閑話 騎士団総隊長の力

 「じゃあ始めるよ。――行け、アドラメルク」


 『......。』


 その合図とともに、騎士団総隊長タフティスと人造魔族の戦いは火蓋を切った。


 人造魔族――アドラメルクはすっと右手を差し伸ばし、タフティスに向ける。


 そして――


 「うおッ?!」


 人ひとりを優に呑み込む程の巨大な火球を放った。


 これを視認したタフティスは瞬時に横へ飛んで回避する。いくら王都が誇る騎士団総隊長でも、反応が一秒遅れていたら無傷では済まされなかった。


 「ひゅ〜。結構速いな」


 『......。』


 「次か」


 一度目が失敗したからか、続けて同じ攻撃を放ち続ける人造魔族である。最初のうちは火球一つ。次に同時に二つ。次に同時に四つを連続で撃つ。火の球の数は増えていく上に連射速度も上がっていった。


 が、タフティスは最初の一撃で見切っているため、直撃どころか掠めることすら無かった。


 「すご。私じゃ回避しきれないよ」


 「おいおい。森が火事になっちまう。日が暮れた今じゃあ余計目立つ。騎士たちが気づいて応援に来ちまうぜ?」


 「安心して。アドラメルクは“火を自在に操れる”のさ」


 「? あ、本当だ。俺以外に着弾したらボシュンって火が消えたぞ」


 軽口で返すタフティスだが、その嘘か誠か無視できない能力を聞いては焦燥感に駆られる。


 なぜなら自分自身アドラメルクが出した火属性魔法だけが対象なのか、それとも火属性魔法も対象なのか、断定できないからだ。後者であれば火属性魔法の使用は厳禁である。自身の放った火属性魔法が制御できず、ゼロ距離からダメージを食らっては意味がない。


 が、情報収集のため、どちらなのか知る必要がある。そして効果範囲も。


 「【紅焔魔法:火球砲】」


 タフティスは敵と同じく、片手を突き出して火球を放った。敵の能力で自爆するかもしれないので、火力はかなり抑えたものとなる。


 『......。』


 「マジ? 消防士向いてるぜ?」


 が、どうやら後者であったらしくて、火の球は人造魔族に着弾することなく、タフティスから放たれて数メートル先で消え去った。これにより、タフティスは「火属性魔法は使えねぇーな」と頭に叩き込んだ。


 「アドラメルク、次は接近戦だ。君の本領だろ?」


 『......。』


 主人の意のままに動く人造魔族は大地を踏みつけて、タフティスの下まで接近していった。


 未だ大剣を手にしたままで鞘から抜いてすらいないタフティスだが、対するアドラメルクは武器無しで挑むのであった。


 タフティスは武器無しの相手にチャンスとも言えるこの戦況で――


 「おらよッ!!」


 ――拳でアドラメルクの頬を殴打した。


 魔法で身体能力の強化でもしているのか、これが直撃したアドラメルクは数十メートル先まで木々を薙ぎ倒しながら吹っ飛ぶ。


 「うわ、マジ? あの人造魔族、かなり肉体イジってるって聞いたんだけど」


 「わりぃな。そう簡単に抜いていい剣じゃないんだよ。俺の息子と同じで」


 「男相手にそれ言って楽しい?」


 「いや、全く」


 タフティスは手応え的にかなり良いのが入ったと感じている。ただの拳による一撃だが、この一撃で相手の反応から見えてくるものもあった。


 例えば先の一撃で身体全体にまで響いていたのなら、防御面では大したことのない人造魔族と見られる。しかしなんとも無かったかのように立ち振る舞うのであれば、タフティスの口から舌打ちが漏れることだろう。


 『......。』


 「チッ」


 「はは。頑張れ頑張れ」


 どうやら後者であったようだ。アドラメルクの殴られた頬の部分だけ、身体中に引かれた模様のようなラインと同じ紫檀色の火が纏わり付いている。まるでその異色の炎が傷を癒やしているようだ。


