第55話 女性の家に夢見ちゃダメだ
「ここが.....アーレスさんの家?」
「『『.....。』』」
「ああ、部屋は余ってる。好きに使え」
現在、僕らはとんでもない所に来ている。アーレスさんの家は一般的な一軒家だった。
“とんでもない”所っていうのはそのまんまの意味だ。女性の家だから良い香りがするとか、想像しにくいけど可愛い家具や置物があるという意味では断じてない。
断じてない(重要なことなので二度言いました)。
『これって俗に言うゴミ屋し―――んご?!』
「しッ!!」
それ以上言ったら駄目だ! 斬られるよ?!
僕は失礼な右手を握り潰す勢いで彼女の口を塞いだ。
そう、とんでもない所というのは、悪い意味の方なのである。
******
「ふぅー。結構片付いたね」
「我、この家に泊まりたくない。色んな意味で」
まぁ、言わんとすることはわからないでもない。
日が暮れた時間帯にも関わらず、僕らはこの家の空いている部屋を好きに使っていいと言われたので、比較的被害の少ない部屋を選んで片付けている最中である。
使わせてもらうのは二階にある一室だ。
ゴミ.....うーん、ゴミ屋敷ではないんだけど、物がすごい散らかっているんだよなぁ、この家。服や鎧、家具などが散乱状態といった感じ。
今のところ、何か腐食した物を見つけたわけでもないので、そこら辺の衛生面は最低限クリアしているみたい。とにかく埃がすごいのなんの。
「あ、昨日まではワンルームの宿に泊まっていたから慣れちゃったけど、アーレスさんも好きに使っていいって言ってたんだから、ルホスちゃんも他の部屋を使ったら?」
「え」
ルホスちゃんが口を開けたまま僕を見る。
思えばルホスちゃんには窮屈な生活を強いていたのかもしれない。以前まではお金が無かったから、安宿のワンルームを借りて一緒に過ごしていたんだけど、その際に彼女とはベッドも共有していた。
もちろんダブルベッドね。そっちの方がまだ安かったんだもん。
ロリと同衾だなんて犯罪者扱いされるかもしれないが、僕ら二人共ソファーでは落ち着いて寝れなかったし、『もうベッド広くして一緒に寝ればぶつからないよね』って決断に至ったため、彼女とはずっと一緒に寝ていた。
再三言うが、手を出してません。当たり前です。相手、十歳だぞ。こっち童貞だぞ。
「いや、以前は部屋が一つでベッドも一つだったじゃん? 窮屈なら―――」
「い、いい! この部屋でいい!」
「でもせっかくなんだし―――」
「スズキの居る部屋が、じゃなくて、でッ! いいッ!!」
「そう? 君がいいって言うなら別にいいけど」
「それに今更他の部屋を掃除してたまるか!」
言い方。僕ら一応護ってもらう身なんだからね。
『おい、ガキンチョ。顔真っ赤だぞぉー』
『もしかして一人じゃ寂しくて寝れないんですかぁ?』
「う、うううううるさいッ! 燃やすぞッ?!」
やめて。それ僕の両手だから。
「掃除は終わったか? 今後のことも話すから外食にしようと思うのだが.....」
僕らの様子を見に、下の階から来たアーレスさんが外食を誘ってきた。
ちなみにアーレスさんの恰好は私服姿だ。鎧は仕事を終えた時点で屯所や本部に置いてくるのだとか。なんでこの部屋に鎧があるかはわからないけど、騎士さん特有のコレクションかもしれない。
そして以前のようにアーレスさんのその赤髪はポニーテールで結ってある。特徴的な銀色の瞳はこの部屋の明かりから見受けられた。
そんな彼女のお誘いを僕らは断らないといけない。
「すみません、せっかくのお誘いですが、外食はできません」
「む? 護衛の件か? 私が居るから平気だぞ?」
「いや、そうじゃないんですけど」
「なんだ?」
「.................金欠でして」
恥ずかしい理由である。女性からのお誘いを金欠で断るなんて。僕もこんな美女とお食事できるならしたいけど、金が無かったら無理だよね。
この際だからついでに自炊するためにキッチンを使っていいかアーレスさんに聞こう。
「“金欠”? そんなこと気にしなくても私が出すぞ」
「いや、その、この子がですね」
「わ、我かッ?! なんで我だ?!」
『おめぇ.......いつも外食すると金貨一枚分は食ってんだろ』
『しかも毎食で換算すると一日平均金貨2枚は下りません』
「ふっ。副隊長の給料をなめてはいけないぞ? 十人前だろうと百人前だろうと構わないさ」
「アーレスさんッ!!」
「お、お店のよりスズキが作ってくれた料理の方が美味しいんだが」
『あなたは思いやりの心が著しく欠如してますね』
『違いねー』
ほんっとそれ。かといってお腹空かせるのものなぁ。将来は身体で支払ってもらいたいものだ。ルホスちゃん、成長すれば絶対美少女になるよ。ぐへへ。
こうして僕らはさっそく家主の奢りで夕食を摂りに外出するのであった。
*****
「おかわり!」
「よく食べるな」
「すみません。うちの子がほんっとすみません」
「お、おかわり!」
現在、僕らは普段お世話になっている“とんでも亭”にて食事をしている最中だ。アーレスさんもここのお店を贔屓にしていて、食事はほとんどここで済ませているのだとか。で、混雑時に入店したからか、店の中には既に大勢の人が飲み食いしていた。
