第71話 地獄はまだ続く模様
「あえ? へッ?! なに?!」
「【雷電魔法:爆閃徹甲】ッ!」
「ぐはッ?!」
目が冷めた途端、美女から強烈な一撃を腹部に食らった僕は後方に吹っ飛んでいった。
『......【固有錬成:祝福調和】』
「うっ。一体何が起こってるのさ......」
『あなたって本当にタイミング悪い男ですよね』
大怪我した挙句、左手に非難される僕ってなんなんだろう。
「どういうこと? 簡潔にお願い」
『気を失ったお前に代わってあーしが戦ってた』
『善戦でしたが、あなたのせいでふりだしに戻りました』
それはなんというか、ごめん。いや、僕は謝るべきだったの?
「あら? 様子がおかしいと思ったらまた人格が替わったの?」
「“人格”?」
『あーしと戦っていくうちにバレた。なんか人格替わったって見ているらしい』
目の前に居るブロンドヘアーのレベッカさんがキョトンとした顔で僕を見てくる。
彼女は外傷こそ皆無だが、少し乱れた髪や、僕と戦っていた地点ではなくて、いつの間にか通路の端の方まで来たことを視認できたことから、魔族姉妹の言葉が事実だと理解した。
マジか。妹者さん、また僕の身体使って暴れまくったんだ......。まぁ、レベッカさんを端まで追い込んだってことは、姉者さんの言う通り善戦してたんだろう。
そう考えると、僕って本当に戦うことが下手くそなんだなって思う。
魔族姉妹の足を引っ張ってばかりじゃないか......。
「詳細は秘密ですが、どうやらふりだしに戻ったみたいです」
「そうみたいね」
『しゃーね。かなり魔力を持ってかれるが、【睡眠魔法】で鈴木をまた寝かすか』
『さっきのを繰り返すんですか? 正直、一度敵に“切り替え”を悟られては、次も上手くいくようには思えません』
魔族姉妹が僕の意思を無視してなんか話し合っている。どうやら妹者さんは先程と同じで乗っ取り戦法でいきたいらしい。
が、姉者さん曰く、僕の肉体の主導権を切り替える方法は時間制限があるので、一度それを敵に見られたら時間稼ぎされてしまうかもしれないとのこと。
そう考えるともう八方塞がりな気がしてきた。
「うん、決めたわ」
「『『?』』」
そう言って、レベッカさんは鞭を両手で握ってビシッと伸ばした。
「最高のオモチャなんだけれど、お姉さん――本気で君をイかすね?」
「『『っ?!』』」
卑猥な単語だなんて言っていられる余裕なんて無い。レベッカさん――プロの女傭兵の目つきが冷たいものへと変わり、その様子から僕に向けて完全に殺気を放ってきたことに気づく。瞬間、僕の全身に悪寒が駆け抜けたかのような恐怖に駆られる。
「この鞭の魔法具......【蜘蛛糸】って呼ぶんだけど、実は効果に回数制限のある魔法具なの」
「か、“回数制限”?」
「そ。規定回数使っちゃうと壊れちゃうのよ。で、回数は三回。既に一回使っちゃっているからあと二回。そして君に一回使うわ」
「......勿体ないですよ。やめましょうよ......」
「ふふ。でもここで君を消しておかないと、お姉さん危ない気がして」
「女の勘ですか?」
「そうよ」と即答したお姉さんは、口では笑っていたけど、目が全然笑っていなかった。出し惜しみせずに、本気で僕をその魔法具の力でねじ伏せたいらしい。
そうですよね、魔法具って最初っから言ってましたよね。まだその魔法具に秘められた力を使っていなかったのか……。
逆に言えば、魔法具の力を頼らずに、僕や魔族姉妹たちと戦えていたということになる。
「でね、この魔法具の効果なんだけど」
『おいおい。効果まで言っちまうのかよ』
『とんだお喋りさんですね』
魔族姉妹はなんでも話しまくる相手に呆れてしまうが、僕は違った。
更に気を引き締めたのだ。
唯一この場に居る弱者が僕だけ故に。強敵から目を背けないように。
以前のように雰囲気に流されて油断してしまうとかではなく、緊張を解いてはいけないのだと心の底から察したんだ。