 タフティスはそんなアドラメルクをじっと見つめるだけで、追い打ちをしなかった。


 『......。』


 そしてまた接近戦に挑む人造魔族は、今度は両腕に火を纏わせてタフティスに襲いかかる。それを避けながらタフティスは悪態を吐いた。


 「うおッ?! あっちぃな! ちくしょう!」


 『......。』


 「なんか言えよ! このラブドールがッ!!」


 たしかに主人の意のままに動き、一言も発さないその様は某人形に思えなくもないが、決してラブドールではない。そもそも動いている時点で違う。


 アドラメルクは火を纏った両腕のみの攻撃だけではなく、四肢全てを使って肉弾戦で攻め続けた。対してタフティスは避けきることができずに、仕方なく接触して捌いていく。


 やがて両腕に纏っていた火がアドラメルクの全身を包み込み、タフティスに繰り出す一手一手が打撃と炎によるダブルアタックとなった。


 無論、タフティスもこのまま防戦一方では終わらない。


 「【バンディスト流・四猿仙術しえんせんじゅつ:脱拳】!!」


 タフティスが敵の猛攻撃を捌いて見つけた隙に、仙術の拳を放った。またも直撃したアドラメルクは、この一撃で全身にダメージが行き渡り、一瞬だけ動きが停止する。


 このチャンスを逃すまいとタフティスは先の【四猿仙術】に加えて【雷電魔法】、【凍結魔法】をほぼ同時に全て叩き込む。数秒の間に全て、だ。騎士団総隊長レベルだからできる猛攻撃とも言える。仮にこれがザックならば斬撃一つ入れて終いだろう。


 そして同時多発攻撃の波が一段落したことを機に、タフティスは後方へ下がった。


 かなり派手に魔法を行使したので、辺りは氷塊ができていたり、バチバチと電気を帯びていて視界は良好と言えない。


 「おいおい。ちょっと拍子抜けしたぞ? 大したことなかったな。闇組織製ラブドール」


 「さっきから私たちの主戦力をラブドールって言わないでくれない? そもそも宿体は男ベースだし。それにそんなこと言うとお約束事が起きるよ?」


 討伐とまではいかなくとも、かなりのダメージを与えられたと踏んでいるタフティスは余裕そうに仮面の男と猥談している。


 対する仮面の男はテストと言うが、試験対象が容易く壊れては内心穏やかでいられない。が、タフティスの軽口に付き合えるのは単純に先の攻防を問題視していないからだ。


 『......。』


 「どう? できればもうちょっと本気出してほしいんだけど」


 「......生意気な奴め」


 こちらに歩み寄ってきたアドラメルクは変わらず無傷であった。おそらく先程の怪しげな紫檀色の炎で負った傷を癒やしたのだろう。そんな人造魔族を目にして仮面の男は騎士団総隊長を煽っていた。


 「うーん。どうすっかなぁー」


 「総隊長さんの【固有錬成】を使えばよいのでは?」


 「......。」


 その一言を聞いてタフティスの雰囲気は一変する。これを感じ取って仮面の男は初めて恐怖を覚えた。が、それも一瞬のことで、すぐにその恐怖は霧散する。


 仮面の男は続けて口を開く。


 「ここだけの話、実は<幻の牡牛ファントム・ブル>でも総隊長の【固有錬成】がなんなのかわからないんだよね」


 「......ほう」


 「噂では、何も無いところから無限に剣を作り出せるとか、世界で一番怪力になるとか、あらゆる魔法を無効化するとか......もう収拾がつかないよ」


 「まぁ、あまり見せるような場面が無かったからなぁ」


 「だから見せてよ。“総隊長”なら【固有錬成】を驚かないからさ」


 「おいおい。ただでさえ【固有錬成】なんてレアなもん複数持っている訳ねぇだろ?」


 「......そう。あくまで自分からは見せないと。じゃあ本気にさせればいいのかな? アドラメルク、【解錠アンロック】だ」


 「あ? なんつっ――」


 “た”と、タフティスが言いかけたところで、彼の視界がガラリと変わる。


 仮面の男と人造魔族を一緒に視界の中に収めていたはずの彼の視界は、今はなぜか夜空しか映っていなかったのだ。


 否、“なぜか”は当然外敵による攻撃のせいで、それは交戦中のアドラメルクの攻撃によるものとしか考えられなかった。


 「っ?!」


 遅れてやってきたのは顎に生じる激痛。自分の意思で地面から飛び跳ねていないのに、宙を舞う自身の無重力感。


 タフティスはやっと理解する。


 「マジか」


 目の前の敵が、本当の強敵に化けたと。


 『アガッアアアカ、ガ、アアアァァアァァアァアア!』


 未だ着地していないタフティスを他所に、人造魔族アドラメルクは悲鳴を上げながら豹変した。


 純白とも言えるその肌は輝きを放ち、同じく光りだした紫檀色のラインはその肌の表面をうじゃうじゃとうごめいている。腰まである漆黒の長髪は重力を逆らって扇が広がったようになった。


