閑話 試される総隊長
「うぃー。土産持ってきてやったぞ。ひっぐ」
「総隊長、また酒飲んで来たんですね......」
千鳥足のタフティスを目にするのが日常茶飯事となり、もはや日常に思えてきた部下たちである。
ここは王都から離れた周辺地域に位置する森で、騎士団総隊長であるタフティスとその総隊長の補佐役ローガン、他騎士たちが十数名居る。
彼らがここに居るのは、例のごとく、王都を出入りする<
しかしそれも今日の日没までである。
当初の予定通り、王都周辺に結界を張って、闇組織らの侵入を察知する職務であったが、思った以上に効果が無く、また裏で行われている闇オークションが絶えないという現状の報告から、奴らは別の手段で王都に不法入国していると判断したため、この作戦を切り上げることにした。
「その様子だとまた昼間から飲んでいたみたいですね」
「ぜんぜんのんれないのぉ」
「......おい、誰かコップに尿を注いで持ってきてくれ。この泥酔馬鹿に飲ませる」
ローガンは部下の者に冗談抜きでそう命令したが、誰も正気の沙汰とは思えない指示に従おうとしなかった。
一日中、交代制でずっと結界を維持していたからか、下級騎士たちは総隊長のこの様子を見て辟易する。誰もが内心、「これが国のトップかぁ」と。
タフティスが現場で働く部下を置き去りにして酒で酔っていられるのは、彼に王都を行き来する権利と責任、職務が与えられているからだ。今は一般利用を禁止している王都の転移門で王都へ行ったり、ここまで戻ったりするのが総隊長の職務、もとい日課である。
「なんだおまへらその顔は! 土産があんだじょ?!」
「あんたのその様子といい、土産といい、いちいちこちらの神経を逆撫でするからですよ」
「んだとッ!」
使い古した大剣と身長二メートルにも及ぶ筋肉質な巨漢のワンセットは、誰が目にしても歴戦の戦士を想像させるが、それは素面なときであって、泥酔しきった今のタフティスの様子を目にすれば、“駄目人間”の一言に尽きる。
タフティスは部下たちのために買ってきた土産をやけになって開封した。土産はアップルパイである。可愛くない部下には何もやらないというクソ上司であった。
部下の騎士たちも別にそこまで欲しいという訳でもなく、むしろそれを貰ったら負けだな、と変な意地さえ抱いていた。
「うめぇー! 誰にもやらねぇーからな! ああー! うめぇー!」
「「「......。」」」
「で、あと数時間で王都周辺に張った敵察知の結界を消しますが、この後はどうするんですか?」
「え? 知らないけど」
「「「「......。」」」」
こいつマジかって顔で上司を見つめる騎士たちである。というのも、タフティスが王都とこの場所を行き来するため、伝達係も任されていたからだ。
「嘘だって嘘。とりあえず、帰ったら各々以前と同じように持ち場へ戻れ。小隊長経由で指示の詳細を伝える。おそらく次の作戦開始まで、俺ら隊長格や上のモンとで少し話し合うから、今のうちに身体を休めておけ」
「え、非番ってことですか?」
「そう思ってくれていい。一日交代といえど、近くで待機しているだけで、大して休めなかっただろ? 無論、非番と言っても、最低限、王都の警備役を残して、だ。」
「は、はぁ」
急な休暇宣告にあっけらかんとするのはローガンだけで、他の部下たちはガッツポーズをして喜んでいる。
「それまでは気を抜くなよ。敵はいつ来るかわからないんだからな」
「「「はいッ!!」」」
「了解」
ローガンを除き、最近で一番の敬礼と返事をする現金な部下たちであった。
******
「え、お一人で残られるのですか?」
「ああ、ちょっとその辺歩いて酔いを覚ましたくてな」
作戦を切り上げる時間となり、日没間際ということから辺り一帯は薄暗い。一定間隔で灯りとなる焚き木を設置しているが、ここを離れればあとは月明かりだけが頼りとなる。
そんな中、職務を全うした騎士たちは早々に帰国する支度をしていた。
だが、タフティスだけはこの場に残ると言い、それを聞いたローガンが疑問に思う。
(酔いを覚ますためだけに、王都から離れたこの森に? 道中じゃ駄目なのか?)
