第58話 ミノタウロスの性別は判別不可能?

 「じゃあまずは様子見で僕から行こうか。ルホスちゃんも後で来てね」


 「行けたら行く」


 それ来ないやつだろ。


 現在、僕らはヤバメノ山というモンスターが蔓延る森林地帯に居る。目的はアーレスさんに僕らの現状の戦闘力を知ってもらうこと。手段はトノサマミノタウロスの討伐。僕にとって未知の敵だから緊張する。


 とりあえず少し先、数十メートル程先に居る六体のミノタウロスを倒してから、運頼みでトノサマミノタウロスが来るのを待つだけだ。


 「ちなみに奇襲って言っても何するのさ」


 『新作の魔法を試すんよ』


 「“新作”?」


 『ナエドコさんの肉体と私たちの核との共存する時間が経つに連れて、魔法のバリエーションや魔力量も増えます。私たちからしたら力を取り戻すという表現が正しいですが』


 もうどうすることもできないけど、君たちの核は本当に僕にとって安全なのかな。身体を乗っ取られそうで怖いよ。現に僕が寝ているときに妹者さんが僕の身体を勝手に使ってたし。


 『では.....【固有錬成:鉄鎖生成うぷっ】』


 姉者さんが鉄鎖を生成したが、いつもの鉄鎖よりかなり細い。有線イヤホンくらいの細さである。


 「あれ? 鉄鎖がいつもより細くない?」


 『鈴木、それを二の腕にぐるぐる巻け』


 「え、うん」


 僕は妹者さんに言われた通り、姉者さんの口から出てきた細い鉄鎖を引っ張って自身の両方の二の腕に巻き付けた。


 『これで【凍結魔法】を使っても肩まで凍りつくことは無いでしょう。魔力吸収が間に合えばですけど』


 「ああ、なるほど」


 つまり線引きか。


 手のひらから徐々に凍ってきても、この巻き付けた鉄鎖が氷の魔力を吸収して凍結の進行を止めてくれるのか。妹者さん曰く、これなら凍った腕を砕くなり切り落とすなりすれば戦闘続行できるって。


 もう完全に僕の意思つうかくを無視してるよね。


 『さっそくぶちかましましょう。【凍結魔法:螺旋氷槍】』


 姉者さんにより、氷で生成された槍が頭上に浮かぶ。槍と僕の身体が接していないからか、二の腕に巻き付けた鉄鎖の出番はまだない。


 ちなみにいつも臨戦態勢に移ると魔族姉妹は僕の手の甲や手のひらに行ったり来たりする。視界が良好になるとか言ってるけど、相変わらず眼球がどこに付いているかなんて僕にはわからない。


 『【紅焔魔法:閃焼刃】』


 氷属性の槍を構える左手に対して、右手は炎の剣である。魔法耐性の無い地球人の僕からして、この柄を握れば火傷は確定事項だ。火傷で済んでいる辺りはまだいい。いや、よくはないんだけど。


 戦闘が始まるとアドレナリンが分泌するせいか、この痛みも我慢できる範囲に入ってしまった。それに柄より剣身の方が圧倒的に高熱だしね。 


 『合図は【螺旋氷槍】を放った後、すぐにあっちに行け。近づいたらあーしの【固有錬成】で身体能力を強化すっから』


 「了解」


 『行きますよ』


 とりあえず僕らが先行してミノタウロスと対戦する。後ほど、機を見てルホスちゃんが戦闘に参加する流れだ。


 『ふッ』


 姉者さんが宙に浮かぶ氷の槍を放った。透かさず僕も敵に向かって走り出す。


 六体居るミノタウロスのうち、氷の槍が迫ってくる風切り音や視認で僕らの存在に気づくが、手遅れと言わんばかりに棍棒を持っている雄一体に直撃して死体と化す。


 というのも、厳密には氷の槍がミノタウロスの喉に当たったのだが、その際、螺旋特有の貫通力が高すぎて頭から上が吹っ飛んでしまったのだ。


 よって残りは雄一体と雌四体である。


 『【固有錬成:祝福調和】ッ!!』


 「うお! すっごい力が漲る!」


 『それだけミノタウロスとあなたの身体能力に差があるってことです』


 妹者さんの【固有錬成】の有効範囲に入ったからか、それが発動したことで身体能力はミノタウロスと互角になる。


 これにより、普段より脚力が強化されたことでミノタウロスに接近する速度が上がった。


 『ブオッ!!』


 「くッ!」


 縄張りの侵入者に対してすぐさま臨戦態勢に入ったミノタウロスたちは僕目掛けて肉弾戦で攻めてくる。正面に居る雄ミノタウロスとは別に、武器を所持していない雌でも普通に殴りかかってきたのだ。


