第68話 ドレスが茶色いのは何のせい?
「大人しく捕まってくれると助かるのだけれど」
「すみませんが、こちらも譲れなくて」
『てめぇーみたいなビッチに鈴木の童貞は譲らねぇーからな!』
『譲りたくても、ですが』
ねぇ、僕を煽ってどうするのさ。
現在、闇組織敵地への侵入に成功した僕とアーレスさんは奇襲作戦を決行していた。
アーレスさんは広間で大多数の賊どもを片っ端から殴り殺し――もとい、処刑を行っていた。僕は広間から出て、今は通路に居るのだが、目の前に居るブロンドヘアーの美女と対峙している。
ああー、やっぱ女性とは戦いたくないなぁ。
そんな僕の気持ちが顔に出ていたのか、魔族姉妹は舌打ちをして僕を目の無い口だけで睨んでくる。......すげぇ表現しちまったよ。なんだ、“目の無い口だけで睨んでくる”って。
『苗床さん、この世界で男女差別していると痛い目に合いますよ?』
「うっ」
『鈴木、あんなビッチよりあーしの方が美人だから』
『あなたは黙ってなさい。いいですか、モンスター戦も対人戦も変わりません。等しく“殺される前に殺す”です』
『あたしの【固有錬成】が無かったら、お前はここにいないぞ? というか、もうあーし無しじゃ生きていけない身体だよな? そうだろ? そうと言え』
「わ、わかったよ。真面目に戦う―――ッ?!」
“から”と両手に言おうとしたとき、僕は視界に“何か”を捉えたので、慌てて体勢を崩しながらも仰け反った。ほぼ条件反射と言っても過言じゃない。
そして僕はそのまま腰を地に打ちつけてしまった。その際、持っていた合鍵の入った瓶を落としてしまう。
腰に衝撃がもろに来て鈍い痛みを感じたが、その直後に僕は顎に違和感があるのに気づいた。顎を擦れば手の平に血が。先程の“何か”が僕の顎を掠めたのか......。
「あら、避けたの? もう少し力を入れれば良かったかしら?」
「......鞭ですか」
「そ。魔法具よ?」
そう言って敵は両手でビンっと伸ばした焦茶色の鞭を僕に見せつけた。その鞭は魔法具と謳っていたので、ただの鞭ではないのは明白。
また予備の武器なのか、スタイル抜群のその腰には別に真っ赤な鞭を携えていた。
美女に鞭かぁ。僕の股間にダイレクトアタック案件だ。
というか、よくこんな通路で振り回せたな。どう考えても鞭を振るには不向きな場所でしょ。
『鈴木はSMプレイが好きじゃねぇーぞ!!』
『もうあなたは黙ってなさい』
「あれ、直撃してたらどうなると思う?」
『『リアルア○パンマン』』
「そっかぁ......」
マジでそろそろ気持ちを切り替えないと。
ちなみに僕らの会話は例のごとく、声を隠す魔法により眼前の美女には聞こえていない。聞こているのは僕の声だけだ。
まぁ、異例としてアーレスさんにはこの魔法が効かないので、敵には絶対に聞こえていないと過信はできないが。
「あまり独り言が多いと気味悪がられるわよ?」
「よく言われます......」
どうやら二人の声は聞こえていないみたい。いつだったか、僕にもその魔法をかけてほしいと二人に物申したことがある。
だけど魔族姉妹曰く、
『他人に使うのは難しいですね。口の動きに合わせた魔法ですから、なに発言するかわからない他人じゃ困難です』
『相手はお前の顔を見てんだぞ? 口パクに見られたら怪しまれるだろ』
とのこと。じゃあ、もう安定の独り言認定だよね。
「さ、次行くわよ?」
「っ?!」
立ち上がった僕に次の攻撃を仕掛ける容赦ない美女。
先程よりも速く感じたのか、視界に何かがブレているのはわかっても、反応までに繋げられない。
やばッ! 回避でき――
『【紅焔魔法:閃焼刃】ッ!』
「っ?!」
――ない、と思った僕だが、右手から生成された炎を纏う剣が僕の前に出たことによって、鞭による直撃が避けられた。これに驚いたのは僕だけじゃなくて敵もだった。
それもそのはず。相手には魔族姉妹の声が聞こえないんだから、無詠唱で発動したと見えたに違いない。
そ、それにしてもあっぶねぇ。
妹者さんが気を利かしてグッドタイミングで火属性の剣を出してくれて助かった。
「た、助かった」
『かかッ! 感謝しろよ!』
『さて、いつまでもやられっぱなしでは性に合わないので、こちらから行きますよ?』
やっぱりミノタウロス戦を乗り越えても、僕一人じゃできることに限界があるなぁ。
でもあのときの戦闘と同じで、もう二人に任せっきりの僕じゃない。
三対一だッ!