 その様子を空中で眺めいていたタフティスはと判断する。そして問題は別のところにもあった。


 「ふふ。アドラメルクの魔力量がおかしくなったでしょ?」


 この異様な状況を生み出した張本人である仮面の男は、相手の反応が想像した通りで面白くてしょうがないらしい。


 やがて地に足をつけることができたタフティスは先程殴られた顎を擦って答える。


 「“おかしくなった”......か。魔力量が素の倍以上じゃねぇか。それに魔力の質も違ぇ。こりゃあ覚醒っていうより――」


 「“切り替え”、だね。一般的に“空の核”と、使えそうな“宿体”があれば第三者の魔族の魂を移して、その身体が使えるようになるんだけど、アドラメルクの場合は違う」


 追撃の指示が無いからか、アドラメルクは先の一撃以降、動こうとしない。仮面の男は話を続けた。


 「生者が延命するために魂のお引越しをするその禁忌とは別でね。アドラメルクの場合は死体から“かく”も“肉体”も抽出しているんだ。で、肝心の“切り替え”なんだけど、核はアドラメルク本体の魂で、肉体は別の魔族。さっきまで君と戦っていたのは後者の魔族さ。融合しきっていないその肉体が元々有していた魔力だったんだけど、


 「っ?!」


 「死んだ核は時間が経てば【固有錬成】以外に何も残らない。そして肉体は腐る。でもちょっと面白い技術を、<幻の牡牛うち>と取引している組織が手に入れちゃってさ」


 「“面白い技術”だぁ?」


 「おっと、これ以上は死体になる君でも言えないね」


 「ケチだなぁ、おい」


 「ケチで結構。一度それで痛い目に合ってるからね」


 「ああ、そうかよッ!!」


 会話を最後に踏み込んだタフティスはアドラメルクに急接近する。


 仮面の男が極秘に値する情報をタフティスに伝えたのには二つの理由がある。


 一つは時間稼ぎ。アドラメルクの“切り替え”による変貌は、制御下にあっても仮面の男の命令を聞けるようになるまで時間を要した。だから切り替えが完全に終わるまでの時間稼ぎが必要だった。


 そしてもう一つはバレても差し支えない情報だからだ。これから死体と化すタフティスに教えても良いというだけではなく、時間の問題でこの情報は世間に流す予定になっていたからだ。


 充分に準備が整った新生アドラメルクは向かってくるタフティスを迎え撃つ。片腕を差し伸ばし、手の平をタフティスに向けた。その様子は最初の攻防戦と同じである。


 放ったのはまたも同じく巨大な火球――


 「っ?!」


 ―――ではなく辺り一帯を呑み込む閃光であった。


 「ああぁぁぁああぁあああああ!!」


 タフティスは自慢の身体を一瞬で丸焼きにされて、声にもならない絶叫を吐き出した。閃光が過ぎ去った後は業火が後を追うようにして森を焼き尽くしていく。


 アドラメルクが放ったのは火炎放射のような何かであって、その灼熱の炎より先に発光が速かっただけである。明らかに最初の火球とは異次元の瞬間火力だったからか、タフティスは回避どころか防御もままならなかった。


 攻撃を指示した仮面の男もその仮面の下で絶句している。驚きを隠せない程だ。件の依頼の失敗から汚名返上すべく、上の命令に従ってこの人造魔族の性能テストを任されたが、この一撃を目の当たりにして、敵じゃなくて良かった安堵する。


 直撃したタフティスが姿を目視できたのはこれより数十秒後のことだ。


 「がはッ」


 「うわぁ。あの火力で即死じゃないって、どういう身体してるの」


 タフティスは丸焦げとまではいかずとも、全身重度の火傷で皮膚が爛れている。かろうじて頭部を守ったのか、頭だけの輪郭ははっきりとしていた。誰がどう見ても満身創痍な巨漢の姿がそこにあった。