 僕はこれを躱し、正面とは別に僕から一番近い左側から迫ってくる雌の個体には、身体を捻りながら妹者さんの【閃焼刃】を心臓目掛けて突き刺そうとする―――


 「んなッ?!」


 『ブオォォオオ!!』


 「んがッ?!」


 ――が、なんと雌ミノタウロスは自身の片腕を犠牲に急所を外させて、もう片方の腕で拳を作り、それを僕の顔面に強打させてきた。


 雌とか関係無く、その重い一撃で僕は後方に吹っ飛ぶが、意識はまだある。


 『うちの鈴木になにしてくれてんだ、この牛野郎ー!』


 『そうですよ。これ以上残念な顔になったらどうするんですか』


 「君らは相変わらず余裕そうだね」


 瞬時に妹者さんが回復させてくれたことで戦闘続行となる。相手も僕の怪我が一瞬で治ったことに戸惑いを見せたが、お互いやることは同じ―――殺される前に殺す。


 それだけだ。


 「あれ、片腕に剣をぶっ刺した雌ミノタウロスが燃えてすらいないよ? 以前、王都の地下で人刺したときは火達磨と化したのに」


 『ミノタウロスの方が魔法攻撃に耐性があるだけです』


 『【閃焼刃】はバターを熱したナイフで切るみたいに、“斬る”ことに特化してんのよ。斬った後の燃焼効果は期待しない方がいーぜ?』


 なるほど。


 雄のミノタウロスを筆頭に、後方に雌のミノタウロスが四体。


 先程、炎の剣でダメージを与えた雌の個体は、僕のようにすぐ怪我を治すことができず、その腕をぶらんと垂れ下げている。もう使い物にならないのだろう。若干だが、戦力は削れた。


 敵がじりじりと僕との距離を詰めてくる。


 『んじゃ、新作披露といくか! 姉者!』


 「お、待ってました!」


 『【固有錬成:鉄鎖生成おえぇぇええぇ】!!!』


 妹者さんの合図ですぐさま姉者さんが鉄鎖をジャラジャラと口から吐き出す。


 長さ三メートル程で嚙み切られたその鉄鎖を今度は右手の妹者さんに渡した。


 『ド派手に行くぜッ! 【烈火魔法:鎖状爆焼さじょうばくしょう】!!』


 『ブモッ?!』


 接近した僕らは先頭の雄の個体目掛けて、妹者さんが火属性魔法の付与を施した鉄鎖を横薙ぎのようにして眼前の敵にぶつけた。


 直撃後、爆風がその鉄鎖から生まれる。


 「うおッ?!」


 この爆撃により僕も後方へ軽く飛ばされるが、この攻撃が直撃したミノタウロス程ではない。


 そのミノタウロスを目視すれば、直撃したと思われるあの太い筋肉質な腕が肩から先に無かった。


 魔法耐性があるって言ってたあのミノタウロスの腕を吹っ飛ばしたのか......。


 『もうちょい火力込めれば良かったな』


 『その分長さリーチが必要になりますね。本来ならば先の一撃でミノタウロスの二、三体くらい屠っていてほしいところでしたが。やはり他人の身体は加減が難しいです』


 「あ、もっと火力出せるんだ」


 ちなみに【烈火魔法:鎖状爆焼】に使った鉄鎖はミノタウロスにぶつけた部分を境にその先を失っていた。


 一瞬のことでわかりにくかったが、おそらく鉄鎖の素子一つ一つが爆弾のような役割を果たしたのだろう。その爆弾素子が相手にぶつかったことで起爆し、ダメージを与えたに違いない。


