第60話 意外と固有錬成持ちは多い

 『コユーレンセー、シュクチ、シッセキ』


 たしかにそう聞こえた。


 そして次の瞬間――


 「うぐッ?!」


 『『っ?!』』


 ――トノサマミノタウロスが僕の腹部に自身の大きな角を突き刺してきた。


 腹部に激しい痛みが生じる。僕はトノサマミノタウロスにお腹を串刺しにされたまま、木々をなぎ倒しながら牛野郎の突進に付き合わされた。


 そして僕に充分ダメージを与えられたと感じたのか、奴は角が深く刺さって身動きできない僕を乱暴に振り飛ばした。


 身体能力の向上とともに防御力の向上も兼ね備えている姉者さんの【固有錬成】が無ければ、僕は奴の角に刺されて吹っ飛ぶどころか即死だった。すぐ生き返るけど。


 『【固有錬成:祝福調和】ッ!! 大丈夫か?!』

 「げほッ。お、おかげでさまでね。ねぇ、僕の聞き間違いじゃないよね? あいつ今【固有錬成】って言った?」

 『まぁ、世の中には一定数いるもんです』


 ちょ、前は滅多に居ないって言ってたじゃん。トノサマゴブリンと言い、僕と遭遇するトノサマクラスはどっちも【固有錬成】持ちじゃないか。


 また先の一撃により僕は左手に握っていた鉄鎖を手放してしまった。相手はその隙に鉄鎖を無理矢理解いてその辺にポイした。


 勘弁してよぉ。


 『ブルルルル!』


 トノサマミノタウロスはまたも瞬時に怪我を治した僕目掛けて、手にしている柄のある打製石器で攻撃を仕掛けてくる。


 僕も姉者さんが生成してくれた【凍結魔法:鮮氷刃せんひょうば】で応戦する。


 どういった効果のある【固有錬成】かはわからないけど、あんな一瞬で距離を詰められたら不可避だ。だって全然目が追えなかったもん。


 『おら! 【紅焔魔法:火球砲】! 相手が【固有錬成】持ちなら仕方がねぇー! 警戒と分析をしながら仕掛けかるぞ!』


 「わかった!」


 『【冷血魔法:氷棘ひょうきょく】。チッ、妨害程度では気にもしませんか......』


 姉者さんが地面から僕の膝ほどまでの高さのある氷の棘を生み出すが、相手は殺傷能力の低いこの魔法を躱すことなく、ただの直進で砕いていく。どんだけ硬いんだよ......。


