第45話 性犯罪者と奴隷商は紙一重らしい

 「で?」


 「【自爆魔法】で敵も服もすべて弾けました」


 現在、僕らは闇奴隷商からの刺客を捕縛したり、屠ったりした後、騎士団の屯所にて事情聴取を受けている。


 目の前に居るのはアーレスさんで、以前もこうして質問攻めにされた。現場では裸だった僕だが、先程、ザックさんから服を一着いただいた。


 ここには僕とアーレスさんしか居なく、ザックさんはルホスちゃんを連れてどっかに行ってしまった。きっと僕のように事情を聞かれるのだろう。


 『おいおい、鈴木だって被害者なんだぜ?』


 『それは今回の件についてですか? それとも妹者の【自爆魔法】のことですか?』


 「どっちもね」


 「ザコ少年君があの闇奴隷商から救った魔族の少女は、違法売買で王都ここまで連れてこられた被害者だ。あの少女の発言を証言とするなら、君は無罪となる」


 それは良かった。


 元々アーレスさん率いる第一騎士団が先頭に立って、闇奴隷商について調査をしていたらしく、今回はその調査内容と僕らの状況が一致しているから、大してお咎めもなく、あと何件か聞いて僕らは解放する気らしい。


 「しかしやはりあの少女は魔族か......」


 「やっぱり黙ってたのはアウトでした?」


 『魔族の中でも“鬼牙種”っちゅー希少な魔族だからな』


 『別に王都では入国拒否も滞在禁止もしていないのでしょう?』


 「ああ。だがそれはちゃんと“許可証”を所持している場合の話だ。なんのための身分証だと思っている」


 「『『......すみません』』」


 「ったく。こういった事態や何か魔族関連で事件があった場合、国を守る立場にある騎士団わたしたちが監視や管理をしていないと住民に不安がられてしまう」


 「ちなみに身分証が無い彼女はどうすればいいんですか?」


 ルホスちゃんがもしここで滞在拒否されたら、僕らは荷物をまとめて出国しなければならない。


 僕はアーレスさんに、そのことについて心配なので聞いてみることにした。


 「通常なら闇奴隷商で連れてこられた魔族でも王都で保護することはなく、国を出てもらうか、正式な奴隷商の下へ行ってもらうかだ」


 「さ、さいですか」


 『冷たいですね』


 『元々魔族っていう存在はそう人間に遅れを取るような生き物じゃないから、捕まることすら稀だしな』


 「少しばかりの餞別くらいは王都でもしてやる。が、今回は特例だ」


 「『『“特例”?』』」


 「ああ。先程の出国か正式な奴隷かという選択肢の他にもう一つある。......内容は私たちが追っている闇奴隷商の情報提供、及び壊滅の協力による報酬として身分証の発行をしてやる」


 「っ?!」


 『んだ? まだ情報を欲する段階なのかよ』


 『それに身分証の発行なんて簡単にしていいんですか?』


 「通常は、一般的な身分証ではない。この国では一応どこで出しても身分を証明するものとなるが、他国では使えない仮の身分証だ」


 「......なるほど」


 『かッー。選択肢とか言って選ばせる気ねーだろ!』


 『全くです。ここでその誘いを断れば、この国から追い出すのでしょう?』


 やっぱりそうか。つまり、アーレスさんはこの場で僕たちが闇奴隷商の壊滅の協力を断るならば、ルホスちゃんをこの国から追い出す、もしくは正式な奴隷にする気なんだ。


 というか、違法な奴隷商である闇奴隷商の手がかりがまだ見つけられていないのかな。それとも慎重に行動しているってこと?


 「私としてもあの少女にそんな酷なことをしたくない。が、王国にも昔の戦争の爪痕が未だに残っている。魔族を良くない存在と思う民も現に居る」


 「はぁ。まぁ、どのみちそれは僕らだけでは決められないので、ルホスちゃん本人を呼んでもらっていいですか?」


 「ああ」


 そう言って、アーレスさんはルホスちゃんをこの場に連れてくるため、取り調べ室を出ていった。


 最悪、ルホスちゃんがもう闇奴隷商と関わりたくないと言うのなら、この国を出ればいいだけの話だ。でもどっかの国に行くにしても、僕だけが身分証を持っているので、結局は彼女の分の身分証を考えないといけない。


 そんなことを考えながら待つこと数分。取り調べ室の扉が開かれた。


 と同時に、


 「スズキッ!!」


 「おわッ?!」

 

