第61話 ミノタウロス戦、ついに決着

 『おい、大丈夫か?』


 「うっ、胴体真っ二つってかなり変な気分だ。胴から下が無い分身軽に感じたよ」


 『ほら、またルホスちゃんが私たちの代わりに頑張っているんですから復帰しますよ』


 僕はまたもトノサマミノタウロスの一撃によって絶命したが、妹者さんの【固有錬成】で生き返ることができた。


 意識が戻ってから、すぐにトノサマミノタウロスはどこに居るのかと辺りを見回したが、どうやら少し離れた所でルホスちゃんと一騎討ちをしているらしい。


 『しかしよく気づいたな。奴の【固有錬成】の発動条件』


 「ということは、姉者さんから聞いたんだ」


 『ええ』


 僕を絶命に追いやった一撃は、トノサマミノタウロスが【固有錬成】を使える条件を満たしていた。そしてその発動条件がやっとわかった。


 僕は妹者さんにお願いして【紅焔魔法:双炎刃】で武器を生成してもらい、それを両手に握って走り出す。


 トノサマミノタウロスとルホスちゃんが向かってくる僕の存在に気づく。敵の方はまだ僕が死んでいないことに驚いた様子を見せるが、ルホスちゃんは僕の存命を確認して明るい表情になった。


 『【冷血魔法:氷棘ひょうきょく】』


 『【烈火魔法:爆炎風】!』


 『グオッ?!』


 「お待たせ! また死んでごめんね!」


 「ま、全くだぞ! なんも説明無しに突っ込んで死ぬとはどういうことだ?!」


 僕の両手から二属性の魔法が放たれてトノサマミノタウロスに牽制を入れた。トノサマミノタウロスは後方に下がることで、僕やルホスちゃんと対峙する形で態勢を整えた。


 距離的に妹者さんの【固有錬成】の範囲内なのか、僕は例の力により身体能力が爆上げされる。


 「あはは。次は死なないようにするから」


 「そうしろ! い、生き返るとわかっていてもあまり目にしたくない......」


 『大好きな人が死ぬところは見たくありませんからね、大好きな』


 『なッ?! あ、アレだろ? 家族的な意味だろ? 異性としてではないだろ?』


 「あ、あああああたりまえだッ!! そっちの意味に決まっている!」


 「で、後方支援のルホスちゃんにお願いがあるんだけど」


 『あなた、この流れで話進めるとかすごいですね』


 『童貞だからな。無理もない』


 うるせ! 引っ叩くぞ!


 それに無駄話するより眼前の敵を倒すことが先でしょ!


