第65話 眠気覚ましは美女からのお誘い

 「ふぁーあ。おはよ」


 『はっよー。おめぇー、丸一日寝てたぞ』


 『おはようございます。よく寝れましたか?』


 え、僕、丸一日も寝てたの。たしかに疲れてたからなぁ......。


 起こしてくれてもいいのにって思ったけど、そこは二人の優しさなんだろうと察したので、何も言わないことにした。


 こっちの世界に来てから目覚まし時計なんか使ってないから正確な時間はわからないけど、僕が起床するのは日が昇ってすぐだ。


 今さっきまで布団に包まっていた僕の身体は、朝のこの気温の影響で少し肌寒く感じる。


 「まぁね。でも、身体がなんかダルいや。それに服の首元と布団が濡れている。なんでかね」


 『ああ、一回死んだときのかも』


 「なんでッ?! なんで寝ている間に僕は死んだの?!」


 『新手の尿路結石ですよ、尿路結石』


 「新手どころかもはや死病だよ!」


 『まーまー。生き返るんだから朝から騒ぐなよ』


 就寝途中で一回死んでるのに落ち着いていられる訳ないじゃん!


 あれ、姉者さん、“尿路結石”って言った?


 あ、もしかして!


 「と、トノサマミノタウロスの核を僕に飲ませたの?」


 『ああ』


 『ええ』


 「......。」


 即答かよ。


 両手は特に悪びれることもなく主人に語ってみせた。


 トノサマミノタウロスの核は売って食費の足しにする話だったはず。この魔族姉妹め、無視しやがったな。トノサマゴブリンのときは僕になんの効果ももたらさなかったのに。


 ああ〜、稼げると思ったのになぁー。


 「って、ルホスちゃんもまだ寝てるの?」


 『寝たふりだろ。起きたら鈴木に怒られるから、怖くて起きれねぇーんだよ』


 「え、じゃあこの子も加害者ってこと?」


 『はい。私たちだけじゃ飲み込ませられないので、彼女にも協力してもらいました』


 マジかよ。このガキ、共犯者かよ。


 ルホスちゃんは相変わらず僕と一緒にベッドの上で寝ていたのだが、そんな彼女は魔族姉妹によると、とっくに起きているらしい。


 僕には彼女が心地良さそうに寝ているようにしか見えないんだけど......。


 「はぁ。さすがに寝ていてるところを叩き起こして問い質すのもな......」


 『だぁーから起きてるって! 天使の寝顔みたいだが起きてんだよ! な! ガキンチョ!』


 「......。」


 と、妹者さんが言うが、僕の横で寝ているルホスちゃんは起きる気配が無い。


 まぁ、もうどうでもいいから。そっとしとこう。僕はそう魔族姉妹に伝えようとしたが、


 『ルホスちゃん、起きないと、苗床さんにバラしますよ?』


 「起きてます! 起きてます! 起きてます!」


 翌日に腹筋の筋肉痛待ったなしの勢いでロリっ子魔族が上体を起こした。こいつ、本当に狸寝入りしてやがった。


 というか、“あのこと”って何。


 「す、スズキ、悪かった」


 「......はぁ。もう怒ってないから。さ、早く支度して下に向かおう」


 「......嘘だ。“赤”じゃん」


 そりゃあ口にはしないけど、僕一回死んでるからね。生き返ったからって殺された恨みが消える訳じゃないからね。


 朝からルホスちゃんの【固有錬成】に悩まされる僕であった。



*****



 「おはようございます。アーレスさん」


 「ん」


 「今、朝ごはん作りますね」


 僕とルホスちゃんは一階のリビングにやってきたのだが、そこには既に席に着いているアーレスさんが居た。


 普段着なのか、昨日とは違ったネックまであるセーターを彼女は着ている。パンツもスタイルのラインがはっきりとわかるようなぴっちり系だ。


 また綺麗なその赤髪は例のごとくポニーテールとして結ばれていた。そんな彼女はミルクたっぷりなコーヒーを啜っている。


 さて、朝は軽めにサンドイッチにしようか。たしかサラダとかソーセージが冷蔵庫にまだあったよね......。僕がそんな考え事をしていたらアーレスさんが口を開いた。


 「先日」


 「?」


 「ザコ少年君には好きに行動してくれと言ったが、方針が変わった」


 「“変わった”とは?」


 「闇組織の居場所へのがわかった」


 「っ?! と、ということは、場所がわかったんですね」


 「場所はわかっていない」


 「え、それってどういう......」


