第47話 酔っ払い男はそれでも騎士団総隊長

 「うぃー。戻ったぞー。ひっぐ」


 「お疲れさまです! 総隊長!」


 「また酒飲んで来ましたね......」


 ここ、王都から離れた周辺の森では、タフティス騎士団総隊長率いる騎士が十名程揃っている。


 時間帯にして大抵の者は寝静まった頃合いだろうか。日は既に沈み、辺りは夜闇が続くが、騎士団が居るのこの場は松明や焚き火が当たりを照らしているため明るい。


 「全然のんれないのぉ」


 「呂律が回ってませんよ」


 酒臭い総隊長を見て溜息を零したのは、その補佐役ローガンである。


 先程までタフティスは王都に状況の報告と確認をするため、この場には居なかった。前者の状況の“報告”とは森周辺の調査内容であり、後者の“確認”では総隊長という、王都きっての戦闘力を秘めているタフティスを王都と森で行き来させてもしもの事態に備えている。


 本来、総隊長という立場では、このように自ら先頭に立って調査をすることは多くない。貴重な戦力だからこそ王都に常駐させる方が意味はあるかもしれないが、現在、王都ではそのような作戦が立てられない状況にある。


 「う、うぷ。やっぱ飲みすぎたかも」


 「っ?! 水ッ! 早くこのバカに水を持ってこい! その辺の泥水でもいい!」


 「は、はいッ!」


 地に膝を着けたタフティスがローガンにしがみつき、今にも吐きそうな様子を部下に晒す。とてもじゃないが、これが国を代表する騎士の長には見えない。


 王都は現状、あまり好ましくない状況に陥っているが、タフティスのこの様子を見ては、現場であるここにいる部下の騎士たちも少しだけ気を緩めてしまう。


 タフティスを落ち着かせること三十分が経った。


 「ふぃー。落ち着いたわ」


 「なぜ仕事残っているのに酔うまで飲んだのですか......」


 「飲まねーとやってけねーよッ! こんな仕事ッ!」


 「......。」


 まだ酔っているのだろうか。深夜の森で大声を出す総隊長を見ては呆れ顔をする一同である。


 でも悲しきかな、シラフでも愚痴を零す性格の持ち主だと、ここに居る全員は悟っているので、これ以上の幻滅は無いだろう。


 「お前ら雑兵は良いよな! 王都を行き来しないでキャンプしてるだけだもん!」


 「ちょッ! 王都の危機なんですよッ?! 調査なんですよ?!」


 「そ、そうです! 断じてキャンプではありません!」


 「そーだそーだ!」


 「むしろ総隊長の方が王都に半日おきに戻っては美味しいもの食べたり、酒飲んでいるじゃないですかッ!」


 「このろくでなしッ!」


 「ああ?! 誰だ今、総隊長に向かって“ろくでなし”とか言った奴!!」


 ここで恒例の総隊長VSその他騎士による醜い言い争いが始まる。団の中での人間関係に示しがなっていないからか、もはや日常茶飯事だ。


 ある意味、仲の良さとも言える。


 「いいかッ?! 俺は国の安全を直に見て確かめるという目的でッ! 王都に戻っているんだ!」


 「なら酒飲む必要ないでしょう?!」


 「アルコール除菌の一種だよッ!」


 「体内を?! その言い分で通ると思います?!」


 森の周辺の調査と王都を行き来するには、今回の件―――<幻の牡牛ファントム・ブル>の対抗手段である。王都一箇所に主戦力を固めることは一見有効手段に思えるが、それだけでは今回の神出鬼没の特徴を持つ<幻の牡牛ファントム・ブル>相手には浅はかな防衛体制となってしまう。


 現状で報告が上がっているのはタフティスが先程王都に戻って入手した<幻の牡牛ファントム・ブル>と闇奴隷商の協力関係の確立。それだけが確かになったことで状況は進展した。


 王都を囲って東西南北と主に箇所で陣形を整えているのだが、この戦力の分散とも言える行為には一種の結界が各陣営を結ぶようにして張られているからだ。


 タフティス率いる騎士団が担当するのは“東”。第二騎士団は“西”、第三騎士団は“南”で第四、及び第五騎士団は“北”を担当している。それぞれの陣営が王都から等しい距離を取り、お互いに特殊な魔法具で線を結ぶようにして正方形の結界を作り上げている。


 これにより三つの目的が立てられた。


 目的の一つは不可侵。


 例えば南東から攻めてくる侵入者が居た場合、この線に足を踏み入れればその情報が全部隊に通達され、対処にあたる。各陣営が程の戦力でだ。


 「あーあ! こんな生意気な奴らならもうお土産買ってこねぇからな!」


 「一度も買ってきたことないくせにッ!」


 「あんたが買ってくるときは毎回“謝罪”があるときだけだよ!」


 「あ?! とうとう敬語まで欠いたなッ?!」


 二つ目は未だ絶えぬ闇奴隷商による闇オークション対策。


 オークションには商品が必要で、それは王都内だけで揃えられる物では無いので国を出なければならない。そこでこの結界を張り、未だに王都内で潜んでいるであろう闇奴隷商の出入りを抑制する。閉じ込めたようなものだ。


 この結界の維持にはそれなりの実力者が必要なため、王都に戦力を固めては意味を成さないことから、第一騎士団を除くほぼ全部隊がこの結界の維持にあたっている。この作戦が始まったのは、以前の緊急の国軍会議があって以降すぐのこと。


