第46話 [アーレス] 使えない部下は家畜以下である
「ということだ。ザッコ、明日から貴様はザコ少年君の護衛にあたれ」
「いや、どういうところが、“ということ”になるんです?」
「......。」
「このザック! 全力で任務を遂行いたします!」
「よろしい」
私とザッコは第一騎士団の屯所にある事務室に居る。
ザコ少年君と魔族の少女の取り調べが終わってから、(ザッコが)書類をまとめて一時間が経とうとしていた。
彼らは今回の闇奴隷商の件について協力してくれるようだから、こちらも少なからず協力はしなければならない。
私はザッコに先程淹れさせたコーヒーを啜りながら書類を見直した。ここ、事務室ではコーヒーの類の飲料は無いので、飲むならば厨房まで向かわなければならない。
が、副隊長である私はそんなことしない。部下に向かわせればいいだけの話である。
「......熱い」
「あ、相変わらず猫舌なんですね......」
「それに苦い」
「だからさっき砂糖を付けましょうかって聞いたんですよ」
「さっき、ザコバードンたちがここに居ただろ。貴様以外の部下の前では甘いモノは摂取しない」
「たぶん皆、隊長が甘党だって知ってますよ」
「......それはない。ザッコ、とりあえず砂糖を取ってこい」
「砂糖だけのために......。俺は何回キッチンに行けば―――」
「最近、ストローで人を殺せるスキルを身に着けたんだが――」
「すぐ取ってきます!」
ザッコはそう言ってこの場を急いで出ていった。
......口答えの多い奴だ。本来ならばあんな無礼を働く者、即首にしたいところだが、如何せん人手が足りない状況に加え、ああ見えて奴はかなりの実力者だから処せない。それに私が今まで隠していた甘党という一面も、ひょんなことからザッコだけにはバレてしまったし。これでは簡単にクビにはできないではないか。
まぁ、フグウルフのような接近戦に向かない相手を前にしてはクソザコだが。
「......ふむ」
私はザッコがまとめた書類に再び目を通す。
ザコ少年君を現行犯逮捕したのは全裸だったことを理由にしているが、屯所に着いてからは闇奴隷商の件について取り調べを行っていた。魔族の少女がつい先日まで
“魔族の少女”と魔族の“核”および“肉体”。こう言うのは適切ではないかもしれないが、前者は商品で終われば、まだ良い方だ。しかし後者では闇奴隷商の他に厄介な組織が絡んでいる。
その組織は―――<
「戻りましたよ。砂糖が無かったので蜂蜜を持ってきました」
「かまわない。むしろ上出来だ。コーヒーと蜂蜜はよく合う」
「......俺が褒められるのってパシられたときだけなんすよね」
職務では褒められるようなことをしていないからな。
私の机に蜂蜜を置いたザッコが、書類のまとめに再び取り掛かった。
「しかし俺が護衛なんかに付いていいんですか?」
「人手の話か?」
「まぁそれもありますが、今回、俺ら第一騎士団が先頭に立って追っている連中は......
意味がわからないことを言う。
いや、わからないでもないが、私の部下が言いたいことは敵が第一騎士団が動く程の戦力を持っているかもしれないという点だろう。
その第一騎士団に所属する自分が民の―――一個人の護衛などしていいのだろうかと心配しているようだ。
「ほう......。自分には実力があると? 言うようになったな」
「そ、そうじゃありませんけど」
「安心しろ。お前一人くらい、他のザコ部下どもで補えるだろう」
「さ、さいですか」
正直、第一騎士団の騎士が、それも中でも実力のあるザッコを護衛に付けるのは抵抗を感じるが、もしまた闇奴隷商、特に<
その証拠と言わんばかりに私は麻袋を取り出して、机に広げた。中からは砕けて原型を失ってしまった仮面の破片が出てきた。
「ああ、ナエドコが戦った奴の所持品ですか」
「ザコ少年君の話では、この仮面は<
「お、そいつは情報に無い奴の幹部クラスの仮面だな」
「うおッ?!」
ザッコがこの場には先程まで居なかった男の声を聞いて驚く。
「た、タフティスさん、驚かさないでくださいよ......」
「ど? びっくりしたか?」
「ええ、心臓止まりそうでした」
「“止まりそう”......か。よし」
この男、次も絶対ノック無しで入ってくるぞ。
当然、私は気づいていたが。
事務室に入ってきたのは鬱陶しいロングの髪に、前髪を髪飾りで留めた巨漢の騎士―――騎士団総隊長のクソティスだ。
いつもと違うのは右目部分に眼帯を付けている点である。
「あれ、タフティスさん、右目どうしたんですか?」
「この前、勝手に部屋に入ったらアーレスにストローで刺された」
「脳までいかなかったのは残念だ」
「いや、俺じゃなかったら絶対脳みそまでストロー刺さってたよ。はは。マジで」
「......。」