 ルホスちゃんが僕に目掛けて突進してきた。その勢いで僕は椅子ごと後ろに倒れ込んでしまった。それでも依然としてルホスちゃんは僕から離れまいとしがみついてくる。


 「スズキ! スズキ!」


 「ど、どうしたの?」


 「スズキぃ!」


 見れば彼女は涙目であった。そして肩が震えていたのは気のせいじゃないと思う。僕は彼女に少しでも落ち着いてほしいと思ったので、彼女の頭を撫でた。


 ちなみに先程別れるまでは生えていた黒光りの角は生えていなかった。あれから時間が経って引っ込んだのだろう。残念といえば残念である。


 まぁ、まだ角が生えていたら、さっきの突進で僕の身体に二つの穴があいてしまったんだろうけど。


 ......さすがに騎士さんたちが挙って彼女に何かした訳じゃないと思うが、この怯えようはどうしたんだろ。


 「おうおう。すげぇ懐かれてるな。べったりじゃねぇか」


 「あ、ザックさん」


 ロリっ子魔族とアーレスさんの次に部屋の中に入ってきたのは、先程全裸だった僕に服をくれたザックさんだ。


 「僕もこんなこと初めてです。ザックさんがなんかしたんですか?」


 「いやいや。ちょっと今回の件について軽く事情を聞いただけだぜ? 全然答えてくれなかったけど」


 「......。」


 「さっきもずっと『スズキは?』とか、『スズキを呼べ』とか返してくるから、全く会話になっていなかった」


 「さ、さいですか」


 「......我、人間嫌い」


 む、無視られてたんですね。


 そういえば、ルホスちゃんは人間が嫌いって言ってったけ。闇奴隷商の連中に酷い目に遭わされていたからしょうがないかな。だからこの苦手意識はザックさんに限ったことじゃない。


 というか、ルホスちゃんには他人を分析するのに、感情がわかるという【固有錬成】があるじゃないか。それで人間を診ても駄目なのかね.。信用できるかどうかはまた別の話か。


 「まぁ、奴隷として酷く扱われていたからな」


 「ザッコ。コーヒー」


 「あ、はい。今淹れて来ます」


 ザックさんはコーヒーを淹れるため、矢継ぎ早にこの場を後にした。


 代わりに僕らと対面するようにアーレスさんが席に着いて、フルフェイスヘルムの中から僕を見つめてくる。銀色の瞳の持ち主というイメージがあったが、被り物をしては僕からじゃその瞳が見えない。


 「懐かれる......か」


 「?」


 『おい、ガキンチョ。さっきこの女とおめぇーのことについて話してたんだよ』


 「我の?」


 『ええ。わかっていると思いますが、あなたが魔族だということもバレていまして―――』


 それから僕らは先程アーレスさんと話し合っていた内容をルホスちゃんに全部話して、今後のことについて彼女に選んでもらうことにした。


 「そ、そうか。協力するとしたら、我はまたあの闇奴隷商の下へ行かないといけないのか......」


 「最悪、情報提供だけでもいいが、事態を一刻も早く解決するには、君にも一緒に来てもらいたい」


 『現場を知っているガキンチョが居れば、何か進展するかもしれねーが、別に協力しねーでこの国を去ってもいいんだぜ?』


 『私達もあなたとここでお別れする気なんてありませんから、そこは心配しなくていいですよ』


 ルホスちゃんもきっと自分の置かれている状況についてわかっているんだ。自分がこの王都に居るのは、闇奴隷商が商品として連れてきたということを。


 そしてこうやって正体がバレてしまったからには、身分証をどうにかしないといけないということも。


 ちなみに以前、王都周辺の森でゴブリン退治をしたのに、王都を出た時は身分証は要らなかった。冒険者は頻繁に出入りするから関所で軽い手続きをすれば、入国時間内で行き来可能なのだ。だから国から出るルホスちゃんに対しては身分証は要らない。


 というか、そもそも僕が保護者として手続きしてたな。


 「わ、我はどうすればいい?」


 ルホスちゃんがしがみついたまま僕を見上げて、そう問いかけてきた。


 この子の安全面を考慮すれば、関わらない方がいいのかもしれない。


 でも僕は今回の件で騎士団に協力すれば、仮の物でも彼女の身分証が発行できることにメリットを感じている。それにアーレスさんはさっき......『一般的な身分証ではない』って言っていた。


