第54話 報告のお次は?

 「以上、報告を終えます」


 「ご苦労」


 先程までの戦闘の轟音から少し静けさを取り戻した現場では、騎士さんたちが調査している最中である。少し離れたこの場に居るのは、当事者である僕たちとザックさんの上司、第一騎士団副隊長のアーレスさんだ。


 氷の中に閉じ込められている、生きているか死んでいるかわからない怪物は、さっき騎士さんたちが入念に調べるために、王都の研究施設に運ばれるらしい。だから辺り一帯は崩壊した宿の瓦礫しかない。


 騒ぎを聞きつけた人たちが周りに居るが、その人たちからしたら、当事者である僕たちは騎士さんたちに報告しているといった様子に見えるだろう。だからまだ私服姿のザックさんが護衛役の騎士だと思われないはず。


 「それで、僕らはまた別の宿を探した方がいいんですよね?」


 「何言ってんだ、民間の宿で待ち伏せされて襲撃してきたんだぞ。報告は終えたことだし、屯所か本部だろ」


 「いや、それもその場凌ぎにしかならん。ザッコの正体がバレていないから、ザコ少年君を囮にできたのだ。長居はさせられない」


 たしかに。いつまでも騎士さんたちが僕を匿っていたら警戒されるかも。いや、いっそもう警戒された方がいいんじゃない? それなら僕は一日中襲撃から怯えなくて済む。


 「わ、我は嫌だぞッ! 他の連中が居る所で過ごしたくない!」


 我儘言うな。誰のせいだと思ってるんだ。


 「さて、身寄りのないこの童貞をどうしたものか」


 「あ、ザックさんちにお世話になるとか」


 「お、俺の家族を巻き込むなよ」


 冗談ですよ。“身寄りのない童貞”とか言われたんで、ちょっとからかっただけです。決して人妻を狙った訳ではありません。


 ありませんったらありまえせん。


 「どっちみちザッコにはこの任務から下りてもらう」


 「え?!」


 ふざけていたらアーレスさんがとんでもないこと言ってきた。『任務から下りてもらう』って護衛無しってこと?!


 ザックさんが低い声音でアーレスさんに問う。


 「......なぜでしょうか?」


 「主な理由は怪我だな。ザッコ、貴様、全身至る所に怪我をしているな。出血も隠しているようだが、止血で済ませているようでは回復が遅い。......肋骨は何本折れている?」


 「......六本程」


 「クソの役にも立たんな」


 マジか。ザックさん、重症じゃないですか。なんで動けるんですか。


 そうだよね。一時的でもあの怪物の馬鹿みたいな攻撃を素手で渡り合ったんだ。最後に僕の方へ吹っ飛ばされたのも『受け身を取っていたから平気』と言っていたが、その時点でかなりダメージを負っていたに違いない。


 「ざ、ザックさん、ごめんなさ―――」


 「こんなの、騎士やってりゃあ当たり前よ。護衛役がこの程度で済んだんだ。気にすんな」


 「......はい。ありがとうございました」


 「おうよ」


 僕らの護衛をすることは、ザックさんみたいに怪我をすることだってある。僕のように瞬時に回復できるわけではない。その怪我が命取りになるかもしれないんだ。


 「人間、よ、よくやった」


 「はは。プリン代は働けただろ」


 「ちょ、調子に乗るなッ! そこまでではない!」


 「はいはい」


 ルホスちゃんもザックさんの怪我が他人事のように思えなかったのか、素直さを欠いた労いの言葉をザックさんに送った。


 「で、理由の続きだが、単純に戦力の差だな。組織やつらの使う黒い結晶を素材にした武器が厄介だ」


 「そうですね。僕(姉者さん)の能力で魔力をある程度吸収したはずですが、素の力で大幅に強化されていました」


 「ああ。潜在的な強化法でそれなのだろう? ならば魔力を吸収されれば、それ以上の戦闘力を秘めることになる」


 そう考えると、ザックさんが手に負えなかった存在として認識する必要があるな。無論、もっと頑丈で上等な剣が最初からあれば戦局は違ったのかもしれない。現に戦闘終盤ではザックさんが“折れない剣”を手にしたから、あの勝利があるんだ。


 しかし万全の対策を取るならば、こちらもそれ相応の戦闘力のある護衛役が必要になる。


 まさか、このまま僕らを放置しないよね?


