第43話 誰だって死体は動かないと思う

 「私は<幻の牡牛ファントム・ブル>の一人。―――君を殺す者と思ってくれればいい」


 そう僕に語った牛のようなデザインの仮面を被った男は、気を失っているルホスちゃんを脇に抱えていた。


 現在、僕らは王都のとある路地裏にて闇奴隷商の追っ手と対峙している最中だ。既に巨漢と小柄の男たちは戦闘不能にまで追い込んだが、目の前の怪しい男は後からこの場に来た。


 「彼女に何をした?!」


 「【睡眠魔法】で寝かしているだけさ。大事な商品だから傷つける訳にはいかないし」


 未だこの路地裏の両端は姉者さんによって出来た氷の壁がある。おそらくこの不審者は、この高さ五メートルにも及ぶ壁を飛び超えたのか、建物の屋根から降りてここに辿り着いたのだろう。


 『【探知魔法】に引っかかりませんでしたよ......。少しだけ自信を失くしました』


 『鈴木、氷壁で多少は目立っているはずだ。衛兵が来るのも時間の問題だが、それまでは油断すんなよ』


 「ん」


 僕は二人に対して、手短に返事をして臨戦態勢を取る。


 ワンチャン、アーレスさんが来るかもしれないんだ。できるだけ時間を稼がないと。


 「正直、この少女を攫って終わりにしたいんだけど、上が君を殺せって煩くてさ。最近、うちの組織から追い出された男が何者かによって殺害されたのもあって、気が立っているんだよ」


 「......さいですか」


 「アレ、君が殺ったの? 達磨人間とかエグいよ」


 「皆目見当もつきませんね」


 「じゃあ君じゃないの? まぁ、どうでもいいけど」


 「僕もどうでもいいです」


 この人、自ら聞いてもないこと語り出して時間を稼いでくれてるな。


 ちなみに所有者である巨漢が戦闘不能になったからか、例の黒色の結晶石は僕らの魔力の吸収を停止した。停止したのは良いけど、魔力を吸われた分こちらも余裕が無い。


 『苗床さん、まずはあそこに落ちている結晶石を拾ってください。私の鉄鎖で吸収を試みます』


 「わかった」


 『【固有錬成:祝福調和】』


 「?」


 妹者さんがあの仮面の男を対象にして、僕に身体能力向上の【固有錬成】をかける。


 やはり今までの自分の力とは比べ物にならないくらい肉体が強化されている......。同時に相手との力量差も実感した。


 僕はさっそく行動に移すべく、その結晶石に向けて全力疾走した。


 が、


 「っ?!」


 僕は前のめりに倒れてしまった。


 「いつつ」


 『なに転んでんだよッ!』


 『いえ、コレは......【束縛魔法】?!』


 足元を見れば僕の両足には黒色のつるのようなものが絡まっていて、僕を動けなくしていたのだ。その黒色の蔓は、まるで僕の影から生えてきたかのように動いていた。


 「な、なんだコレッ?!」


 「案外簡単に引っかかったね?」


 『【束縛魔法】なら事前に術式や魔法陣の付与に気づけるはず......。どういうことでしょうか』


 『知るかッ! こんなシ◯マルみたいな真似しやがって!』


 妹者さんが火属性魔法を行使するが、黒色の蔓は依然として僕の両足を縛ったままだ。これではただ僕の両足を炙っただけじゃないか。


 「ぐッ?!」


 「うわぁ、痛そう。というか、先の戦いで魔力が足りないんじゃない? それでそんなに魔力使って平気なのかい?」


 仮面の男が足を炙って痛がっている僕の目の前まで、こつこつと足音を立てて近づいてきた。その際、ルホスちゃんを地面に置いて、代わりに腰に携えていた剣を手にしているのを目にする。


 そして男が指パッチンしたと同時に、今度は僕の両手が同じ黒色の蔓で縛られた。


 「ぬおッ?!」


 「両足の次は両手だ。ちなみにお察しの通り、その魔法は【束縛魔法:羈束影きそくかげ】。束縛系統の魔法では上級なんだ。生半可な魔法じゃ解けない」


 『【羈束影】......。それならこの強度も納得できますが』


 『ああ。そんな大層な魔法、発動まであたしらが気づかねーなんてあり得ねーぞ』


 上級魔法すか......。たしかにそんな規模が桁違いな魔法の行使に、魔族姉妹が気付けなかったのは不思議だ。


 通りで妹者さんの火属性魔法でも切れない訳である。全然解けそうにないよ。


 男は手にしてた剣を四つん這いになっている僕の項に突きつけた。僕は為す術も無いままじっとしているだけだ。


 「さっきも上から見てたよ。回復魔法が使えるみたいだね? 損傷の重度によるだろうけど、首を突き刺したら流石に死ぬだろう」


 「はは。どうでしょうね」


 「見栄張らくていいから。どっちみちあの結晶石で魔力を大分吸われてたみたいだし、大した魔法は使えないでしょ」


 妹者さんは戦闘が始まってから、ずっと火属性魔法を使っていたから魔力が枯渇しているのかもしれない。


 姉者さんも【索敵魔法】や【探知魔法】を常時発動していることに加えて、あの黒色の結晶石に魔力を吸われた。枯渇までいかなくとも、それなりに消耗していることだろう。


 「じゃあ死ん―――」


 「め、冥土の土産にッ!」


 「は?」


 「冥土の土産に、僕はなんであなたの【束縛魔法】に気づけなかったんですか?」


 みっともなく聞いた僕は時間稼ぎが目的だと思われるだろうか。


 が、そんな懸念は意味が無く、


 「はははははは! 惨めだね。いいよ。せっかくだから教えてあげよう」


 語ってくれるらしい。


 「【束縛魔法】の術式や魔法陣による魔力の量は隠すことができない。しようと思ったら即バレるだろう」


 「じゃあなんで......」


 「私の【固有錬成】さ」


 「っ?!」


 こいつも【固有錬成】持ちかッ!