 僕の疑問に答えるべく、アーレスさんは布で包まれたある物を取り出した。そしてそれはテーブルにゴトッと置かれたことで、かなり重量のあるものだと思えた。


 どうやらアーレスさんは本部から戻ってくる際、これを持ち帰ってきたらしい。


 「これを使う」


 「「『『っ?!』』」」


 僕らは包から取り出されたその中身を目にして驚愕した。ガラス製の筒の中には肘から先を切断された右腕が入っていたのだ。


 また容器の中に防腐剤でも入れているのか、その腕は液体に浸かっていて腐った様子は見受けられなかった。


 うん、見るからに男性の右腕だね。うっわ、グロ。


 『おいおい。なんちゅーもん朝っぱらから見せてんだ』


 『そうですよ。子供が居るでしょう?』


 「わ、我を子供扱いするな! でも、食欲失せてきた」


 本当だよ。見慣れたものっちゃ見慣れたものだけど、十歳の少女であるルホスちゃんには衝撃的な光景じゃないか。


 僕は隣に居るルホスちゃんを見て心配するが、吐き気が催される訳でもなく、本人の言った通り、せいぜい食欲が失せるくらいのものらしい。


 タフな十歳児だなぁ。


 さて、アーレスさんがこの腕を見せたということは......なるほど。たぶん僕の予測が合っていれば、


 「それが、敵地を繋ぐとなるのですね?」


 「......ほう。なぜこれが“鍵”だと?」


 アーレスさんはなんで僕が知っているのか、疑いの眼差しを向けてきた。僕はその眼光に当てられて背中に嫌な汗が流れるのを感じた。


 それもそうだ。今まで騎士団が何年間も探してきた敵の足取りを、闇組織の輩しか知らない代物を、目にしたばかりの僕が答えたのが不自然でしょうがないのだろう。


 だからアーレスさんが僕に向けるその視線は正しいものであって、たとえそれに多少の威圧が込められていたとしても、仕方のないことだと認識する必要がある。


 故に彼女の銀色の瞳から放たれる鋭い眼光にビビってはいけない。


 僕は答え方を間違えないよう、思考をフル回転させて口を開く。


 「そうとしか考えられないからです」


 「というと?」


 「アーレスさんは『敵の場所はわからないが、行き方はわかる』と言っていましたよね」


 「ああ」


 「でしたら、その腕に何かあると考えるのは必然。そしてそれが鍵だと裏付けられるのは、以前、闇奴隷商の刺客と戦ったときのことです」


 「ザッコが護衛の任務をしていたときか」


 「はい。その際、敵は『ちゃんと逃げられる手段がある』と言っていました。つまり、を持っているということです。僕はそれを最初、何かの魔法具を使ってどこかへ逃げるのかと思っていました......が、今その腕を目にして気づきました」


 「これが“鍵”となると?」


 「ええ」と肯定し、僕は言い分に終止符を打った。


 闇組織が製造した人工的な【幻想武具リュー・アーマー】で肉体が飛躍的に強化されたあの男との会話から得たヒントに嘘はない。


 が、僕はアーレスさんに言っていないことがある。


 この液体に浸かっている腕が“鍵”であると確信できるのは、おそらくこれが“生体認証技術”を用いていると考えていたからだ。技術、というよりは魔法によるものなんだろうけど。


 要は僕が前居た世界――地球で言う、指紋認証や顔認証の類に似ていると思ったのだ。


 でもそれはアーレスさんに言えない根拠である。なぜなら地球と比べて、“物”に対する文明が遅れているこの世界に、そんな高度なセキュリティ技術は無いと踏んでいるからだ。魔族姉妹によれば電気製品すら無い世界らしいからね。


 とりあえず、半分だけでもその結論に至った理由をアーレスさんに伝えた。


 「もし魔法具ではなく、身体のどこかに“鍵”となる魔法が施されているのでしたら、アーレスさんが持ってきたその腕がきっとそれなんだと思います」


 「......ああ。ザコ少年君の意見とこちらが集めた情報に相違無い」


 「そう、ですか」


 「貴様が戦った闇奴隷商の刺客を尋問して得た情報と同じだな。そうか、奴は戦闘中にゲロっていたのか。なら虚偽の可能性は低いな。その男の腕がこれだ」


 え、マジ? あのおっさん、てっきり死んでいたのかと。ザックさんにめった斬りにされてたし。


 そういえばあの戦闘の後、騎士団が王都の研究施設に運んでいったな。尋問も兼ねてあの男の身体を調べていたのか。というか、それ以前に尋問できるレベルまでに回復させたってこと? 王都の医療技術の凄さよ。