 しかし困ったな。妹者さんの【烈火魔法:導火紅柱どうかこうちゅう】で大したダメージを与えられなかったぞ。僕らの中ではかなり火力のある魔法なんだけど......。


 考え事をしていたら――


 『モォォオオォオオオ!!!』


 「っ?!」


 『ばッ! 余所見すんな――』


 右手に怒鳴られるが、時既に遅し。


 僕はトノサマミノタウロスの武器ばかりに気を取られ、相手が拳で殴っていることを予想できていなかった。


 妹者さんの【固有錬成】のおかげで身体能力と防御力の向上により即死することは無いが、コレを喰らえば顔面偏差値が下がること間違いなしだ。


 が、既の所で――


 「【雷電魔法:雷槍】!」


 『グオッ?!』


 トノサマミノタウロスは横から雷の槍で突かれて攻撃を中断した。ダメージは大したこと無いが、この隙に僕は後方へ下がる。


 「る、ルホスちゃん!」


 『ガキンチョ、ナイス!』


 「スズキ! 無事かッ?! めっちゃ飛んでっていったぞ?!」


 雷属性の魔法でトノサマミノタウロスに攻撃を仕掛けたのはロリっ子魔族ことルホスちゃんだった。依然として彼女の額からは黒光りの綺麗な角が二本生えている。


 息を荒くしている様子から走って僕たちの所まで来てくれたみたいだ。


 これでまた二対一の戦況になる。いや、厳密には魔族姉妹を含めて四対一か。まぁ、さっきまでの戦いは僕たちが自走していたようなもんだが。


 「アレはヤバかった。ルホスちゃんも気をつけてね」


 『相手の【固有錬成スキル】による一撃のようです。ルホスちゃんはあの場から見てどんな性質かわかりましたか?』


 「“性質”......わからない。我にはあんな【固有錬成スキル】を使わなかった。ただ、横から見てあの一撃は一瞬だったくらいしかわからない」


 『あーしらも全く目で追えなかったわ』


 魔族姉妹も僕と同じように牛野郎の【固有錬成】による一撃を目で追えなかったらしい。


 この魔族姉妹たちが、だ。


 そりゃあ目は良くても、結局は僕と同じ立ち位置だから似たような視点なんだし、わかりにくいかもしれないけど、どんな攻撃だったのかすら判別がつかないのはかなりヤバい。


 どれくらいヤバいかって言うと、次もまた食らうことが確定してるくらい。攻撃を食らうまで何もできなかったのは本当に危うい状況だ。


 『しかし、あの一撃以降仕掛けてこないあたり、発動に何かしらの条件があるのは確かなはず』


 『ああ。低知能なモンスターが出し惜しみするとは思えねぇー』


 「とりあえずルホスちゃんは少し下がってて。さっきの攻撃をまた喰らいたくないけど、いつ来るかわからないから分析も兼ねて支援をお願い」


 「うん!」


 場違いなくらい元気よく返事をした彼女は後方へ飛び下がる。その脚力は完全に一般ロリの比ではない。


 たしかルホスちゃんは“鬼牙種”っていう魔族なんだっけ。角を除けば、見た目は普通の女の子だ。ルホスちゃんが下がったことを確認した僕らは再び牛野郎と対峙をする。


 未だ僕らの攻撃は大してダメージを与えられていないが、相手はこの多勢に無勢とも言える戦況にやりにくさを感じているのだろう。


 少なくとも僕らの連携の前で闇雲に攻撃をしても意味が無いことくらいわかっているはず。そこら辺はちゃんと“トノサマクラス”だ。


 「......こちらから仕掛けようか」


 『良い心意気だ! そんな鈴木にはあーしからプレゼントだ!』


 「?」


 『【紅焔魔法:双炎刃】!』


 妹者さんが発動したのは火属性の双剣だ。【閃焼刃】や【鮮氷刃】のようなショートソードではなく、刃渡り三十センチ程の片刃で、僕はそれを両手に一振りずつ握った。


 火属性ということから握っている柄は熱を帯びていて、相変わらず僕の手の平は火傷しっぱなしである。


 痛みに慣れたわけじゃないけど、戦闘中ということもあってアドレナリンが分泌しているのか、騒ぐほどの痛みでもない。伊達に大怪我を繰り返してきた身体じゃないな。


 僕は妹者さんが生成したこの双剣を二、三回振ってみた。


 「軽い......」


 『あたぼーよ! 単純に刃渡り短くして手数増やすことに特化した武器なんだからな! こっちの方が短くて扱いやすいだろ?』


 「ありがと。正直、身体能力が互角でも体格差や武器の大きさから【鮮氷刃】じゃ攻めにまで移れなかった。......これなら懐に入り込んで奴の武器のリーチを逆手に取れる!」


