第48話 おっさんの護衛は需要が無い

 「っつうことで、今日から俺が護衛をすることになった」


 「え、ええー」


 「“ええー”ってなんだよッ!!」


 現在、僕らは王都のとある宿にてお昼ごはんを食べている最中だが、そんなときに第一騎士団に所属するザックさんが


 いや、理由はわかってる。先日、アーレスさんと話していた護衛の件についてだろう。格好はいつもの全身鎧ではなく、普段着である。


 僕らが闇奴隷商、及び<幻の牡牛ファントム・ブル>の壊滅に協力するのと引き換えに、ルホスちゃんがまた攫われるリスクを考えて、監視兼護衛の人を一人付けてくれる話になっていた。


 「我と......もぐもぐ......けぇろ!」


 「食べるか喋るかどっちかにしろよ、魔族の嬢ちゃん」


 「ごくん! わ、我とスズキの前から消え失せろッ!」


 「思った以上に辛辣なこと言われてた......」


 べ、別にザックさんに限ったことじゃないですよ、たぶん。


 「俺んとこの子供も将来こんな感じになるのかな......」


 「思春期とは違うと思いますが......ってザックさん結婚されてたんですか?!」


 『マジか。こんな奴でも子作りできんのかよ』


 『本当ですよ。苗床さん、童貞なんかより格上ですよ? この人、あなたに謝った方が良いと思います』


 謝るのは君ね。僕とザックさんに謝れ。


 僕は失礼なことを口走っている魔族姉妹りょうてをバチンバチンと叩いた。ちなみに両手に魔族が寄生していることはザックさんは知らない。今も例の魔法で二人の声はザックさんには届かない。知っているのはバレてしまったアーレスさんだけ。あの人はなぜかこのことを秘密にしてくれている。


 だから魔族姉妹の声が聞こえるのは僕とルホスちゃんだけだ。


 聞けば、ザックさんは子供が居ても可笑しくない年齢だった。若そうな感じに見えて実は妻子持ちとは......。


 「おう。つい最近歩き始めたぜ」


 「あ、じゃあ一歳とかそこらじゃないですか」


 『おい、どーでもいいから早くこいつ追い出せよッ!』


 『そんなリア充と一緒に居たくありません。うっかり氷漬けしちゃいそうです』


 すんな。


 せっかく護衛をしてくれると言ってるんだから甘えようよ。フグウルフに苦戦していた記憶はあるけど、きっと他の面で頼りになるよ。


 「とにかく家に入るぞ」


 「あ、どうぞ。今、お茶入れます」


 「っ?! は、入るなッ! 出てけッ!」


 『そぉーだそぉーだ!』


 『かーえーれ! かーえーれ!』


 両手が喧しい。


 玄関先で立ち話もなんなので、僕はザックさんを宿の中に入れることにした。ルホスちゃんは人間全般が嫌いだから拒絶しているようだが、護衛役がリア充という理由から魔族姉妹は帰ってほしいらしい。


 女性陣には不評だけど、僕的にはザックさんは色々とお世話になったこともあって嫌いじゃない。


 ザックさんはルホスちゃんを無視して食卓の席についた。この宿は寝室もキッチンも含めて大きめの部屋なので、食卓や来客用のテーブルなど区別がなく、この一台のテーブルしか無い。


 「しっかしすっげぇ飯の量だな」


 「こ、こら! 座るなッ! あっちに行け!」


 「はは。ルホスちゃんはよく食べるので、作り甲斐がありますよ」


 「え、これ全部お前が作ったのかよ?!」


 「はい。いい加減自炊しないと金銭的にマズイんで」


 「スズキの作るご飯すごく美味しいけど、お、お前にはやらないからッ!」


 ザックさんは君みたいに食い意地張ってないから。


 ルホスちゃんは人間嫌いだからか、ザックさんをすっごい敵視しているけど全然相手にされていない。彼女の口元にソースが付いているから敵意も威厳も全く感じないのである。


 「ナエドコ、お前料理なんかできんのかよ」


 「ええ。自炊......というか家事全般ですね」


 『元の世界では大して頭も良くないですし、運動スポーツの才能もありません』


 『家事しか磨くことなかったもんな』


 両手に同情された。


 まぁ、魔族姉妹たちの言う通り、家事スキルだけは自信がある。料理も得意だし、こう見えて部屋の掃除も洗濯も抜かりない性格なんだ。


 いや、しかし驚いたな。異世界の食材って地球のと見た目が違うだけで、他は似たような味と食感だったから同じ調理ができて助かった。トマトとかハートのような形をしていただけで、色も味も一緒だったし。


 伊達にポテチがある世界じゃない。ジャガイモはまんまジャガイモだった。石川さん(第一宿主)が持ってきて植えたのかと考えてしまうくらい。


 「あ、そうだ。プリンありますけど食べません?」


 「っ?!」


 「お、デザートも作ってんのか。いいね、ちょうだい」


 「結構自信があるんですよ。ルホスちゃんも美味しい美味しいって言ってくれてるし」


 「だ、駄目だッ! プリンは駄目だッ! 我の好物じゃないか! スズキぃッ!」


 「お、俺はこの嬢ちゃんになんか悪いことしたか?」


 いや、なんもしてません。この子、僕以外の人間は嫌いらしいんで。


 僕はルホスちゃんを無視して冷蔵庫からプリンを取り出してザックさんに渡した。ちなみに異世界でも冷蔵庫はあるらしい。電気で機能している訳ではなく、魔力が籠められた魔石を使い、それを電池のような扱いで冷蔵庫の中を冷やしているのだ。


