第69話 僕の中に居る美女は

 「ぐッ!」


 「わぁ! すごいすごい! 急所狙っても瞬時に回復するのね!」


 現在、僕は敵地にてSMプレイを受けている最中である。


 それも美女からの熱烈的な攻めで。


 文字通り防戦一方で。


 『【冷血魔法:氷壁】ッ! 【氷壁】ッ! 【氷壁】ぃぃぃいい!!』


 『【固有錬成:祝福調和】ッ! 【祝福調和】ッ! 【調和】ッ! ちょ、ちょわぁぁぁあぁぁぁ!!』


 “ちょわー”でスキル発動するんか。


 先程から、左手が氷の壁を作っては、相手の鞭による打撃で粉砕され、その余波で僕の身体はあっちこっち持っていかれ、そして右手の力で高速完治を繰り返していた。


 痛みを感じる前に回復と破壊が繰り返されているのだ。


 もう二、三分はこの状態が続いているんじゃないだろうか。


 マジでヤバい。


 過去一で。


 『『ハァ、ハァ、ハァ、ハァ......』』


 「お、おえぇええ!」


 「うーん。面白いっちゃ面白いのだけれど、もう少し悲鳴とか苦しむ姿を見たいのよねぇ」


 ドSかよ。


 痛みが来るか来ないかの境目に立たされている僕は、遂に美女の前で四つん這いになってゲロを吐いてしまった。魔族姉妹もさっきから魔法とスキルの繰り返しで息切れをしている。


 そんな僕らに対して、まるで敵とすら認識してないかのようにブロンドヘアーの美女、<赫蛇のレベッカ>は語っていた。


 どうやら僕の回復レベルには満足しているのだが、本人の反応がいまいちらしくてお気に召さないらしい。


 ほんっと勘弁してくれ。


 『ハァハァ......な、苗床さんもゲロ吐きましたね? もう私を、“ゲロイン”と、ハァハァ、馬鹿にできませんからね』


 『あ、姉者、黙ってろ。ハァハァ、息......整えろ』


 二人は余裕なのか、いつもと立場が逆転していても安定のバカな会話をしている。そして息を切らしている僕を見てか、傭兵美女は次の攻撃を仕掛けてこない。


 僕を殺るなら今が絶好のチャンスであって、僕にとっては最悪のピンチでしかない。


 それでも攻撃してこないのは余裕の表れか。


 『鈴木、このまま防戦一方はマズい。前進でも後退でもいいから動けねぇーか?』


 珍しく妹者さんが弱音とも言える選択を、冗談抜きで僕に言ってきた。


 それくらい余裕無いってことか......。


 「動こうとしたら下半身を狙われるから無理......と、言いたいところだけど、無理でもなんとかしなきゃ」


 『その心意気です。妹者、あなたのスキルで相手の身体能力をコピれませんか?』


 『してる。ちゅーかバリバリ範囲内だ。でもあの女、あんな攻撃をする割には、そこら辺に居る女と変わんねー膂力をしてやがった』


 「ってことは、コピっても大して強化されないのか」


 『どーやらほんの一瞬だけ、鞭を振るときだけに力を入れているようだな。自分の重心が崩れないよう、めっぽう速い攻撃をする瞬間にだけ、爆発的に力入れてる感じだ』


 『またあの鞭も“魔法具”と言っていましたので、それも何かカラクリがあるのかもしれません』


 マズいな。なんとかして隙を作って攻撃までに転じたい。唯一、頼みの綱である姉者さんの【氷壁】もあっという間に壊されてしまう現状だ。


 既存の氷属性魔法を強化する【冷血魔法:補氷芯】があるのだが、それを追加できる余裕が無い。


 おそらく、まだこの世界に来たばかり、という訳でもないが、僕の左腕だけの支配による戦闘に姉者さんが慣れていないからだろう。


 妹者さんの【祝福調和】もあんま期待できない。


 つまり、総じて僕が何かしなければ現状は改善されない。


 「というかぁ、そもそもそれは【回復魔法】なの? 【回復魔法】って重症度によってかなり魔力を消費するし、君は他に氷属性魔法も行使してたじゃない? 魔力量がおかしいのよねぇ」


