―Noisy Hands― 僕の両手は騒がしい

第７２話 ［妹者］ 熱き友情は愛情とちと違ぇー

　「あぐぁああああぁぁぁぁぁぁぁあ！！！」

　敵の魔法具の効果で縛られた鈴木が、拷問に等しい電撃を食らって悲鳴をあげた。生死を調整しているのか、敵は鞭から流す電圧の威力をギリギリのとこで加減してやがる。

　なんつー女だ！　このドSがッ！！

　「ふふ、良い悲鳴。お姉さん、ゾクゾクしてきちゃう」

　くそッ！！　この状態じゃあたしの力で全回復してもすぐにダメージを食らっちまう！

　たしか魔法具の効果はまだしばらく続くんだよな。この女の話を鵜呑みにすんならの話だが......。その間、鈴木を死なせたままにしといても、あたしたちの生命力に問題は無い。

　つまりその後に鈴木を生き返らせれば、あーしたちはこの蜘蛛の糸の拘束から解放される！

　そう思ったあたしだが、

　『妹者、苗床さんを回復してください』

　『っ？！』

　姉者がとんでもねーこと言ってきた。

　は？！　なんでだ？！　普通に考えたら一度死なせておいて、鈴木が解放されるまで待っていた方が良いだろ！！

　あたしは姉者を睨んで怒鳴りつけた。

　『どういうことだよッ！』

　『単純に私たちの身の危機に繋がるからです』

　『死んで敵が能力解除するか、時間経過で解除されるか待った方良いってことくらいわかってんだろ？！』

　『いえ、それはありえません』

　『だからなんで――』

　『考えてみなさい。先程、あなたは苗床さんの頭が無くなった状態から全回復させたでしょう？』

　そ、それとこれになんの関係が......。

　と、あたしが思ったところで、あたしたちの会話が聞こえていないはずの敵がそのタイミングで口を開いた。

　「お姉さんねぇ、あなたに興味があるわ」

　『っ？！』

　「“致命傷から瞬時に回復”？　そんなのが生ぬるいくらいレベルが高かったじゃない。それにどちらかと言えば、“死んでも蘇生”という表現の方が正しいわ」

　『......。』

　「つまり、ね。人は死んだ時点で思考を停止するの。なのになぜ復活するのか、その秘密はあなたの身体の中にあると見たわ。常時発動型の【固有錬成】か、何らかの魔法具、もしくは“三想古代武具（アーマーズ）”のどれかによる力か......。お姉さん、君を捌いて確かめるね！」

　『......クソ』

　そう言って、ドレスの女はまだ耐えられるだろうと踏んで、鈴木に流す電圧を更に上げた。それにつられて鈴木の悲鳴も更に大きくなった。

　そうか、姉者が言っていたことはこのことか。

　相手は鈴木を散々弄んだ後、殺して、生き返らなかったら“蘇生”の秘密を探ろうと鈴木を解体するみたいだな。んなことされたら、あたしたちの核の存在もバレちまう。核がバレれば何されっかわかんねぇーな。

