第57話 美女のお誘いは危険地帯にて

 「では、これより“トノサマミノタウロス狩猟作戦”を決行する。場所は王都周辺の森林地帯からさらに深い場所、ヤバメノ深山だ」


 「「『『.....。』』」」


 待ってくれ。ちょっと待ってくれ。本当に待ってくれ。


 現在、僕らは“ヤバメノ深山”と言われる深山幽谷まんまの自然地帯に居る。まだ日中のはずなのに陽射しを遮るような木々が僕らを囲むそんな環境だ。


 なんだよ、“ヤバメノ深山”って。名前からしてもうヤバいよ。


 それに“トノサマミノタウロス”ってなんだ。以前戦ったときのトノサマゴブリンのようにヤバいクラスのミノタウロスかな。


 もうヤバヤバすぎてゲロ吐きたくなった。


 「あの、アーレスさん。僕らはなんでそんな危なそうな所に居るのでしょうか?」


 「トノサマミノタウロスを倒すためだ」


 「なぜそのトノサマミノタウロスを倒すのでしょうか?」


 「ザコ少年君たちの実力を測るためだ」


 「そもそもトノサマミノタウロスを選んだ理由は.....」


 「王都周辺では強い魔物が居ないためだ」


 わかってたけど、トノサマミノタウロスって絶対強敵だよね。


 ちなみに移動手段として馬車で途中まで送ってもらい、そこから徒歩でこの場所にやって来た。なぜ途中まで馬車かって言うと御者さん曰く、「ここから先は危ないので帰ります」と決意が固かったためである。


 なんちゅーとこに連れて来られたんだ僕ら。


 「僕らは直近の問題である闇奴隷商や<幻の牡牛ファントム・ブル>の襲撃に備える必要があるのでは?」


 「その前に貴様らの戦力を知らなければ、いざというときに取り返しのつかない状況になるかもしれない」


 『一理あります。手段と条件はクソですが、良い機会なのに変わりありません』


 『まぁ、いいんじゃね? トノサマゴブリンよりは格上だけど死にはしねぇーよ』


 「我、おうち帰りたい.....」


 僕もおうち帰りたい。


 なんだ、魔族姉妹がいつになくやる気じゃないか。もしかして先の怪物との戦闘でザックさんが怪我したことを気にしていたのかな?


 二人が気にしていたのなら、僕もやる気を出さなきゃ。あの怪我は僕らのせいで負ったんだ。ザックさんには少なからず恩を感じているし、早いとここの騒動を解決しないと。


 だからアーレスさんの主張も共感はできないけど理解はできる。強敵と闘って僕らの戦闘力を知らないと、闇組織の幹部とやり合う場面になったときの判断材料にできない。合理的だけど、その測り方がヤバそうなモンスターと闘うっていうのに抵抗感があるな。


 ちなみにアーレスさんが対戦相手の役割を担わないのは単純に手加減が苦手らしいからである。


 伊達に一度彼女に殺されていない僕である。


 「で、どのようにしてそのトノサマミノタウロスを見つけ出すんです? トノサマクラスって結構希少な存在なんですよね」


 「他のトノサマクラスのモンスターは、だ。トノサマミノタウロスの場合は見つけ出すというより、に近い」


 「“誘き寄せる”?」


 「ああ。トノサマに限らず、ミノタウロスは非常に性欲が旺盛なモンスターで有名な個体だ。今回はそれを利用して誘き出す。具体的にはミノタウロスの雌を片っ端から狩っていく。私も詳しいことはわからないが、雌の個体が出す特有のフェロモンや鳴き声で、近辺に居る雄の個体を呼ぶそうだ」


 マジすか。つまりミノタウロスの雌を狩っていけば、雄が雌の窮地に駆けつけて来るので、あとはその中からトノサマが混じっているのを期待する作戦ですか。


 奥さんや恋人を殺していくんですよね。そりゃあ怒って飛んでくるはずだ。何もしてこない相手にそれはちょっと気が引けるな。


 『鈴木。言っとくが、モンスターに情けは要らねーぞ。奴らは等しく人間を襲ってくる。衝動みたいなもんだから仕方ねーが、「世の中には悪くないモンスターだって居るはず」とか常々思うな』


 「え、居ないの?」


 『そもそも“良い悪い”は人間の価値観です。相手はナエドコさんのことを食料としか思ってませんから』


 「そ、そう? まぁ、そんな余裕無いかもしれないし、とりあえず敵対視だけは欠かさないようにするよ」


 『その方が無難です。まぁ、稀に知性のあるモンスターも居ますが、基本、害役であることを覚えといてください』


 魔族姉妹から注意を受けたことで僕の中にあるモンスターへの価値観がある程度定まる。友好的なモンスターとか少し期待しちゃったが、僕なんかよりもよっぽど経験のある二人から話を聞けて良かった。


