第66話 いざ、敵地へ。でも朝ごはんは摂りたい

 「本来ならば、戦力面で言えば私だけで事足りるが、現場では他人の意見も欲しい」


 「僕なんてゴミですから当てにしないでください。お荷物になると思います」


 「だがいつ王都に敵の襲撃が来るかわからない以上、敵地に乗り込む人数は最小限しょうすうせいえいにしたい」


 「僕ら二人だけって、それ少数精鋭で合ってますか? 僕は金魚のフンになりませんか?」


 「安心しろ。朝食を摂ってから行くつもりだ。朝食は一日の始まりに必要だからな」


 「必要なのは話し合いです。朝食どうのこうのじゃないです」


 この人、全然話聞かねぇ。


 現在、僕らはアーレス宅にて今後の方針について決めている最中だ。まだ今日は活動し始めて間もないのに最悪な展開になってきた。アーレスさんは僕を連れて闇組織の敵地に向かいたいらしい。


 なに言ってるんですかね、この第一騎士団副隊長は。


 「ま、待て! 我は行きたくないぞ! そんな危ないところ!」


 「行くのは私とザコ少年君だ」


 「あ、そうか」


 “そうか”じゃないよ。ほっとしないでよ。


 僕は薄情なロリっ子魔族を尻目にアーレスさんに異議を唱えた。


 「そもそもなんで僕が行くんですか」


 「ふむ。からだ」


 「な、なにが“ちょうどいい”んですか......」


 アーレスさんは自分で淹れたミルクたっぷりのコーヒーを啜って僕の訴えに答えた。


 「ザコ少年君は死なないみたいだな?」


 「いや、普通に死ねます」


 『相手によるな。てめぇーやビスコロラッチっちゅー骨野郎が相手ならあたしたちの核を傷つけられるし、あーしらも魔族だから核が砕かれたら死ぬ』


 『まぁ、それ以外はどんな致命傷でも全回復しますが』


 「そこだ。先のミノタウロス戦でも、<幻の牡牛ファントム・ブル>の幹部戦でも、貴様は死んで生き返った。どれものにだ」


 「『『......。』』」


 「胸に大きな穴を空けられても、“道連れ魔法”で有名な【自爆魔法】で自身が爆散しても、ザコ少年君は生きている。そんな貴様は、最悪、その身に宿す魔族の核さえあれば、自我に関係無く生き残れるのだろう? 頑丈でも体力がある訳でもない、不死身に近いその身体に私は期待している」


 「......まぁ、そうですけど」


 『死ににくいってだけで、大した力はありませんよ』


 『っちゅーことはだ。今回の作戦はそれなりに危険ってことだろ。それこそ命なんかいくつあっても足らないくらい、と言えるくらいにはよぉー。でなきゃあたしらを連れてかねーはずだ』


 アーレスさんは妹者さんのその一言に否定することも首を縦に振ることもなかった。


 言いづらいのだろう。敵地がどんな所にあるのか、どんな敵がいるのか、どんな事態になるのか予測が難しいんだ。


 そんな所に部下や仲間を連れて行きたくない......きっと騎士である彼女にとってその言葉は口にできないし、して良いはずもない。そもそもそれすら思っていない可能性もある。


 それでも僕を選んだのは彼女が言った通り、僕が“死ににくいから”だ。


 また殉職したタフティスさんを思っての、もう仲間を失いたくないという思いからなのかもしれない。


 そして一番は、


 「敵地に向かうのは......アーレスさんの意思ですね?」


 「......。」


 またも沈黙を決める赤髪美女だ。


 よくよく考えたらおかしな話だ。いくらアーレスさんの地位が高く、個人の戦力がずば抜けていても、本部から貴重なこの“うで”を持ち帰れるはずがない。お偉いさん方がアーレスさんに許可なんて与えてはいけないのだ。


 なぜなら、騎士団総隊長が死んだ今、最も優先すべきは王都の守護だから。


 アーレスさんの戦力は少なく見積もってもこの国のトップレベル。ならば敵地へ襲撃に行けという命令よりも街の守護を任命されるだろう。


 だが、仲間の敵討ちをしたいのか、この“攻撃こそが最大の防御”だと思っているアーレスさんにとっては、上の命令を無視してでも襲撃を行いたいらしい。


 部下の騎士に声を掛ければ何名かはついてくるかもしれないが、それでも未知で不明なことばかりの敵地に連れていくには戸惑いがあったのだろう。もしくは単純にこれ以上、国の防衛戦力を落とせないのかもしれない。


