第59話 ミノタウロスもゴブリンもデカいか小さいかで基本一緒

 『起きろ、馬鹿やろー!』


 「うぇ?」


 『油断するからですよ。本当に学習能力の低い人ですね』


 なんか頭がぼーっとする。なんか外が騒がしいな。


 どこだ、ここ。森? 血? モンスター?


 あ。


 「うおッ!」


 『ほら、すぐ戦闘に復帰すんぞ』


 『ルホスちゃんだけに任せてはジリ貧ですから』


 そうだ。僕は一度死んだんだ。


 原因はおそらく眼前の敵、ミノタウロス―――いや、トノサマミノタウロスの一撃によって僕は頭部を失い、絶命した。


 ミノタウロス六体を討伐した直後、タイミングが良いのか悪いのか、トノサマミノタウロスはすぐに僕らの下へやってきたようだ。不意を突かれた僕は一撃で死に、その後はルホスちゃんが僕の蘇生まで時間を稼いでくれているとのこと。


 トノサマミノタウロスと思しきモンスターは先程、僕たちが連携して倒した通常のミノタウロスと違って一回りほど大きい。肌も色黒く、両手にはそれで僕の頭部をふっ飛ばしたと考えられる武器、柄のある打製石斧がある。ルホスちゃんの比じゃないくらい大きく、太く、重量感のある打製石斧だ。


 「ジリ貧って。ルホスちゃんはあんな奴とタイマンで戦ってるのか......」


 『かかッ。腐っても鬼牙種ってことよ』


 『人間相手では向いていない単調な攻撃になりますが、火力が並みではないので、敵も迂闊に踏み込めないのでしょう』


 すごっ。ロリっ子魔族ってそんなに強かったのかよ。


 そんな彼女に対して僕はすぐにでも戦闘に復帰したい気持ちは山々なのだが、如何せん先の一撃で理不尽に即死してしまったことに、足が竦んで思うように立ち上がれない。


 これじゃあトノサマゴブリン戦の二の舞じゃないか。


 『おい、まだか!』


 「......ごめん、もうちょっと待って」


 『まぁ、ルホスちゃんはあなたと違って先の一撃を食らっても即死なんてことはないでしょうが、それはそれでただじゃ済みませんよ』


 「わ、わかってる!」


 魔族姉妹は情けない僕を急かすが、こればかしは頭でわかっていても身体がついていかない。


 やろうと思えば二人は僕のことなんか無視して遠距離攻撃でルホスちゃんをサポートできるけど、それをしなかったのは相手が僕を死んだままだと思い込んでいることを利用するためだ。


 変に攻撃してこちらを追撃してきたら、僕はまた死ぬことになるから大人しく僕が覚醒するのを待っていたんだ。


 というか、


 「そ、そもそもなんで教えてくれなかったのさ」


 『は?』


 『トノサマミノタウロスの接近のことですか?』


 「うん。二人は気づいてたでしょ? 特に姉者さんの【索敵魔法】なら逸早くわかってたんじゃない?」


 『ええ。ちゃんと引っかかってましたからね』


 『あーしは【索敵魔法】を使わなくてもわかったぞ』


 「じゃあなんで......」


 『『あなた(てめぇー)が馬鹿だったので(から)』』


 ば、“馬鹿”?


 「え、えっと」


 『先も言いましたが、苗床さんは学習能力が無さすぎです』


 「そ、そんなこと――」


 『いや、ねぇーだろ。お前、ここがどこだかわかってんのか? ゲームの中でも日本でもねぇーんだぞ?』


 「うっ」


 『あなたはこの世界に来て、今まで一体何を学んできたんですか? 第一関門であるミノタウロスを倒せば安全ですか? 最終目標であるトノサマミノタウロスを倒せば安全ですか? こんなとこに来てまであるわけないでしょう、安全そんな場所』


 「......。」


 『毎度言ってるが、お前がミノタウロスを倒したんじゃねぇー。あたしらとあのガキンチョだ。嫌な言い方をするが、雑魚がいつ死んでもおかしくない場所ですぐに気を抜くな』


 「......そう、だね」


 『こと戦闘においては、何も能力を持たないあなたが、凡人であるあなたが、“努力”を怠ったらあとは何ができるんですか。わかったら、戦闘が始まる前から起こりうる危険性を予測すること戦闘中はどう立ち回ればいいのか考えること、戦闘が終わっても注意を怠らないことを徹底してください』


 魔族姉妹にボロクソ言われてしまったが、何も言い返すことができないのは正論だからだ。たしかにモンスターが蔓延る森林地帯で、何の能力も持たない非力な僕がこの場に居る誰よりも早く気を抜いてしまったのは馬鹿の極みだ。


 いや、きっと早いも遅いもないな。


 僕にできることなんて何も無いかもしれないけど、何ができるのか探さないといけない。それが僕にできる最適解であって、それしか選択肢は無いのだから。今回の件に関しては、僕は姉者さんみたいに【索敵魔法】を使えないが、姉者さんにならできたはずだ。