「あれれ。その目、もしかしてわかったの?」
「......ええ、まぁ」
『『?』』
背中に嫌な汗が流れて、身の毛が
この人は――
「......そんなに楽しみたいんですか?」
「ふふ。そうね? こっちの手を曝け出して、ちょっと気を抜いたり、勝てるかもって希望を持たせた状態から―――堕とした方がイイ顔するもの」
――根っからのドSなんだ。
女傭兵、<赫蛇のレベッカ>。その顔は整った美形に似合わず、ニタァと邪悪な笑みを浮かべていた。
「で、どうするのかしら? それでも効果を知っておきたい?」
「......一応」
「ふふ。そうこなくっちゃ」
彼女は惜しみなく口にするらしい。
「効果は至ってシンプル。発動してからしばらくの間、当てた敵を“蜘蛛の糸”で縛るの」
「“蜘蛛の糸”?」
「そ」
【蜘蛛糸】という彼女の鞭型魔法具に秘められた能力は、どうやら“蜘蛛の糸”という武器の名前そのまんまの能力で、僕を縛るだけの効果しか無いらしい。
蜘蛛の糸って......。そりゃあ魔法具から発せられるんだから、多少強度はあると思うけど、蜘蛛の糸って火属性魔法ですぐ溶かせそう。
僕には火属性使いの妹者さんが居るし。
『鈴木! とりあえず鞭の攻撃を食らうな! よくわかんねぇーが、奴が口にした効果が本当かもわからねぇー!』
「わかった!」
妹者さんの言う通りだな。こちらの油断を誘っているのか、その効果が本当にしろ嘘にしろ、攻撃を食らうだけで僕は攻めるのにワンテンポ遅れてしまう。
なら、受けないように――
「で、それは魔法具の力の解放。私が“本気”って言ったのだから、当然鞭を振るのも全力よ?」
「へ?―――っ?!」
彼女が何か言い終えた瞬間、僕は左腕からその指先までを、何らかの衝撃でふっ飛ばされた。
遅れてやってきたのは衝撃音。
そして視認してやっと知る――損傷部から生まれた激痛。
「あがッ?!」
『鈴木ッ!!』
妹者さんが僕を呼ぶが、それよりも僕の傷を完治するため、例の【固有錬成】で瞬時に回復させた。つられて口をふっ飛ばされた姉者さんも復活する。
「はぁはぁ、はぁはぁ......」
『だ、大丈夫かッ?!』
『......なんですか、あの攻撃速度。見えもしませんでしたよ』
再び五体満足になった僕は眼前の敵を睨む。魔族姉妹たちも先の一撃に反応できなかったみたいだ。
あんなに速く鞭を触れるのかよ......。
防御できるどころか、避けることすらできないなんて勝ち目が見えてこないぞ。
「ふふ。安心して? あんなに速く鞭を振れるのは、さっきので一度っきりだから」
「......なぜ?」
「この魔法具は耐久性が良くないのよ。それに魔法具の効果を発動させればいいだけだもの」
あ。
今しがた相手が僕に語った効果の発動条件は僕に一撃入れるということ。
つまり、さっきの左腕をふっ飛ばされた時点で条件は満たしている。
その魔法具の効果に警戒した僕らは後退して、その場から離れようとしたが、
「『『っ?!』』」
「逃げようとしても無駄よ?」
気づけば既にその特殊能力は発動していたらしく、地面や通路の壁から僕の四肢、胴体、各関節部等の全身は真っ白な蜘蛛の糸で縛られていた。
マジかよ......。
「妹者さん!」
『【紅焔魔法:双炎刃】!!』
全身が束縛されたことを認識したと同時に、妹者さんが僕の両手に向けて火属性の双剣を生成した。
僕はこれを握って、まずは刃が届きそうな辺りを熱せられた双剣で切り裂こうとするが――
「『『き、切れない?!』』」
「当たり前じゃない。“蜘蛛の糸”って言ったけど、そんなただの火属性魔法なんかで溶かせられないわよ」
なんてこった。これじゃあマジで僕は蜘蛛の巣に引っかかった獲物じゃないか。僕は大の字の状態のまま先程と同じく敵を睨むしかできることがなかった。
「“ただの”って」
「そうねぇ。最上級の火属性魔法を何発か放てば溶けるかも?」
さ、最上級を何発も?