 僕はその言葉を最後にトノサマミノタウロス目掛けて走り出す。距離にして三十メートルも無い。


 あの打製石器みたいな重量系武器は一撃一撃が重いが、懐に入ってしまえば、そう簡単に振れないはず。


 無論、僕が距離を縮めるまでには相応のダメージも想定されるが、妹者さんの【固有錬成】で死ぬことはないだろう。


 『さっきも言いましたが、相手の【固有錬成】が不明なままなんです。下手に踏み込み過ぎては危険ですよ』


 「わかってる!」


 『ブモォォオォォオオオ!!』


 【鮮氷刃】から【双炎刃】に切り替えたことにより僕の目的を察したのか、トノサマミノタウロスは両手で武器を持ち、ゴルフの打ち方のような構えをする。


 そして地面を抉りながら思いっきりスイングしてきた。


 「くっ?!」


 『そのまま突き進――』


 『シュクチ、シッセキ!』


 相手が何か叫んでいたが、それが何を意味するのか理解するどころではない。


 トノサマミノタウロスの一振りにより、地面から襲ってきた土や石などで視界を塞がれるが、妹者さんに言われた通りそのまま突き進もうとした。


 しかし―――


 『避けてください!!』

 「っ?!」


 相手も僕目掛けて突進してきたらしく、視界は塞がれても目を閉じなかった僕なのに、大きな石器が突き出されていた。


 「ぐはッ?!」


 そして切れ味の悪そうな、刃こぼれなんて概念が存在しなさそうな打製石器が僕の胸郭を突き刺して貫通する。


 僕は盛大に吐血するが、まだ意識はあるので両手にある短剣を捨て、僕を突き刺すこの武器にしがみ付き、


 「あ゛ねじゃざん!!」


 『【固有錬成:鉄鎖生成おえぇぇええぇ】!!』


 『グオッ?!』


 左手から勢いよくジャラジャラと鉄鎖が放たれ、トノサマミノタウロスの首から胴に巻きつけて鎖をガチンッ!と断ち切る。


 当初の目的とは違うが、相手の魔力を削ることは今までの戦いでも優先順位が高いので、ほぼ考えなしの一撃となる。


 「でぇッ?!」


 鉄鎖を巻きつけてきた僕を、トノサマミノタウロスは警戒して振り払った。


 打製石器串刺しの刑から解放された僕は、妹者さんにこの致命傷を完治してもらい、再び敵に向き直る。


 『でかしたぞ、鈴木! あんだけ巻き付けとけばちょっとやそっとじゃ解けねぇー!』


 『でかしたのは私の力ですよ? 苗床さんはただ前に左手を突き出しただけです』


 『んだよ。素直に褒めたらいーじゃねーか。姉者、辛口すぎっしょ』


 『あなたが褒めすぎなんです。どうしたんですか、最近のあなたは変ですよ?』


 『あたし褒めて伸ばす派』


 『いえ、厳しくいきましょう』


 『あ?』


 『は?』


 ちょ、ちょっと、口喧嘩している場合じゃないでしょ。まだ戦っている最中なんだし。


 「スズキ! 大丈夫か?!」


 「あ、ルホスちゃん」


 トノサマミノタウロスにふっ飛ばされた先はちょうどルホスちゃんが居た辺りだったらしく、彼女は致命傷を負った僕を心配してやってきてくれた。


 「ごめん、援護できなかった......」


 「いや、あの速さじゃ入ってこれないでしょ。僕も攻撃食らうまで何も対応できななかったんだから」


 僕は妹者さんにお願いしてまた【双炎刃】を生成してもらい、構える。


 敵を見れば、鉄鎖から魔力が吸収されていることを気にしなくなったのか、首から胴まで巻きつけられた鉄鎖を解こうとせず、僕を睨んでいる。


 その佇まいからボスモンスター感がパない。身体に鎖を巻き付けているムキムキなモンスターってもう強敵確定だよね。いや、実際強敵なんだけど。


 「しかし困ったね」


 『ええ。あの様子からだと戦闘に自身の魔力を必要としていないのでしょう。鉄鎖をそのままにしているということは、あのよくわからない【固有錬成】に魔力を必要としないように思えます』


 『最初っからあの【固有錬成スキル】を使わなかったのは回数制限か発動可能範囲でもあったからか? だが、ガキンチョと戦っているときは出し惜しみする必要がねぇーのに使わなかったぞ』


 「我はスズキと違って接近戦を避けていたからな。回避と中距離攻撃に徹していた」


 いや、僕だってアイツが【固有錬成スキル】を使い始めてから大した近距離戦をできてないよ。角や石器で突き刺されただけ。


 それにさっきだって相手との距離が三十メートルはあったんだ。その距離を詰めようとこっちから走り出したのに、アイツは【固有錬成スキル】を使って一瞬で僕の目の前に姿を現した。