 「なに、お願いって」


 「それはね――」


 さて、今度は僕らがあの牛野郎に仕返しする番だ。



******



 「じゃあ、行くよ!」


 『おぉーよ!』


 『【凍結魔法:螺旋氷槍】』


 姉者さんが放った氷の槍は、敵が接近してきた僕を目掛けて、周りの木々を薙ぎ倒したのを氷漬けにして、固定させるためだ。


 相手も両手に双剣を握っている僕を見て石器を構えた。やがて互いの距離が縮まったとき、双剣と石器の激しい衝突音がこの森に鳴り響く。


 妹者さんが生成してくれたこの双剣は、相手の武器のリーチを逆手に取って近づければ手数で押し切れるのだが、剣術なんてクソもない僕にとっては捌くので精一杯だ。


 でも今はそれでいい。時間を少し稼げれば、それでいいんだ。


 『苗床さん、ルホスちゃんが位置に着きました』


 「了解!」


 『かかッ! んじゃ、作戦通り行くぞ! 姉者ッ!!』


 ルホスちゃんが指示していた場所に移動したことを確認した姉者さんが、それを僕に知らせたことで本格的な狩りが始まろうとする。


 『【冷血魔法:氷壁】』


 姉者さんはそう唱えて、地面から巨大な氷の壁を生成した。


 先程、僕がこれをトノサマミノタウロスとの間に使ったとき、奴の【固有錬成】で僕の死角に回られて、胴を境に真っ二つにされた。


 が、今回は違う。生成した場所は僕の前ではなく―――


 『ッ?!』


 ―――背後だ。


 この魔法は本来、敵の攻撃を防ぐ目的で使用する。それを背後に生成した僕に対して、理性なんか欠片も持ち合わせていないトノサマミノタウロスが本能で驚く。


 無論、無意味では無い。


 『ブルァアッ!!』


 「ぐッ!」


 『援護はあーしがやっから、姉者はタイミング見てもう一本頼む!』


 『了解しました』


 いくら妹者さんの【固有錬成】で膂力が相手と互角になっても、それ以上の戦闘力には繋がらず、良くて互角、悪くて防戦一方で、ときどき攻撃を食らう僕である。


 僕のやることは変わらず、炎の双剣で近接戦に徹して、良いポジションに移ることだけ。攻撃は二の次で、それさえしていれば、相手も近接戦に応じてくるのだから、僕に誘導されて動く必要がある。


 背後に氷の壁があってこれ以上下がれないので、必然と防御策も絞られてくるが、構わず応戦を続ける僕である。


 妹者さんが言っていた『もう一本』とは僕の背後にある壁と同じものを指す。つまりもう一箇所造る予定なのだが、肝心なのはに造るかだ。


 敵をあと何歩押せばいいのか? それとも引けばいいのか?


 その帳尻合わせを近接戦で行う。


 そしてついに―――


 『「今だッ!!」』


 『ほんっと仲良いです、ねッ!!』


 『ッ?!』


 語尾を強調したと同時に、一度目の氷壁と同じものをトノサマミノタウロスと僕の間に生成する。


 『コユーレンセー!――』


 そしてこれにより、トノサマミノタウロスは―――


 『シュクチ、シッセキッ!!』


 【固有錬成】を発動する!



******



 【固有錬成:縮地失跡】。


 それがトノサマミノタウロスの【固有錬成】で、僕を何度も殺しかけてきたり、殺してきたスキルだ。


 最初にこの【固有錬成】を使ったのは、妹者さんの【烈火魔法:導火紅柱どうかこうちゅう】による攻撃で炎の中に閉じ込められた時だ。


 次に使ったのは、接近してきた僕に対し、地面を抉って石や土で目眩ましをした直後。


 どっちも僕の死角からの攻撃で、その直前には必ず僕はトノサマミノタウロスを


 それが奴の【固有錬成】の発動条件だ。


 「右?!」


 『左だッ!!』


 「あがッ?!」


 僕は右側から攻撃が来ると思って右に構えたが、妹者さんが左と読んで、僕の右腕の支配権を無理矢理利用して、左から来たトノサマミノタウロスに対処した。


 その無茶な動作により、僕の右肩はゴキッ!と嫌な音を響かせるが、瞬時に例のスキルで全回復する。


 トノサマミノタウロスの【固有錬成:縮地失跡】の発動条件を確信したのは、ルホスちゃんの話を聞いてからだ。


 この牛野郎とルホスちゃんが一対一で戦っていたとき、彼女は距離を保って戦っていたと言った。理由は使っている魔法の手数と、相手が近接戦特化なので安全圏から攻撃したかったから。