 「......秘密です」


 「そんな魔力量や高等技術があっても機動力が伴ってないのよねぇ。なぁーんか目では私の攻撃を追えているようだけど、身体が反応するまでついていけてない、みたいな?」


 「......よくわかりませんが、それも秘密です」


 「秘密だらけねぇ」


 「でもそんなミステリアスさも素敵よ」と茶目っ気にウインクをする美女だが、こっちは全然ドキドキしない。


 いや、してるけど、たぶんこれは命の危機の方であって、美女とか関係無い。


 正直、痛みを我慢して特攻したい僕だが、相手の狙ってくる急所が的確すぎて身動き取れないのだ。


 『あ? お前、目で追えてたのかよ。あの攻撃』


 『こんな口だけの姿の私たちでもギリでしたよ?』


 「いや、君らと大差無いと思う。ほんの微かにね? なんか動いてるなぁーって。それくらい」


 そう、実は何回も攻撃を食らっていたせいか、若干だが、あの傭兵美女の鞭の軌道が見えたり見えなかったりしているのだ。


 我ながら役に立ちそうで役に立たない動体視力である。


 『しゃーね。奥の手段、【烈火魔法:火逆光めくらまし】でいくか』


 「待ってました」


 「?」


 よし、とりあえず、初見殺しの【烈火魔法:火逆光】で相手の視力を奪おう。


 僕は立ち上がって敵に向き直った。


 「あら? またご所望?」


 「はは。勘弁してください、よッ!!」


 僕は身体能力の強化無しに、一気に敵目掛けて走り出した。


 「馬鹿の一つ覚えってやつ?」


 『【烈火魔法:火逆光】ッ!!』


 「っ?!」


 僕は予め目を瞑っていたため、自滅はしなかった。


 妹者さんの叫び声に合わせ、タイミングを見計らって目を開けた僕だが、相手はそんな僕と違って不意打ちを食らったので蹌踉よろめいていた。


 この千載一遇の機会を逃さないため、僕の走り出しと同時に生成した姉者さんの【凍結魔法:鮮氷刃せんひょうば】で敵に襲いかかった。


 が、


 「っ?!」


 「“目眩まし”まで無詠唱? 優秀な後衛職ねぇ」


 ガキンッ。氷の剣とレベッカさんが両手で張った鞭が衝突し合った音が通路に響き渡る。あの靱やかな攻撃を生み出していた鞭の素材は金属のように硬かった。


 ちょ、反応できるの?!


 目、開いてないよね?!


 おまけに敵はどうやら次々と無詠唱で魔法を繰り出す僕が後衛職専門だと思っていたらしく、前衛職としては見ていなかったらしい。


 それでも不意打ちは不意打ちなのに、反応するとか化け物かよ。


 「ぐッ! うぉぉおぉぉおぉぉおお!!」


 「あら? あらあら?」


 『す、鈴木?!』


 『苗床さん?!』


 この不意打ちで敵になんのダメージを与えられなかったとしても、ここで下がったら駄目だ!


 このリーチを活かせ!


 中途半端に下がったらさっきの防戦一方の繰り返しだッ!


 「【双炎刃】ッ!!」


 『あ、あいよッ!!』


 僕の掛け声に合わせてか、妹者さんが間髪入れずに炎の短剣を二本生成した。


 やっぱこっちの方がまだ使いやすいな!


