第70話 [姉者] 私の妹は最凶
「よぉーくもあたしの鈴木をボッコボコにしてくれたな?」
「......。」
首をコキコキと鳴らしながら苗床さんがそう言います。
私たちは闇組織のとある拠点に侵入しました。今はその拠点の守護を任されている女傭兵と戦闘しています。
――“私”と“姉者”の二人で。
つまり苗床さんではない、ということです。では、誰が苗床さんの首を鳴らしたのか。私は相変わらず左手担当ですので、苗床さんの肉体を担当するのは妹者です。そう、右腕のみではなくなったのです。
「ねぇ、どういうことかしら? 頭失ったわよね?」
「あ? ああー、アレだ。秘密だ、秘密」
「本当に秘密だらけの不思議な少年ね......」
なぜ苗床さんの肉体を操作できるのか。私たちには今まで両腕にしか支配権がありませんでした。しかし、条件を満たせば、そんな私たちでも苗床さんの全身を動かすことができます。
その条件とは―――苗床さんの意識の有無です。
苗床さんは先の鞭による攻撃が頭部に直撃したショックで意識を手放してしまったようなので、代わりに妹者が彼の身体を動かしています。
「鈴木が起きるまであーしの番だな」
『楽しそうですね』
「あたぼぉーよ! 久しぶりの肉体だぜ?」
以前、思春期真っ只中の苗床さんに長期間オナ禁生活を強要してしまったことがあります。また例の“黒歴史大道芸”のこともあって、彼の精神状態は不安定でした。
さすがに爆発寸前で怖かったので、私たちは数時間、姿を出さないことを彼と約束し、彼もそれに満足してくれました。
つまり、私たちが引っ込んだということは、通常の手に戻ったということになります。そして苗床さんの利き手は右手、ですからオ○ニーする手は右手です。
で、事を終え次第、彼は手を洗わずに深い眠りについた後、私たちが再び表に出たとき、妹者の口元がイカ臭かったことに気づきました。その経緯を察した妹者が苗床さんの肉体を使って暴れまわったという事件がありました。
なので今回も前回と同様、苗床さんが意識を手放した時点で、私たちは彼の肉体を自由に使えるようになるのです。
「『っ?!』」
そんなことを考えていた私と、準備運動でストレッチをしていた妹者に敵の攻撃が襲ってきました。
既のとこで迫りくる鞭を躱した私たちは、後方へステップして相手から距離をとります。
「さっきより速めに振ったんだけど......」
「おいおい。まだ速度上がんのかよ」
『という割には掠りもせずに避けましたね?』
「おーよ! なんかよくわかんねぇーけど、
『それはまた......地球に居たままでは使い道の無さそうな能力ですね』
「ちょっと〜。独り言の重症さに拍車がかかっているわよ」
まぁ、今は妹者が苗床さんの身体を使っているので、やろうと思えば苗床さんの口に例の魔法をかけて私たちの会話を相手に聞こえなくさせることもできますが、それをやると相手からしたら口パクに見えますから使えないんですけどね。
しかしこの女傭兵、一度は頭部を失った敵に怯まず攻撃してくるとは......。
「ねぇ。思ったんだけど、あなた人格変わってない?」
「......。」
「沈黙は肯定とみなされるわよ。......そう、それはとても面白い身体ね」
「なんでそぉー思うんだ?」
「うーん、女の勘? ほら口調が変じゃない? あとよくわからない独り言」
「へぇー、“独り言”が関係してんのか」
「だって、独り言にしては誰かと話しているみたいだし、人格が変わったというより、中の人と会話していたというならまぁ、理解できなくもないわ」
「恐ろしい女だな」
「褒め言葉として受け取るわ」
まだ妹者と苗床さんが切り替わって間もないのに、よくそんな発想に至りましたね。この女、本当に油断できません。
『ここで殺しておくことが吉ですね』
「あーしの中にも怖ぇー女が居るわ」
『で、どうですか? 体感的に』
「うーん、五、六分くらいなら平気かも」
五、六分ですか......。
ちなみにこの時間は妹者がこの身体を使える活動可能時間のことです。