 聞けば、以前にも闇組織に関わる連中を捕まえては、その身体に何か術式が刻まれていないか疑って色々と調べていたらしい。が、時々捕まえていたらしく、その者からは何もヒントを得られなかったらしい。


 なぜ“一度逃した”のかと言うと、単純におよがして居場所の特定やどうやって住処に戻るのか知りたかったみたい。だがその作戦からは何も得るものは無かった。そもそも組織の一員の中でも、“鍵”を保有している人自体少ないので確率の話になってしまう。

 

 アーレスさんは逃した敵が本部の敵と接触して、術式の効果を失わせたと見ているらしい。だから効果を失った者を捉えて、その身体を調べても何も得られるものは無かったみたい。


 が、今回は逃がすこと無く、僕らとザックさんたちで敵を半殺しにして、研究所で生き長らえさせることで術式の分析に成功したようだ。


 「まぁ、解析と言っても判明はまだだ。これが“鍵”であるとしか思えないことがわかっただけだな。というより、


 「“解明ができない”?」


 『あ、なるほど。これは魔法の術式じゃありませんね。しかも付与術式エンチャントが施されています』


 『ああー、本当だ。こりゃあ魔法じゃねぇな。おそらく【固有錬成】の術式だ』


 魔族姉妹はガラスの筒に入った腕をまじまじと見て言った。


 “【固有錬成】の術式”? 魔法と違うの?


 姉者さんによれば、この腕には二つの作用が働いているらしい。一つは先程言ったように鍵となる術式。魔法ではなく【固有錬成】由来のものだから、一般公開や読解法がある“魔法”では解明ができないらしい。わかっているのはこの効果がまだ生きていることくらい。


 おそらくそれが理由でアーレスさんは解明できないと言ったのだろう。


 僕は二つ目の作用がなんなのかわからないので二人に聞いた。


 『二つ目の作用は......これもおそらく【固有錬成】による付与術式エンチャントでしょう』


 『“鍵”の術式も、この腕に“付与エンチャント”されている術式も【固有錬成】だから解明できないって話か』


 「そうだ。どちらかが解明できれば他の魔法具に転移や複製ができるのだが、現状は敵地に繋がる“鍵”がこの腕だけとなる」


 ちょ、よくそんな重要なものを自宅に持ち帰ってきたな。というか、よく許可が下りたな。個人で管理しちゃ駄目でしょ。


 『ちなみに“鍵”ってのはいーけどよ。その“鍵”をどうやって使うんだよ』


 『それはこの女騎士と苗床さんが言ったことを照らし合わせればわかります。女騎士は最初に「行き方がわかった」、苗床さんは「逃げられる手段が整っている」と言いました』


 「うん。つまり、“どこにいても逃げられる”ってことは、“どこからでも入れる”ってことだよ」


 「ああ。で、この腕に施された“鍵”の力を有する【固有錬成】は、魔力では何も反応を示さなかった」


 ということは、例のごとく【固有錬成】特有の利用できるということだ。


 その“条件満たし”も探せばいいだけの話。そしてそのヒントもあの闇奴隷商の刺客から貰った。


 ――“どこからでも繋がる”ということを。


 ならばもう珍しい条件などありえない。簡単な条件でなければ、その言葉は生まれないのだ。そして“鍵”ということから、


 「“扉”か!」


 「『『......。』』」


 今まで黙っていたルホスちゃんがおいしいところを持っていった。「え、なにか悪いことでも言ったか?!」とルホスちゃんは困り顔で言うが、僕らはそんな彼女を尻目に話を続ける。


 そう、“鍵”と言えば“扉”だ。この鍵を持って“扉”を開ければ、という思考に至るのがまず自然の流れである。別に複雑な条件じゃないしね。


 騎士さんたちがその男を尋問して吐かせたと言っても、罠の可能性も捨てきれなかったのだろう。仮説の域ではあるが試してみる価値は十分ある。


 「で、すでにこの腕で試したんですか?」


 「いや、まだ何もしていないと聞いた。吐かせた内容の信憑性を図るには試すことが有効だが、成功した場合、それは敵地に侵入したことと同義になる」


 『ああ、じゃあ迂闊に試せねぇーな』


 『戦力を整えてから色々と試した方が良さそうですね』


 さっきアーレスさんは『方針が変わった』と言っていたから、きっとこれから騎士団さんたちと敵地に向かうのだろう。


 じゃあ僕たちをもう護衛することができないよね。いってらっしゃい。


 ......そんなふうに考えていた時期が、僕にもありました。


 「そこで、だ。これから私とザコ少年君で敵地に乗り込む」


 なんか一般市民にとんでもないこと言ってくる騎士が居るんですが。

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