 「......だ......ね、え」


 「はい?」


 「まだ......わっで....ねぇ」


 瀕死のタフティスが地べたを這いつくばり、アドラメルクに近づいていく。


 アドラメルクはそんな彼を見下したまま動こうとしない。仮面の男もあの騎士団総隊長がここから何ができるか興味があったため、傍観に徹していた。


 「じゅまねぇ......みな。こんなだい、じょうで」


 「......。」


 惨め。


 素直に死を認めない様はその一言に尽きる。しかし今の騎士団総隊長を目にしたら、闇組織の輩は嘲り笑うだろうが、同じ騎士たちはそうはならない。


 全身に火傷を負い、地べたを這いつくばり、呂律が回らなくなるほど喉を焼かれた総隊長を前にしても――普段の頼りない総隊長と比較しても、尊敬の念を欠かすことはありえない。


 なぜなら―――それでも尚、敵に立ち向かうからだ。


 「あのさ。そんな身体で何ができるって言うの? アドラ――」


 「ゆー、れ、せー」


 「っ?!」


 仮面の男は呂律が回っていないタフティスの声を聞いて度肝を抜かれた。


 この男は確かに言った。焼かれた喉で唱えたのだ。


 【固有錬成】と。


 「アドラメルク! 今すぐそいつをッ―――」


 不意を突かれた仮面の男は人造魔族に命令を下そうとするが―――


 「【鸚鵡裏芸】ぇぇぇええええぇぇえ!!!」


 ――またも闇夜の森に、辺り一帯を呑み込む閃光が放たれた。



 ******



 「あはは。かなりやばかったなぁ......」


 『......。』


 タフティスの最期の一撃、それはアドラメルクが放ったあの大規模な火炎放射の火力と遜色無い攻撃であった。


 否、全く同じ火力の攻撃であったと表現する方が正しい。


 「総隊長の【固有錬成】はさしづめ、食らった攻撃と同じ攻撃を使える、とかかな?」


 『......。』


 【固有錬成:鸚鵡裏芸】。


 憶測に過ぎないが、仮面の男の言う通りの効果であった。故に最期の力を振り絞って繰り出した一撃であったが、外傷皆無の二人の様子からは意味が無かったと見受けられる。


 それもそのはず。アドラメルクには、戦闘開始直後に仮面の男が言ったように、“火を自在に操れる”ので、タフティスを焼却させた攻撃を逆に喰らうことになっても、即無力化させてしまえばいい話であった。


 が、


 「反応遅れてもろに食らったけど、大丈夫なのかね。コレ」


 『......。』


 人造魔族よりも低身長な仮面の男が下からアドラメルクを覗き込む。そんなアドラメルクは戦闘を終えてか【解錠アンロック】の状態から元に戻った。


 最期の一撃を掻き消すことが可能であったアドラメルクでも、予想が追いつかなかったのか、反応できずに至近距離からタフティスの攻撃を食らってしまったのだ。


 だが、この人造魔族には火属性による攻撃は無意味に等しいので、結果的に大したダメージになることはなかった。


 危惧すべきだったのは、あの一撃がアドラメルクではなくて、仮面の男に向けられていた場合である。仮にタフティスの攻撃を仮面の男が直撃していたら、この場には立っていられなかっただろう。


 反応が遅れていたアドラメルクを頼ることができず、仮面の男は戦闘に長けた者でもないので、回避も防ぐ術も持ち合わせていなかった。運が良かったと思う外あるまい。


 「さて。たしか次の指示は......総隊長の首を王都の広間に飾っておけばいいんだっけ? アドラメルク、断頭お願いね」


 『......。』


 アドラメルクは指示に従って、静かにタフティスの肉体から頭を手刀で切断した。同時に首の切り口は高熱で炙っているため出血することもなかった。


 「総隊長殿の【固有錬成】はいいけど、結局、剣を抜くことは無かったなぁ。騎士のくせにね」


 『......。』


 「さ、早く残りの仕事を終わらせて戻ろうか」


 アドラメルクの高火力火炎放射の勢いにより、タフティスの大剣は所有者から少し離れた位置に落ちていた。それを拾い上げて仮面の男は「なんだこれ、ただの大剣?」と大剣から魔力を微塵も感じないことを悟って、その武器を捨て去った。


 こうして騎士団総隊長タフティスと人造魔族アドラメルクによる戦闘は幕を閉じたのであった。

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