第53話 剣一本で戦況は変わる?

 「ははははは! さっきまでの威勢はどうしたッ?!」


 「ちッ!」


 「うおッ?!」


 現在、僕らは人語を話せる怪物らしき生命体と戦っている最中だ。


 その怪物は真っ白な肌に足は四本ときた。身体中には肌荒れのように所々黒い結晶が生えているし、体長も二メートルを優に超えている。


 そんな人間とは呼べない生き物と街中で交戦だ。


 「マジかよッ?! 街中だぞッ!」


 「こんな騒ぎを起こしたら、ただで帰れませんよ?!」


 「知るかッ!! いつでも撤退しようと思えばできんだよッ!!」


 頭に血が上ったのか、賞金首金貨百枚の僕を前に諦めきれず、周りの被害なんておかまいなしといった勢いで暴れてくる。


 それに『いつでも撤退しようと思えばできる』とはなんだろう? 転移する魔法とかあるのかな?


 そんなことを考えていた僕に対して、奴は今も尚攻撃を仕掛けてくるが、ザックさんが間に入って相手してくれている。


 『......あの黒いハンドアックスで首を切ってから様子が変わりましたが、そもそもあの魔力を吸収するハンドアックスからは、先の交戦中に私の鉄鎖との接触で、残存魔力をほぼ吸い尽くしましたよ?』


 「じゃあなんであんなに強化されてるのッ?!」


 『さぁな。自分の命を供給源にしたんじゃね? そもそもあの野郎が宿ん中で魔法を使わなかったのは、あの黒いハンドアックスを常に握っていたせいで吸われていたからかもしれねー』


 あのおっさん自体、魔力をハンドアックスに吸われながら僕と戦っていたってこと?! そしたらあのハンドアックスは見境無しに魔力を吸収しているだけじゃないか!


 「おらッ!」


 「マジかよッ?!」


 僕の代わりに最前線で戦ってくれていたザックさんは、持っていた剣を砕かれてしまった。安物の鉄製の剣だからか、強化された怪物相手には強度が足らなかったようだ。


 「貸し一つだ、人間! 【雷電魔法:螺旋雷槍】ッ!」


 「くッ!」


 「わ、わりぃ。助かった」


 刃を折られ、一瞬の隙ができたザックさんに怪物が会心の一撃を叩きこもうとするが、後ろで援護していたルホスちゃんが魔法を放ってそれを阻止する。


 雷属性の槍は鋭く、殺傷能力を秘めていたが、相手の強靭な肉体では大したダメージを与えられていない。


 かなりの威力があったけど、この様子だと生半可な魔法は無意味に等しい。


 「ナエドコ! これ以上暴れさせると近隣被害が馬鹿にできねぇ!」


 「どうすればいいでしょう?!」


 「とりあえず、新しい剣が欲しいから俺は屯所に戻りてぇ!」


 護衛役が護衛対象を置いて行こうとするなッ!!


 「姉者さん! 【鮮氷刃】は他人にも渡せる?!」


 『......できますが、強度を必要とするには、それなりの魔力が欲しいですね』


 『んが、いつもみたいに地道に鉄鎖をぶつけて相手から魔力を吸収するには時間がかかんぞ』


 困ったな。他の騎士さんたちが来るのを待つにしても被害が広がる一方である。


 「なら我の魔力を使え!」


 『それしか方法は無いようですね。はい、鉄鎖をどうぞ。握っているだけで構いません』


 『なら姉者はあーしとはDキスしようぜ。んちゅ......あっ......ん』


 「ざ、ザックさん! 酷なことを言いますが、今から頑丈な属性剣を生成しますので、時間を稼いでください!」


 「俺今素手だぞッ?!」


 ザックさんがこいつマジかよって顔で僕を睨んできた。


 だって目の前の怪物を倒すには強力な魔法を使わないといけないから、どうしても火力を求めると範囲攻撃になるし、それならザックさん用に頑丈な剣を作って渡した方がいいでしょ。


 無論、妹者さんの【固有錬成】で僕の身体能力をあの怪物レベルまで引き上げてくれれば互角に渡り合えるかもしれないが、時間稼ぎにしかならないし、そもそも肉弾戦でアレに勝てそうにない。