　ただでさえ見た目人間の鈴木の体内に、魔族の核が複数個あるのを見られちまったらシャレにならねぇー。

　なら能力が解除されるまで鈴木を回復させ続けなきゃいけねぇーのかよ！

　「ああぁぁああぁぁぁあああ！！」

　す、鈴木ッ！！

　ああー！　クソ！　どうしたらいいんだッ！！

　あ！

　『ならあーしが鈴木を寝かして代わりに――』

　『却下です』

　あたしの名案を姉者が最後まで聞かずに却下しやがった。

　あたしが言おうとしたことは、さっきみたいに鈴木の身体を乗っ取ることだ。そうすれば鈴木は休めるし、痛みに鈍いあーしならこんな拷問屁でもねぇー。

　『おい！　今度はなんだよ！』

　『苗床さんに代わって、痛みを肩代わりするのは愚か者のすることです』

　『どこがだッ？！』

　『痛みを感じにくい私たちが代わってどうするんですか。良い機会です。苗床さんにはこの機に痛みに慣れてもらいます』

　そ、そんな理由で！！

　『他にも理由はあります。まず眠らせるって【睡眠魔法】を使うって意味ですよね？　そんな無駄な魔力使わないでください』

　『無駄じゃ――』

　『【睡眠魔法】も状態異常、つまり妨害系統の魔法の一種です。魔法をかける対象が大人しい状態と暴れた状態とでは、魔力消費が雲泥の差ということくらいわかっているでしょう？』

　『ぐッ』

　たしかに今の鈴木を無理矢理眠らせるには相当な魔力を必要とするだろう。でもこのまま回復と損傷を繰り返していたら痛みで心が折れちまう......。

　焦るあたしとは違って、姉者はいつも通り冷静な口調で言葉を続ける。

　『魔力はこの拷問が終わってからの戦闘のために温存しておきましょう』

　『でもッ！！』

　『そしてなにより、最近のあなたの“甘やかし”には目に余るものがあります』

　『そ、それとこれに何の関係があんだよッ！！』

　『あるに決まっているでしょう！　あなたがしようとしていることは、その場しのぎにすぎないんですよ！！』

　『っ？！』

　姉者が柄にもなく急に怒鳴りだした。

　『痛みを肩代わりすれば苗床さんのためになると思っているのですか？！　これからも私たちと共に生きていく彼のためになると言い切れますか！』

　『そ、それは......』

　『この戦いで痛みを克服しろとも、鈍く感じろとも言いません。ですが、我慢はしてもらいたいです。この先、身を焦がす雷撃なんかより、もっと苦痛を味わう機会は数え切れないほどあるんですから』

　『......。』

　『ですから、あなたが肩代わりしても甘やかした程度にしかなりません。この先もずっとそんなことを繰り返していたら、苗床さんから甘えられますよ？』

　『そう、かもしれないけど』

　たしかに姉者の言う通りだ。あたしらが巻き込んだから鈴木はこの世界に居るが、それでもこいつなりに選んで、あたしたちと生きていくことを決めたんだ。

　少しでも力を身につけて、少しでも一人で戦っていけるように。

　だから今も尚、強烈な電撃を浴び続けている鈴木は、必死に耐えようと歯を食いしばってんだ。

　惚れた男がここまでしてんなら黙って待つのが良い女ってもんじゃねーのか！！

　あ！　いや、惚れてないけどッ！！

　「うーん。高圧電流に苦しんでいる様子を見るのも楽しいけど、ちょっと飽きてきちゃった」

　『『っ？！』』

　「ハァハァ、ハァハァ......」

　どうやら鈴木をいたぶんのを急に止めたドS女に飽きが来たようだ。そして女は数歩下がって、あたしらから離れていった。

　なんだ？　帰んのか？

　「電撃には耐えているみたいだし、今度は鞭本来の楽しみ方をしたいと思うの」

　「む、むち......ほん、らい？」

　息切れしながら鈴木が聞き返した。

　鞭本来って......叩くだけのやつか？　そりゃあこのクソ傭兵女が鞭を一振りすれば、少し前みたいに鈴木は為す術もなく痛めつけられるだけだが。

　「ほら。さっきはただ鞭でぶっただけじゃない？　だから次は多重に状態異常を付与（エンチャント）しようと思うの」

　「『『っ？！』』」

　た、多重に状態異常を付与（エンチャント）するだと？！

　さっきも姉者と話してたが、【睡眠魔法】も“状態異常”の一種だ。通常、それらは対象者の状態に比例して魔力を相当消費する。

　一言で言えば、今の鈴木みたいな“肉体的に健康な人間”なら、状態異常の魔法は魔力の消耗が激しくなり、逆に弱りきった人間には微量（カス）みたいな魔力量で十分な効果を発揮できる。