 いつまで経っても<幻の牡牛ファントム・ブル>の所在が特定できないため、新たな作戦が開始したが、まだ一週間は経っていない。そしてそれなりのリスクもある。


 「超大変なんだぞッ! 王都からここまで行き来すんの!」


 「“転移門”使っているでしょうがッ!」


 「どこが大変なんだよッ!」


 「お前かッ! 敬語欠いているのお前かッ! ヘルムで口元が見えないことをいいことに敬語欠いたな?!」


 そう。王都には転移門と呼ばれる特定の箇所に転移できる魔法の門が四つ存在する。東西南北に各一つずつ設置されているのだ。現状、この転移門の使用は貿易関係を含めてほぼ全てが許可されていない。許可されてるのは総隊長であるタフティスと第二、第三などの各部隊の隊長たちの数名だけだ。


 もちろん平常時でも転移門の使用で入国するにはそれなりの審査は必要であるが、念には念を入れ、対象範囲を絞るためにも今回の対処法では転移門の使用は不可能とした。


 つまり王都ズルムケに入国出国するには、直接、この結界を通らなければならない。


 「はぁ。それで? ちゃんとアーレスさんたちや上層部に報告してきたんですか?」


 「おう。今のとこ現状維持だ」


 『ベコ......ベコ......』


 「痛いです! 総隊長! ヘルムが総隊長の握力で凹んでいますッ!」


 「「「「......。」」」


 タフティスは敬語を欠いた部下の騎士にヘルムごとアイアンクローをし、驚異の握力で原型を歪ませていく。


 ではなぜ総隊長であるタフティスがわざわざこの場に警備兵として居るのか。


 それが三つ目の目的、<幻の牡牛ファントム・ブル>向けの陽動作戦だ。


 現状ではその組織の戦力がわかっていないため、国に潜んでいるか曖昧な状況な上に不安要素が残ったままだが、神出鬼没の<幻の牡牛ファントム・ブル>では主戦力を固めた状態の王都で大胆な行動を取らない。


 王都には治安維持といった最低限の警備兵や防衛の役割を担う第一騎士団を残し、手薄にも等しい行為から<幻の牡牛ファントム・ブル>をおびき寄せることを目的としている。


 もちろん相手もプロであるので罠ということに気づくはずである。


 「あ、そう言えば嬉しい情報があるぞ」


 「「「「?」」」」


 「なんと<幻の牡牛ファントム・ブル>の幹部の一人を撃退?かなんかしたらしい」


 「「「っ?!」」」


 「ちょ、それすごく重要じゃないですかッ!」


 気づかれることを見越して第一騎士団をフルに動員するが、それでも精鋭部隊であるが故に少人数の第一騎士団では王都全域のカバーは難しい。


 そこで本来の三つ目の目的、各部隊の隊長―――特にタフティス総隊長の王都の出入りが相手の行動範囲を抑えられる。


 闇奴隷商と協力関係にあるとわかった<幻の牡牛ファントム・ブル>は、おそらくなんらかの手段で商品の輸送の手伝いを行っている。互いの間で契約を交わしていれば、それは絶対だ。そこで不定期に転移門で隊長らが各ゲートを出入りすることで、神出鬼没とも言えるその組織と行動範囲を抑えているのだ。


 相手がいくら実力のある組織と言えど、各部隊の騎士団隊長、及びタフティスと真っ向勝負はできない。負けることが確実だとわかっているのだ。


 「確たる証拠がねぇから、各部隊にはまだ通達できていねぇが、十中八九幹部は一人削れた」


 「ええ。ああいう組織はしくじってしまった者が生きていようがいまいが、関係なく排除しますからね。隠密行動が売りの組織なら尚の事です」


 「情報が少しでも漏れる可能性があるなら消すからな」


 だが、この作戦にはリスクがある。闇奴隷商は大したことが無いが、仮にもプロとしてのプライドがあるならば<幻の牡牛ファントム・ブル>はメンツのことも考えて何かしらの行動をしなければならない。


 危惧されるのは事を焦った奴らが市民を巻き込んで被害を出すこと。特に闇奴隷商が何を所有しているか把握しきれていないを使うかもしれない。それでは手薄になっている王都では、人数関係でこの対処に時間を要してしまう。


 故に求められるのは第一騎士団による時間稼ぎである。


 言うまでも無いが、第一騎士団は騎士団の中で戦闘面において最高ランクの部隊だ。ひとりひとりの実力はもちろんのこと、騎士たちには現場での臨機応変な行動が必要とされる。


 今回の作戦ではこの少数精鋭での活躍の面が大きく、第一優先事項は<幻の牡牛ファントム・ブル>の壊滅だ。他は芋づる式でどうにかできる。


 「さて、てめぇーら。気を抜くなよ? 俺の勘が正しければ、あと数日のうちにデカいことがおっ始まるぞ」


 「うわぁ。あなたの勘ってすごく当たるじゃないです―――」


 「チーズフォンデュできましよ〜」


 「ばッ! おまッ!」


 「あ、タフティスさん」


 「「......。」」


 「タフティスさん帰ってきてんだぞ!」


 「隠せッ!」


 「俺は知らない! 俺はなんも知らないぞ!」


 やっと状況報告をし始めたという真面目な雰囲気の空間であったが、そんなことは束の間であった。


 テントを張った奥から炊事担当と思しきエプロン姿の騎士が一人。全身鎧で上からエプロンを羽織る姿はシュールの一言に尽きる。両手にはとろとろに溶けたチーズが掛かった串刺しのパンが握られており、そのままタフティスの下にやってきたのだ。


 先程の喧騒が聞こえなかったのだろうか。空気を読めない奴だと怒り出す周りの騎士たちである。


 「『敵と戦って全滅しました』でお前らを片付ければいっか」


 「「「「「「「「申し訳ございません!!」」」」」」」」


 「......すみません。それは洒落になりませんので許してください」


 「罰としてお前ら全員素手でチーズフォンデュ食べろ。串使うな」


 総隊長率いる騎士たちは今夜も賑やかな時間を過ごすのであった。

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