元々苗床さんの身体ですので、いつまでも使える訳ではありません。苗床さんの意識が覚醒してしまえば強制的に妹者は右腕に戻されます。
それまでの時間が、妹者の体感でおそらく五、六分ということです。それ以降はいつ起きてもおかしくないので、できるだけその時間内で戦闘を終えたいですね。
なぜならその切り替えのときこそ、無防備になってしまい、最大の隙を生んでしまいますので。
「ま、鈴木は一度寝たらそう簡単に起きねぇーし」
『そうですね。あなたが夜寝ていた苗床さんの頬にキスしててもバレてませんでしたし』
「きッ?! き、キスじゃねぇーよ!! 耳たぶ
『冗談だったんですが。マジだったんですか......』
「にゃッ?! 鎌かけたな?!」
『それにそんなアブノーマルな......お姉ちゃん悲しいです』
「こ、殺すッ! 姉者を殺して私も死ぬッ!」
『ぐるじいです。まずは、できを、ころじてぐださい』
油断ならない敵を前に姉妹喧嘩をおっ始めてしまいました。妹者は左手の私を右手で思いっきり絞めにきてます。そんな私たちを見て敵が唖然としていました。
「はぁ。どっちにしろ、生き返ったってことは頑丈なオモチャってことでしょ? なら思う存分楽しませてもらうわ」
「過激な女は嫌われるぜ?」
「あなたがマゾに目覚めれば問題無いの」
「目覚めねぇーよッ!!」
そう言って、今度は妹者から仕掛けました。
敵は鞭を構えて、攻めてくる私たちに鞭を振ります。
その高速な攻撃に対して妹者は、
「【紅焔魔法:双炎刃】ッ!」
生成した炎の双剣で襲いかかる鞭をいなします。
「あれれ? さっきとは比べ物にならないくらい剣の使い方が上達しているわね。もしかして人格が替わったから剣術が使えるとか?」
「御名答ッ!!」
妹者は自ら作った双炎刃を敵に目掛けて投擲しました。敵もこの攻撃に反応して、軽々しく鞭で弾きます。
もちろん、投擲して相手に直撃なんて甘いことは考えていません。
その一瞬の隙きで――
「姉者!」
『【
「え、鎖?!」
次の一手に繋げます!
敵がジャラジャラとどこからとなく鉄鎖を生み出した私たちを見て驚きます。
私は口から二、三十センチ程の鉄鎖を出しました。
それを妹者が右手で握り、
「驚くのは早ぇーぜ、鞭使い! 【烈火魔法:
「っ?!」
灼熱の鉄鎖が私の口から一気に放たれ、その抜刀にも思える型が、攻撃速度と瞬間火力の頂きを生み出します。
敵の胴体目掛けて切断するために勢いよく放たれたそれを、女傭兵は受けずに身を低く屈めて回避します。その表情から焦りが見えますね。ふふ。
そしてバランスを崩した敵に間髪入れず、
『【凍結魔法:氷牙】』
「っ?!」
地面から突き出す氷塊が、敵との距離を一気に縮めて襲いかかります。若干広めの通路ですが、それを見越しての範囲攻撃です。おかげで魔力はかなり持っていかれましたが。
「ちッ!」
敵は舌打ちして、体勢を前屈みになりながらも重心を一気に後方へずらし、【氷牙】の攻撃範囲外まで飛び下がりました。その際、身体能力を強化する魔法を使って脚力を底上げしたようです。
おっと。あまり使わない方がいい魔法でしたね。距離をとられてはまた距離を詰め直すところから再開しないといけません。
ですが相手も今の攻防で私たちが油断できる敵と思わなくなったことでしょう。
「お姉さん、ちょっと焦っちゃった。さっきとは戦い方がまるで別人じゃない」
「かかッ。自分でも言ってたろ? 人格替わったって。ま、鈴木なんかよりあーしの方が強ぇーに決まってんだから当然よ」
当たり前です。苗床さんと私たちを比べるなんて烏滸がましい。妹者が苗床さんの身体を操作している今の状態では、さっきまでの劣勢なんて関係なく勝てる自信しか湧きませんよ。
なぜそんなことが言えるのかと言うと、理由は苗床さんとの戦闘スタイルに大きな違いが二つあるからです。
「入れ替わる前の子は子は“スズキ”というのね」
「覚えなくていーぞ? 今からてめぇーを殺すから」
「あら怖い」
一つ目は単純に
私たちが何百年生きていると思っているんですか。何度か戦争も体験しています。無論、苗床さんだけではなく眼前の敵にも場数で劣るはずがありません。