......格好良く威張ってみたけど、なんかセコい気がしてきた。
僕は攻撃しようとしたが、相手が何か言ってきたので警戒して動けなかった。
「へぇ......。情報が入ってたんだけど、君が噂の懸賞金首の子かぁ」
「え? なんで特定できるんですか?」
懸賞金首ってアレだよね。闇組織が僕にかけた金貨百枚の懸賞金のことだよね。
なんで僕だとわかったんだろ。
「ああ、なんて言えばいいのかしら? その、えっとね......」
「言いにくいことですか? 言わなくてもいいですよ?」
「......“戦闘が始まったら独り言が多い”って。気を悪くしないでね? ごめんなさい」
「......。」
謝んな。余計泣きたくなるわ。
「で、確信したのは、無詠唱で魔法を繰り出したところよ」
「なるほど。ちなみに金貨百枚という懸賞金を消す方法とかありません? 無理でも減額するとか」
「“百枚”? あれ、百五十枚って聞いたのだけれど......。どっちにしても無いわ。あなたが死なない限り」
うっわ。値上がりしてるし。
そっかぁ。消えないのかぁ。これ、絶対今後も上がってくよね。誰だよ。童貞の首に百五十万円もかけた奴。ぐすん。
『まぁ、そー落ち込むなよ。逆に言えば、闇組織からはそれほど強敵と認定されてるってことだ』
『そうですよ。ほら、気持ちを切り替えてください』
「......。」
二人は慰めているつもりだけど、君らが諸悪の根源でもあるからね。今更そんなこと言ってもしょうがないけど。
「というか、色々と教えてくれますけど、いいんですか? あなた、闇組織の一員でしょう?」
「うーん。私は傭兵稼業でここに来ているから、闇組織って訳じゃないのよねぇ。それに情報は流すなとも言われてないし......」
「お優しいんですね」
「ふふ。でも侵入してきた敵は殺してって言わてるから、ね?」
「さいですか......」
微笑む美女は僕を殺す気満々らしい。
傭兵ってことは金で雇われてか。買収できないかな?
「ちなみにおいくらで?」
「うーん、君の首二つ分くらい?」
「わ、わーお」
闇組織って太っ腹だなぁ。
『マジかよ......。気ぃつけろ、鈴木。この世界で一般的に傭兵と金額の関係は密だぞ』
「?」
『冒険者と大きく違うのは主に三つです。一つは、傭兵には冒険者と違って“ランク制度”がありません。売名で地位を獲得する曖昧さがあります』
「ほうほう」
『二つ目は仕事内容に関わらず、雇える金額を決めるのは依頼主じゃなくて傭兵の“言い値”か、定額報酬だ。名の知れた傭兵ほど、なに依頼するにも高額になんのさ』
『極端な話、名の知れた傭兵に人殺しを頼むのも、草むしりを頼むのも金額は変わらないということです』
「なるほど。“メンツ”を何よりも重んじる職業なんだね」
『ああ。んで、最後がその傭兵を雇う金額に、どの国に行っても共通認識があることだ』
『金額=実力という至ってシンプルな証明があり、それが世に知れ渡るということは、長くやっているということです。そしてその共通認識は、主に“二つ名”の有無で判別されます』
と、二人は言うが、僕はいまいちピンと来なかった。
“金額=実力”はわかるよ? メンツ的な意味でしょ?