 僕は両頬を思いっきり叩いて気合を入れ直す。


 「っつう?! ふぅ......ありがと。今まで二人と一緒に戦ってきて、なんやかんや言っても上手くいってたから、心のどこかで緩んでいたのは確かだよ。......もう気を抜かない」


 『ほう......。あそこまで言われても尚、私たちにお礼ですか』


 『かかッ! 良い男になってきたな! 嫌いじゃねーぞ!』


 はは。だって二人がここまで言ってくれるのは、大体僕のためだと決まっているからね。お礼を言わなかったら何を言えば良いのさ。


 それに、いつまでも魔族姉妹たちを頼っていられない。二人の最終的な目標は僕の身体から独立することだ。そっから先は僕の単独行動ひとりたびになるだろう。なら今のうちから“戦闘”を学ばないと。


 「さ、第二ラウンドだ。......バチクソ盛り上がってきた」


 『クールにいこうぜぇー!』


 『ふふ。燃えてきましたね』



*****



 『【冷血魔法:氷壁】』


 『【烈火魔法:爆炎風】ッ!』


 『グオッ?!』


 「す、スズキ?!」


 「お待たせ。ごめんね」


 姉者さんは氷の壁をルホスちゃんとトノサマミノタウロスの間に造り、彼女を護りつつ、妹者さんが炎を纏う爆風でトノサマミノタウロスに牽制を入れた。


 トノサマミノタウロスは【爆炎風】の影響もあってか、ルホスちゃんから距離を取るため後方に下がった。同時に殺したはずの僕を凝視している。警戒しているんだ。なぜ死んでいなかったのか、と。


 「ルホスちゃん、どう? 怪我は無い?」


 「ちょっとした掠り傷くらいだ。魔力もまだ残ってる」


 『んじゃ、さっきと同じようにガキンチョは後方支援な』


 『私たちは突っ込みますよ』


 「わかった」という僕の返答を合図に一斉に動き出す。トノサマミノタウロスは僕らを視界に捉えて構えているだけだ。


 僕の後方に居るルホスちゃんの高火力攻撃に注意しているのか、先程の魔族姉妹たちが放った魔法の同時使用に警戒しているのか、どちらに重きを置けばいいのか迷っているように思える。


 なら考える時間を与えない。


 ―――攻めるのみ!


 「妹者さん! 【祝福調和】は?!」


 『もう使ってんぞ!』


 「ならこのまま接近戦に持ち込む!」


 『お、珍しいな! 臆病な鈴木自ら近づくなんてよ!』


 「なんとでも言って!」


 『かっ、かっちょいぞ!』


 なんかちょっと照れてない、妹者さん?


 戦闘面では非力な僕がお世辞でも“かっこいい”と言われたら、調子に乗るしか選択肢は無い。姉者さんが溜め息を吐いた気がするが、気にしないでいこう。


 【祝福調和】により他人の身体能力をコピーできる僕は、先程までの通常のミノタウロスとは比べものにならないくらいパワーアップし、このままダッシュでトノサマミノタウロスに近づく。肉弾戦においては互角レベルまで近しくなるんだ。


 そんな僕に対して、眼前の敵は一撃で殺した相手が接近戦なんてリスキーな戦法で挑んでくるとは思いもしなかったのか、未だに身構えているだけだ。


 警戒するのはあの打製石器。今のトノサマミノタウロスと僕の違いは武器が有るか無いかだ。


 なら――


 「姉者さん!」


 『【凍結魔法:鮮氷刃せんひょうば】』


 「ありがと!」


 『ったく。油断するなとは言いましたが、指図しろとは言ってませんよ』


 姉者さんが愚痴を零すが、その声色からして怒っている感じではなく、どちらかと言えば呆れた感じだ。妥協してくれたと捉えよう。


 僕は姉者さんが生成してくれた氷の剣を両手で握ってトノサマミノタウロスに近接戦に挑む。


 敵も僕に対して打製石器で応戦する。


 ガキンッ!!


 打製石器と氷の剣の衝突音がここら一帯に響き渡る。


 『グォォオ!』


 「くッ!」


 『......あーしの【閃焼刃】は?』


 『あんな重量級武器に対して片手での二刀流はキツイですよ。それに今回は私たちが苗床さんの腕を操って戦っているのではなく、剣を振るっているんですから』


 そう。今までの戦闘面に関してはほぼ全部二人に任せていた。僕がしてきたことなんて敵陣に突っ込んだことくらい。その後は二人に全任せ。よくよく考えれば情けない話この上ない。


 でも今回は違う。


 僕がこの手にある武器で近接戦を担うんだ!


 だから剣術なんてありもしない拙い戦いになる。二刀流なんて高等技術、僕には難しいので、まずは剣一本で挑戦したい。


 だから許して、妹者さん。


 『まぁ、それもいーけどよ。あたしが言ぃーてぇーのは、なんで選んだ剣があーしの武器じゃなくて姉者のなんだよ!!』


 「『......。』」


 気にする所そこ?