ですから女傭兵はなるべく早く、先程までの苗床さんと今の苗床さんの認識を改める必要があります。
でないと死にますからね。
「おら次いくぞ!」
「がっつく男は嫌われるわよ」
「男じゃねぇーよ!!」
妹者がそう怒鳴って走り出します。もちろん女傭兵に向かって。
「ふふ。さっきは驚いたけど、距離を保てばこっちの独壇場じゃない」
「それはどうだろうな! 【紅焔魔法:爆散砲】ッ!!」
「っ?!」
妹者は後方に向かって右手で【爆散砲】を放ちました。これにより、ロケットミサイルのように苗床さんの身体が前方へ吹っ飛びます。
【固有錬成:祝福調和】で肉体をプラス方向に強化していませんので、素の力でこんなことすれば、苗床さんの身体に相当な負荷がかかり、骨折や内蔵損傷等は免れません。
この加速力を生むためだけの荒業で、敵の度肝を抜く一手となります。
「じゃあお姉さんも魔法を使ってあげる! 【雷電魔法:雷撃龍口】!」
一気に距離を縮めに来た私たちに対して、女傭兵は自身の鞭に【雷撃龍口】を【
通常の鞭でも凄まじい攻撃力を有することに加えて、【雷撃龍口】で雷属性によるレーザービームのような高火力の一撃となりました。鞭の靭やかさを捨て、直行する攻撃は殺傷能力抜群です。
今の私たちにこれを防ぐ術はありません。
ですので、
「ぐあああぁぁあぁああ!!」
「え?! ちょ、直撃?!」
直撃します。
高圧電流で身体を焦がされた私たちは丸焦げとなりますが――
「ぶはッ! くぅー! けっこう効くな!」
「っ?!」
――進む足を止めません。
女傭兵は私たちを見て信じられないと表情で語っていました。
当たり前です。こんなダメージ、深手にもなりません。瞬時に回復すれば元通りです。
だから全身丸焦げにされても進行は止まりません。
そして、この戦法こそが苗床さんとの大きな違いで、二つ目の理由になります。
「おら! 行くぞ!」
「っ?! 【雷電魔法:螺旋雷槍】ッ! 【雷乱】ッ! 【茨紫電】ッ!」
胸を雷の槍で貫かれても進み、
電撃を纏い、切れ味を増した鞭で斬り刻まれても進み、
地面から突き刺してくる広範囲の電撃を食らっても進み続けます。
食らう攻撃ひとつひとつに“必殺”の意が込められていても、進み続けます。
「痛くないの?!」
痛くないわけありません。しかし、私たち姉妹は既に痛みを味わう段階にいません。
全ての思考はすでに、“核”さえ無事であれば何度でも立ち向かえることを前提に動いてます。
まぁ、あの
「痛ぇーよ? だが、大したことねぇー」
「っ?!」
妹者は敵との距離をどんどん縮めていきます。迫る私たちに焦っている様子の敵は後ずさりながらも、攻撃を次々と繰り出してきます。
「もっと痛ぇー思いしたことあんだ。これくらいじゃ......泣かねぇー」
傷ついても喚かず、
「例え力尽きても......倒れねぇー」
死んでも嘆かず、
「んでもって、裏切られても......逃げねぇー」
理不尽にも背かず。
「な、何を言って――」
「おめぇーには感謝してるぜ? 全身で“戦い”を感じることなんていつ以来だか」
女傭兵は妹者の言葉に理解が追いついていないようです。まぁ、不気味の一言に尽きますよね。
後ずさった敵は、自身が追い詰められていると知らず、通路の端の壁に背中が当たって、もう私たちから距離をとれないと悟りました。
「まだ! 次の一撃で――」
「かかッ! おめぇーじゃ、あたしを狩れねぇー」
そして妹者は地面を踏み込み、一気に接近します。
「【雷電魔法:爆閃徹――」
「【紅焔魔法:天焼――」
その時でした。
苗床さんの身体が不意に明後日の方向に傾くよう、倒れ始めました。
まるで妹者の意識が刈り取られてしまったかのように。
今覚醒してほしくない人が目覚めちゃったかのように。
「あえ? へッ?! なに?!」
あなたなんつうタイミングで起きるんですか......。
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