 チェー〇マインに近しい武器である。


 『ちなみにこの自作魔法は鉄鎖をこのまま投げても、素子一つ一つ分解して投げても起爆するんだぜッ! どーだ! すごいだろッ?!』


 「うんうん、すごいね」


 もう完全にチェーンマ〇ンじゃないか。


 きっと妹者さんの言う“新作”は僕の記憶を参考に作ったものなのだろう。僕はシリーズの中で一番ポケ戦が好きだったから。


 『グオォォオォォオオ!!』


 『うるせーな! 追加だオラッ!』


 妹者さんが【烈火魔法:鎖状爆焼】込みの残りの鉄鎖をミノタウロスども目掛けて投げつけて爆発させる。


 正直、相手は近接戦がメインだから、火力を調整すれば中から遠距離攻撃ができるこの魔法は貴重だ。魔法が施されても、通常の鉄鎖と見た目が大して変わんないから魔力吸収モードの鉄鎖と判別困難で使い分けられるのも有用な攻撃手段と言える。


 が、爆撃を物ともせず、後方に居た雌のミノタウロスたちも含めて全員、土埃の中でも僕に向かって突進してくる。距離を縮めて肉弾戦に持ち込みたくてしょうがないらしい。


 しかしその闇雲とも言えるその行為は―――


 『【冷血魔法:氷凍地】』


 『グ?!』


 ―――悪手となる。


 姉者さんが発動した【冷血魔法:氷凍地】で辺り一帯の地面を凍らせた。これにより、突進してきたミノタウロスたちは足を滑らせ転倒するが、僕らはこの場から動いていなかったので危険はない。


 あ、いや、転んだ牛どもがこっちに滑ってきてんじゃん!


 「ちょ?!」

 『【冷血魔法:氷壁】』


 複数の巨体がぶつかってくるかと思いきや、突如目の前に現れた氷の壁によってそれは阻止される。


 姉者さんの氷属性魔法だ。視界目いっぱいに立ち塞がっているため、ミノタウロスたちの状況は掴めないが、壁に衝突したことだけは振動でわかった。


 『ガキンチョ!』


 「食らえッ! 【紅焔魔法:火炎龍口】!!」


 「うおッ?!」


 ミノタウロスたちが体勢を崩して固まっている箇所へ、業火に覆われた龍の頭が襲いかかる。大きく開かれた龍の口がミノタウロスたちを飲み込んだことが、氷の壁越しでも熱量でわかった。


 すっげぇ。なにあの魔法。バ◯ウ・ザ◯ルガの火バージョンじゃん。


 妹者さんもできるなら今度やってもらお。超かっけぇのなんの。


 少し経ったらミノタウロスたちを襲った火も収まってきたので氷壁の向こうを覗いてみたら、ミノタウロスらしき塊は焦げていた。肉が焼ける臭いは種族関係無く、なんとも言い難い嫌な臭いである。


 「スズキ! 我の一撃どうだった?!」


 「氷の上を走ると危ないから気をつけてね。いやぁ、すごかったよ。今までで一番格好良かった」


 『いっ、一番はあたしの【鎖状爆焼】だろッ!!』


 『あ、あなたは幼女となに張り合っているんですか......』


 「幼女扱いするな!」とロリっ子魔族がぷんすか怒っているのを横目に、無事、ミノタウロス戦は終了したことを確認して少し安心した。


 意外と良い戦いになったんじゃないだろうか。少なくともアーレスさんに僕らの戦闘能力を知ってもらえる一戦だった気がする。


 「さて、これで一安心だね」


 「“一安心”?」


 「え、だってそうでしょ。あとはトノサマミノタウロスが来るのを気長に――」


 僕はそう思ってルホスちゃんとアーレスさんの下へ戻ろうと―――

 

 ドゴン!


 「「っ?!」」


 何かが拍子の轟音とともに、視界の外から氷の破片が飛んできたことに気づいた。


 それは姉者さんが発動した【氷凍地】や【氷壁】が砕け散ったことを意味する。


 僕は後方に居るであろう、を視認しようと振り返るが―――


 「?!」


 「っ?! す、スズキッ!!」


 視界に入ったのは石のような塊で、僕は何もできずに意識を手放してしまった。

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