 僕らはミノタウロスたちの住処を探すべく、しばらくヤバメノ山を探索する。


 「む。この足跡.....」


 「ミノタウロスのですか?」


 「ああ。深さと大きさからして目当ての雌だ。それに数体、雄も共に行動している」


 アーレスさんが見ている方向に目をやれば、僕らの進行方向先にかなりの数の足跡があった。


 来た場所はちょっとした空き地のような所だ。木々が密集していた道なき道を歩んでいた僕らにとって警戒してしまう雰囲気がある。


 「お、おい、スズキ。なんだこのドロドロした白い液体は。所々飛び散っているぞ」


 「.....うわぁ。異世界こっちの生活が間もない僕でもわかちゃった」


 『生臭い.....というか、イカ臭い点は人間もモンスターもそう変わらないですしね』


 『カピカピじゃねぇーから、たぶん近くに居るぞ』


 おわかりいただけただろうか。雄と雌が居りゃあすることするよね。何がとは言えないけど、ナニだ。


 正直、誰得だよって感じ。


 今後、視界に入れないでおこう。ルホスちゃんは何がなんだかわからないようだけど、教える必要無いから教えない。


 この子、十歳だし。


 「それはミノタウロスの精子だな」


 「せッ?!」


 「『『.....。』』」


 言っちゃったよ。美女の口からはしたない単語が出てきちゃったよ。


 まぁ、性行為は決して悪いことじゃない。むしろ種の繁栄を考えれば当たり前のことだ。


 頭ではそうわかっていてもどうしても受け入れがたいと感じてしまうのは僕が童貞だからだろうか。


 「こ、コレが精子.....。ママがレイプされたときに、この体液が私を素―――」


 「ルホスちゃん。それ以上考えちゃ駄目だ」


 『『.....。』』


 なんかもう色んな意味で帰りたくなったな。一人称が戻ったルホスちゃんは人生初の精子にショックを受けているようだ。


 それもこれもあの骨野郎ビスコロラッチがルホスちゃんにまだ教えなくていい性知識を教えたせいである。


 「さて、ここが奴らの当面の住処だということがわかった」


 「あとは待つだけですね」


 『いえ。.....【索敵魔法】に複数体反応がありました。こちらに向かってきています』


 『んじゃ身を潜めるか』


 「ちなみにこの作戦って、もしかしなくても我も戦うのか?」


 アーレスさんの言う、“僕らの戦闘力”ってたぶん君も入っているからね。自衛の意味でも今回の作戦に参戦してアーレスさんに能力を知ってもらわないと。


 大丈夫、もしもってときはアーレスさんが助けて―――


 「よし。私は傍観に徹するから全力で挑むように。なにがあっても助けない方が心身共にやる気が湧くだろう」


 違った。頼りになる存在は傍観者だった。


 マジか。追い込むとこまで追い込むってか。どっちがモンスターかわかんねぇよ。


 『隠れてください。来ますよ』


 一旦、僕らは近くで待機することになったのであった。



******



 「あ、あれがミノタウロス」


 「で、でか.....」


 「雌の個体が四体、雄が二体か」


 『おいおい。あれが群れだとするとトノサマとは会わねーんじゃねーか? 雄が二体じゃん』


 『いえ。トノサマは群れの中に雄が居ようが居まいが関係無く雌と交尾しますから、雄は居ても居なくてもノーカンです』


 強姦ゴーカンじゃない? それ。


 マジか。トノサマミノタウロスは雄が居てもNTRるのか。すげぇな、ミノタウロスの社会って。


 数十メートル先に待機している僕らはミノタウロスを観察している。異世界転移初のミノタウロスを視界に収めているのだが、イメージ通りの牛頭のモンスターって感じ。


 正直、見た目だけじゃ雌と雄の区別がつかない。どっちも角が生えているし、ムキムキマッチョだ。棍棒を手にしているのが二体居る。もしかして武器を持っているのが雄なのかな。


 あ、棍棒を持っている二体だけ股間に別の棍棒(意味深)があるじゃないか。


 「ではさっそく行ってきます」


 「我はスズキの援護という形でいいんだよな? 任せろ。ここから遠距離攻撃で臨む。スズキに攻撃が当たったらごめん」


 「予め言っておくが、荷物になるから遺体は遺棄する」


 あんた護衛役だろ。助けに来んかい。


 ルホスちゃんもさり気なく援護と称して僕を見捨てる気だし。なんなの君ら。いいよ、僕には心強い魔族みかたが二人居るから。


 『【自爆魔法】で派手にいくか?』


 『アホですか。私たちの実力を示せないでしょう。まずは肉弾戦で殴り合いをしてもらいましょう』


 駄目だ。僕の中にも敵が潜んでいた。


 『がはは! 冗談だよ! 安心しろ。牛野郎にゃ負けねーからよ』


 『ええ。良い運動になりますよ、きっと』


 「ならいいけど」


 「ふぅー。最近命が危険に晒される頻度が多いからか、段々と角の出し方がわかってきたぞ」


 お。見ればやる気を出したルホスちゃんの額から黒光りの角が生えていた。


 今度じっくり鑑賞させてもらおう。絶対すべすべだよ、この角。げへへ。


 「よし.....バチクソ盛り上がってきた」


 『クールにいこうぜー』


 『燃えてきましたね』


 「我が力を見せてやろう!」


 こうして僕らはミノタウロスに戦いを挑むのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る