 「時間稼ぎだぁ?! 状況がわかってねぇようだなぁ! 今の俺は最強なんだよッ!!」


 「ザックさんッ!!」


 「くそッ! あんま期待すんなよ!!」


 ザックさんが武器の無い状態で怪物に挑む。身体能力を強化する魔法でも使っているのだろうか、さっきまでと動きが段違いだって素人の僕からでもわかる。


 「んくぅ。スズ......キぃ、吸われて、変な、気分になるぅ」


 すると、後ろで姉者さんに鉄鎖経由で魔力を座れているルホすちゃんが悶え始めていた。


 ちょっと恍惚した顔でヤバいこと言わないでくれる? 目の前で死闘を繰り広げているザックさんに申し訳ないじゃないか。


 『準備できました。【凍結魔法:鮮氷刃】及び【冷血魔法:補氷芯】』


 準備が整い次第、姉者さんはすぐに氷の剣の生成と、それに補強魔法をかけた。


 相変わらず魔法耐性の無い僕の身体は、この剣の柄を握るだけで手が凍りついてしまう。僕じゃなくてザックさんに使うから、僕の手から引っぺがさないといけないな。


 「これどうやって取ればいい?」


 『姉者の鉄鎖をそれとなく引っ付けとけば吸い取ってくれっから』


 『多少皮膚が剥がれると思いますがね。これならかなり頑丈にできてるので、そう簡単には壊れません』


 マジすか。でも後はこの氷の剣をザックさんに渡すだけ。僕と違って彼は魔法にある程度耐性があるようだから【凍結魔法:鮮氷刃】を手にしても凍らないはず。


 殺傷能力えいきょうがあるのは“柄”じゃなくて“刃”だしね。


 「ザックさん―――ってうおッ?!」


 「ぐッ?!」


 こちらの準備が終わったので、ザックさんを呼ぼうとしたら、お目当てのザックさんが前方から飛んできた。


 どうやら相手の怪力によって綺麗に吹っ飛ばされたらしい。


 「だ、大丈夫ですか?」


 「あ、ああ。咄嗟に受け身を取ったからな」


 僕は鬼畜にも、この状態のザックさんに氷の剣を渡した。まだ倒れないでくださいよ。第二ラウンドです。ファイト。


 「これが......魔法の剣」


 「頑丈さは保証します。僕は剣の振り方がよくわかりませんので、後はザックさんに任せます」


 「......ああ。任せろ」


 ザックさんがブンブンと試しに氷の剣を振り回す。そして目の前の怪物の居る所まで歩き出した。


 近接戦では自信があるって言ってたから任せても大丈夫かな? 正直、今はこの戦法に掛けるしかない。これ以上周囲の被害を出すのはマズいし。


 「がはははは!! 今更武器を手に入れたくらいで何ができるッ!!」


 「さぁな。お前を斬るくらいならできそうだ」


 「っ?! その前に殺すッ!!」


 頭に血が上った相手はずば抜けた脚力と巨大化したその腕の長さリーチを利用してザックさんに迫る。


 ザックさんの右手には先程渡した氷の剣がある。


 それだけしか所持しておらず、頑丈な鎧なんて身に着けていない。


 しかしザックさんは対する怪物の動きに慌てること無く、挙動を変えるわけでもなかった。


 「首を捥いでやるッ!!」


 「【バンディスト流・一虎剣術いっこけんじゅつ】―――」


 一瞬だ。本当に一瞬の出来事だった。


 ザックさんが振りかざした氷の剣は、まるで消えたかのように動き出し―――


 「死ね―――」


 「―――【白虎十重斬り】ッ!!」


 ―――相手を斬り裂いた。


 「が......はッ?!」


 怪物の身体に刻まれた幾重にもなる“線”から血が噴き出す......ことはない。切り口は瞬時に属性剣の効果で凍り始めたのだ。怪物はあっという間に氷の結晶の中に閉じ込められた。


 ま、まさかこんなにもあっさりと決着がつくなんて......。


 「「『『マジすか......』』」」


 「ふぅ。しっかしすげぇ良い剣だな。気に入ったぞ」


 か、かっけぇ。

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