第64話 [ルホス] とある夜遅くの出来事・1

 「ほ、本当にするの?」


 『ったりめーだろ。寝てる方が大人しくてちょーどいーわ』


 『それに大好きなお兄ちゃんに馬乗りできて嬉しいでしょう?』


 「だッだだだ大好きな訳ないだろ!! お兄ちゃんとも思ってないし!!」


 私は今、仰向けで爆睡しているスズキの上に乗っている。


 『ばっか! 大声出すなよッ!!』


 『あなたもですよぉぉおおおぉぉお!!』


 「我が悪かったから! もう大声出さないから静かにして! この状態で起きられたらスズキに誤解される!」


 なぜ私が深夜のこの時間帯に、スズキに馬乗りしているのかというと、彼の両手に寄生している魔族姉妹にとある頼みごとをされたからだ。叩き起されて、だが。


 ......もう慣れたが、それでもこうして両手に口があるのを見ると不気味の一言に尽きる。両手それぞれに意思があるとかスズキは私が思っている以上に、日々ストレスを感じているに違いない。


 実際に、「二人がずっと居るとダせるものもダせないよ......」とよくわからない愚痴を私に言っていた。その直後、妹者に叩かれたが、叩かれた理由も私にはわからない。


 「そもそもなんでこんなことする必要があるの?」


 『先日戦ったトノサマミノタウロスの【固有錬成】を吸収できるかもしれないって、さっきも説明したじゃないですか』


 『以前も【固有錬成】持ちのトノサマゴブリンの核もこいつに飲ませたんだぜ?』


 魔族姉妹たちの頼みごとは今二人が言ったように、モンスターの核をスズキの身体に取り込ませたいらしく、そのためにはどうしても三人必要で、その三人目を私に担ってもらいたいからだ。


 トノサマミノタウロスの核は以前、私達が戦ったときのものだ。大きさも私の握り拳両手分じゃ利かない程の大きさである。


 トノサマミノタウロスから剥ぎ取った核だが、まだ数日しか経っていないので、少しばかりの魔力を帯びていた。


 その核をこれからスズキの口から飲み込ませるようなのだが、姉者が上顎、妹者が下顎を押さえつけ、私がトノサマミノタウロスの核をスズキに飲ませる手筈らしい。もちろん、このままでは大きくて飲ませられないので細かく砕くんだけど。

 

 なんでこんなことを......。


 「前回はどうやったの?」


 『苗床さん自ら手伝わせて無理矢理飲ませました』


 『でも、そんときはあんま効果を感じられなかったのか、こいつ、「二度とこんなことしないから」ってマジ顔でよぉ。だから二回目は隙を見て今やってる』


 「“効果を感じられない”って......。じゃあ今回も意味が無いんじゃない?」


 『いえ、絶対にそんなことないと思うんですよ』


 『あたしたちだって自分らの核をこいつの身体に埋め込んで生きてんだ。やろーと思えば理論上できんだよ』


 「だ、だからって断りも無くやるのはちょっと......」


 『安心しろ。念のため、こいつに【睡眠魔法】をかけてっから。起きも死にもしねぇーから』


 『それともアレですか? 大好きな苗床さんを裏切りたくないとか、嫌われたくないとか言うんですか?』


 「だから!」っと私が大声を出しかけたところで、「んん〜」とスズキが唸り声を上げたので続きは言えなかった。


 【睡眠魔法】、本当にかけたんだよね? この状態の私を見られたら絶対、“えっちな子”だと誤解される。それだけは回避したい。


 もう一緒に寝てくれないかもしれないし......。


 「というか、この核、スズキが売って食費の足しにするって言ってたぞ!」


 『チッ。そういうとこだけはちゃんと聞いてんのな』


 『いいですか。たしかに【固有錬成】持ちの核は高く売れるかもしれません。今回の核は非常に強力なスキルでした。しばらく贅沢な暮らしができるくらいは、です』


 姉者の言う通り本当に強力なスキルだった。そのスキル内容も【対象の敵が自分を見失えば、対象の死角まで一瞬で近づける】で、そのスキルの所有者であるトノサマミノタウロスが理性や知性を持ち合わせていないからこそ、なんとか倒せた私たちである。


 もしその【固有錬成】を他の種族、人間や魔族などが所有していたら、ああまでは上手く事を運べなかっただろう。なぜなら魔法かなんかで自分を見失わせて、いとも容易く発動条件が満たせるからだ。


