第49話 [マーレ]なるほど、なるほど。なるほど?

 「ほぉ。ここが“闇オークション”......」


 私、冒険者ギルド新人職員マーレは現在、闇奴隷商主催の闇オークションの入り口付近に居ます。もちろん変装をして。


 面白いことに、会場に入るまでは特定の場所へ向かう必要は無かったのです。


 なんと闇オークションの会場はどこにでもある開き戸で入場できました。


 「お嬢様、会場の座席は手前から着席をお願いいたします」


 「え、あ、はい」


 会場の入り口で棒立ちしていたら、ここのスタッフと思しき男性から声をかけられました。私は指示に従って、手前側から空いている席に着きます。


 ぱっと見ですが、会場の雰囲気はオーケストラでもするかのような規模で、ここに来たお客さんは老若男女問わず幅広い歳の層の方々が数百人単位で居ます。中にはここ、王都ズルムケでも有名な貴族や他国の貴族、王家の方々も居ます。皆さんマスクをしていますが、私の目は騙せません。


 会場の座席は半分以上埋まっていたので、私の席は必然と後部座席に位置します。


 「レディース・アンド・ジェントルマン! 我ら<黒き王冠ブラック・クラウン>が主催の闇オークションへようこそ!」


 おや、始まったみたいです。舞台には上等なスーツを着こなした長身の男性が立っています。オークショニアという方ですか。


 見れば、観客席は全部が埋まっている訳ではありませんが、移動をしている方が居ないので全員集まったと見なして始めたのでしょう。


 「ご足労いただき、ありがとうございます!」


 「“ご足労”とは......」


 つい疑問に思ってしまったので声に出してしまった私ですが、観客の中で一人だけ口を開いたからか、両隣に居る貴族の方が私に目をやります。


 私もドレス姿に目元だけを隠すマスクと変装は一通りしていますが、目立つだけリスクが生じるので、声を出してしまったことに小さい声で軽く謝罪します。


 ちなみに私が“ご足労”と聞いたときに反応してしまったのは、会場まで特にどこかに向かった訳ではないのです。


 というか、特殊な魔法......いや、術式を使うので、どこにでもある開き戸でこの会場に来れるのです。


 詳細はよくわかりませんが、私が以前、殺した<幻の牡牛ファントム・ブル>の部下の一人から切断した右腕に付与された術式で、会場への出入りが可能となりました。


 「今宵も良い品が揃っておりますよぉ」


 当然、その部下は任務に失敗した身であったので組織を追い出された訳ですし、その際、付与された術式の効力を消失させられます。


 “封印”というかたちで。


 それが“剥奪”というかたちで入場許可証の効果を消失させたのなら、私には再現が無理だったのですが、“封印”程度なら私の力で解除できます。


 ですから、こうしてその封印を解いた片腕に【防腐魔法】を施して腐らないようにし、興味本位で闇オークションにやって来れました。


 しかしこのように王都関係無く、どこのドアからでもこの会場に繋がっているとなると、この会場自体が規模的に王都にあるようには思えませんね。あのドアもある種、小型化された転移門のようなものですし、場所は外に出て実際に目で見ないとわかりません。


 その小型転移門を利用するにも主催者である<黒き王冠ブラック・クラウン>が許可として魔法を、その会員である観客に施さないとここには来れませんから、捜索している騎士さんたちが苦戦するのもわかります。


 「まず一品目は......こちら! かの有名なBランク冒険者! “疾風の双剣使い”、ローレンス君です!」


 「「「おおー!」」」


 観客が一品目で身を乗り出して興味を示します。


 ふむ。名前だけは聞いたことありますね。しかし王都の冒険者ではありません。他所の国から拉致したのでしょう。Bランクでしょうから多少の実力差はあれど、冒険者ギルドの新人職員である私でも辛うじて知っている程度です。


