第52話 最終形態に心躍るのは男の性?
「おらぁ!」
「くッ!」
現在、僕らは図体のデカい強面のおっさんと交戦中である。
相手はあの魔力を吸収する黒い結晶石を素材にして作ったハンドアックスが武器だ。
対する僕らは魔法による戦法がメインだが、ここが安宿の一室ということもあって、火力を追求した攻撃魔法は控えなければならない。もしかしたら下の階に誰か人が居るかもしれないからね。
だから接近戦に挑みたいのだが、先程、姉者さんが生成した氷の剣じゃ魔力を吸われてすぐに砕けてしまうことが判明した。
「そもそもなんでこんな日中の、しかも人が居る所で! 衛兵さんが来たらあなた逃げられませんよ?!」
「はッ! ちゃんと逃げられる手段があるから、こんな馬鹿してんだよッ!」
「“逃げられる手段”?!」
「教えねぇがな! だがこの戦法の方が、おめぇさんは範囲攻撃は使えない上に碌な接近戦もできねぇ! なんちゅう楽な仕事だぁ! ああ?!」
「くッ!」
「いい加減死ねよッ!」
「がッ?!」
おっさんによる回し蹴りが僕の腹部に炸裂した。それにより僕は後方のキッチンまで吹っ飛ぶ。衝撃で置いていた家具が床に落ちていく。
キッチンの近くには冷蔵庫があり、その付近にルホスちゃんが居て、吹っ飛ばされた僕を心配して駆けつけてきてくれた。
「お、おい! スズキ、大丈夫か?!」
「妹者さんがすぐに治してくれるから平気」
『しっかし面倒だなぁ。魔法を使えれば圧倒できんのによぉ』
『あの武器に私の鉄鎖をぶつけても大した魔力を吸収できません。あまり魔力を溜めていないのでしょう』
あのおっさんはガチムチ系戦士って感じだからワンチャンあり得る。偏見だけど。
しかし困ったな。姉者さんの【固有錬成】じゃ良くて互角の肉弾戦、いや、武器の有無で僕らの方が不利か。
先程、魔族姉妹に刺し違えてでも魔法を至近距離でぶつければよくない?と提案したんだけど却下された。
以前なら僕の意思関係無く、決死覚悟で特攻させるんだろうけど、今回は魔力を吸収するハンドアックスが僕の身体にどういった影響を与えるかわからないので、慎重に行動したいのだとか。
「おいおい。なんつう出鱈目な【回復魔法】だぁ? 怪我がもう治ってんじゃねぇか」
「はは。あんまダメージを負わなかったからかも?」
「っ?! このガキッ!!」
僕にできることは相手を煽るくらいなもんだ。
そんな僕の煽りにおっさんは怒って再び攻撃を仕掛けてくる。手にしているハンドアックスで横薙ぎをしてくるが、僕はこれを姉者さんの鉄鎖をぐるぐるに巻き付けた左腕で受け止めた。
「なんか攻撃手段無い?!」
『特に。あ、私の鉄鎖の魔力を吸収した、このハンドアックスからは魔力が吸収できますよ』
『それだとただ魔力が姉者とあの武器の間で循環しているだけだな』
「独り言かッ! 淋しい奴だなッ!」
防戦一方だな。
敵のハンドアックスから魔力を吸収してすぐに氷や炎の剣を生成してもいいんだけど、結局は壊されちゃうし、壊れたときに生じてしまう“隙”が危ない。油断できない状況だから迂闊に武器を作れないんだ。
それもこれも相手が接近戦に長けていることに原因がある。こちらが武器無しで接近戦に慣れていないことを悟って、この狭い空間でどんどん距離を縮めてくるのだ。
「そこかッ!」
「『『あ』』」
そんなことを考えていたら、僕の頭を縦にかち割ろうと振り下ろされる黒いハンドアックスが視界いっぱいに広がった。
大振りによる一撃。食らったら即死確定だ。
ああー。でも......妹者さんがすぐに治してくれるだろう。痛いのは一瞬―――
「【束縛魔法:封魔拘】ッ!」
「ぬおッ?!」
「っ?!」
が、既の所で、床から数本の黒いベルトのようなものが生えてきて、相手を力強く縛って動きを止めた。
近くに居るルホスちゃんを見ると、額からは例の黒光りの角が二本生えていた。
交戦中の僕らにルホスちゃんが魔法を行使したんだ。その魔法は以前、<
ほんとギリギリだった。ハンドアックスの刃が鼻に当たるか当たらないかの寸止めである。しかし素直にそれを喜べる状況ではない。
その魔法も相手だけではなくて僕ごと行使したからだ。
「【束縛魔法】だとッ?!」
『おおー。ギリギリでしたね』
『お、ガキンチョ。お前、【束縛魔法】使えたんかよ?』
「仮面の男が使っていたのを覚えた! 今回初めて試したけど、我は天才だからッ! スズキ! 褒めても良いぞッ!!」
「偉い偉い偉い偉い!! 僕だけを解放してくれたらもっと偉い! 結婚しよ?!」
「けッ?! む、無理だ! 今維持しているのだけでもかなりキツい!」
『お、おい! ガキンチョ! それはどっちの意味の“無理だ”?! 鈴木の解放か?! それとも結婚―――』
「このまま押し切ってやんよぉぉおおぉぉおおお!!」
「うおぉぉおおおぉぉお! 鼻当たってる! 鼻当たってる!」
『あ、良いこと思いつきました。真剣白刃取りしましょう。ね?』
“ね?”じゃねぇよ!! 間に合う訳ないだろっ!