 『ですから、そんなのが世に出回るより、誰かに利用されるよりかは私たちで管理した方が良いでしょう?』


 『そーそー。正直、その【固有錬成】の利用をしてぇーとこが、まだ期待の域だ。とりあえずこいつの身体に入れとくだけだよ』


 「う、うーん」


 でも飲ませるには核を砕くらしいし、砕いたら売れないじゃん。


 たしかに魔族姉妹が管理した方が今後のためにも安全なのかもしれないし、戦闘のバリエーションが増えるかもしれない。


 でもそれはそれ、これはこれ。スズキを騙して異物誤飲させるのはちょっと......。


 『もう! 何を良い子ぶっているんですか?! 寝静まった苗床さんを抱き枕にしてたのバラしますよ?!』


 『ま?! ガキンチョ、マジかよ?!』


 「おッ、おおおおお起きてたの?! 起きてたの?!」


 『え、冗談だったんですが。マジですか?』


 「っ?!」


 『あたしらは寝付けが良いからな。寝る必要無くても秒で寝れっから起きておく必要がねぇー。っていうか、さっきの説明しろよ!』


 「い、いや、アレは気づいたらなんというかごにょごにょ......。そもそもベッド狭いし、仕方ないじゃん! しょーがないことッ!!」


 『開き直ったな?! このッ! くッ! 右手のあたしじゃロリの魅力に勝てねぇ!!』


 『あ、あなたはいい加減夢から覚めなさい。こんな男のためにロリと張り合うなんてどうかしてますよ......』


 ロリって言うな!


 前から思ってたけど、妹者ってスズキのこと好きなのかな? 本人は女だって豪語してるけど、如何せん口だけじゃなんとも......。辛うじて声が女性なんだよね。口調は下品だけど。


 一方の私は......なんだろ。スズキのことが好き......なのかな? 今までずっと暮らしていたいえから出て間もないし、正直、この感情がなんなのかわからない。


 でも少なくともオス姉より大好き。


 オス姉と違って私がしてほしいことしてくれるし、美味しい料理も食後のデザートもたくさん食べさせてくれるから! 


 だから私は私を思う存分甘やかしてくれるスズキが、“好きな人”というよりどっちかというと“都合の良い人”なんだと思う。


 スズキと一緒にベッドで寝るのも、まだ城に居た頃の私がおじいちゃんやオス姉と一緒に寝ていた名残から来ているに違いない。単純にお互いベッドじゃないと寝れないとか、お金も無かったからっていう理由もあるけど。


 たぶんスズキのことは好きでもなんでもない、と思う。


 そんなことを考えていたら――


 「んん。ルホスちゃん、もう、かんべん、して......」


 「『『っ?!』』」


 スズキが寝言を口にしていた。


 びっくりした私たちは意味も無く身構えてしまうが、寝言ということを思い出して、冷静になる。


 『こいつ、夢の中でガキンチョと何してんだ?』


 『さぁ? 悪化し続ける食費にうなされているのでは?』


 「我をなんだと思ってる。スズキは男だからきっと、え、えっち、淫らな夢でも見ているに違いない」


 『なッ?! 見損なったぞ! この見境無し童貞がッ!!』


 妹者はそう言って、理不尽にも作った拳でスズキの頬を襲った。その、スズキごめん......。


 こうして魔族姉妹としばらく無駄に時間を過ごす私たちであったが、二人はスズキにトノサマミノタウロスの核をどうしても飲み込ませたいらしく、私が折れるという結論に至った。


 『ほら。グダグダしてないで一瞬で済ませんぞ』


 「うぅ。どうなってもしらないからな!」


 『はいはい。どうにもなりませんから。ちょっと新手の尿路結石になるくらいですから』


 姉者がよくわからないことを言って、作戦はいよいよ始まる。


 私は少しでもスズキが飲み込みやすいように、トノサマミノタウロスの核を細かく砕いた。その際、私の素の状態では力不足であったため、“鬼牙種”の血を使って無理矢理握力で粉砕した。


 “鬼牙種”の力を使うとどうも魔力の面と身体能力が大幅に強化されてしまう。理屈はわからないけど、とりあえず使えることに変わりないし、使わない理由も無い。


 私が砕き終わったと同時に、姉者が上顎を、妹者が下顎を掴んでスズキの口を無理矢理こじ開けた。また手の位置の関係で、普段は手の平に居る二人の口は今は手の甲に移って私を見上げている。


 目があるのか私にはわからないけど。


 「よ、よし! 入れるぞ!」


 『はよはよ』


 『砕いた核を全部入れたら水魔法で流し込んでくださいね』


 「わかった!」と返事をして私はスズキを裏切るような行為に及んだ。


 余談だけど、水魔法を流す加減を間違えた私はスズキに二度目の死を与えてしまったのであった。


 妹者が生き返るから平気平気と言ってるけど、先日の件のこともあってバツが悪い私である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る