 僕は距離を取られないよう、必死に相手に食い付き、短剣による手数で攻め続けた。


 そんな僕の怒涛の攻撃に、若干引き気味だった魔族姉妹も協力して僕を支援してくれた。


 「ああぁぁぁああぁああ!!!」


 『【紅焔魔法:火炎龍口】!』


 『【凍結魔法:螺旋氷槍】!』


 「ちょ、ちょ! 急にどうしちゃったの?!」


 剣術もクソもない僕が振り続ける両腕はさぞかし合わせにくいだろう。それでも魔族姉妹は阿吽の呼吸とも言える二種属性の魔法で、三パターン同時攻撃を実現させてくれた。


 この戦法でトノサマミノタウロスのときは善戦できた。


 これが僕らの今の最大の攻めなんだ。


 せめて、なんでもいいから当たってくれ! 掠ってくれ!


 そう願う僕だが、依然として目を瞑ったままの相手は無傷で、バランスを崩すこともなかった。火炎放射のような灼熱の攻撃も、螺旋を描く貫通に特化した氷の槍も、全部。


 なんなんだよ、こいつ!


 「まだだぁああぁぁああ!」


 「ああ、もうッ! しつこいッ!」


 「っ?!」


 叫ぶ僕の視界が捉えたのは、リーチを活かしたはずのこの距離でも――


 「あ」


 「?!」


 『鈴木ッ!』


 『苗床さんッ!』


 ――迫りくる鞭の先端であった。


 プツリと意識が途絶えたのはいつものことなのに、それでも悔しく感じてしまうのは、認めたくない何かが僕の中にあったからだろう。



******



 「あーあ。間違えて頭狙っちゃったわぁ」


 一人、通路にて鉄錆色のドレスを来たブロンドヘアーの女、レベッカは残念そうに呟いた。


 先の攻防戦、鈴木による目眩ましの妨害魔法をもろに食らっても変わらずに戦えたのは、本人の実戦経験と実力のおかげである。最初は驚いたものの、鈴木との実力差から大した妨害にならなかったので、カウンターをいとも容易く放てたのだ。


 そのカウンターこそ、鈴木の頭部を飛ばして絶命させた鞭による一撃である。


 「さすがに頭を飛ばされたら無理よね......」


 微かに鈴木の高レベルな【回復魔法】を期待していたレベッカだが、どんな者でも頭を失っては魔法を使える訳がない。当然、仮に逆の立場であったとしても、レベッカですら不可能である。


 無論、鈴木の懸賞金の値上がりとともに、情報も更新されていた。その情報とは、鈴木が自爆魔法を使っても、五体満足で生きていたという誤報である。


 誤報というのは、単にレベッカの判断だ。もしその情報が正しければ、頭部を失った今の状態からでも回復できるということだ。しかし鈴木はうんともすんとも言わない。誤報と諦める他なかった。


 「はぁ」と溜息を吐き、せっかくの玩具をすぐに壊してしまったと、後悔の念に駆られるレベッカであった。


 「せめて名前を聞きたかったわ〜。まぁ、仕方ないことよね。広間に向かいましょ――」


 と言って、鈴木の死体を跨って広間に向かおうとしたレベッカだが、


 「なぁにが“仕方ないこと”だってぇ? ああん?」


 「っ?!」


 視界から外れた死んだはずの少年から声が聞こえ、即座に距離を取った。


 そして再び倒れている少年を視野に入れ直した。


 「嘘でしょ......」


 女が驚愕するのは仕方のないことである。


 なぜなら、少年には頭があったからだ。さっきまで無かった頭部が、そこに。


 「嘘じゃねぇーぜ?」


 更に驚愕するレベッカ。


 失った頭は気のせいでもなく何度見ても生えてきていて、次にその身を起こし、首をコキコキと鳴らし、最後に口を開いている。


 そして違和感を覚えた。


 この少年はこんな口調だったのかと。


 致命傷を食らいすぎて、頭がおかしくなったのかと。


 「ああー、久しぶりに身体動かすなぁー」


 レベッカの背に嫌な汗が流れる。


 ちなみに恒例のことだが、鈴木は死んでから本番が始まるという不思議体質の持ち主だ。


 が、


 「かかッ。クールにいこうぜぇー!」


 今回はである。

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