が良いから連れてきた」
「“都合”ねぇ......。まぁ、今までの感じだと、たしかにアーちゃんにとって都合が良い子よね」
おそらくその“都合”とは、僕の不死身にも似た回復スキルのことだろう。死ににくい僕は、アーレスさんにとって連れ回すには気楽な存在なのかもしれない。そんな軽い話で済むのかわからないが。
でもアーレスさんの知り合いということはもう戦わなくていいかな? 普通に会話してるし、少なくともアーレスさんとは敵対していない感じがする。
「で、だ。レベッカがここに居るということは“仕事”か」
「そ。侵入者が来たら生きて帰すなって」
「貴様を雇うとはよっぽど資金に余裕がある組織のようだな」
「ね。契約期間は三日間で金貨三百枚よ」
やば。金貨三百枚って言うのは聞いてたけど、働く期間がたったの三日間だけかよ。
......一日で百万かぁ。住む世界が違いすぎるな。
『すげぇな。鈴木が大道芸で泣きながらも頑張っているのに、その十倍以上の額を一日で稼げるってよぉ』
『ええ。黒歴史という取り返しのつかない真実を公衆の面前で暴露しているのに、です』
泣かせたのは君らのせい。暴露したのも君らがやったせい。僕はいつだって被害者だから。
「『『っ?!』』」
「む?」
魔族姉妹に呆れていた僕に、レベッカさんが不意打ちで鞭を振ってきたが、それもいとも簡単にアーレスさんがキャッチして、僕の被弾を防いだ。
「で、今日が契約の二日目。だから任務を遂行しようと思うの」
レベッカさんはそのことに関して特に気にすることなく、淡々とそう話し続けた。
ちょ、アーレスさんと知り合いなんでしょう? なんでまだ戦うの?
というか、アーレスさんとやり合う気なの? 言っちゃなんだけど、この人もそこそこ人間辞めてるよ? 正気?
「まぁ、貴様は昔から金に忠実な傭兵だからな」
なんか頼みの綱である赤髪は納得してるし。
それでいいんすか? 戦うってことですよ?
「ちょ、なんかやり合う話になってますけど、知り合いなんですよね?! 穏便に済ませたいとかないんですか?!」
「「別に」」
“別に”。こっちの世界の人たちの価値観がわからないよ。いや、この二人がおかしいだけなのかも。
アーレスさんたちは向き合って、お互い自然体だが、隙なんて微塵も感じさせない雰囲気を醸し出していた。
「レベッカ。言っておくが、貴様のそのちんけな魔法具では私をどうこうすることもできないぞ? それともその腰に携えているもう一方の鞭―――【
「あら、よく覚えていたわね」
「ふ。貴様が喜々として私に聞かせていただろう?」
「そうだったかしら」
レベッカさんは白々しくそう返すが、アーレスさんに手の内がすでにバレていたことに若干の焦りを感じる。
【
かなりレアな代物らしいので、僕も異世界に来て初めて見るものとなる。見た目はこれと言って特別な感じはしない。赤茶色の鞭で質感の良さがあるって感じ。
『あの鞭が【
なんか左手が聞き逃がせないこと言い出した。
『女傭兵を殺して、【
「い、いやいや、殺して奪うってそんな......」
『まぁ、でも今ここで油断ならねぇーあの女を殺っとかねぇーと、あたしらが今後危ない目に会うかもしれないぞ』
そ、そうは言っても......。
そんな会話をしていた僕らは、全身を縛る真っ白な蜘蛛の糸が瞬く間に消え去っていくことに気づく。効果時間はレベッカさんが言ったとおり、大して長くはなかったのだろう。
これで自由の身だな。まぁ、あともう一回、魔法具の能力を使えるみたいだから、また罠に嵌るかもしれないが。
そんな僕を見たレベッカさんは特に気にすることなく、小声で「あら残念」とあまり悔しくなさそうな感じで呟いた。
「君、お姉さんを殺してこの【
「あ、いや。そういう訳じゃなくてですね......」
「別にいいのよ? 所詮この世は弱肉強食。敗者から奪ってなんぼよ。......でもこの武具は奪っても使えないかも」
「“使えない”?」
レベッカさんは腰に携えていた真っ赤な鞭を手にして僕らに見せつける。
「うん。コレ......彼は【
「『『っ?!』』」
僕と魔族姉妹はその一言を聞いて絶句してしまった。
“【
ちなみに【
意思が僕ら人間と同じように保有するため、もはや武具というより別の生き物である。レベッカさんのそれは今こそ静かなため意思がどのように表されるかわからないが、彼女の話が本当なら、僕らが奪っても使えるかわからない。
なぜなら【
と、姉者さんが以前、熱く語っていた。
「その【
「かもね。でもそれじゃあつまらないし、何より......」
「?」
レベッカさんは苦笑しながらも、どこか恥ずかしげに語る。
「ほら、“【
「『『......。』』」
“【
ルホスちゃんもオス姉さんと呼ばれる【
意思があるからしょうがないことなのかな? 僕には武器と喧嘩するなんて想像つきませんが。
「話はいいか? 私も先を急いでいる身でな。悪いが、敵なら敵で処刑か連行をする」
「あら? いくら私が武具と仲違いしているからって、最期まで使えないと本当に思っているの? さすがのアーちゃんでも、その時になった私に勝てないと思うけど......」
「そんなことはない。私にかかれば貴様も――」
「その自信があるのはアーちゃんがあの【
え?! アーレスさんも“
たしか【
『ちょ! あなたなんでそんな大切なことを!! 今度ぜひ見せてくだ――』
『おい! 今それどころじゃないだろ! あたしらとこの女騎士が会話してたら、相手に怪しまれっからやめろッ!』
「あの、そんな代物があるんなら持ってきましょうよ......」
「......アレは私のものではない」
「あらそう」とレベッカさんは返し、腰に携えていた真っ赤な鞭を取り出して構えた。二人の美女の話によれば、あの鞭こそが【
どんな力を秘めているのか初見の僕にはわからないが、正直丸腰の僕らで勝てるかすらわからない。アーレスさんがいくら強かろうとだ。だって武器も無ければ、普段の鎧すら身に纏っていないんだし。
「今、この
ぜ、“全力”って、僕が彼女の鞭型魔法具による【蜘蛛糸】の効果を発動する際に振るった一撃のことだよね。アレ、避けも防ぐこともできなかったんですが......。
それにレベッカさんが【
頼みの綱であるアーレスさんはといえば、先程と変わりなく自然体だ。素手で鞭をキャッチしたもんな、この人。
そんな赤髪の彼女はその体勢のまま口を開く。
「レベッカに一つ聞きたいことがある」
「?」
「貴様が今回の件で得る報酬は前金か?」
アーレスさんがそんなことを彼女に聞いた。今それ聞く意味あるのって僕の疑問は、その問を受けたレベッカさんの表情で消し去られた。
「いいえ。成功報酬よ」
彼女はニヤリと笑ってそう答えた。
「そうか。じゃあ......」
アーレスさんはパンツのポケットから何かカードのようなものを出して、ヒュッとそれをレベッカさん目掛けて飛ばした。
レベッカさんはそれを片手の細い指二本で受け取った。
「私のバンクカードだ。好きな額で貴様を買収しよう」
異世界にも銀行とかキャッシュカードがあるという事実の驚きとは別に、赤髪の美女が騎士とは思えないほど、躊躇いもなく傭兵を買収したことに、開いた口が塞がらない僕であった。
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