第56話 反省を知らない女騎士の弱点は甘い物?
「ちょっとルホスちゃん、まだ冷やし固まってないのにバニラアイスを食べちゃ駄目でしょ」
「っ?! し、知らないぞ?! 我は知らないッ!」
またまた。叱るわけじゃないけど、嘘吐つくのはいただけないな。
現在、僕らはアーレスさんの家のリビングで寛いでいる。この場に居るのは僕とルホスちゃん、そして家主であるアーレスさんだ。その彼女は足を組んで新聞を読んでいた。
昨日は色々あったなぁ。ザックさんと共闘して化け物を倒し、その後はアーレスさんちに行って掃除をしてから外食をした。帰りには自炊目的で二、三日分の食材を買い込んだ。金欠だから自炊しか選択肢が無いんだよね。
ついでにルホスちゃんが好きなアイスを作って冷凍庫に置いといたんだけど、まだ完成していないアイスをルホスちゃんが綺麗に平らげてしまったのだ。本人はなんか白を切っているようだけど。
「はいはい。別に怒ってないから、ね?」
「“ね?”じゃないッ!! 我は食べてないぞッ!」
『ガキンチョも可愛い嘘吐くよなぁ』
『まぁ、まだ十歳の少女ですから』
ルホスちゃんの顔は真っ赤だ。嘘がバレて恥ずかしい表情というよりは、抗議の眼差しで睨んできている感じ。
うーん。作り直さないといけないのかなぁ。あれ結構面倒なんだよね。冷凍庫で少し固まったら取り出して混ぜてまた仕舞う。それの繰り返しがなめらかな食感を生むから、手間っちゃ手間なスイーツなのだ。
「どうせ食べてもらうなら美味しいアイスを完成させたかったなぁ」
「信じろよッ?! 我はちゃんと待ってた!!」
「うんうん、そうだね。あ、正直に自白したらもっかい作るよ」
「っ?! す、スズキの馬鹿ッ! アホッ! 童貞ッ!!」
ちょ! ど、童貞ちゃうわ!
若干涙目になりながらルホスちゃんがリビングを出て行った。きっと借りている自室へ戻って行ったんだろう。
僕の部屋でもあるけど。
「仕方ない。作り直すか」
『あ、それなら色んな味作ろーぜ! あーしチョコ!』
『私は抹茶味が好きです。無ければ紅茶味で』
「私はブルーベリー味だ」
「あれ、ブルーベリーって昨日買いましたっけ?」
『買ってねーな。が、なぜかこのうちにある』
『ええ。なぜだか冷蔵庫の中身は空だったのに、果物だけは充実して揃っています』
「ああ、たくさん買い込んでいる。果物ならギリセーフだからな」
“ギリセーフ”?..............................あ。
「『『.....。』』」
「いや、やっぱりイチゴ味もいいな」
僕らは絶句してしまった。角度的に両手で新聞を広げて読んでいるアーレスさんのお顔は見れないが、新聞越しでも見当がついてしまう。
そうじゃん。そう言えば昨日、外食の際にルホスちゃんがアーレスさんが嘘吐いてたの見破ったじゃん。
“スイーツ好き”だって本性をさ。
「? どうした、材料が足らないか?」
「いえ。......ところでアーレスさん。つかぬことをお聞きしますが、冷凍庫で冷やしていたアイスを食べましたか?」
「ふっ。王国第一騎士団副隊長であるこの私が?」
「王国第一騎士団副隊長とか関係ないです」
「ある。関係大ありだ。常に他者に厳しく、それ以上に自分に厳しくしている私だぞ。故に私は自分を甘やかさない」
「いや、厳格かどうかじゃなくて味覚の話です。自分を戒めるとかそういう意味の“甘さ”じゃないです」
おい。これ黒だろ。この女騎士が未完成なアイス食ったろ。
未だ新聞を広げて読んでいるせいでアーレスさんの表情はわからないが、一体どんな顔してしょうもないこと言ってんだろ。
『じゃあ食ってないんだな?』
「副隊長をなめるな」
『決して“食べてない”と言わないあたり黒ですね』
それな。第一騎士団副隊長とか訳わからん内容ではぐらかしている気がしてしょうがない。
「ふぅ」
アーレスさんは溜息混じりに息を吐き、両手の指で新聞の折れ線に従って紙の束を畳んだ。それにより、アーレスさんのお顔が露わになる。
真っ先に目に入ったのは―――
「私は第一騎士団副隊長だッ!!」
―――頬に付いたクリーム色の液体の跡であり、それこそが彼女の罪状を物語っていた。
決め顔でよく吠えたな。もう尊敬しちゃう。
「『『......。』』」
「む? どうした?」
僕らは自室に行って、ルホスちゃんに謝ったのであった。
*****
「だから言っただろう?! んん?!」
「.....はい。疑ってごめんなさい」
「スズキは全ッ然信じてくれなかった!! 我はあんなにッ! あんなに違うって言ったのに!!」
「本当に申し訳ございません」
現在、正座している僕はルホスちゃんを自身の膝の上に乗せて叱られ中である。本人が相当お怒りだったので土下座しようとしたが、それよりもロリっ子魔族はなぜか僕に乗っかって来たので、妙な叱られ方を食らっている。