「次、ノック無しで入ってきたら斬る」
ザッコがあんたかよって顔をして、タフティスを見上げている。
奴の手には何か甘い匂いを漂わせる紙袋が握られていた。
「もう一度言うが、次、ノック無しで入ってきたら斬るぞ」
「はい、コレ。桃をふんだんに使ったズルムケモモパイ」
「俺、ここの生まれですけど、“ズルムケモモパイ”はヤバい単語のジャブですよ......」
「ザッコ、すぐに厨房に行ってナイフを取ってこい」
「ほんっとわかりやすくて楽だわー」
「またキッチンに......。ここで切るんですか?」
「誰かにスイーツ好きだってバレたらどうする。お前とこのクソティス以外に知っている奴はいないのだぞ」
「......。」
「いや、もう皆知ってると思うぞ?」
まさか(笑)。私がどれだけ隠そうと努めてきたかわかっていないのか。
人の上に立つ副隊長という役を担っているからこそ、甘党などと弱点属性を晒してはならんのだ。
最悪、この場に居る男どもを斬り殺せば、私を甘党と知る者は居なくなるだろうが、仮にも騎士である私はそんな愚行はしない。
ザッコがナイフを取りに、急ぎ足で厨房へ向かった。
「で、どうしたんだ、その砕けた仮面。まさか<
「これから報告するつもりだったが、まぁいい。例の
「“自爆”? 仮面の男は死んでねーのか?」
「さぁ。私達が現場に着いた頃にはザコ少年君が全裸で、辺りは血と臓物が飛び散っていたからな」
「いや、それ死んでるだろ。というか、少年はなんで全裸だけで無傷なんだ」
知らん。仮面は砕けて落ちていたが、これが<
「しっかし、この仮面は情報に無い類の仮面だな」
「元々<
「それもそうか。うち一人しか捕まえていないんだっけ?」
「ああ。すぐに自決したから情報を聞き出せなかったがな」
「情報漏洩には徹底しているよな。下っ端共は碌に上のことを知らねぇし、幹部は幹部で自決までしちまう」
「まったくだ」
<
闇奴隷商と連携している可能性があると情報が入ったのは、今から約半年程前のこと。その頃から第一騎士団が先頭に立って組織を追っているが、捕まるのは毎回下っ端の人間だけで組織を碌に知らない連中ばかりだ。
故に半年も奴らの自由を許している。
この状況は国を護る役を担う騎士団にとって致命的だ。
「クソティス、貴様はさっき幹部クラスの仮面と言ったな。なぜそう断言できる?」
「下っ端の奴らの仮面と作りがちげぇからな」
なるほど。たしかに砕けた仮面からでも素材や模様は下の者とは比較にならない程卓越したものだな。
<
目撃情報と以前捕らえた者が付けていた仮面、そしてこの場にある砕けた仮面から判断するに、おそらく牛のような仮面に施された角の大きさが組織内での上下関係を示している。
目の前の砕けた仮面の角は中指程度の長さしかない。ザコ少年君と対戦したのは、幹部の中でも下の立場の者だろう。少なくとも以前自決した幹部の物よりは短いのでそう察した。
「戻ってきましたよー」
「ご苦労。今度はこのパイを切れ」
「......。」
「ぶははは! ザック、この女のとこで働きたくなかったら、第二騎士団へ行ったらどうだ?!」
なぜそうなる。
私の部下だから私の言うこと聞いて当然だろ。だからザッコ、そう白い目で私を見るな。
私はヘルムの口元だけ装備を外してザッコが切り分けたモモのパイを一ピース手に取り、口の中に運んだ。目の前に居る男共も私に続いてパイを食べ始めた。
......あと三ピースか。
「で、今更だが闇奴隷商と<
「今までは闇奴隷商が魔族の“核”と“肉体”を所持しているのは確かだったが、組織同士で繋がりがある確証は無かった」
「が、奴ら、長年バレてなかったからか、調子に乗って出てきましたよ。
そう。ザコ少年君が連れている魔族の少女は闇奴隷商にとって類を見ない商品なのだろう。その価値は魔族の中でも希少種である“鬼牙種”。
まだ子供のようだが、鬼牙種は戦闘種族と言っても過言ではない。加えてあの容姿では将来、いかなる面においても需要のある
必死になって捕まえに来るはずだ。そう、それがたとえ自身を隠す手段として利用していた<
「じゃあザックじゃ役不足じゃないか?」
「ええー! むしろ過剰戦力ですよー!」
「どちらにしろ、何事も無ければそれでいい。あれば報告をしろ」
こうして部下に護衛という面倒事を押し付けた私は残り三ピースとなったモモパイをまた一つ、口に運ぶのであった。
「よくこんなくそ甘いもん食うよな」
「俺、無糖の紅茶かコーヒーが無いとキツいっすよ」
「頭を使うと糖分がな」
「「“頭を使う”?」」
「......斬るぞ」
ストローが手元にあれば眼球目掛けて即放ったのにな。
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