 だから敵がすべきことは、安全圏に居る彼女との間合いを詰めて近接戦に持ち込むこと。


 それなのに、そうであるはずなのに、奴は安全圏に居るルホスちゃんに“目眩まし”という一手間を加えた。を無視して、だ。


 結果的には彼女に隙を与える形になったが、それでもそれを執拗に行っていたのには、【固有錬成】の発動条件が関係しているからだ。


 『ブルルルル! ッオオォォォオオ!』


 「くそッ! ルホスちゃんはに気づかなかったの?!」


 『いえ、それは無いと思いますが......』


 発動条件は先も言ったように【対象が自身を見失うこと】である。


 僕やルホスちゃんに“目眩まし”をしてきたのは、その発動条件から一気に対象の死角まで距離を縮めて会心の一撃を入れるためだ。


 先程、僕を真っ二つにされたときの、姉者さんの視界を覆うほどの【氷壁】はこのスキルの効果を確かめるためだ。


 偏に“死角”と言っても、奴を見失った時点で僕の視界は全て死角と化してしまう。


 真正面とっしんでしか効果を成さないのか、それとも僕の背後へと簡単に移動できるのか、知る必要があった。


 「これ! いつまで引き付けとけばいい?!」


 『『死ぬまで』』


 「もうヤだぁ!」


 だからあの打製石器の一撃でも壊せないような氷の壁を生成して、真正面以外からの攻撃を誘発した。


 今も僕の左側の死角から攻撃してきたことから、奴の【固有錬成】の効果は、【死角に瞬時に移動する】で確信を持てたわけだけど。魔族姉妹の目でも追えないとかマジチート。


 まぁ結果、発動条件と効果さえわかってしまえば対応は難しくない。


 僕の背後と、奴の背後に巨大な氷の壁が立ち塞がっており、退路は左右にしか無い。記号で言うならば、“イコール”。


 この壁と壁の間に挟まれた僕たちは、超至近距離で近接戦を繰り広げているのだが、望んでいたのは近接戦それではない。


 「ルホスちゃんの馬―――ッ?!!」


 『【死屍魔法:封殺槍】!!』


 “か”、と言おうとしたとこで、僕の背後から、そして敵の胴に大きな穴をあけて何かが貫通していった。


 否、“何か”ではなく、ロリっ子魔族による“渾身の一撃”である。



******



 「き......ずき!」


 「うっ」


 「スズキッ!!」


 僕の顔に水滴が落ちてきてくすぐったい。雨でも降ってきたのだろうか。


 あ。


 「トノサマミノタウロスは?!」


 「あぶッ?!」


 意識が覚醒したことで僕は今の状況を確認すべく、一気に身を起こした。辺りを見ればトノサマミノタウロスの死体と思しき巨体と、すぐ隣にルホスちゃんが居た。ルホスちゃんは今までずっと泣きじゃくっていたらしく、目元が赤く腫れていた。


 ......どうやら先程のくすぐったかった水滴はルホスちゃんの涙らしい。


 目を覚まさない僕に大粒の涙を零しながら傍に居たらしく、僕が急に身を起こしても互いの頭がぶつからなかったのは彼女の反射神経の賜物だろう。彼女の額を見れば、まだ角が生えている。あのままぶつかっていたら僕は角が刺さって、また死んでいたに違いない。


 『作戦通りにいったぞ!』


 『ルホスちゃんと私たちのおかげです』


 「あはは。ルホスちゃん、ありが――とッ?!」


 「スズキぃ!」


 未だ泣き止まないロリっ子魔族は僕の胸に飛び込んできた。角が刺さるかと思って死を覚悟したが、既のところで引っ込めてくれたので無事である。


 僕はルホスちゃんの頭をぽんぽんと撫でた。ズビズビと泣くその様は年相応に見えてしょうがない。彼女が落ち着くのを待とう。幸いにも姉者さんによれば、近くにモンスターは居ないようだし。


 「ご苦労。【固有錬成】持ちのトノサマクラスを倒すとは予想もしていなかったぞ」


 「あ、アーレスさん」


 そんな僕らの下へ、アーレスさんがやってきた。


 「敵に【固有錬成】があるとわかっても尚、立ち向かうのはそれ相応の勇気が必要だ。加えて両者共に大した怪我も見受けられない。ザコ少年君を少し見直した」


 「ありがとうございます」


 「が、手段は褒められたものではない」


 「......ですよね」


 皆まで言われなくてもわかってる。現に僕に抱きついて泣いているルホスちゃんを見れば一目瞭然だ。


 「しかし大胆な行動に出たな。まさか二つの氷の壁の間に敵と留まり、風通しの良いガラ空きな左右からその子の一撃を食らわせるとは」


 「そう、ですね。......アーレスさんならどうしてましたか?」


 「普通に殺す。雑魚相手に小細工は要らないからな」


 「さ、さいですか......」


 あの牛野郎を真正面から倒せるって化け物かよ。


 そう、僕らが取った手段は単純に、左右しか無い退路を利用して、二つの氷の壁の間にルホスちゃんの全魔力を注いだ遠距離攻撃を放ってもらったのだ。壁に挟まれた時点で逃げ場の無い僕らは、両者諸共その一撃を食らって絶命に至った。