　だからドS女が言った、『多重な状態異常』はやろうと思って簡単にやれるものじゃねぇー。

　なんたって今の鈴木はあたしの【固有錬成】で五体満足の健康体なんだからな。

　「ふふ。君の中にはもう一人別の人格が居るのよね？　その人にも私の声が聞こえているのかしら？」

　『......聞こえてんぞ。こっちの声は聞かせねぇーが』　

　「“別の人格”？」

　『ああ、さっきそういう話になりました。それが指しているのは、先程、あなたに代わって戦っていた妹者です』

　鈴木が「思ってたのと違う方向の勘違いをされたね」と苦笑した。

　マズイな。あとどんくらいで解除されるんだ？　数えてなかったからマジでやべぇーぞ。それまで相手が待ってくれるわけねぇーし......。

　何がやべぇーって、あたしの【固有錬成】はどう足掻いたって“後出し”が前提条件になる。それもあたしが鈴木の状態を知ってこその【固有錬成】の発動だ。

　「“中の人”に聞こえてるかわからないけど、言いたいことはわかるわよね？　どんなに高等な【回復魔法】が使えても、所詮は“事後”にしか発揮させられない魔法。ふふ、ここから先は言わなくてもわかるわよね？」

　「『『......。』』」

　この女の言う通りだ。状態異常の攻撃を受けて、その効果を実感するまで【固有錬成】を発動できねぇーってことになる。

　頭をふっ飛ばされるのは、目に見えてわかりきった“外傷”だから即回復させられる。

　が、【神経毒】、【眠気】、【麻痺】、【硬直】などと言った状態異常は、鈴木に異変が起きてからじゃねぇーと、あたしが知覚して【祝福調和】をかけられねぇー。

　つまり――

　「妹者さん、僕は平気だから」

　『......。』

　鈴木があたしに面と向かってそう言った。痛い思いをするのはとうに覚悟できていると、そう決意した顔であたしを見てきた。

　気遣わせちまったな......。　

　『かかッ！　良い男になったな！！』

　「はは。......ちゃんと治してよ？」

　『おう！　任せとけ！』

　こっちの覚悟が固まったのを視認してか、ドS女は相変わらず意地の悪い目つきであたしたちを見ている。

　「ふふ。じゃあ、始めるわよ？　可愛い声で泣いてちょうだい！」

　「『ばっちこーい！！』」

　『いや、“ばっちこーい”って......』

　姉者がアホらしとあたしらを小馬鹿にしてくるが、あたしらは本気だ。

　あーしたちの前に立ちはだかる困難（かべ）を乗りきってみせる！！

　「まずは状態異常、四種で行くわ！」

　ドS女が鞭にあらゆる効果を付与（エンチャント）させた一撃を放ってきた。

　「『うおぉぉおぉぉぉぉおお！！』」

　あたしと鈴木は雄叫びを上げるが―――

　「おい。貴様はいったい何をしている」

　「『『っ？！』』」

　――突然、あたしたちの前に、赤髪のポニーテールの女が現れた。

　「あ、アーレスさん？！」

　『ばッ！　避け――』

　“避けろ”とあたしが叫ぶが、それは既に遅く、鞭の重てぇー攻撃が、あたしらの前に出た赤髪の女を襲った―――

　「む？　なんだコレは？　鞭か」

　――はずなのに、赤髪の女は近づいてきたコバエでも捕まえるかのように、素手で鞭による一撃を掴んで阻止した。

　デバフ効果と状態異常をふんだんに付与（エンチャント）させた一撃を、だ。

　特にそれらの効果を受けた様子は見受けられず、何事も無かったかのように平然としていやがる。

　「で、ザコ少年君の身体を縛っているその糸はなんだ？」

　「『『......。』』」

　ば、化け物かよ......。

　しばらく絶句していたあたしらであった。