でも、“知れ渡る”ってなに? 各国に? まぁ、たしかに知れ渡るまでに時間はかかるだろうけどさ。それで“二つ名”がどこからとなく付けられるってことか。
と、そんな考えや会話を悠長にしていたら、相手が僕に何か言ってきた。
「ねぇ、誰かから【念話】でも受けているのかしら? 君の“独り言”がちょっと怪しく思えてきて......」
「正直、どっちも否定したいのですが、秘密ですので」
「えぇー。お姉さん寂しいなぁ〜」
「実は僕の身体には――」
と言いかけたところで、両手から交互にビンタを食らう僕である。
だって色っぽくお願いするんだもん。【童貞】っていうデバフが僕の理性を乱すんだもん。
そんな僕を他所に、ブロンドヘアーの美女は「まぁ、ここは認識阻害の結界が張られているし、【念話】の線は薄いかぁ」と呟いていた。
ちなみに【念話】とはそのままの意味で、【念話魔法】の略である。心に念じた言葉を対象の人物に、声を介さずに伝える方法だ。で、敵は僕が外部から【念話】で指示かんなんかを貰っていると考えていたようだ。
実際は【念話】でも“独り言”でもなく、歴とした“会話”なんだけどね......。
「というか、よく待っててくれますね。悠長にしてていいんですか?」
「もしかして早く済ませたい?」
「いえ。できれば戦いたくないですね」
「ふふ。それは無理よ。まぁ、“殺せ”とは命じられてるけど、“速やかに”とは言われてないし」
「とんだ屁理屈じゃないですか」
「それでも雇われちゃうから、わ・た・し」
そう言って、美女は自前の鞭を指先でくるくるしてイジっている。なんというか、容姿と態度共に隙だらけな人だな......。
正直、魔族姉妹が注意するほどの敵には見えない。
が、僕のこの油断とも言える怠慢が――
「『『っ?!』』」
――大ダメージを食らう結果に繋がる。
僕は立っていたはずなのに、前のめりに倒れてしまったのだ。原因は下半身の違和感。
「ぐッ?!」
違和感が“激痛”という認識に塗り替えられる。
僕は......僕の両足は、おそらく敵の攻撃で太もも辺りから下を綺麗に消し飛ばされたのだ。
「ここって、ほら、むさい男たちばかりじゃない? 会話に花なんてないし、若い新人が入ってきても、どっかに紛れ込んでいるゲイが食べちゃうし」
「......っ!」
『お、おい! 鈴木! 大丈夫か?!』
『早く【
「あら? 泣き叫ばないのかしら? いや、それなりに場数を踏んでいると思った方がいいわよね」
泣き叫びたいけど、激痛による叫びを押し殺して僕は両足が回復――生えてくるのをじっと待っていた。跡形もなく足が吹っ飛ばされたんだ。いつもの“くっつける”回復方法ではなく、再生といった回復方法だ。
妹者さんのスキルにより、一瞬で僕の両足は元通りになる。
くっそ! なんだ今の! 全然反応できなかった!
「わぁー! すごい! 情報通りね! 大怪我を瞬時に治せるって素晴らしいわぁ!」
パチパチと拍手をしながら、大袈裟に褒めてくるブロンドヘアーの美女を前に、僕は完治した両足で立ち上がってみせた。
同時に、二つのことに気づく。
一つは眼前の美女の着ているドレスの特徴。“濃淡のある赤みがかった茶色”のそのドレスは―――時間経過した“返り血”によってもたらされた色合いであったこと。
そしてもう一つが、
「あ、自己紹介がまだだったわね? 私はレベッカ。<
相手が絶対的な“プロ”ってことだ。
『苗床さん、話を戻しますが、極端な話、“それなりの報奨金”と“二つ名”を兼ね備えていれば、ヤバい奴ということです』
『こりゃあ一筋縄じゃいかねぇーな』
「......マジすか」
「さ、お姉さんと遊ぼ! 死なないオモチャって素敵ね!」
ごくり。
極度の緊張のあまり、思いっきり唾を飲み込んだ僕であった。
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