 どちらにしてもある程度戦える、“死ににくい”僕が選ばれたのだ。


 一応頼られているってことだよね、たぶん。


 「......君はすごいな」


 そんなことを考えていた僕に、アーレスさんが初めて褒め言葉を口にした。正直、嬉しくもなんともないが、美女に切ない顔で言われては胸にくるものもある。


 「僕は構いません。が、ルホスちゃんをこの場に置いていくのは納得できません」


 「わ、我は騎士団の連中にお世話になるつもりはないぞ!」


 「......本人もこう言ってますし」


 ルホスちゃんは戦場となる敵地にも、騎士団にも行きたくないのだ。まずこの問題点を解決しないと僕も動けない。


 アーレスさんは僕らを見て髭どころか産毛すら無さそうな自身の顎を擦った。そして、「よし」と言って立ち上がり、食卓の場を離れてどこかに行ってしまった。


 僕らはそんなアーレスさんを目で追うしかなかった。


 そしてものの十秒程で、彼女はこの場に戻ってきた。


 なんかお骨箱みたいな大きさの箱が入った包を持ってきて。


 「あの、それは?」


 『もしかして先日亡くなった騎士団総隊長の遺骨が?』


 『ばぁーか。この国は火葬じゃなくて埋葬だ』


 「クソティスの骨なんか持ってきてどうする」


 すみません、両手が縁起でもない馬鹿なこと言って。


 アーレスさんはそれをテーブルの上に料理が並べられているにも関わらず、ボンッと置いた。


 「これは....................................お守りだ」


 「「『『......。』』」」


 なに今の間。


 「そう、お守り的なアレだ。持っておけ」


 「ちょ! そんな不気味なもん子供に持たせられる訳ないでしょう?!」


 「我を子供扱いするな! でも遠慮したい!」


 『なんですか、この箱の中身。かなり高度な認識阻害術式が施されていますが......』


 『こりゃあ開けねぇー限りわかんねぇーな』


 魔族姉妹でも中身の見当がつかないのかよ。


 これがお守りだって? それを素直に信じられるほど、僕はそこまで頭がおかしくなってない。 「あのですね」とアーレスさんに物申そうとした僕に、赤髪の彼女は片手を僕の前に出して皆まで言うなと制した。


 「正直、コレが一番護衛としての力がある。そこは保証しよう」


 「お、おい! なんか揺さぶったらゴロゴロって音がしたたぞ!」


 「馬鹿者! 揺さぶるな!」


 アーレスさんが話している最中にも関わらず、ロリっ子魔族は包みに入った箱を両手で持って揺らしていた。


 ゴロゴロ音がしたってなんだ。マジで何入ってんだ。


 『ってーな』


 「「『『っ?!』』」」


 ......あの、なんか聞こえたんですけど。


 どこからか、男の人の声が聞こえたんですけど。


 箱の中から聞こえてきた気がするんですけど。


 「あ、アーレスさん――」


 「よし、今すぐ敵地に向かうぞ。入り口も大きいから玄関ドアを検証対象にするか」


 「え」


 アーレスさんは例の“鍵”となる腕を片手に、僕を担ぎ出して玄関へと足先を向けた。


 おい! その前にこの箱についてちゃんと説明をッ!!


 僕はアーレスさんに胴辺りをがっしりとホールドされてしまい身動きが取れない。この人、マジで今から敵地に向かう気だ。


 僕は行くなんて一言も言ってないのに。


 さっきの「かまいません」ってあれは肯定的な意味だけじゃないのに。


 ズカズカと玄関に向かうアーレスさんに対し、ルホスちゃんは気味が悪い箱をまるで汚物でも手にしているかのように、両手をぴんっと伸ばしたまま持って僕らについてきた。


 「なッ?! 我はコレをどうすればいいのだ! 捨てていいのか?! てか気持ち悪いコレを捨てたい! 不燃の日だろッ!! 今日、不燃の日!!」


 「捨てるな! 何かあったら必ず、絶対に、役に立つ! 近くに置いとけ!」


 「る、ルホスちゃん! 短い付き合いだけど、アーレスさんがこうなったら止まらないのはわかるよね?! すぐ帰ってくるから無事で居てね!」


 『ガキンチョ! とりま敵潰してくるから大人しく待ってろよ!』


 『朝ご飯は先に食べててくださーい!』


 朝ご飯どころの騒ぎじゃないだろ!


 ちょ、せめて心の準備を!


 僕の心の中の悲痛な声は赤髪の美女に届くことは無かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る