「好きな物を好きなだけ食え。特に小さい頃はよく食べて遊んで寝れば立派になる」
「わ、我を子供扱いするなッ!」
「ならこのお子様セットに立てられた旗を取ってもいいか?」
「こ、困るッ!」
これで子供扱いするなとか無理あるよね。思わず微笑んでしまう。
「ふふ」
おっと、アーレスさんもルホスちゃんのこの様子には笑みを零してしまうみたいだ。ああ、ほんっと素敵な人だ。こんな人と食事とかその他諸々の生活を共有できるなんて.......。
たとえアーレスさんの家の中がちょっとアレでも、過去に僕を殺したことのある人でも、彼女が美女というだけでそれらを軽く見過ごせるくらい嬉しい。
指名手配の冥利に尽きる。
「それで、僕たちはこのまま囮役を続ければいいのですか?」
「む? ああ、好きに動いてくれ。私も護衛として同行する」
『余計なお世話かもしれませんが、あなたの普段の職務はどうするのですか?』
『それな。副隊長直々に鈴木の護衛だろ。他と連携取れんのかよ』
「それなら心配要らない。私無しでも隊は機能するようになっているからな。何より敵の戦力が気がかりだ。次、
「なるほど」
『ふぅーん? ま、私たちのことはテキトーでいいが、ガキンチョは頼んだぞ』
『ええ。他人の安全を確保しながら戦闘することにまだ慣れていませんので』
まぁ、僕らは基本ソロで本領を発揮するからね。ルホスちゃんもそれなりに魔法は使えるから戦力にはなるけど、如何せん考え無しで行動することが多いから、こっちが下手に動けない。
「任せろ。それに長年追っていた闇組織がようやく尻尾を見せたんだ。この機に本腰を入れて潰しに行きたい」
「あ、それと僕、懸賞金金貨百枚なんですけど、この件が解決したら消えますかね?」
「馬鹿か? 闇組織のブラックリストなんて私たちで消せるはずがない」
「さいですか.......」
きっと昼間の戦闘の件もあって僕の懸賞金はまた上がったんだろうな。異世界転移したのに良いことが碌にないよ。
落ち込む一方の僕はフォークでくるくるとパスタを巻き取る。相変わらず食欲が湧かない。
「それと、食事を終えたら食材を買いに行くぞ」
「買い込みですか? しばらくアーレスさんちでじっとした方が良いってことですかね」
「いや、自炊のためだ」
「.......。」
ほんっとごめんなさい。ルホスちゃんが遠慮なく人の金で食べ続ける様子を見て、自炊の必要性を感じたんですね。ほんっとごめんなさい。
『お? つーかてめぇー、料理できんのかよ? あのゴミ屋―――ふがッ?!』
「あ、あはは」
『家の中のあの惨状だと自炊どころか家事全般危うい気がします』
「.......。」
僕は慌てて右手を左腕に押さえつけて黙らせた。
姉者さんの言う通りだ。玄関に足を踏み入れた時点ですごかったもんな。サンダルとかブーツとかもうあっちこっち散乱してたわ。真剣衰弱みたいに靴の片方探すところから始まる惨状だったよ。
いや、泊めてもらうのにああだこうだ言うのは失礼なんだけどさ。
「その、なんだ。私は普段留守にしているからな。空き巣かなんかの被害にあったのだろう」
『空き巣の被害で、靴ってあんなに飛び散るのかぁー』
「ちょっと妹者さん!」
「おい、女! お前、“赤”だぞ!」
『“赤”って。嘘じゃないですか(笑)』
ちょっと、人様の家が少し散らかっているからって大袈裟すぎでしょ。
「そこで、だ。二十四時間フルに貴様の護衛をしてやるから、ザコ少年君は見返りとして家事をしろ」
なんか女子力皆無な人に命令されたんですけど。
護衛は僕らが囮となって騎士たちの協力をする見返りでしょう? なにオプションを付け加えてんだ。
「ザッコからの報告では、貴様はプリン―――じゃなくて、家事全般が得意らしいな?」
『あのおっさん、そんなしょーもねー報告してたのかよ』
『まぁ、監視も兼ねて護衛してくれましたからね』
「また嘘吐いたな。我にはお前に“赤”と出ている。あのおっさんはそんな報告をしていないはずだぞ」
おい。ロリっ子魔族が空気を読まずに爆弾発言してんぞ。ザックさんはそんな報告してないって見抜いてるぞ。
「とにかく家事.......特に自炊は任せた」
「まぁ、元からこの先ずっと奢ってもらう訳にはいかないので、自炊はさせていただくつもりでしたが.......」
「ならばいい。それとデザートは常備するように」
「.......はい?」
「するように」
「あ、はい」
え、なんでデザートを常備? 常備ってことは食後関係なく用意しとけって?
ちょっと自炊からかけ離れてない? 別に作ることは嫌いじゃないし、むしろ楽しいからいいけどさ、アーレスさんの私情をちょこちょこ感じてしょうがない。
「ふっ。我にもその気持ちが少しだけわかる。......お前もスイーツ大好きなんだろ」
「まさか。第一騎士団副隊長であるこの私が? 面白い冗談―――」
「赤だぞ」
.......。
ちょっとこの先が心配になってきた。
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