内心そう思うが、夜の森の危険さ等を総隊長に言い聞かせるのは不敬と思い、大人しく頷くことにしたローガンである。
「ではお先に帰還します」
「おう、気をつけてな」
「「「お疲れ様でした!」」」
タフティスがここに残るということで、自動的にこの隊の管理を任されるのは補佐役であるローガンに変更される。部下たちも正直、日頃の様子から頼りないタフティスよりも、仕事に真面目なローガンの方に好感を持っていた。
しばらくして、部下たちが後にしたこの場所は夜の森本来の静けさを取り戻していた。
が、
「そろそろ出てきてくんねぇか?」
タフティスの一言が静寂を掻き消した。
その問いに応えるべく、近くの物陰からある者が出て来た。ある者は外套を身に纏っていて、フードを目深に被っていた。その者の手には黒いロープがあり、そのロープの先には外套を纏った男の身長を超える程の何かがあった。
“何か”とは、それが大きな布で巻かれていたため、視認できなかったことから不明であった。
「やっぱり気づいてたか。おかしいなぁ。私の【
「ばーろ。そっちが一瞬だけ解いたんだろ。中身のソレが暴れてよ。じゃないとわかんなかったぜ?」
「ああ、あんな一瞬のことに気づいてたのか。ほんの数秒のことだったんだけどな」
タフティスと会話する外套を身に纏った者は、「残念残念」と口にしているが、全く残念そうにしていなかった。また同時に、声からして男と仮定したタフティスである。
“中身のソレ”とは怪しげな男が手にしているロープの先だ。ロープが中身のソレのどこに繋がっているのかわからないが、タフティスは暴れたところを目撃したということから生き物だと判断した。
「コレ、すごく制御が難しいんだよね。急に暴れ始めたからびっくりしたよ」
「ふーん? で、自己紹介もせずに所持品の紹介か? 新手のセールスマンですか?」
「ああ、ごめん。でもこれから死ぬ人に名乗る必要ある?」
「まぁ、別にいいけどよぉ」
「そうそう。それに私のこの仮面を見てわかるでしょ?」
「<
「正解。君を殺す者と思ってくれればいい」
そう言って外套のフードから頭を出した男は、牛のデザインの仮面を被っていた。デザインの作りからしてまず幹部クラス。そしてアーレスから以前報告があった、街の裏で交戦したという者が身につけていた仮面と同じだ。
また証拠と言わんばかりに、風で男の外套が捲り上がり、男にあるはずの右腕が無かった。それは事前に知らされている情報と一致していた。
その情報とはアーレスから上がった報告で、鈴木が<
「なんだ生きてたのかよ」と愚痴を零すタフティスである。
「お前のその容姿から報告が上がってたんだが、なんでも一般人に負けたらしいじゃねぇか」
「耳の痛い話だ。なんでもあの少年は【自爆魔法】を使ったのに、まだ生きているそうじゃないか」
「ああ。そこら辺は俺も知らん。まぁ、お前も生きてるんだし、火力が弱かったんじゃね?」
「ふふ。私のは違うよ。聞かされた話によると、実はあの爆撃で私の頭だけが綺麗に吹っ飛んだらしくてね。その状態から、雇った回復魔法のスペシャリストが私を元通りにしてくれたんだ。まぁ、右腕に関しては残念だけど」
「そりゃあ相当腕の良いヒーラーだな。しっかしお前さんの組織は優しいなぁ。闇組織のくせに任務に失敗した部下を始末しないなんてよぉ」
「私は有用だからね。今回の件で汚名返上するつもりさ。それにそちらさんにも既に伝わっていると思うけど、私の【固有錬成】からして天職だし」
「違いねぇ」
もちろんアーレスの報告から眼前の敵の【
王都が誇る騎士団総隊長は実際にどういったスキルなのか目の当たりにして「なんもできねぇな、これ」と半ば諦めていた。奴の存在に気づけたのも、偶々相手がミスしたからに過ぎない。