 手に負えませんって言わないよね?


 『囮ってのが面倒だよなぁー。もう王都の外に出たいわぁー』


 『そんなこと言ったってしょうがないじゃないか』


 『お、上手いな』


 『でしょう?』


 魔族姉妹は馬鹿やってるし。言っとくけど、例の魔法で声を隠して声真似をしても、アーレスさんには聞こえているんだからね?


 「そこで、ザコ少年君たちに提案がある」


 「「?」」


 「まずは屯所で二、三日は保護という名目で過ごしてくれ。数日なら組織やつらにも勘づかれないだろう」


 「嫌だッ! 行かないぞッ! 【螺旋火槍】放つぞ! 【螺旋火槍】ッ!!」


 「こ、こら、ルホスちゃん! 落ち着きなさいって!」


 まぁ、アーレスさんの指示に従う方が最小限の被害で済むのは確実だ。今回は偶々怪我人程度で済んだから良いものの、次は近隣被害がどれくらい大きくなるかわからない。


 「その後は私の家に来てもらう」


 「........................................は?」


 んん? え? なんて?


 「すみません、もう一度お願いします」


 「私の家に来てもらう」


 「なんでッ?!」


 いや、護衛の目的だってことは知ってるけどッ!!


 「い、嫌だぞッ! なんでおっかない女の家に行かなければならない!」


 『禿同です、禿同』


 『そうだぞ! 鈴木が童貞だって知ってんのか?!』


 ちょ、童貞関係ないでしょ! やめてよ! 意識しちゃうじゃん!


 女性陣から反発を受けたアーレスさんは片手を挙げ、僕らを黙らせた。


 「だから“提案”だ。が、他に当てはあるのか?」


 「「『『うっ』』」」


 「無いだろう? 多くの人に見られているんだ。貴様らに宿を貸してくれるとは思えんな」


 「「『『ぐっ』』」」


 「無論、私の素性を知っているたみは多くない。伊達に四六時中鎧を纏っていないしな。護衛として第一騎士団の副隊長が傍に居るとは思われないだろう」


 「「『『.....。』』」」


 そう言われると、僕らに残された選択肢は無くなってくるな。護衛役としてもアーレスさんなら心強いし、今後のことを考えれば適任なのかもしれない。


 でも女性の家かぁ。有難い話だけどちょっと抵抗を覚えるのは童貞の性だろうか。


 いや、もしかしたらアーレスさんには、交際している相手とか既婚されていて旦那さんが居るかもしれない。


 「別に無理に民間の宿に泊まってもかまわん。猶予は屯所で過ごす二、三日だ。よく考えて行動するんだな」


 「はは。副隊長の家に行けるとか、お前すげぇラッキーじゃん」


 「ちょっと茶化さないでくださいよ

 『そ、そうだ! ガキんちょを積極的に囮にして早いとこ組織を潰そう!』


 「んなッ?!」


 『“積極的に囮にする”ってなんですか.....』


 うーん。覚悟を決めてアーレスさんにお世話になろうかな。


 しばしの辛抱だ。ワンチャンあるかもしれないなんて思ったら負けだぞ。童貞って認めているようなもんだ。毅然とした態度で行こう。


 「しっかしナエドコが作ったプリンはもう食えなくなるのかー」


 「“プリン”?」


 「ああ、また今度作ったら差し上げますよ。今回のお礼と言っては何ですが、ザックさんのご家族分用意します」


 「マジ?! 護衛やってて良かったわぁ」


 「あんなので良かったらいくらでも作ります」


 「.....。」


 大の大人がプリンでここまで喜ぶとはなぁ。愛情込めて作った甲斐があったもんだ。なんちゃって。


 ルホスちゃんを見れば、ザックさんの今日の功労を思ってか、特に怒ってくる様子もない。成長したね。


 「ザコ少年君」


 「あ、はい。なんでしょう」


 まだ僕に何か言うことがあったのか、アーレスさんが僕に向き直って急に両肩を掴んできた。肩がもげそうなくらい力を込められている気がする。


 「な、なんでしょうか?!」


 「屯所で住み込む件は却下だ」


 「ふぁ?!」


 何言ってんの、この人?!


 フルフェイスヘルムのシールドの隙間から銀色の瞳が僕を睨んでいるのが伝わってくる。


 「今晩から私の家に来い」


 もう無茶苦茶だぁ。

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