 そのローレンスという殿方を見れば体中傷だらけで、首には大きな首輪が装着されていました。虚ろな眼差しでどこかを見つめています。元気が無さそうな商品ですね。


 上半身裸で胸には奴隷である証の紋章が刻まれていました。


 「Bランク冒険者ということから実力はお墨付き! ちゃんと調教しておりますのでご安心ください! 護衛良し、玩具良し。皆様の生活のあらゆる面でお使いください!」


 今日は別に買い物をするために来た訳ではないので、当然、落札しようとは思いません。


 が、どこに目があるのでわかりませんので、ただ黙っているだけではなく、適当な場面でビッドしましょう。観客に溶け込まないといけませんし。


 「それでは落札価格......金貨五十枚から!」


 「八十!」


 「百だ!」


 「百五十出そう!」


 うわぁ。始まりましたよ。オークションがぁ。


 両隣の人も声を上げて参加してますし。


 「四百......四百......他にはいらっしゃいませんか?! それでは百二番の方が落札ウィナーです!」


 「よし!」


 あ、一品目が終わりましたね。次の商品です。


 こうして私はしばらく闇オークションを観察するのでした。



******



 「五千!」


 「ろ、六千だ!」


 「八千ッ!」


 「......。」


 オークションに出品されている品が半分を切りましたが、観客のビッドは勢いを失いません。


 さっきの商品はすごかったですね。金貨二億枚って。さすが貴族と言われているだけあります。その使いどころが闇オークションとは、褒められたものではありませんが。


 さて、そろそろお暇しましょうか。金額の差はあれど人間だのモンスターだの違法に売り捌いているだけで、見るのにも飽きてしまいましたし。


 「お次は今宵の目玉商品! なんとあの魔法を駆使して戦闘をする魔族、リッチ種でございます! そしてリッチ種は賢く、人間と会話もできます!」


 「?」


 ここにきて魔族ですか? 私も魔族の一種ですし、興味はありますが、人間に捕まって奴隷化する魔族なんて珍しいですね。


 それもリッチ種。


 気高き種族で、一説では有名な魔導士の成れの果てとも言われている、あのリッチ種です。人間に飼われるくらいな死を選ぶはずですが......。いや、そもそも死んでますけど。


 舞台上には先程と同じく商品どれいの入った檻が運ばれてきて、それを観客である私たちに見せます。今までと違うのは、その檻の上から高級感のある赤い布が被せられていて、中に居る商品が見えない点です。


 オークショニアがバサッと勢いよくその布を取りました。


 「さぁ! ご覧ください! これが世にも奇妙な人間と対話ができる魔族、リッチ種の―――」


 『ビスコロラッチじゃ』


 「......。」


 いや、“屍の地の覇王あなた”そこで一体何をしているんですかぁぁぁぁああああぁあ!!



******



 「はぁ」


 『なんかごめンね?』


 「......。」


 大して反省の色を感じさせない目の前のリッチは私に対して謝ってきました。


 今は闇オークションの会場から退場し、王都の地下に居ます。帰りも誰にもバレないように、例の部下の片腕を使って王都に戻ってきました。とりあえず地下に居れば、人目を気にせず居られます。


 すごく臭いですが。


 「まったくです。まさか“屍の地の覇王リッチ・ロード”を落札する日が来るとは思ってもいませんでした」


 『儂も金貨五億枚で落札される日が来るトは思わなかった』


 そう。ビスコロラッチさんがなぜか闇オークションに奴隷として売られていたので、そのまま放っておけず、有り金はたいて落札してしまいました。


 まさか金貨五億枚とは......。貯金の殆どを崩しましたね。新人ギルド職員のお給料じゃ無理ですよ。後でビスコロラッチさんから返してもらいましょう。


 観客の皆さんはビスコロラッチさんを面白半分で落札しようとしていましたが、“屍の地の覇王リッチ・ロード”なんて人間が手に負える商品じゃありませんし、そもそも買ったその日に殺されしまうのがオチです。


 『しかしビトライカがあの場に居るトはのぉ』


 「成り行きです。それと今は“マーレ”として人間生活を楽しんでおります」


 『相変わらず物好きネ』


 「あなたに言われたくありませんが......。それでビスコロラッチさんはどうして―――」


 『以前みたいにラッチでええヨ?』


 「......ラッチさんはなぜあの場に?」


 ラッチさんとは昔からの知り合いです。あちらの方がご年配ですし、私が“英魔”であることも知っています。彼と知り合ったのは......どれくらい前でしたっけ。少なくとも数十年前どころの話ではないですね。


 そして彼が“屍の地の覇王リッチ・ロード”という、リッチ種の最上位種族にして魔導の支配者であることも知っています。


 だからいくら相手が<黒き王冠ブラック・クラウン>や<幻の牡牛ファントム・ブル>でも後れを取ることはありえません。


 そんなことが許される存在ではない魔族ですから。


 『いや、お嬢がネ? 闇奴隷商に捕まったことは知っているんジャけど、どうやらその際に渡していたネックレス型の【理想武具ディー・アーマー】を奪われたみたいでな』


 「そ、そんな代物を子供に持たせているんですか......」


 【理想武具ディー・アーマー】。


 どのような目的のために創られたのか不明。


 それを創った者も不明。


 存在する数も不明。


 どの文献にも詳しい内容は残っていませんし、一説では数千年以上前に発見された宝具も腐食せずに形を残している物もあり、使い捨てや有効期限のある宝具もあるようです。


 そんな曖昧で不明なことだらけの宝具ですが、たった一つだけ確かなことがあります。


 それは――――常識を覆す宝具であること。


 ある武具では何を斬っても刃こぼれがせず、むしろ切れ味が増す剣型の武具があったり、何が来ようとも拒絶する盾型の武具もあります。他にも万病を治す杖型、身体能力を飛躍的に強化する鎧型など千差万別です。