僕も自身の身体を縛るベルトに抗い、頭部を後ろに下げようとして、少しでも相手の刃から逃れようと試みる。それによりハンドアックスの刃と僕の鼻に若干の隙間が生まれた。
縛られた両腕も角度的に魔法を行使できない。しても相手には当たらない。
両者全力で動こうとしたため、黒いベルトがブチブチと悲鳴を上げていた。
「う、動くな! 我の【束縛魔法】がッ!」
「死ねぇぇぇえぇえぇええぇええ!!」
「やっぱり痛いのはいやぁぁああ!!」
悲鳴を上げたのは僕も同じだった。
さっきは頭をかち割られる覚悟ができてたけど、一瞬助かったせいで恐怖が甦っちゃったよ。
「誰か―――」
「ほいよ」
「っ?!」
自分一人じゃどうしようもなかったので、誰かに命乞いをしていたら、僕の鼻とハンドアックスの僅かな隙間に刃が入ってきた。
【束縛魔法】も限界だったのか、一瞬でベルトが千切れて僕らを解放した。そして今度はガキンと金属音が生まれる。敵のハンドアックスと鉄製の剣がぶつかったのが視界に入ってわかった。
その剣を持っている人物はなんてことないと言わんがかりに、もう片方の手をポケットに収めて、片手に握る剣だけで敵のハンドアックスを食い止めている。
「だ、誰だ、てめぇは!!」
相手も接近に気づけなかったのか、急に現れた人物に驚いて数歩下がった。
しかし僕はその人物が誰なのかわかる。
今日から僕らの護衛をしてくれている―――
「ザックさん!」
王国騎士団第一部隊の中年騎士さんだ。
*****
『待たせたな』
『妹者ならぬ弟者じゃないですか』
「本家は違うけどね。いや、上手いけど」
「なんだ余裕そうじゃねぇか」
そんなことありません。助けてください。
僕は待ちに待ったザックさんが戻ってきてくれたことに歓喜した。ザックさんの服装は変わらず私服姿で、腰に携えていた剣も騎士団が使う統一された剣じゃない。私物のやつだろう。
普段とあまりにも違う格好だから、敵は目の前に急に現れたザックさんが騎士だと気づいていないようだ。
ちなみに宿に居る人たちも含め、下の階に居る人たちは、宿に着いたザックさんが異変に気付いたと当時に全員避難させたので、この宿には僕ら四人しか居ないとザックさんから聞いた。
これで魔法が使えるようになったので、僕もまともに戦える状況になった。
「クソ! 新手か!」
「ナエドコと嬢ちゃんを狙ってるんだってな? 悪いが護衛だからそう簡単には殺らせねぇぜ?」
「じゃあ護ってみせろ!」
多勢に無勢であるにも関わらず、相手はザックさんに襲い掛かった。黒いハンドアックスを豪快に振り回すが、接近戦が十八番の騎士だからか、お遊びに過ぎないといわんがかりに軽くいなされるだけだ。
「ちぃ!」
「なんだ。接近戦には自信があったようだが、大したことねぇな。......おらよッ!」
「ガッ?!」
敵を煽りながら腹部に強烈な蹴りを入れたザックさん。控えめに言って超かっけぇ。
この姿を家族に見せたら絶対尊敬されるわ。とてもじゃないが、初めて会ったときのフグウルフ戦で苦戦していた人には思えない。
蹴飛ばされた男は後方の壁に背を打ち付けた。その衝撃で部屋全体に振動が響き渡る。
「ザックさん! 気をつけてください! あの人の黒いハンドアックスは魔力を吸います!」
「お、マジか。どっかで見たことあるなと思ったら、例の魔力を吸う結晶石と色合いが似てんな」
『しっかし魔力を吸うとか姉者みたいな能力あんのな』
『......そうですね』
「お、おい! 人間! せめてプリン代は働けよッ?!」