しかし問題はその男とは別の―――
「コレ、気になる?」
「......ああ」
コレ、とは大きな布で覆い被された何かである。
牛の仮面の男が姿を現してから注意がそちらばかりに移ってしょうがない。大きな麻袋で包まれているのだが、包まれていても直立して時々もぞもぞと動いているのだ。
今は敵のスキルが発動していないからか、麻袋から放たれる尋常じゃない禍々しい魔力がタフティスの警戒心を強める。
「その前に。なんで私がここに居るかわかる?」
「さぁ? 散歩か?」
「へぇー。コレの魔力を当てられても、まだそんなこと言える余裕あるんだ」
「ま、腐っても騎士団総隊長だからな」
「でさ、私がここに居る理由だけど―――単純に君を殺すためさ。テストのついでにね。騎士団総隊長タフティスさん」
「......。」
男は先程までの陽気な雰囲気を消し去り、放ったのは明らかな殺意である。タフティスはこの厄介な【
アーレスの報告では【自爆魔法】で敵諸共殺したと聞いたが、火力でも間違えたのか両者共に死んでいないとなると油断はできない。
背にある大剣の柄に手を置いたタフティスは戦闘が始まるのを覚悟した。
「なんでさ、他の騎士が居る中で仕掛けなかったと思う?」
「あの人数相手じゃ勝てる見込みがなかったんだろ?」
「あはははは! 違うよ。今回はただのテストさ」
「は? “テスト”?」
「そう。コレがどこまで通用するかってね」
「へぇー。そんなテストのために総隊長を相手にするのか」
仮面の男はノーノーと人差し指を左右に振って、タフティスを小馬鹿にする。
「総隊長くらいがちょうどいいってこと。コレのテストにはね」
「そいつは光栄だ」
軽口を返すタフティスだが、未だ中身のソレがなんなのかわからない以上、余計なことが言えない。
「前置きはこれくらいにして、それじゃあ始めようか」
そう言って、麻袋に身を包んでいたソレは、男のその一言を合図とみなしたと言わんばかりに、麻布を大胆にも引き裂いて姿を現した。
「っ?!」
「コレ、種族戦争の際に戦死したとある魔族の遺体から造った人造魔族らしいんだ」
男が言った“人造魔族”と呼ばれる人型のソレは、肌が白く、体長二メートルにも及ぶタフティスよりも高い。また細身であるものの、侮れない何らかの力を宿しているのは確かであった。
特徴的なのは全身をめぐる紫檀色のラインである。体格的に男。異様に伸びた真っ黒な髪は腰まであり、生殖器こそ見受けられないが、目も口も無い顔は堀の深さだけ兼ね備えていて、まず女性の容姿ではないことは確かだ。
「死体から作ったって......死体の核からは魂の転移はできねぇだろ。できて【
「あれ、知らない? 魔族の魂を移すための空の“核”と、私らが死体から造った受肉に適した身体、“宿体”」
「......とてもじゃねぇが、褒められた趣味じゃあねぇな」
「ふふ。私はコレのテストを任されただけさ。安心して? テストだから私は手を出さない」
タフティスは「あっそ」と仮面の男を一瞥して、視線を人造魔族に戻す。彼の脳内に蔓延るのは、眼前の人造魔族の戦闘力が騎士団総隊長である自分を超えているかどうかの不安感である。
なぜここまで警戒しているのかと言うと、タフティスが直感で目の前の敵が強者だと確信しているからだ。この勘とも言えるものは、非常に抽象的であると同時に、今まで幾度となく頼ってきた“武器”でもある。
「じゃあ始めるよ。――行け、“アドラメルク”」
こうして月明かりに照らされる戦いは幕を開けた。
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