 まぁ、僕は妹者さんのおかげで生き返るんだけど。


 でも、それは同時にルホスちゃんに“僕を殺させたこと”を意味する。アーレスさんの言う『手段は褒められたものではない』とはこのことだろう。


 本当は魔法の着弾の寸前まで敵を引き付けて、僕は攻撃を受けないように......と思っていたのだが、思ったよりも難しく、結果、死ぬまで引き付けないとああまで上手く事を運べなかった。


 「スズキのばかぁ!」


 「......ごめん」


 「ばかばかばかばかばーか!」


 はは、この前は闇奴隷商の刺客を僕ごと殺そうとしてたくせに。


 ......本当に困った子だ。


 『ガキンチョに二回目の【氷壁】を出したときが“合図”って言ったのによぉ』


 『無理もありません。親しい人間が無事に生き返るとわかっていても、殺す気で無理に魔法を放ったのですから』


 「ぐすッ。もうあんなこと絶対にしない!」


 「......うん。本当にごめん」


 戦いには勝ったけど、何か大切なものを失ってしまった気がするな......。


 僕らはルホスちゃんが落ち着き次第、トノサマミノタウロスたちから素材を回収して王都に戻ることにした。


 「うわぁ。モンスターを解体すると血がすごいなぁ。臭いし、ベタつくし」


 「わ、我が水魔法で洗い流してやる!」


 「あ、うん、ありがと。って、ちょっと近くない?」


 「っ?! き、気のせいだ!」


 さ、さいですか。


 モンスターの素材回収を一通り終えた僕は、ルホスちゃんの水魔法で頭から水をかけてもらい、返り血を洗い流してもらった。当然、穴の空いた僕の服もびしょ濡れになる。あとで妹者さんに乾かしてもらお。


 そんな僕に対して彼女は腕だけしか血が付いていなかったため、その箇所だけ水を当てて洗い流せばいいのだが、なぜか僕に近づいてきて器用に両腕だけを洗っている。


 さっきの剥ぎ取りの時もそう。手分けした方が効率良いのに、僕の隣で同じような箇所の素材を剥ぎ取っているんだもん。


 なんなの、この子。僕は早く王都に帰りたいんですけど。


 『......。』


 『まぁまぁ。相手は子供なんですから、少しは我慢しなさい』


 「?」


 魔族姉妹はなんか言ってるし。


 「もういいか? そろそろ帰るぞ」


 「あ、はい」


 「わ、我は疲れたからスズキにおんぶしてほしい!」


 『ふぁ?! 我儘が過ぎんぞ!』


 『お、落ち着きなさいって』


 「私がしてやろうか?」


 「っ?! いい! これは、その、えっと、さっきの罰だ! スズキへの罰!」


 「ちょ、王都までどれくらいかかると思ってるの......」


 『妹者のスキルでそこの女騎士さんの身体能力をコピればよいのでは?』


 『姉者まで?! あたしの味方でいろよッ!! ぜってぇーやんねぇーからな!』


 ああだこうだ言い合っても、結局は数時間ほどロリっ子魔族をおんぶするという罰ゲームをやらされた僕は、少しだけルホスちゃんのことが嫌いになってしまった。


 甘えたいのだろうか、それとも僕への嫌がらせだろうか。


 「ほんっと疲れたの! まっ、魔力切れだし! 魔力切れで一歩も動けないし!」


 「はいはい」


 「スズキはもっと我に感謝した方がいい!」


 「はいはい」


 「王都に帰ったら、まずは美味しいご飯を――」


 「はいはい」


 じゃあ魔力切れのくせに、さっきの水魔法はなんだったのさって言いたいが、そこで言わないのが大人か子供の違いである。

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