 「【固有錬成:水面隠蔽みなもいんぺい】。これは人、物、魔法、術式、なんでも隠すことができる」


 「魔法を発動するまで隠す?!」


 「そ。だから君を縛っている【束縛魔法】も発動まで隠してたんだ」


 なんてこった。そんなのチートすぎるじゃないか。


 それで姉者さんの【探知魔法】や【索敵魔法】に引っかからずにここまで来れたのか。


 おまけにこいつが悠長に話していた理由がわかった。魔法の発動までの時間稼ぎと、その【固有錬成】でこの場から逃げ切る自信があったためだ。


 「じゃあ死んでね」


 「え、ちょ―――でゅ」


 こうして無抵抗の僕は仮面の男が突き刺した剣によって意識を手放してしまったのであった。



******



 「汚いな。首を斬り飛ばさなくて正解だった」


 仮面の男は目の前の少年の首に突き刺した剣を抜いて、べったりと付いてしまった血を遺体の服で拭った。


 「よいしょっと。これで安心安し――」


 「す、スズキ?! スズキ!」


 「っ?!」


 この場には仮面の男以外意識のある者は居ない。下っ端傭兵共は死んだ少年に敗北し、気絶している。少年も死んでいる。魔族の娘も【睡眠魔法】によって眠っていたはずだ。


 それなのに仮面の男を無視して、首から血を流している死体と化した少年の傍に行き、必死に声をかけている者が居た。ルホスである。


 「驚いたなぁ。半分魔族だから? もう一度魔法を使っても、すぐ起きそうだね」


 「お、お前がスズキをッ!」


 ルホスは仮面の男に眼光を放つ。魔力は先程の黒い結晶石によって急速に失われてしまったが、残った魔力で少しくらいの魔法を使うことはできる。


 この困憊にも等しい状況から無理矢理にでも魔法を発動するため、ルホスの額から角が生えた。一種の興奮状態である。


 「おおー。それが“鬼牙種”である証拠の角かぁ。しかも二本」


 「死ねッ! 【死屍魔法:封殺槍】!」


 渦巻く漆黒の槍は仮面の男目掛けて放たれる。その威力はこの魔法を教えてもらったリッチ――ビスコロラッチのお墨付きか。威力はやや劣るものの、生物を殺める一撃に変わりない。


 しかし、


 「可愛い顔してとんでもない魔法を使うね」


 「っ?!」


 槍を放った場所とは別の所から仮面の男の声が来た。慌てて振り向いた先には直撃したであろう男は、何事も無かったかのような素振りを見せる。


 「な、なんでッ」


 「避けただけ。狙いもわかってたし、タイミングさえわかっていれば、子供の攻撃なんて当たらない」


 「ぐッ?!」


 仮面の男は一瞬でルホスとの距離を縮め、彼女の胸倉を掴んで持ち上げた。


 「【束縛魔法:封魔拘】」


 「っ?!」


 そして地面から数本の黒いベルトのようなものが生えてきて、少女を空中で拘束する。【束縛魔法:羈束影】には強度は劣るものの、弱った魔族の少女を縛るには十分な魔法であった。


 「は、はなぜッ!」


 「抵抗されると面倒だなぁ。この子だけだと私が隠れられないから意味ないし。せっかく大きめの袋を持ってきていたのにさ」


 ルホスは先の魔法に残りの全魔力を込めたため、枯渇状態である。そうとなれば魔法に頼った抵抗は出来ない。肉弾戦に臨みたいが、相手は無傷な上に魔力の残存にも余裕がある。


 この状況はあまりにも不利である。親しんでいた人間が自分のせいで死んだことを悔やむルホスには、半ば諦めの気持ちが芽生えていた。故に瞳には大粒の涙が浮かぶ。


 「スズキぃ。わたじのせいでぇ......」


 「さてどうしたのものか」


 自分ひとりじゃどうすることもできない戦況。誰も自分を助けてくれない環境だが、


 「答えは簡単、あなたが死ねば良い」


 『【凍結魔法:鮮氷刃】』


 「「っ?!」」


 そんな状況でも再び少女を救う者が現れた。


 ルホスを軽々と持ち上げていた片腕が、氷の刃で背後から匠に斬り落とされる。少女と切断された腕は重力に従って垂直落下した。


 「げほッ! げほッ!」


 「ぐあぁぁあぁあああ! 腕がッ?! なんでッ?! なんでお前がぁぁああ!」


 「あーあ。せっかく油断しきってたんなら、心臓を一突きすれば良かったじゃん」


 『馬鹿ですか? そんなことしたらルホスちゃんにまで、勢い余って刃先がいっちゃうかもしれないじゃないですか』


 『後ろからだとよく見えなかったからな。ま、片腕斬っただけでも、相手の戦闘力をかなり落とせたぜ?』


 商品と言われた少女は息苦しさから解放され、仮面の男の前で咳き込んでいるが、それどころではない男には気にもされていない。


 右腕を失くした男は仮面越しでもわかるくらいに動揺していた。なにせ今しがた殺したと思しき少年が、平然とそこに立っていたからだ。


 「私の腕を良くもッ! こんなことして―――」


 「うるさいなぁ。......さて、第二ラウンドだ。バチクソ盛り上がってきた」


 『クールにいこうぜぇー!』


 『ふふ。燃えてきましたね』

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