ぷんすか怒るロリっ子魔族を眺めては可愛い絵面かもしれないが、この至近距離で怒声を浴びせてくるのは僕にとって拷問に等しい。慣れない正座に加えて膝の上で暴れるんだもん。
いや、可愛いんだけどさ。なんで上に乗ってくるの。
「あの、そろそろ退いていただいても......」
「っ?! は、反省が全然足りてない! 駄目ッ!!」
『石抱きの刑だな』
『どっちかというとロリ抱きの刑ですよ』
響きがアウト。ロリを抱いちゃ駄目だろ。そっちの方が極刑待ったなしだわ。そんな僕らを前にアーレスさんが呆れ顔で口を開いた。
「そう怒ってやるな。ザコ少年君だって悪気があったわけじゃない」
『諸悪の根源が何か言ってますよ』
「さっきの騒動を一体どんな顔して聞いてたんですか......」
『マジそれ。騎士がガキに罪を擦り付けたもんだぞ』
「嘘つき騎士めッ!! 恥を知れッ!!」
齢十の少女に“恥を知れ”とか言われるなんて一生に一度あるか無いかの体験だぞ。
「アーレスさんも食べるつもりでしたら、言ってもらわないと困ります」
「何がだ」
「人数分的な問題ですよ。僕は作るだけであまり食べませんが、ルホスちゃんや魔族姉妹の二人分しか作ってませんしね」
「......。」
「護衛でお世話になっていますが、それとこれとは話が別です。次からはアーレスさんの分もちゃんと作りますから」
「......そうしろ」
“そうしろ”。
“よろしく頼む”とは言えないのだろうか。素直じゃないスイーツ好き女騎士である。今思えば新聞を読んでいるフリをしてたのは、ルホスちゃんの【固有錬成】から逃れるためだったのかもしれない。
現にルホスちゃんの【固有錬成】は相手を直視しないといけないから間に何かあっては効果を発揮できない。
「この嘘つき騎士は護衛としての自覚があるのか?」
「なんだ、住まわしてやってるんだから器が小さいことを言うもんじゃないぞ」
「反省しろって言いたいの!!」
僕の膝の上から退いたルホスちゃんがアーレスさんに抗議するため、彼女のとこまで接近してぷんすか怒り始めていた。本人はマジ顔で怒ってるのだが、如何せん歳のせいか、可愛らしく見えてしょうがない。
「ふむ。本当は隠しておきたかったが、予め言っておこう。......実は私はこう見えてスイーツ好きだ」
「今更ですね」
『今更だな』
『今更です』
「今更だ」
まさか数日間だけ屯所でお世話になるって話を却下したのも自炊、特に僕にスイーツを作らせるため? そう言えばルホスちゃんによくデザートを作ってるって話をしたっけ。そこまでして食いたいか。
店で食えよって話。
しかしアーレスさん曰く、スイーツ好きは弱点になるから他人には見せない、と訳わからないことを言ってきた。何が弱点なんだろうね。僕にはわからないや。
「以前、私が甘い物好きだと知った部下が一人居てな」
女騎士がなんか語り出した。
「そいつはよく仕事をミスする奴で、反省文や報告書を私に提出する際に、よく街で人気のスイーツを添えられていた」
ああ、なるほど。アーレスさんの部下はミスしても、「甘い物を見繕って渡せば許されんだろ」という思考になったわけですか。
もはや賄賂じゃないですか。
「断ることができず、つい受け取ってしまってな。以降も何かあれば度々スイーツを添えられて書類が私のとこまできた。スイーツ関係無くそいつを罰せばいいだけの話だが、新作や巷で噂のスイーツを添えられては抵抗ができなかった」
“抵抗ができなかった”じゃねーよ。罰せよ。
というか、あんたが罰せられろよ。
「いつしかそいつのミスが待ち遠しくなってしまった私は、気づけば第一騎士団隊長から副隊長になっていた」
「「『『......。』』」」
降格させられてんじゃねーか。あんたが副隊長になった理由ってそれかよ。
そりゃあ部下のミスを自分の好物の贈呈で誤魔化されていたら降格させられるわな。治安と秩序を守らなければならない立場の人間が秩序乱しまくってるじゃん。
「今はそいつは左遷されて地方の役所に務めているらしいがな」
『アホらし。鈴木、食費は全部この女持ちでいいだろ。金はあんだろうし、手数料として受け取っとけ』
「え、それじゃあ僕はヒモ男になっちゃうんじゃ......」
『最低限、家事をしていればヒモにはなりませんよ』
「スズキ、さっきのお詫びとしてホットケーキが食べたい!」
本当にこのままアーレスさんを頼っていいのだろうか。そんな一抹の不安を抱えながら、僕らの共同生活は続くのであった。
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