 なんというか、異世界ナメてたわ。


 「......スズキ、嫌い」


 「たくさん作ったんだからいいでしょ?」


 「......我のために作ったじゃないか。アホ」


 「は、はぁ」


 不満ならまたその分たくさん作るから許して。


 ザックさんは差し出されたプリンをスプーンで掬って口に運んだ。


 「おおー! これはうめぇな!」


 「それは良かったです。......で? 護衛兼ねてここに居るということは、もう動いた方がいいのですか?」


 「ん? ああ、そうだな」


 僕はザックさんがここに来た本題に入ることにした。護衛として僕らに付き合ってくれるのだから、ちゃんと僕らも闇奴隷商と<幻の牡牛ファントム・ブル>について調査しないと。


 もちろん戦闘もあり得る。ルホスちゃんのことを考えれば、きっと避けては通れない道だ。


 「別にすぐに動かなくてもいいが......。この嬢ちゃんのことを考えれば、身分証は早いとこ手に入れておきたいわな」


 「以前、“仮”の身分証の話を聞いたんですが、今回の件、僕たちの貢献が大きかったら、“正式”なものを作ってくれますか?」


 「......。」


 僕の問いにザックさんは黙ってしまった。


 ルホスちゃんを見れば、僕らの真面目な話なんか無視してプリンにありついていた。ザックさんに二個目を許さない気だろう。君のことでこんな雰囲気になったんだけどね......。


 「そうだなぁ」


 「国としては魔族の身分証をそう安々と発行できないのはわかりますが、今後いろんな国に行く予定ですので、彼女を連れて行くとなると、どうしても必要になります」


 「そうか......。結論から言うならば“可能”だ」


 「可能......ですか」


 「ああ。種族戦争知ってるだろ? アレの傷跡が多少なりとも、この王都にも残っている。が、魔族という肩書がありながら、この国に貢献した者も現に居るから魔族全員を無下にはしないし、法律上では差別も禁止されている」


 「だから“仮”くらいはできても、“正式”までとはいかないのですか?」


 「他の国とここは違うからな。もしそうやって正式な身分証を魔族に渡してしまえば、それを知った他の魔族がこの国に来ちまうかもしれねー」


 「......なるほど」


 それもそうか。仮の身分証で留めておかないと、この国は魔族も受け入れられる、身分証が作れると思った魔族が押し寄せてくる可能性だってあるんだ。だからそう簡単には作れないし、作ってもこの国内だけ適応されるようにしないと責任が持てない。


 だから正式な身分証の発行を“可能”にしたければ、それなりの信頼と実績を作らないと得られない。


 「今回の件でいやぁ、あの<幻の牡牛ファントム・ブル>が相手だ。もし先頭立って事の解決に貢献したら貰えるだろうよ」


 『しかし困りましたね。騎士団が総力を挙げて調査しても大した情報が無いのでしょう?』


 『ああ。ガキンチョには一肌脱いでもらわねーといけねーな』


 「わ、我は脱がないぞ!」


 「ちょっと君黙ってて」


 おそらく妹者さんが言っていることはルホスちゃんを囮役にすることだろう。聞けば<幻の牡牛ファントム・ブル>はかなり大きな規模の組織で、先日は幹部と思しき人物も僕らが殺ってしまったため、絶対怒っているはずだ。メンツとかプライド的な話でね。困っちゃうよ。


 今後、必ず報復かなんかで僕らの前に立ちはだかるだろう。


 なら言い方が悪くなるけど、ルホスちゃんを使っておびき寄せる方が確実なのかもしれない。


 「というか、地下の件はどうなったんですか?」


 「ん? ああ、地下は元々調べていたし、ナエドコからあった報告も兼ねて調査をしているが、今んとこ手がかり無しだ」


 “地下の件”というのは、以前ルホスちゃんを助けるために、王都の地下にお邪魔した時の話だ。あのときは闇奴隷商が雇った下っ端が居たから地下に何かあるだろうと思ったけど、ザックさんは特に何も無かったと言う。


 するとルホスちゃんが当時の状況を説明してくれた。


 「あのときは建物の下水管を使って我が地下に逃げ込んだだけだから、別に地下に何かあるわけでは無いと思う」


 「その建物ってどこにあるんだ?」


 「前にも言っただろう? 我は手足を縛られて袋の中に閉じ込められていたから、どこに運ばれたかなんて知らない」


 ふむ。これと言った情報は無いな。地下なんて同じ風景が続く場所なんだし、ルホスちゃんと一緒に戻って彼女が逃げてきた道を辿ろうとしてもわかるはずがない。


 『とりあえず出かけんぞ』


 『宿に居ても何も始まりませんから』


 魔族姉妹にそう促され、僕はザックさんに外出することを提案した。もちろん、相手は僕らの生活に基本口出しはしないので何をしようと勝手だが、この事件を早く解決したいため、なんでもいいから行動に移さなければならない。


 「あ、じゃあ冒険者ギルドに行こうぜ。俺も偶にはクエストを受けてみてぇ」


 「え? ザックさん、冒険者だったんですか?」


 「おう。元だけどな、元」


 いや、それでも任務があるのにギルドの依頼なんか受けていいのかよ。この人、もしや僕らの護衛を建前にプライベートを楽しむ気か。


 そんな一抹の不安を抱えながら、僕らは冒険者ギルドに向かうのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る