後ろに控えているロリっ子魔族が上から目線なんですけど。
彼女を見れば額の角は既に引っ込んでいて、普段の黒髪少女に戻っていた。
「くくッ。計画がぱぁになったじゃねぇか」
「実力差がわかんねぇとはな......まだやんのか?」
「“まだやんのか”ぁ? ったりめーだろッ!! そこの黒髪のクソガキは賞金首いくらだと思ってんだ! 金貨百枚だぞ!!」
「マジかよ?!」
マジかよ......。僕、異世界転移して間もないのに、そんな危ない身になってんの。
そりゃあそうか、悪の組織の幹部らしき人を殺しちゃったもんね。
「なぜ人間はそこまで金に拘る? 我にはわからない」
「さぁ。まぁ、強いて言えば、君が家出したことがきっかけだからね」
「?」
ロリっ子魔族にこんなこと言ってもしょうがないよね。
「仕方ねぇ。本当はこの力は使いたくなかったが......」
『お、前回戦ったときの男も同じこと言ってたぞ』
『こういう手合いはセリフが決まっているんですよ』
相変わらず魔族姉妹は余裕そうにしているし。
この言動だと、相手はまだ切り札を隠し持っていたようだ。さて、鬼が出るか蛇が出るか。
「このハンドアックスはなぁ! 本来は魔力を溜めたらこう使うんだよッ!」
「「「『『っ?!』』」」」
そう叫んで男は黒いハンドアックスの刃で自身の首を切りつけた。
「ぐッ?! ああぁぁぁぁあぁぁぁあぁああ!!」
首から勢いよく血が噴き出たかと思えば、そんなのは束の間。今しがた首につけた傷口に吸い込まれるように、黒いハンドアックスがドロドロに液状化して入り込んだ。
な、なんだ、アレ......。
「あがッ?! うッ! くッ!!」
液状化したハンドアックスだったものが全て男の中に入った後、男の身体はボコボコと膨張と収縮を繰り返し始めた。
そして―――
「が、あ、がぁぁあああぁぁあああ!!!」
何か爆発でもしたかのような爆風が僕らを襲った。
「うおッ?!」
「くッ!」
「る、ルホスちゃん!」
『あばばばばば!』
『......。』
僕は一番身軽なルホスちゃんを護れるように抱きしめた。
先の爆風により安宿の部屋は見るも無残な状態となってしまった。二階建て建築だったからか、上の階は屋根も壁も全て爆発によって消し飛ばされている。そのおかげで宿屋の惨状は露わになってしまった。
僕は慌てて抱き込んだルホスちゃんの安否を確認した。
「だ、大丈夫?! 怪我してない?!」
「わ、私は大丈夫。ちょっと離れてほしい」
「あ、ごめん」
僕はなぜか一人称が素に戻ってしまったルホスちゃんを解放して、今度はザックさんの安否を確認する。
「ザックさん!」
「ああ、俺は大丈夫だ。......が、相手がやべぇことになってんぞ」
「っ?!」
ザックさんにそう言われ、僕は爆風を起こした敵を視認した。
男は、男だった者は―――
「くくッ! これが! 人工的に創られた【
―――人の形とは思えない程、歪な身体をしていた。
肌は元の肌色と比べると見違えるくらい真っ白になっていた。所々黒い結晶石のようなものが身体の至る所から生えていて、腕は二本あるが、足は四本あった。前後に二本ずつと、もはや人間のそれではない。そして心なしか一回り程大きくなった気がする。
とてもじゃないが―――同じ人間には見えない。
「さぁ行くぞ! 本当の俺の力を見せてやるッ!」
「「......。」」
マジすか。これと戦うん?
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