 それらすべて外界に影響を及ぼし、その宝具一つで状況が一変します。【理想武具ディー・アーマー】の他に、魔力関連で特化している【幻想武具リュー・アーマー】、そしてどの分野に属するか不明のままで、二つの宝具と比較すると圧倒的に数が少ない【夢想武具リー・アーマー】があります。


 「というか、“お嬢さん”とは?」


 『儂の可愛い孫じゃヨ』


 「え、あなたにいたんですか? 知りませんでした」


 『数年前からネ。血は繋がっとらんけど、儂に似て容姿は整っておる』


 が、骸骨が何か言ってます......。


 聞けば、そのお嬢さんは先程の闇奴隷商に捕まっていたのだとか。既に救出を頼んだ者によって“お嬢”と呼ばれる少女は自由の身となったようです。


 その子は今、助けてくれた者と行動し、外の世界を楽しんでいるらしく、遊び相手が居なくて暇しているから、わざわざ“屍の地の覇王リッチ・ロード”が【理想武具ディー・アーマー】を回収しに来たと。


 『お嬢の身の安全のために持たせタのに、手放しては意味がないからのぉ』


 「まさかあなたがわざわざ出向くとは......それで回収できたんですか?」


 『探したけド無かったわい』


 「え、ええー。相手は闇奴隷商なんですし、もう売られたのでしょうか? だとしたら利用されません?」


 『いや、【有魂ソール】持ちじゃから利用はさレんじゃろ』


 「さ、さいですか......」


 【有魂ソール】―――それはその名の通り宝具に魂が有ることを指します。魂が有るということは、知性があり、理性があり、意思があるということです。


 宝具全てに魂が宿るわけではありません。至極稀に宝具に宿ります。中には所有者の魔力を吸って人や動物に変身することができる宝具もあるようです。


 そして【有魂ソール】持ちの特徴は“個”として生きている様からことにあります。


 今回の話では【有魂ソール】持ちの【理想武具ディー・アーマー】らしく、意思があるので、その少女以外の者に利用されることはまず無いでしょう。


 「【有魂ソール】持ちなら、何か移動ができる動物か何かに変身して主人の下に戻ればいいのでは?」


 『それには少なからず所有者からの魔力供給が必要じゃロ? なんか儂の孫、捕まった際には魔力がすっからかんだったようで、供給ができてなかったみタいなんよ』


 変身にも大した魔力は必要ないはず。そこまで魔力が枯渇したということでしょうか。なぜそのような状況に陥ったかわかりませんが、宝具が主人から魔力の供給を受けられなくては、自立して動くこともできないでしょう。


 そして私は見せてほしいなど一言も言っていませんが、ラッチさんは自慢の孫娘の写真を私に見せてきました。


 たしかに可愛い子ですね。歳は十歳程でしょうか。長そうな黒髪のストレートに赤い瞳が特徴的です。


 ............ん? どこかで見たことがあるような....。


 「この子は王都に居るんですか?」


 『そのはずジャ。......さてと、儂はそろそろ家に帰ろうカな。夜風は老骨に染みる』


 「..................あ、はい。もし私の方で見つけたら、様子を報告しましょうか?」


 『お、それは嬉しいのぉ』


 こうして久しく再会を成し遂げた私たちは、またすぐに解散するのでした。ラッチさんは【転移魔法】で帰るため、魔法陣を展開しています。


 .............何か大切なことを忘れているような気が。


 あ。


 『それジャ』


 「あ、ちょ、金貨五億枚!」


 『え?』


 「あなたを金貨五億枚で落札したんですッ! ほぼ全財産なんですッ! 少しだけでも返してくださいッ!」


 『......え?』


 「聞こえてましたよね?! 一回、魔法を中断してくださいッ! ちょ、待っ―――」


 ブオン。


 そんな音とともにラッチさんは消えてしまいました。


 「......。」


 ラッチさんがこの場を去ってから、辺りは静けさを取り戻しました。聞こえてくるのは地下に流れる下水の音だけ。


 「どうしましょう、生活費......」


 最悪ですよぉ。


 ただ一人、新人ギルド職員はショックを受けて膝から崩れ落ちるのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る