 ただの突進じゃないことくらい僕だってわかる。あの巨体が大地を駆け抜けた轟音すら無く、真正面の攻撃でもであった。


 トノサマミノタウロスはやろうと思えば、ルホスちゃんとの距離を一気に縮めて接近戦に持ち込むことだってできたんだ。あの【固有錬成スキル】を使っていればの話だけど。


 そこに発動条件があるように思えるんだよな......。


 『まぁ、死には死ねぇーが今後のためにも対策は考えときたいよな』


 『ええ。ルホスちゃんの話通りなら、私たち二人とも回避に徹して近接戦をせずに魔法を放っていれば確実にダメージを与えられるんでしょうし』


 「長期戦になりそうだね」


 「ああー、でもさっきスズキが攻撃を食らったように、奴は目眩ましをいちいちやってきたぞ。我はその隙に距離を取ったし、逆にこっちから魔法放ったから、大した意味は無かったが」


 「『『目眩まし?』』」


 「うん。モンスターと言えど、最低限知恵は使っているらしい」


 目眩ましって、さっきの地面を抉って土や石を飛ばしてきたアレ?


 迫ってくる僕とは違い、距離を保って戦っていたルホスちゃんにも目眩ましを?


 聞けば、その目眩ましもとい“隙作り”は他にもあったらしく、周りの木々をなぎ薙ぎ倒したり、わざと隙を見せ、敢えてこちらの大胆な攻撃を誘発する様子だったらしい。


 そう言えば、未だに僕らを襲ってこないでじっとしている。どう見ても牛野郎の持ち味はその体躯からの近接戦なはずなのに......。


 ただ警戒して近づかないだけ? それとも何かを待っている?


 いや、まさかとは思うけど――


 『視覚情報が大切なのは種族関係ねぇーからな。弱点を突くくらい野生の勘で――』


 「待って。もしかして......」


 『苗床さんもか?』


 「?」


 どうやら姉者さんも僕と同じようなことを考えついたみたい。


 「予想が正しければ......次の攻防でわかるッ!!」


 『ちょ! いきなり走り出すなよ!』


 妹者さんがまだ作戦中だろと怒ってくるが、僕は止まらずに仕掛ける。


 僕のこの行動に理解があるのは姉者さんだけ。


 今はそれだけで充分だ。


 『オォォオォォオ!!』


 凄まじい雄叫びが辺り一帯に響き渡る。


 トノサマミノタウロスはすぐ横にある僕の頭ほどの大石を鷲掴みして、僕の頭目掛けて投げてきた。


 『当たったらリアルアン◯ンマンだ!』


 「当たらないけどね!」


 大石を投げられることを予想していなかったら、咄嗟の判断で“防ぐ”か、“回避”するかだが、僕は予想していたのでその手段は取らなかった。


 だってルホスちゃんの話を聞いてトノサマミノタウロスの近くを見たら、手頃な大きさの石があったんだもん。


 僕が取った手段はただしただけ。相手が僕の進路を見誤って投擲に失敗しただけだ。


 僕はこのまま両手に炎の双剣を握ったまま急接近する。


 「“目眩まし”に失敗した牛君にチャンスを与えよう!」


 先の投擲に“回避”という表現を用いらなかったのは、視界に入る描写対象に関係している。


 あの飛来物を対象として意識した“回避”はどうだっていい。大切なのは意識する先が大石ではなくて―――あの牛野郎トノサマミノタウロスだ。


 『ブルァッ!!』


 「姉者さんッ!」


 『ったく、人使いが荒いですね。【冷血魔法:氷壁】』


 姉者さんが地面から僕の視界を遮るほど高く、そして分厚い氷の壁を作り出し、相手の打製石器による一撃を防御しようとする。


 ただの一撃に対してこれは過剰な気がするが――


 『コユーレンセー、シュクチシッセキ!』


 ――目的は防御ではない。


 氷の壁と石器による激しい衝突音は響いて来ず、来たのは僕の後ろからの重たい一撃である。


 「がッ?!」


 『鈴木ッ?!』


 僕は胴を堺に真っ二つにされ、口から盛大に血を撒き散らすが―――


 ―――その血だらけの口でニヤリと笑ってしまった。

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