 僕の希望的観測かもしれないんだけど、きっとこれには“特例”がある。


 そう、例えばそれは“仮の”身分証では無くて、“正式な”身分証とか。


 『さっきも言ったが、無理に騎士どもに協力しなくてもいーんだぞ?』


 『最悪、命の危険性もあるんです。無視していいんですよ?』


 「う、うーん」


 魔族姉妹たちはルホスちゃんをこの件にこれ以上関わらせたくないらしい。


 魔族姉妹によれば、あのクソリッチ―――ビスコロラッチさんは『お嬢の身の安全は保障されている』と言ってたらしい。なのにルホスちゃんは今までに何度も危機に瀕した。


 地下で闇奴隷商の追っ手に捕まりそうになったきもそう。さっきの<幻の牡牛ファントム・ブル>の刺客に襲われたときもそう。危ない状況ばかりだったのに、どこも安全が保障されていなかったし。


 「す、スズキは?」


 「え? 僕? 僕はなぁ......」


 今後、ルホスちゃんの身に何か起こるかもしれないなら、なるべくリスクは避けるべきだ。


 だから今回の件は関わらない方がいいはず。


 それでも―――


 「騎士さんたちに協力してみない?」


 『『っ?!』』


 「そ、そうか......」


 僕はルホスちゃんの身分証がほしい。


 最悪、でもいいけど、まだ他国の治安や地理など情報が無い今の時点で出国は避けたい。


 今回のような件では極端な話、ルホスちゃんが起こったのだ。おそらくこの国のように魔族に対して寛容な受け入れができる国はそう無いはず。なら他国に入国する際、身分証の一つも無ければ関所で追い返されるかもしれない。


 すなわち身分証一つで今後の問題ごとが減らせるなら、それはルホスちゃんの安全に少なからず繋がるのだ。


 『お、おい、鈴木! 今回はリスクと報酬が見合わねーぞ!』


 『苗床さん、先程の戦闘は敵単体だからまだ良かったものの、多勢で襲われたら、ルホスちゃんまで護れないかもしれません』


 「いや、たぶんアーレスさんがさっき言ってた“協力”ってのはでもある......んですよね?」


 「ああ。差し当たって護衛を一人、監視も兼ねて貴様らに付ける」


 「え?! 人間をッ?! い、嫌だッ! 断固拒否するッ!!」


 “断固拒否する”とか言葉、どこで覚えたの?


 いや、護衛くらい欲しいでしょ。ああやって襲われるってことは、ルホスちゃんが相当価値のある商品だってわかっているからなんだし。


 「それもこれもまずは協力するか否かで内容が変わってくる。貴様らが拒否すれば監視くらいしかできないだろう」


 『もしもってときは助けてくれないんですか?』


 「状況による。監視役が対処できるレベルならば手助けするが、監視役の役割はそもそも状況の報告が最優先事項だ」


 『うっわ、こんなのに税金使ってんのかよ、この国』


 「......正直、我々第一騎士団が今追っている闇奴隷商の......特に<幻の牡牛ファントム・ブル>の情報が非常に少ない。言い訳に過ぎないが、組織を根本的に潰す必要性を考えれば、個人という規模は見捨てる」


 「そうですね。そもそもこちらが協力しないのに、手助けを期待することがおかしいんで気にしないでください」


 ふむ。聞けば王都に身を隠す闇奴隷商はかなり大きい規模の組織のはずなんだが、どうしてか騎士団さんたちはその尻尾を掴めていないらしい。


 それってめっちゃ怖くない?


 不安で夜も眠れないよ。


 「で? どうなんだ」


 「ルホスちゃんに任せるようで悪いけど、やっぱり君自身が決めて?」


 『急に投げ遣りになったな』


 『まぁ、どちらにしてもあなたの意思を尊重しますよ』


 「う、うぅ」


 自分で決めろと僕らに言われて唸り始めたロリっ子魔族。


 闇奴隷商に追われるわ、騎士団には監視を付けられるわで踏んだり蹴ったりな彼女である。この決断は苦渋に等しいのだろう。


 「わ、我は......」


 僕らは彼女の答えをじっと待つだけだ。


 未だ僕にしがみ付いているが、悩み続ける彼女の拳には力が入っていて、僕の服はその握力で伸びてしまった。


 ちょっと、服少ないんだから止めて......。


 「しょ、しょうがないから協力してやる」


 「ああ。助かる」


 「ほっ」


 『かッー! めんどくせぇー』


 『本当ですよ。この穀潰し』


 「ご、ごくつぶし......」


 ちょ、おま、ロリに向かって“穀潰し”は駄目だろ、おい......。


 見ればルホスちゃんは穀潰しと言われて落ち込んでいる様子である。


 「た、ただしッ!!」


 「「『『?』』」」


 と、思いきやルホスちゃんの言葉にはまだ続きがあるらしい。


 「護衛は魔族じゃないと協力しないッ!!」


 「「『『......。』』」」


 いねーよ。騎士団に魔族なんかいねーよ。


 どんだけ人間が嫌なの君......。

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