 いや、特に他意は無いよ。氷属性か火属性かの違いだし、今はどっちでも別に良いかなって。


 『モォォオオォォ!!』


 「うわッ?!」


 『相手の方もモンスター故に剣術なんて皆無ですね。お互い力任せな攻防になりそうです』


 トノサマミノタウロスの横薙ぎを僕は【鮮氷刃】で受けるが、勢いよく振ってきたため、威力を殺しきれずに真横へ吹っ飛ぶ。


 ぼ、防御が間に合わなかったら胴を堺に真っ二つになってたよ、絶対......。


 『よく防げましたね』


 「た、偶々ね。超怖かったんですけど......」


 『しゃーね。鈴木だけじゃなくてあたしらも戦うか』


 『ええ。苗床さんにあれだけ偉そうなこと言ってしまいましたし』


 「頼んだよ」


 『おーよ! この牛野郎との交戦でぞ! 合わせてやっから好きなよーに戦いな!』


 お、なんて頼もしい。僕は二人の許可も得たことで再びトノサマミノタウロスへ急接近する。


 そう、僕が姉者さんから剣を生成してもらったのはためである。


 二人には手の甲かどこかに口を移動してもらい、そのフリーな状態で魔法を使ってもらうためだ。


 言うまでもないが、この戦法は現状の最強スタイルだと考えられる。


 なぜなら敵が相手してるのは―――


 「そこッ!」


 『モォォオオ!!』


 『【紅焔魔法:火球砲】ッ!』


 『グオッ?!』


 『【凍結魔法:氷牙】』


 『?!』


 ―――相手からしたら敵は僕一人に見えても、実は三人分の脅威となり得るのだから。


 下手くそでも独立して近接戦で挑む僕、そして支援をする魔族姉妹からは火属性、氷属性の攻撃魔法が放たれる。一度の攻撃が三パターン同時攻撃なんだ。対処に困るなんてもんじゃないでしょ。


 『お、やるじゃねーか! しょっぱなからコレなら幸先いーな!』


 「そりゃあ今まで誰かさんたちのおかげ、でッ! 特等席で戦いを見てきたから、ねッ!」


 『ふふ、感謝してもしきれないでしょう?』


 なんか腹立つな。


 妹者さんに褒められる僕だが、正直防戦一方である。トノサマミノタウロスは素人の僕からでもわかるくらい剣の振り方が下手くそだ。が、一撃一撃が重すぎるせいで、こっちが受けても攻撃にまで繋げさせることができない。


 つまり魔族姉妹たちが支援してくれることで、なんとか戦いが成り立っている状況ということだ。


 これなら今まで通り、二人に全任せした方が良かったのかもしれない。


 しれないが、それはもうしたくない。


 「っ?!」


 『ばっか。相手の剣ばかり見ているからだよ』


 『まぁ、初陣みたいなもんですし、こんなもんでしょう』


 呆れる二人を他所に、僕は今の一撃で肩からばっさり斬られて膝を折ってしまった。しかし妹者さんが透かさず【祝福調和】で全回復させてくれる。


 『グモッ?!』


 「隙ありッ!」


 『【固有錬成:鉄鎖生成おえぇぇええぇ】!!』


 一瞬で傷を完治した僕を見て驚いたトノサマミノタウロスに隙ができたので、間髪入れずに姉者さんに鉄鎖を吹き出してもらって相手の腕に巻きつけた。


 姉者さんに鉄鎖を出してなんて合図はしていないんだが、さすがって思わせるくらい僕に合わせてくれる。


 さて、相手に鉄鎖を巻きつけたことだし、やることやるか!

 

 「魔力吸収!」


 『吸引力の変わらない』


 『ただひとつの鉄鎖』


 『っ?!』


 ダイ○ンの掃除機かよ。


 トノサマミノタウロスは腕に巻き付いた鉄鎖から魔力が吸われていることに驚く。鉄鎖を断ち切ろうと自前の打製石器で何度も鉄鎖に振り下ろすが、姉者さんの特性鉄鎖はそれを見越して予め魔力を流して強度を上げているので断ち切れない。


 『おっしゃ! 留めを刺すぞ! 【烈火魔法:導火紅柱どうかこうちゅう】!!』


 『オォォオオォォオオッ!!』


 「あっつ?! 早いって! するならするって言ってよ!」


 妹者さんが相談も無しに魔法を発動させ、鉄鎖を握る右手から火が燃え進み、鉄鎖が導火線のような役割になることで、その火種が瞬時に敵の腕まで伝っていった。そして一瞬にして火柱をあげ、トノサマミノタウロスをその中に閉じ込めた。


 トノサマミノタウロスを丸焼き中なので、かなりダメージを与えられたはず。


 「『......。』」

 『......やりましたかね?』


 あっ、珍しく姉者さんがフラグ立てた。ふざけん―――


 『コユーレンセー、シュクチ、シッセキ』

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