僕は辛うじて動かせる首を右手に向けて動かした。妹者さんの反応を見たのだが、彼女は歯を食いしばっていた。
......どうやら最上級火属性魔法を何発も撃てる魔力は残っていないらしい。仮にできるとしても、相手がそれを何発も撃つ余裕を与えてくれるわけがない。
『私は魔力にまだ余裕がありますが、妹者と同じく派手に魔法を放てません』
「......そう。ちなみに【自爆魔法】で一回身体をバラしてから、妹者さんの【
『苗床さんにしてはらしくない提案で、悪くない方法ですが』
「“ですが”?」
『爆発した直後は私たちの“核”がむき出しになります。相手に見られたり、傷つけられては一巻の終わりです』
「マジすか」
そうだよね。この女傭兵の鞭による破壊力を知っていたら、そう易易と僕の本当の弱点である二人の“核”を見せられないよね。砕かれたら本当に終わりだ。
参ったな。八方塞がりにも程があるだろ。
「ああー、イイ顔♡」
「......ちなみに。今までの戦闘でわかっていると思いますが、あなたの攻撃じゃ僕はすぐ全回復しますし、やるだけ無駄だと思いますよ?」
「あらあら。ここに来て怖くなっちゃったのかしら?」
はい。めちゃんこ怖いです。無駄なこととか抜かしましたが、普通に命の危機です。
彼女のニタァっとした邪悪な笑みを前に、僕はどうすればこの窮地を乗り越えられるか、思考を巡らせた。
しかし、
「うぐッ?!」
敵はそんな僕を待つ訳なく、無慈悲にも雷属性を付与した鞭を僕の胸に打ってきた。
胸に走る激痛で気づく。
これ、頭で考えている余裕無いな、と。
そしてこんな一撃は挨拶程度に過ぎないということを。
「悔しいけど、この魔法具じゃお姉さんは君に致命傷を与えられないかも?」
「じゃ、じゃあ、こんなこと――っ?!」
「でもほら、とりあえずはまだ時間はあるのだし? 楽しむだけ楽しみたいじゃない」
僕が言い終える前に嫌な性格した美女は、再び僕に一撃を入れた。時間が許すまで僕を拷問して楽しみたいらしい。
なんて人だ......。僕はマゾじゃないのに。
『癪だが。こーなったら持ち堪えるしかねぇーぞ』
『苗床さん、どうか気を確かに』
二人は完全に諦めたな。相変わらずさっぱりしている。
「さっきの一撃、電気を纏わせたんだけど、どう?」
「電気纏ってなくても痛いものは痛いです」
「余裕そうね!」
即答した僕は口にした言葉のチョイスをミスったのか、そんな僕の一言を聞いては、女傭兵は満面の笑みを作ってそう返した。
そしてあざとく人差し指を口元に置いた彼女は続けて言う。
「ねぇ。思ったんだけど、あなたって普通に殺せるんじゃない?」
「はい? いや、さっきも言ったように即全回復しますから――」
「そうよね。傷を負ってもすぐに全回復するのよね」
「何を言って――んぐ?!」
何か確信したのか、どこか満足気な彼女は僕の首に鞭を巻きつけてきた。
「じゃあ、何回でも痛みを味わえるってことじゃない! 要はショック死よ! ショック死!」
そして鞭から身を焦がす電流を僕を襲い始めた。
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